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第一章

25.懐かしい声

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 不気味な音を立て、倉庫の扉が開かれる。

 汚らしい男たちに囲まれ、真ん中の椅子に座っていたのは、なんとエリーザ様だった。

 「エリーザ様っ!!」

 駆け寄ろうとするが、エリーザ様と私の間に男が立ち塞がる。

 すると、エリーザ様が口を開いた。

 「退きなさい。」

 エリーザ様がそう言うと、男は退いた。

 「え?」

 意味がわからない。攫われたエリーザ様の言うことをなぜこの男たちが聞くのか。

 呆然とする私を見て、周りの男たちは笑っている。
 そして、エリーザ様も綺麗に口角を上げた。

 「訳が分からない、と言った顔ね。

 この人たちは私が雇ったの。貴女を亡き者にする為にね。」

 「そんな……嘘…。」

 信じたくない事実に呆然とする。

 「嘘なんかじゃないわよ。

 ずっと前から貴女があの麗しいライル様の婚約者なんて我慢ならなかった。貴女がいなくなれば、きっと殿下も目が覚める。そしたら、私にもチャンスが…。」

 「……そんな理由でー」

 「そんな理由?!ふざけないでよ!!
 私は殿下を一目見た時からずっと婚約者になる為に努力してきたの。ただ公爵家と言うだけで婚約者になった貴女とは訳が違うの!!
 教養もないくせにただニコニコしてるだけで、皆に好かれると思ってる貴女が本当に嫌いよ!!何度この世から消えてくれればいいと思ったか…!!

 ……貴女さえ社交界に来なければ、何もかも上手く行ってたのに。ソフィアは人望がなくて、貴女は病弱で……そうしたら、私がいつか殿下の隣に立てるかもしれなかったのに!

 それに……貴女みたいなアバズレが殿下の婚約者なんて許せなかった!!」

 「アバズレ?」

 …言っている意味が分からない。誰かとそんなふしだらな関係になったことなどない。

 「えぇ、そうよ!!

 貴女、辺境伯令息のユーリ様と平民街に遊びに行ったでしょう!それに、その数ヶ月後には得体の知れない平民と!しかも、その平民とはいかにも親密そうに手を繋いで、身体を密着させて…まるで恋人のようだったと聞いたわ。」

 それは、変装したライル様と平民街に行った時のことだと気付いた私は、それをエリーザ様に伝えようとした。

 「あ、あれはー」

 しかし、エリーザ様はピシャリと言い放った。

 「言い訳なんて聞かないわ!

 逆に平民の男と愛し合っているなんて好都合よ。貴女はその恋人との逢瀬で屋敷を抜け出したあげく、この場で焼け死ぬのだから。」

 血走った目でそう言い放つエリーザ様は恐ろしい魔女のようだった。

 「……焼け、死ぬ?」

 「えぇ。恋人を待っている間に眠った貴女の隣で、この燭台が倒れてね。」

 エリーザ様は嬉しそうに微笑んで、隣の男が持つ燭台を指し示す。揺らめく炎がより一層不安を掻き立てる。

 「そ、そんなこと…させないわ…!」

 私は木刀を構えた。

 「ふふっ……あはは… っ!!
 そんなこと言って、声も足も震えてるわよ?

 それにそんな木刀を持って、何の役に立つって言うの?令嬢がそんなの振るえるわけないじゃない。」

 「…そんなことない。」

 小声でそう呟くと、エリーザ様は馬鹿にしたように鼻で笑った。

 「ふっ…良いわよ。勝手に足掻けば?

 ほら、貴方たち、捕らえなさい。」

 男たちが私に向かってくる。部屋の中には三人。
 私の前に一人、エリーザ様の左右に一人ずつ。

 一人は燭台を持ち、他の二人は短剣を持っている。

 ジリっと私は一歩下がり、木刀を構えた。

 燭台を持つ男は表情を崩さず「縛れ」と一言指示を出す。他の二人に指示を出したということは、燭台を持っている男がリーダー格なのだろう。

 短剣を持った二人がニヤニヤと下世話な笑みを浮かべながら、ジリジリと私を追い詰める。一人が途中振り返り、エリーザ様に声を掛ける。

 「嬢ちゃんよぉ。部屋を燃やす前にこの娘を味見させてくれよ。綺麗なまま燃やすなんてもったいー」

 「やめてっ!!」

 私も男たちも声を荒げたエリーザ様を驚いて見つめる。

 「……そんな汚らしいもの見たくないわ。
 それより早く、縛って。」

 短剣を持った男が舌打ちをして、私に向き直る。

 私は木刀をぎゅっと握りしめた。

 木刀を習ってきたとは言え、結局は実践なしの私が出来ることと言えば、相手の隙をついて急所を狙うことくらいだ。幸いにして、相手は私が剣も持ったことのない令嬢だと思っている。

 その時、一人の男が遊ぶように短剣を持ち替えようとした。その瞬間、手首に素早く太刀を入れる。短剣が落ち、それに目線を落としたのを確認して、首に思い切り一閃を浴びせた。

 男は「かは…っ」と聞いたこともない声を上げて、その場に膝をついた。

 「おめえ…よくも。」

 さっきまで余裕をかましていたもう一人が床に唾を吐き捨て、短剣を構えて、私に向き直った。

 さっきと同じ手はもう使えない。でも、リーチはこっちの方が長い。勝算はある。相手が短剣を振おうとしたその一瞬を狙う。

 だが、相手もこちらの出方を伺っているのか、なかなか動いてくれない。

 すると、エリーザの隣から短い溜息が聞こえた。リーダー格の男が動いたのかとそっちに視線を流した時にはもう遅かった。

 男は私の背後に周り、手刀で私の首を打った。

 私はそのまま意識を手放した。


   ◆ ◇ ◆


 「ん゛……。」

 パチパチと何かが爆ぜるような音がして目が覚める。

 うっすらと目を開けると、先程と同じ場所で縛られて、床の上に横たわっていた。服もちゃんと着ている。

 しかし、先程と違うのは……
 炎に囲まれているということだった。

 目の前の恐ろしい光景に声も出せない。
 身体がガタガタと震え、縄を解く力さえ入らない。

 それでも死にたくなくて、掠れる声で助けを求める。

 「…だ、誰か…。た、すけて……。」

 こんな声じゃ誰にも届くはずないのに、上手く声が出せない。

 「いや…死にたくない……。おね…がい…。」

 あつい、くるしい、こわい、しにたくない……
 色んな感情や感覚が身体中を駆け巡る。

 その時、頭の隅で声がした。

 『杏奈、大丈夫。俺がついてる。
 このタオルを口にあてて。煙は吸わないように。』

 ……聞き覚えがある、この心地良い声は…侑李?

 「侑李……ゆうりっ!!助けて!!」

 私がようやく大声で助けを求めた次の瞬間、人影が窓ガラスを突き破って、入ってきた。驚いて思わず目を閉じる。

 そして、私が固く閉じた目を恐る恐る開けると、目の前にいたのは、ライル様だった。
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