【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ

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恋と責任⑶

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 翌朝、朝食会場で私はリルに言った。

 「リル、大事な話がある」

 「なに? 義姉さん」

 「単刀直入に聞く。リルは、もう初体験を済ましたのか?」

 リルは、唖然とした後に顔を赤くして言った。

 「す、済ましてるわけないでしょ!?
 義姉さんが好きだって言ってるのに……ほかの女性ひととそういうことするはずないだろ!!」

 「やはりか……」

 この前、急にキスが上手くなったから私の知らないところで遊んで、童貞を捨てている可能性もゼロではないと思ったのだが、その可能性はあっさりと打ち砕かれた。きっとリルは真面目だから、一晩だけ遊ぶとかそういうことができないのだ。

 彼が未経験のまま十八歳になったのは完全に私の責任だ。私は彼に気付かれないように、ふっとため息を吐いた。

 「な、なんでそんなことを聞くの?」

 訝しげにリルが私の様子を伺う。

 「リル……。貴族子息というのは、十六歳の時に閨教育というものを受けるらしい。その時に手ほどきを受けながら、初体験を済ませるのが普通らしいのだ。
 しかし、私はそこまで考えが至らず、教育の機会を与えることができなかった。悪かった……」

 「別にそんなの気にしなくていいけど……」

 リルは戸惑ったような表情を見せたが、気にしなくていいと言われ、私の気は少し軽くなる。

 「ありがとう……
 では、少し遅くなったが、今からでも閨教育の手配をーー」

 「嫌だっ!」

 「……リ、リル?」

 さっきまでは気にしなくていいと言ってくれていたのに、急にどうしたというのか?
 彼は普段見せないような怖い顔をして、私に言い放つ。

 「閨教育なんて受けたくない」

 「リル……っ、そうわがままを言うな。貴族子息としては当たり前の権利でーー」

 「僕は元平民だ」

 その言葉にかっとして、私は思わず声を荒げた。

 「お前はこのプレスコット伯爵家の貴族子息だ!」

 「義姉さんや、この屋敷、領民のみんなはそう思ってくれている。
 でも、この屋敷を一歩出れば、まだ多くの人が僕のことを平民だと見下していることを義姉さんは知ってる?」

 「そ、それは……」

 知らないわけではなかった。
 リルを義弟にした時にも血のつながりもない平民を貴族として迎え入れるなんてとずっと揶揄されてきたのだ。
 私でさえそんな風に言われてきたのだから、彼自身はもっと酷い評価に晒されてきたのだろう。

 でも、リルが今まで辛い顔ひとつ見せなかったから、すっかり甘えてしまっていた。
 なんでもできるリルならば、自分で馬鹿共を黙らせるのだろうと思い込んでいたのだ。

 「……今回は貴族子息向けの閨教育をする女性のことだ。高貴で、プライドも高いだろう。
 そんな人が元平民の僕に抱かれることをすんなりと受け入れると思うかい?」

 リルの言う通りだった。
 何人かすでに問い合わせた閨教育の経験がある貴族女性には、『プレスコット伯爵家の……』と名前を出しただけで断られてしまったのだ。中には、平民向けの娼館に行けばいいと言う者さえいた。

 でも、まだ全員にあたってみたわけではない。できないと決めるのは時期尚早だ。

 「……探せばいるかもしれない」

 「かもね。でも、仮にいたとしても、僕は絶対に閨教育なんて受けない」

 かたくななリルに私は頭を抱えた。

 「なんでわかってくれないんだ……。私はお前が将来恥をかかないようにとーー」

 「わかってないのは義姉さんのほうだろっ!? 僕は義姉さんしかいらないって言っているのに!!」

 リルがここまで私に声を荒げたことは初めてだった。懇願するような切実な眼差し……
 リルにはいつも幸せでいてほしい、いつも笑っていてほしい……こんな顔をさせたいわけじゃないのに……

 胸が締め付けられるように苦しくて、なにも言葉を紡げず、私は俯いた。

 私たち二人の間には長い沈黙が満ちる。

 結局、先に口を開いたのはリルだった。

 「……受けてもいいよ、閨教育」

 「リル……?」

 どういうことだ? なぜ急に? 胸に言いようのない不安がよぎる。

 「でも、相手は義姉さんだ。初体験さえ済ませれば文句ないんだろ?」

 「そ、そんなのっーー」

 「駄目なんて言わせない。義姉さんは違うのかもしれないけど、僕は好きな人しか抱きたくない。
 この条件を受け入れてくれないなら、閨教育なんて絶対に受けない」

 ちょっと前まで私の前ではニコニコ笑うだけだったリルが完全に男の顔をしていた。
 その表情にはかわいらしさなどなくて、一人の男性として私を求めていることがひしひしと伝わってきた。

 だからこそ、怖かった。

 本当にリルに抱かれたら、彼をそんな風に見てしまうかもしれない汚らわしい自分が。

 でもーー……

 「わかった。……今晩、私の寝室に来い」

 私はそう言い残し、朝食の席を立った。

 リルに閨教育の機会を与えられなかったのは、私の落ち度だ。私が責任を取るのが筋だろう。

 それに……
 あんなに綺麗なリルを平民だと見下す閨教育の女なんかに、大事なリルを任せられるものか。

 私はぐっと唇を噛みしめて、一人廊下を歩いた。


   ◆◇◆◇◆


 とうとう夜が来てしまった。
 気を引き締めて、寝室で一人リルを待つ。

 扉がノックされる。

 私はゆっくりと扉を開けた。

 「こんばんわ、義姉さん」

 「……おう。まずは、入れ」

 「お邪魔します」

 リルを寝室に入れたものの、どこに案内すればいいものかわからない。

 いきなりベッドに座れだと「ヤるぞ」って言ってるようなものだし、ソファに案内すれば女々しく逃げているようだし……

 私が迷っていると、リルはベッドの端に掛けて、微笑みながらポンポンと隣を叩いた。

 「こっちにおいでよ、義姉さん」

 「あ、あぁ……」

 自分でもガチガチとぎこちない動きで、ベッドに向かっているのがわかる。

 緊張で、まるで口から心臓が飛び出そう……

 やっとの思いで、リルの隣に腰掛ける。

 「ふふっ。義姉さん、緊張しすぎ。手と足が同時に出てたよ」

 「う、うるさい。……緊張して当たり前だろうが。
 というか、普段通りなリルの方がおかしい」

 「普段通りに見える?」

 「……少なくとも私よりは」

 リルは優しく微笑んだ後、膝の上に置いてあった私の手を握った。

 「そうかもね。
 ……でも、本当は今すごく緊張してる。手、震えてるでしよ?」

 確かにリルの手は僅かに震えていた。
 私は彼の震えを止めてやりたくて、強く手を握り返した。

 「義姉さんの気が変わってこのまま寝室から出て行ってしまったらどうしようとか、上手くできなくて義姉さんに嫌われたらどうしようとか、義姉さんに痛い思いをさせたらどうしようとか……そんなことばっかりさっきから頭に浮かんで仕方ないんだ」

 リルはそう言って眉を下げた。

 強引に私を求めたかと思えば、不安でどうしようもないという顔を見せるリルは、本当にずるいと思う。

 そんな顔をされれば、リルの全てを許したくなる……

 私はリルの頬に手をあてた。ピクッと反応するリルが可愛い。

 「私は情けなく逃げたりなんかしない。
 それに初めては痛いものだと聞いているし、そんなのリルは気にしなくていいんだ。

 それに……たとえ上手くできなくても、私がリルを嫌うはずないだろうが」

 「……うん。できればそのまま好きになってくれたらいいんだけどな」

 「そ、それは……」

 リルの突然の口説き文句にどう返事をしたらいいものかと言い淀んでいると、リルは柔らかく微笑んだ。

 「いいよ、今はそれで。……異性として義姉さんに好きになってもらえるように僕が頑張ればいいだけだ」

 なんて健気で、一途な想いをぶつけてくるのか……。そんなに私のために頑張らないでほしい。

 そんな切ない表情で……でも愛おしそうに見つめられたら、胸が、苦しくなる。

 「だから、今日も義姉さんを落とすつもりで行くから」

 「え? ……ひゃあ!?」

 私は気付けばベッドに押し倒されていた。

 「愛してるよ、義姉さん……」
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