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第31話 移送隊を追え!

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 僕は目の前が真っ暗になって、倒れそうになったところをジェシカさんに支えられた。

「店主殿、大丈夫か?」

「いいえ、最悪です…。」

 僕はその場にへたりこみ、ジェシカさんは床を調べはじめた。

「うむ。家具を動かした新しい跡があるな。そういえばここに、古いクローゼットがあったな?」

 ジェシカさんは僕の肩を強くつかみ、ゆさぶった。

「しっかりしろ、店主殿! 私の質問にこたえよ。」

「はい…。」

「店主殿は、あのクローゼットを使って、店主殿のいた世界とこの世界を行き来していたのだな? ちがうか?」

 僕は無言で何度もうなずいた。ジェシカさんは口調は冷静だったけど、驚きをかくせない様子だった。

「うすうすそうではないかとは思っていたが、まさか本当だったとは。店主殿は、異なる世界から珍しい花を仕入れていたのだな?」

 僕はまたうなずき、お腹の底から重たい不安がわきあがってきて、涙が出てきた。

「どうしよう、ジェシカさん。僕、帰れないし、デイジーの種もとりに行けないよ…。」

 ジェシカさんは僕をやさしく抱きよせると、髪を撫でてくれた。

「心配するな、店主殿。私がなんとかする。だから、泣くな。」

 彼女は指で僕の涙を何度も何度もふいてくれた。
 彼女にしがみつくとふんわりと暖かさが伝わってきて、ほのかにいい香りもして、僕は不安が少しずつ消えていくように感じた。


 でも、彼女の手がピタリととまった。


「ん? 待つのだ。今のは聞き捨てならんぞ。店主殿、なんと言った? 帰れないだと? まさか店主殿は、私を置いてもとの世界に帰るつもりだったのか?」

「あ。いや、ちがいます! ちがいますってば! ただのことばのアヤで…。」

 ジェシカさんは僕をつきとばし、剣の柄に手をやった。僕は床の上を這いながら後ずさりした。

「なにがちがうのだ?」

「ジェシカさん! 剣はダメ! おちついて、ほら、深呼吸!」

 僕がなにかを言えば言うほど彼女の目は険しくなっていき、僕は胸ぐらをつかまれた。
 どうやら僕は、桐庭さんじゃなくて先にジェシカさんに命を奪われそうだった。

「店主殿、ゆるしてほしいか?」

「は、はい。」

「では…。」

 ジェシカさんは急に恥ずかしそうに顔をそむけて、僕のベッドを指さした。

「店主殿といっしょにお昼寝がしたい。」

「…。」 

「だめか?」

「すぐにコナさんの移送隊を追うのではなかったのですか?」

「コナお姉さまのことだ。しばらく放っておいても大丈夫だ!」


 僕はジェシカさんに楽々とかつがれて、ベッドに放物線をえがいて放り投げられた…。



「行くぞ!」

 僕とジェシカさんは、アルパカのような馬のような生き物の背に乗って街道を激走していた。
 ジェシカさんは最初に出会った時の旅の装備を身にまとい、髪はくくりあげていた。

 僕たちはマリーンさんがくれた地図に従い、コナさんの移送隊を追っていた。

「しっかりつかまっておれ!」

「は、はい。」

 僕はためらいながらもジェシカさんの腰に手をまわしたけど、そのあまりの細さにびっくりして手に力を入れてしまった。

「あ、もっと下でもよいぞ…。」

「ジェシカさん! 前、前!」



 なぜかユリさんの行方はわからなくなってしまい、僕には新たな心配のタネだった。僕は店を厳重に施錠して扉に張り紙をした。

『都合によりしばらく休みます。』

 ジェシカさんは平和の種のことはあとで考えることにして、まずはひとりでコナさんの移送隊を追うって言ったけど、僕はついていくと言ってゆずらなかった。

 僕はまたここに戻ってくることができるのかと不安だったけど、ジェシカさんを信じようと心に決めた。
 急いで旅の支度を整えて、僕たちは町を出た。コナさんの移送隊は馬車を中心として十数騎の王国騎士団が護衛しているらしかった。

 僕たちが乗っている変な生き物はジェシカさんがどこかから連れてきて、僕たちは移送隊の跡を追う旅にでたのだった。


 ジェシカさんの御する生き物の速さはものすごくて、僕たちはすぐに移送隊らしき一団に追いついた。そのあとは、ジェシカさんは追跡相手との距離を一定に保ちながら、つかずはなれずで進み続けた。



「やつら、あの村で泊まる気だな。」

 夕方になり、僕たち高台で伏せながら移送隊を観察していた。移送隊は郊外にある小さな村に入っていったようだった。

「どうします? ここでコナさんを助けに行きますか?」

「いや。村人を巻きこむ危険性がある。われらも野営しよう。」

 僕たちは村には入らずに、すこし離れた場所にぽつんとあった朽ちかけた炭焼き小屋のそばで野宿することにした。
 ジェシカさんが焚き火を起こしてくれて、食事を用意している間に陽は落ちてあたりは宵闇につつまれた。
 
 2つ並んだ切り株に座って天をあおぐと、数えきれない星が見えた。僕は鉢にシチューをよそってジェシカさんに手わたした。

「熱いから気をつけてくださいね。」

「うむ。店主殿、疲れてはいないか?」

「大丈夫です。それよりもコナさんは大丈夫でしょうか。」

 ジェシカさんはこれでもかというくらいにシチューを吹いてから口にいれた。

「熱っ! 心配ない。裁判とやらがおわるまでは手荒な真似はせぬであろう。」

「そうですね。」

「むしろ、店主殿はユリ殿のことが心配なのではないのか?」

 僕はシチューにむせて、水で流しこんだ。

「た、たしかに心配ですけど…。」

「はっきりさせておいたほうがよいな。」

 ジェシカさんはシチューの鉢を脇に置くと、重々しい口調になった。

「ユリ殿は戻らぬ。」

「えええっ!? まさか、桐庭さんに何かされたとか!?」

「ちがう。逆だ。ユリ殿はあちらについたのだ。」

 僕は、ジェシカさんが言うのだから必ず理由があるはずとわかっていたけど、やっぱり信じられなかった。

「そんな! ユリさんに限って、ありえないですよ!」

「いや。金融商会でユリ殿はアネモネとふたりきりになった。おそらくあの時に何かお金がらみの密約を交わしたのだろう。元々、ユリ殿は花屋の権利にばかり異様にこだわっていたからな。」

「じゃ、クローゼットを運び出したのは…ユリさん…?」

 僕はいっぺんに食欲がなくなり、いやな疲れを感じて早く寝袋にはいりたくなってきた。

「だから私は、あんな胸ばかりが大きい人間の女を信用するなと何度も申したではないか。」

「ジェシカさん…僕、もう休みます。」

「店主殿、まだまだ夜は長いぞ。私はもっと店主殿と話がしたい。」

 ジェシカさんはむりやり僕の切り株に座ってきて、シチューをスプーンですくった。

「食欲がないなら、私が食べさせてやろう。はい、あーん。」

「やめてください。」

「これからしばらくは私とふたりきりだぞ。店主殿は楽しくないのか?」

 その時の僕は、信じあっていると思っていた人に裏切られたショックでつい、ジェシカさんにあたってしまった。

「楽しくなんかないですよ! ジェシカさんは…ジェシカさんはなんで僕なんかによくしてくれるんですか? 僕は弱いし、やさしくないし、卑怯だし…。」

「そんなことはない。店主殿はつよくて優しいぞ。」

「ちがいますよ! 僕がどうしてジェシカさんといっしょに来たと思いますか?」

 ジェシカさんはいつでも冷静で、この時もとりみだす僕にもまったく動じなかった。

「私といっしょにいたいからであろう?」

「そんなんじゃありません! こわかったからですよ、ひとりの時に桐庭さんが来たらどうしようって。ジェシカさんのそばがいちばん安全だと思ったんです! どうですか? 卑怯者でしょう!?」

 ジェシカさんはシチューを置くと、なにも言わずにいきなり僕を抱きしめてくれた。

「ジェシカさん!?」

「わかった。もうなにも言うな。私はこうしているだけでいい。」

「ジェシカさん…。」



 僕たちは永遠とも思えるような間、静かに抱きしめあっていた。薪のはぜる音がした時、ジェシカさんの腕に力がこもった。


「いや、よくはないな。今夜は私が添い寝をしてやろう! 一糸まとわぬ姿でな。」

「そ、それはまずいですってば! は、離してください!」
 
 そう言っても、彼女は離してくれるわけがなかったのだった…。
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