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第二章
6.不安
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暫く休憩した私は保健室を出て、教室へ戻った。
もう魔力検査は終わった時間なので、教室に皆戻っていた。
「アンナ、大丈夫?!」
教室に入るなり、ソフィア、ジュリー、アリエス、シンシアの四人が私を囲む。あのお茶会から私たちはずっと仲の良い友人なのだ。
「うん、ありがとう。
ちょっとびっくりしちゃっただけ。」
私がエリーザに連れ去られ、そのまま火事を装って、殺されそうになったことはみんなには言っていない。だから、私が火を見ると、怖くなってしまうことは、皆知らない。無理矢理だが、こうやって誤魔化すしかないのだ。
シンシアが言う。
「川や、緑の大地ならともかく燃え盛る炎が映し出されたら、確かにちょっと怖いですわよね。」
ジュリーもそれに頷く。
「そうね。アンナ、あれは取り乱しても仕方ないわよ。」
「ありがとう…みんな。」
みんなの優しさが嬉しい。
ただソフィアだけは端で、目に涙を滲ませ、何も言わず、拳を握りしめていた。
◆ ◇ ◆
その週末、私はルデンス公爵家でソフィアと二人、お茶会をしていた。
「こうやってソフィアと二人お茶会をするのも久し振りね!」
そう言って私が笑いかけると、ソフィアは少し寂しそうに笑った。
「そうね。毎日学校で会っているのに、お茶会にまで誘ってごめんなさいね。」
…なんだか…元気ない?
「ううん!とっても嬉しいわ!
ジュリー達と一緒にみんなで過ごすのは楽しいけど、やっぱりソフィアと過ごす時間が私にとっては特別だもの。今日もとても楽しみにしてきたのよ?」
「嬉しい…。私も、アンナが特別よ。
特別で…大切なの。」
アンナが私をじっと見つめる瞳からは愛しさが感じられて、どこかくすぐったくも嬉しくなる。
「ふふっ。ありがとう。」
しかし、ソフィアは少し緊張した面持ちだ。
「ねぇ、アンナ…。
私は友人だからって、あったこと全てを共有すべきだとは思わないわ。…でも、アンナの不安があれば、私もその助けになりたいの。」
「う、うん。」
いつもと違う様子のソフィアに私は戸惑う。
ソフィアは意を決したように口を開いた。
「……貴女が炎を怖がるのは、エリーザ様が修道院に送られた件と関係している、のよね…?」
まさかその件がバレているとは思わなかった。
「し、知ってたの…?」
ソフィアは軽く頭を下げ、目を伏せた。
「ごめんなさい。公爵家の諜報部隊に調べさせたの。
……エリーザ様は私とアンナに酷く敵対心を抱いていたから、アンナに何かあったんじゃないかと心配で。」
「そっか……。」
「……王家が上手く事件を無かったことにしてたけど、いくつかの情報を合わせて、私は憶測を立てた。
エリーザ様がアンナに危害を加えようとしたのは、平民街に行ったことが原因なんじゃないかって。」
ソフィアとジョシュア様はずっと、私が自分たちのせいで平民街に行ったことをとても申し訳なく思っているようだった。何度も私がやりたくてやったことだと話しても、受け入れてもらえなかった。
「……ち、違うわ。エリーザ様は私がライル様の婚約者に相応しくないって理由でー」
「それはアンナが平民街でユーリ様や変装したライル様と歩いてる姿を見たからでしょう?!
私たちのせいで、平民街になんて行ってなかったら、あんな危険な目にあうこともなかったはずよ!!」
ソフィアが珍しく声を荒げる。
「平民街に行ったことは関係ない!エリーザ様は私がただ気に食わなかっただけでー」
「なんでっ!!」
ソフィアが声を張り上げた。
力なく呟き、綺麗な一筋の涙を流す。
「なんで……いつも私には頼ってくれないの……。」
「ソフィア…。」
「私だって……アンナの役に立ちたい…。
私を一人ぽっちの闇から救い出してくれた貴女を守りたいのに……。」
そう話すソフィアの顔は寂しげで、弱々しかった。
「なのに、貴女を救い出すのはいつも殿下で…。
私に出来ることは何もなくて…。
……近くにいるのに、アンナが遠く感じるの。
特に学園に入ってからは、時々何かに怯えるように周りを伺ってる。」
「そ、それは……。」
ゲームのことは話せない。死ぬかもしれない運命なんて知ったら、必要以上に心配してさせてしまうもの。
黙ったままの私にソフィアは諦めるような視線を向けた。
「私には話せないんでしょ…?」
何も答えられなかった。
「無理には聞かない。……でも、私はいつだってアンナの力になりたいの。貴女のためなら何だって出来る。
…この命だって惜しくない。」
命が惜しくないなんてー!!
「止めてっ!!」
「嘘じゃない。
私は貴女を守るためなら、何者にだってなれる。」
脳裏に悪役令嬢として高笑いしていたゲームのソフィアが浮かび、テーブルを叩いてしまう。
「だから、止めてってば!!」
思わず私の声には怒気がこもる。
ソフィアはそれでも硬い表情を崩さない。
「……本気よ。
アンナにはライル様が付いてるってことは分かってる。それでも、私は私のやり方でアンナを守るつもりだから。」
「……お願い。私はただ楽しくソフィアに学園生活を過ごして欲しいだけでー」
「私も同じよ。
アンナにはいつも楽しく笑っていてほしい。
だけど、それが出来ないってことは、貴女を脅かす何かがあるってことでしょ?」
「……っ。」
思わず言葉に詰まる。
「私はアンナを害するものに容赦するつもりはない。
公爵家の力を使ってでも。」
その強硬な姿勢はどこかゲームの中の悪役令嬢であるソフィアを彷彿とさせた。
「お茶が冷めてしまったわね、淹れ直させるわ。」
「うん……。」
その後のソフィアはいつも通りで、二人でお茶を飲んで、他愛もない話をして。楽しかった。
…けれど、私の胸にはじんわりと不安が広がっていった。
◆ ◇ ◆
ソフィアと門のところまで共に歩いていく。
「今日は来てくれてありがとう。また学園でね。」
「うん。」
「そういえば言い忘れていたけど、魔力検査、おめでとう。未来の王子妃が魔力持ちなんて、素晴らしいことだわ。」
ソフィアは嬉しそうに笑う。私は少し肩を落とす。
「そんな…。魔力なんていらなかった。
私、火属性の魔力なんて使いこなせる自信ないわ。」
ソフィアは、私の頭を撫でて、微笑んだ。
「大丈夫よ。ルフト様は素敵な方だもの。」
……ん?先生を知ってる口ぶり…?
「え?ソフィア、先生のこと知ってるの?」
「あ…うん…。私のお祖父様がとても可愛がっていたの。先生が学生の頃は、この公爵家から学園に通っていたのよ。学園を卒業して、先生になってからも、時々遊びにくるわ。」
そんなに身近な存在だったとは驚きだ。
「そ、そうなの?じゃあ、家族…みたいな?」
「そうね……兄様はルフト様のことを兄のように慕ってる。でも、私にとっては…」
ソフィアは真っ白な肌をピンク色に染める。
「ま、ま、まさか…。前に手紙に書いてあった初恋の人ってー」
ソフィアは恥ずかしそうにコクリと頷く。
「ふふっ。そう…ルフト様なの。」
……な、何だってー!!!
と言うことは、ルフト先生ルートでもソフィアは悪役令嬢だった可能性がー。
「アンナ?」
唖然として立ち止まった私をソフィアが振り返る。
「あ…ご、ごめん。びっくりし過ぎて。」
「そうよね…。歳だって離れてるし、異性として見られていないことは分かってるの。せいぜい妹ってところね。」
「そんなことー」
「大丈夫よ。
子供の頃ならともかく今はただの憧れだから…。
でも、魔法学は受けたかったわ。お兄様には魔力があるから、私にももしかしてって思ったんだけどー。」
ソフィアはそう言って困ったように笑った。
「そっか。
だから、魔力測定の後、残念そうにしてたのね。」
「うん。だから、本当はアンナが羨ましいわ。」
そうは言うものの、ソフィアは柔らかく微笑んでみせた。
「……ごめん。ソフィアがそう思ってるとも知らずに私…魔力なんていらないなんて…。」
「ううん。私のことなんて気にしないで。
でも、せっかくの機会だもの。頑張ってみたらどう?私も応援するわ。」
「うん…!私、頑張るね。」
やる気なんてあまりなかったが、ソフィアの話を聞いて、ソフィアの分まで頑張ろうと思えた。
……それに火魔法をうまく使えれば、ソフィアと自分を助ける力になるかもしれないもの。
不安要素が増えた今、出来ることは何でもやらなくちゃ…!
私は帰りの馬車の中で固く決意するのだった。
もう魔力検査は終わった時間なので、教室に皆戻っていた。
「アンナ、大丈夫?!」
教室に入るなり、ソフィア、ジュリー、アリエス、シンシアの四人が私を囲む。あのお茶会から私たちはずっと仲の良い友人なのだ。
「うん、ありがとう。
ちょっとびっくりしちゃっただけ。」
私がエリーザに連れ去られ、そのまま火事を装って、殺されそうになったことはみんなには言っていない。だから、私が火を見ると、怖くなってしまうことは、皆知らない。無理矢理だが、こうやって誤魔化すしかないのだ。
シンシアが言う。
「川や、緑の大地ならともかく燃え盛る炎が映し出されたら、確かにちょっと怖いですわよね。」
ジュリーもそれに頷く。
「そうね。アンナ、あれは取り乱しても仕方ないわよ。」
「ありがとう…みんな。」
みんなの優しさが嬉しい。
ただソフィアだけは端で、目に涙を滲ませ、何も言わず、拳を握りしめていた。
◆ ◇ ◆
その週末、私はルデンス公爵家でソフィアと二人、お茶会をしていた。
「こうやってソフィアと二人お茶会をするのも久し振りね!」
そう言って私が笑いかけると、ソフィアは少し寂しそうに笑った。
「そうね。毎日学校で会っているのに、お茶会にまで誘ってごめんなさいね。」
…なんだか…元気ない?
「ううん!とっても嬉しいわ!
ジュリー達と一緒にみんなで過ごすのは楽しいけど、やっぱりソフィアと過ごす時間が私にとっては特別だもの。今日もとても楽しみにしてきたのよ?」
「嬉しい…。私も、アンナが特別よ。
特別で…大切なの。」
アンナが私をじっと見つめる瞳からは愛しさが感じられて、どこかくすぐったくも嬉しくなる。
「ふふっ。ありがとう。」
しかし、ソフィアは少し緊張した面持ちだ。
「ねぇ、アンナ…。
私は友人だからって、あったこと全てを共有すべきだとは思わないわ。…でも、アンナの不安があれば、私もその助けになりたいの。」
「う、うん。」
いつもと違う様子のソフィアに私は戸惑う。
ソフィアは意を決したように口を開いた。
「……貴女が炎を怖がるのは、エリーザ様が修道院に送られた件と関係している、のよね…?」
まさかその件がバレているとは思わなかった。
「し、知ってたの…?」
ソフィアは軽く頭を下げ、目を伏せた。
「ごめんなさい。公爵家の諜報部隊に調べさせたの。
……エリーザ様は私とアンナに酷く敵対心を抱いていたから、アンナに何かあったんじゃないかと心配で。」
「そっか……。」
「……王家が上手く事件を無かったことにしてたけど、いくつかの情報を合わせて、私は憶測を立てた。
エリーザ様がアンナに危害を加えようとしたのは、平民街に行ったことが原因なんじゃないかって。」
ソフィアとジョシュア様はずっと、私が自分たちのせいで平民街に行ったことをとても申し訳なく思っているようだった。何度も私がやりたくてやったことだと話しても、受け入れてもらえなかった。
「……ち、違うわ。エリーザ様は私がライル様の婚約者に相応しくないって理由でー」
「それはアンナが平民街でユーリ様や変装したライル様と歩いてる姿を見たからでしょう?!
私たちのせいで、平民街になんて行ってなかったら、あんな危険な目にあうこともなかったはずよ!!」
ソフィアが珍しく声を荒げる。
「平民街に行ったことは関係ない!エリーザ様は私がただ気に食わなかっただけでー」
「なんでっ!!」
ソフィアが声を張り上げた。
力なく呟き、綺麗な一筋の涙を流す。
「なんで……いつも私には頼ってくれないの……。」
「ソフィア…。」
「私だって……アンナの役に立ちたい…。
私を一人ぽっちの闇から救い出してくれた貴女を守りたいのに……。」
そう話すソフィアの顔は寂しげで、弱々しかった。
「なのに、貴女を救い出すのはいつも殿下で…。
私に出来ることは何もなくて…。
……近くにいるのに、アンナが遠く感じるの。
特に学園に入ってからは、時々何かに怯えるように周りを伺ってる。」
「そ、それは……。」
ゲームのことは話せない。死ぬかもしれない運命なんて知ったら、必要以上に心配してさせてしまうもの。
黙ったままの私にソフィアは諦めるような視線を向けた。
「私には話せないんでしょ…?」
何も答えられなかった。
「無理には聞かない。……でも、私はいつだってアンナの力になりたいの。貴女のためなら何だって出来る。
…この命だって惜しくない。」
命が惜しくないなんてー!!
「止めてっ!!」
「嘘じゃない。
私は貴女を守るためなら、何者にだってなれる。」
脳裏に悪役令嬢として高笑いしていたゲームのソフィアが浮かび、テーブルを叩いてしまう。
「だから、止めてってば!!」
思わず私の声には怒気がこもる。
ソフィアはそれでも硬い表情を崩さない。
「……本気よ。
アンナにはライル様が付いてるってことは分かってる。それでも、私は私のやり方でアンナを守るつもりだから。」
「……お願い。私はただ楽しくソフィアに学園生活を過ごして欲しいだけでー」
「私も同じよ。
アンナにはいつも楽しく笑っていてほしい。
だけど、それが出来ないってことは、貴女を脅かす何かがあるってことでしょ?」
「……っ。」
思わず言葉に詰まる。
「私はアンナを害するものに容赦するつもりはない。
公爵家の力を使ってでも。」
その強硬な姿勢はどこかゲームの中の悪役令嬢であるソフィアを彷彿とさせた。
「お茶が冷めてしまったわね、淹れ直させるわ。」
「うん……。」
その後のソフィアはいつも通りで、二人でお茶を飲んで、他愛もない話をして。楽しかった。
…けれど、私の胸にはじんわりと不安が広がっていった。
◆ ◇ ◆
ソフィアと門のところまで共に歩いていく。
「今日は来てくれてありがとう。また学園でね。」
「うん。」
「そういえば言い忘れていたけど、魔力検査、おめでとう。未来の王子妃が魔力持ちなんて、素晴らしいことだわ。」
ソフィアは嬉しそうに笑う。私は少し肩を落とす。
「そんな…。魔力なんていらなかった。
私、火属性の魔力なんて使いこなせる自信ないわ。」
ソフィアは、私の頭を撫でて、微笑んだ。
「大丈夫よ。ルフト様は素敵な方だもの。」
……ん?先生を知ってる口ぶり…?
「え?ソフィア、先生のこと知ってるの?」
「あ…うん…。私のお祖父様がとても可愛がっていたの。先生が学生の頃は、この公爵家から学園に通っていたのよ。学園を卒業して、先生になってからも、時々遊びにくるわ。」
そんなに身近な存在だったとは驚きだ。
「そ、そうなの?じゃあ、家族…みたいな?」
「そうね……兄様はルフト様のことを兄のように慕ってる。でも、私にとっては…」
ソフィアは真っ白な肌をピンク色に染める。
「ま、ま、まさか…。前に手紙に書いてあった初恋の人ってー」
ソフィアは恥ずかしそうにコクリと頷く。
「ふふっ。そう…ルフト様なの。」
……な、何だってー!!!
と言うことは、ルフト先生ルートでもソフィアは悪役令嬢だった可能性がー。
「アンナ?」
唖然として立ち止まった私をソフィアが振り返る。
「あ…ご、ごめん。びっくりし過ぎて。」
「そうよね…。歳だって離れてるし、異性として見られていないことは分かってるの。せいぜい妹ってところね。」
「そんなことー」
「大丈夫よ。
子供の頃ならともかく今はただの憧れだから…。
でも、魔法学は受けたかったわ。お兄様には魔力があるから、私にももしかしてって思ったんだけどー。」
ソフィアはそう言って困ったように笑った。
「そっか。
だから、魔力測定の後、残念そうにしてたのね。」
「うん。だから、本当はアンナが羨ましいわ。」
そうは言うものの、ソフィアは柔らかく微笑んでみせた。
「……ごめん。ソフィアがそう思ってるとも知らずに私…魔力なんていらないなんて…。」
「ううん。私のことなんて気にしないで。
でも、せっかくの機会だもの。頑張ってみたらどう?私も応援するわ。」
「うん…!私、頑張るね。」
やる気なんてあまりなかったが、ソフィアの話を聞いて、ソフィアの分まで頑張ろうと思えた。
……それに火魔法をうまく使えれば、ソフィアと自分を助ける力になるかもしれないもの。
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