【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ

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恋と責任⑵

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 「で、シャノン。相談ってなんだよ」

 討論会後、いつもの店の特別席で私たちは二人、並んで酒を呑んでいた。

 私たちは公の場では爵位で呼び合っているが、酒を酌み交わす時は友人として名前を呼び合うのが常だった。

 「相談ってほどのことでもないんだが……」

 「そう言い渋るなよ。気になるだろうが、俺たちの仲だろ?
 なんでも言ってみ?」

 そう言われても、突然色々と聞くのは恥ずかしい……
 そう思った私は、まずイアンの恋愛遍歴を探ってみようと思い立つ。

 「まぁ、その話はとりあえず置いといてさ、イアンは好きな奴とかいるのか? 結婚を考えてたりとか……」

 イアンは全く意味がわからないような顔をして、唖然としている。

 いつもテンポのよい切り返しをしてくるのに、固まった彼を見て、どうも不安になる。そんな変な質問、してないよな?

 「な、なんだよ……その反応は」

 「いや…………シャノンからそんな話題が出るとは思わなくて……」

 そう指摘されて、急に恥ずかしくなった私は、一口酒を呑んだ。
 こんな恥ずかしい話、酒でも飲まないとやっていられない。

 「わ、悪いかよっ!」

 「別に悪かないが……。てっきりシャノンは恋愛とかには興味ないと思っていたから……」

 「嫌ならいい! 忘れてくれ」

 「そこまで言ってやめるなよ。なんだ? 相談っていうのは恋愛相談か?」

 「私のことじゃなく、とりあえずイアンのことだ!
 色んな令嬢を泣かせてると聞いてるが、そろそろ一人に絞れそうなのか?」

 「あー……そう、だな。
 そうしなきゃいけないとはわかってるんだが……」

 歯切れの悪い返事だ。あんまりこういう話をしてこなかったから、イアンも照れくさいのだろうか?

 「お前だって、家臣たちに急かされているだろうに。まだ遊び足りないのか?」

 「……遊び足りないわけじゃない。別に遊びたいわけでもないしな」

 「どういうことだ? 遊びたくないのに、遊んでる?」

 すると、イアンは手元のグラスをカランと揺らして、語り出した。

 「一番、手に入れたい花がある。
 ……けど、その花はある場所にしか咲かないんだ。どうしたって俺と共には咲けない。

 そう思うから、心を動かす違う花を探しているんだが、上手くいかないってとこかな」

 「……ずいぶんとセンチメンタルな例えをするんだな。なんだ? 叶わぬ恋でもしてるのか?」

 「そんなところさ」

 へへっとごまかすように笑うイアン。

 「へー。お前みたいな優良物件にも靡かない女っているのな」

 「ほんとだよ。全く相手にされてなくて嫌になる」

 こんなにかっこよくて、いい奴なのに、女の方は何を見てるんだろうか?

 「全く見る目のない女だな! イアンみたいないい男、そうそういないのに」

 「……ありがとな」

 そう言って微笑むイアンは、らしくなくどこか寂しそうに笑った。センチメンタルな雰囲気など似合う男じゃないというのに。

 でも、より興味が沸いた。イアンにこんな顔をさせる恋とはどんなものだろう、と。

 「なぁ……恋をするってどんな感じだ?」

 「……人によって違うと思うが」

 「それでもいいから、聞かせてくれよ」

 人の恋愛話というのはなかなか楽しいものだ。私はイアンの顔を覗き込む。すると、イアンは苦笑しながらも、口を開いてくれた。

 「恋をしてると気づいた時には……辛かった、かな」

 「辛い?」

 「あぁ。気づかなければ、何も知らずに隣で笑っていられたのにって思った」

 「気づいたらどうなるんだ?」

 イアンはフルフルと首を横に振った。

 「なにも変わらないさ。変わらず隣で笑ってる」

 「なんだ。何も変わらないじゃないか」

 「そうだな……行動自体は同じだけど、気持ちは違う、かな。
 恋をしてると気づいてからは、そいつに情けない姿は見せられないと必死に頑張るようになった。今も常に頼られる存在でいたいと思う……。恋をしたから、俺は強くなれたような気がするよ」

 「強く……」

 「そう。そいつから『すごいな』とか『流石だな』とかそんな言葉を掛けてもらえるだけで、頑張ろうって思える。単純だろ?」

 イアンの話を聞いていて、一つ思ったことがある。

 恋をしたイアンと、リルと出会ってからの私が同じだとーー

 私はリルと出会うまではただただ必死に自分の責務を全うするためだけに当主業をこなしていた。でも、リルと出会ってからは、リルのためにも立派な当主でいなければと、より頑張れるようになった。

 リルが褒めてくれれば、自分が当主であることを誇りに思えたし、頑張ろうって思えた。リルの笑顔が私に力をくれた。

 「……それが、イアンにとっての……恋」

 だとしたら、私のリルへの思いって……?

 「あぁ。まぁ、そんな簡単な感情じゃないけどな。
 触れられない悲しみも、何とも思われてない苦しみもあったりするが……最終的には、俺はそいつに感謝してるんだ」

 イアンはそう言って、私に微笑みかける。
 あぁ、イアンには幸せになってほしいな……

 「まぁ、俺の話はこんくらいでいいだろ。シャノンの話も聞かせろよ」

 ぎくっとする。自分のこととなると途端に恥ずかしくて、このまま話さないでもいいかと思ったんだが……

 イアンのを聞いておいて、それも酷いかと思い、私は重い口を開いた。

 「……馬鹿にしたりせずに聞いてくれるか?」

 「当たり前だ」

 「軽蔑もしないか?」

 「俺がそんな奴に見えるか?」

 私はフルフルと首を横に振った。やイアンは友達想いのいい奴なのだ。

 私は意を決して、口を開いた。

 「イアンは、その……付き合ってもいない相手とそういう雰囲気になったことがあるか?」

 「……そういう雰囲気、とは?」

 質問の意図がわからず、ポカンとするイアン。

 だが、さすがの私でもこういう話を直接的に言うのは恥ずかしい。なんとか察してくれないものだろうか……

 「…………その……大人の雰囲気というか……」

 「大人の雰囲気? なんだそりゃ?」

 駄目だ。単純なこいつにはさっぱり伝わらない!
 痺れを切らした私は、つい大きな声を上げてしまう。

 「あー! もう! なんでわかんないんだよ!?
 付き合ってもいない相手とキスやその先をしたことがあるかって聞いてんだよ!」

 再び唖然とするイアン。

 「し……したのか? シャノンが?」

 「……わ、私の話じゃない……」

 イアンは訝しげにこちらを見ていたが、諦めたようにフーッとため息を吐いた。私の様子を見て、詮索をやめてくれたんだろう。

 「恋人じゃない相手と寝たことなんてたくさんある」
 
 あっけらかんと答えるイアン。
 やはり経験が豊富なんだ! イアンに相談して正解だった!

 私は前のめりで、彼に詰め寄った。

 「あるんだな!? それは相手のことが好きだったのか?」

 「んー……好きとまではいかなくても、少しなりとも好意を抱いている相手としかやったりはしないよな。
 嫌いな相手だったら、触られたらぞっとするはずだぜ?」

 嫌いだったら、ぞっとする……。好きの種類は関係ないのか?

 なら、家族としての『好き』と、異性としての『好き』は一体どう見分けたらいいのか。

 「じゃあ……触られて嫌じゃなかったら、その相手を異性として好きということになるんだろうか?」

 私がそう尋ねると、急にイアンは眉間に深い皺を刻んだ。

 「……やっぱり誰かに触られたのか?」

 「たっ、例えばの話だ!」

 腑に落ちない感じではあったが、イアンは仕方ないと言った感じで、追及はせず、話を進めてくれた。

 「……シャノンの場合、経験がなさ過ぎて、雰囲気や快感に流されているだけなんじゃないか?」

 「流されている……」

 やっぱり、私はあの雰囲気に流されていただけなのか……
 なぜか、それを残念に思う気持ちが広がる。

 「俺が言えた義理もないが、結婚前に手を出そうとする男なんてやめておけ。シャノンだって一応女なんだから」

 「おい、一応って」

 「ふっ、冗談だ。
 ま、貴族の女は初夜まで未経験なのも一定数いるから、シャノンはそのままでいいってことだよ」

 先ほどまでの怖い顔とは打って変わって、イアンは優しく微笑み、私の頭を撫でた。

 イアンは同い年なのに、時々こうやって、慈愛?に満ちた目をして、私を妹のように扱うのだ。

 というか、貴族の女は初夜まで未経験でもいいというが、男は違うのだろうか?

 ふと、疑問に思った私はイアンに尋ねた。

 「男はどうなんだ? イアンはいつ、初めてを済ましたんだ?」

 「俺か? まぁ、貴族の男は十六になったら閨教育を受けるのが基本だし、大抵そこで初経験を済ますだろ。
 男の初経験なんざ、そんな大事に取っておくものでもないしな。初夜でもリードするのが普通だし」

 ん? ……今、なにか重要な話をしていた気がーー

 「ちょっ、ちょっと待て。……男は、十六になったら閨教育を受けるものなのか?」

 「あぁ、そうしてる家がほとんどだと思うが」

 そ、そんなの知らなかった……

 ということは、本来であればリルも閨教育を受けてなきゃいけない年齢ってこと……か!?
 なのに私は学ぶ機会も与えずに、リードできる力量が必要などと偉そうなことを言ってしまった……!

 これからリルは貴族子息として、どこかの令嬢と結婚するかもしれないのに、このままでは恥をかくことになってしまう。

 これじゃ彼の保護者として失格じゃないか……!

 「おい! シャノン?」

 イアンに肩を叩かれて、はっとする。ついリルの閨教育のことで、頭がいっぱいになっていた。

 「悪い……ちょっと考え事をしていて……」

 「別に構わないが。あんまり全部を抱え込みすぎるなよ?
 力になれることは力になるから。シャノンが話したかったら、どんな悩みだっていいんだぜ?」
 
 「イアン、ありがとう……」

 でも、さすがにイアンにも義弟とキスをして、その先まで許しそうになったとは恥ずかしくて言えない。

 それよりも今は……
 私はある決意をして、再び酒をくいっと呷った。 


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