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第10話 ジンの正体と、おびえる俺

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 次の日。早朝。
 今日はあの採用試験がある日だった。


 俺は宿屋の裏手にある水場にいた。冷たい井戸水を頭から木桶で何杯も被り、体の火照りを消そうと無駄な努力をしていた。はたから見れば俺はかなりの不審人物にちがいなかった。なぜなら俺は、服を着たまま朝からひとりで冷水を浴びまくっていたからだ。
 この俺の奇行はかなり混乱していたせいで、その理由はすべてある人物のせいだった。

「コロ、なにをしている。」

 その原因である張本人のおでましだった。

 朝早いというのに、ジンは既にビシッと黒のロングコートに黒いブーツできめており、今日も朝一からかっこよすぎた。でも、俺はジンを無視して水浴びを続けた。無視というか、とても俺はジンをまともに見ることができなかったのだ。
 昨晩のあのことを思い出しただけで、俺は顔から火が出るくらい体が熱くなるのだった。

(俺はこんなにうぶだったっけ?)

 俺の本当の中身は40を過ぎたおっさんなはずなのに、神さまに少年の体を与えられたせいなのか、心が幼くなってしまったのかもしれない。ジンはスッと俺のそばに来てしゃがみこんだ。

「コロ、返事をしろ。朝ごはんも食べずに、いったいどうした? 風邪でもひいたらどうする。今日は大事な採用試験だぞ。」

 無言で木桶に手をかけた俺の手に、ジンは手を重ねてきた。こういうことは本当にやめてほしかった。そんなことばかりされたら俺は勘違いをしてしまう。

「それとも、貴様は私に看病されたいのか?」

 魅惑的すぎる微笑とともに、ジンは珍しく冗談みたいなことを言ってきたが、俺には刺激がつよすぎた。心の平静を保つために俺はこうするしかなかった。

「やめてください。」

「コロ? どうしたのだ?」

「そういうの、やめてくださいって言ってるのです!」

 自分でもよくわからない苛立ちがたまりまくっていたみたいで、俺は勢いよく立ちあがった。そのいらだちを、俺はジンにぶつけた。

「コロ?」

 信じられないことに、いつも冷静で高慢なはずのジンが一瞬、ひどくうろたえたような表情を見せた。俺は深呼吸をしてから、かなり努力して冷静に、淡々と言葉をはいた。

「ジンさんは遊び半分で僕をからかっているのですよね。僕の能力がめあてってことはわかっています。ジンさんには恩がありますから、あなたが飽きるまで僕はつきあいますけど、昨夜みたいなことは本当に、2度とやめてください。それがこれからも僕と組む条件です。それと、安心してください。昨夜のことは誰にも言いませんから。」

 俺は静かにそしていっきに喋り、しゃがんだままのジンはじっと下から俺を見ていた。またもや信じられないことに、ジンはひどく動揺した様子で目がおよいでいた。

「コロ。いったいなんの話だ?」

「え?」

「まさか、昨夜、私は貴様になにかしたのか?」

 ジンは本当に覚えていないみたいだった。俺はまわりに誰もいないことを確認してからその疑問に答えようとしたが、ジンは鋭く手で俺を制すると立ち上がった。

「いや、いい。聞きたくない。」

 ジンは兵士みたいにまわれ右すると立ち去ろうとしてから、顔に手をやりながら俺にふりかえった。

「朝食のあとすぐにたつ。はやくしろ。」


 わけがわからず、おれはただスタスタ去っていくジンの背中を見ていた。昨夜のことを覚えていないはずがないのだが、ジンが嘘をつくとも思えなかった。

 とにかく、俺はこれでよかったんだと自分に言い聞かせた。そう、俺なんかとジンが釣り合うはずがないのだ。いずれ破綻するなら今、壊しておいたほうがいいに決まっているのだから。

 それに、もしも俺が外見は10歳かそこらの少年だが中身はおっさんだとジンにバレたりしたら。
 考えただけでも恐ろしいので、俺はそこで考えるのをやめた。
 だが、俺は見てしまった。手で顔を隠していたが、ジンは顔が真っ赤になっていた。


 昨夜のジンは本当に変だった。


「な、なにをするのですか! やめてください!」

 気配からして、俺のすぐそばに立っていたのはまちがいなくジンだった。闇の中から手がのびてきて、俺は身をよじって相手の手を振り払おうとしたが無駄だった。あっという間に俺は夜着をひき剥がされて、身に何もつけていない状態になってしまった。部屋が真っ暗なのがせめてもの救いだった。

 俺の服をはぎとる間もずっと相手は無言で、それが俺はこわくてたまらなかった。それに、真っ暗だと思っていたのによく見ると、闇の中に光点があった。しかもふたつ。それは赤く光っていて、俺はなにかを思いだした。

 むかし俺が子供を連れてどこかの水族館に行った時だ。ライトで照らすと、水槽の中にいる魚の目が赤く光って不気味だった。たしか、アカメという魚だったと思う。
 そんなことを思いだしても、今の俺のピンチにはなんの役にもたたないのだが。

 とにかく俺は相手を押し戻そうと、両手を闇の中に思いきり突き出した。相手には悪いが、今こそ俺は怪力を発揮する時だった…のだが、なぜか俺の手になにかやわらかい感触のものがあたり、俺はひるんだ。

 暗闇にようやく目が慣れてきて、それがいったいなんなのかを確かめようとして、俺は全身が硬直した。俺は苦労してなんとかこわばる口をひらいた。

「ジンさん、まさか…あなたは…?」

 暗闇にうっすらと見えるジンは、今の俺と同様に衣服をなにも身につけておらず、遠景に見える山の稜線のように、なめらかな線が人影を形づくっていた。
 
 だが、俺がかたまったのはそれだけが理由ではなかった。そう、その線はあきらかになめらかすぎたし、胸のあたりにはちいさめのふくらみがふたつあった。

 広場での抱擁の時に感じた違和感はこれだったんだ!

 混乱しすぎて、俺の頭はなにか部品がこわれたようだった。

「え、ええと。そ、そうだ、僕、訓練で汗まみれなのにそのまま寝ちゃっていましたね、あはは! ジンさんは僕の体を拭こうとしてくれているのですよね? 服を着ていないのは、水に濡れないようにですよね? やだなあ、ジンさん、わざわざ全部脱がなくてもいいじゃないですか。あははは。それに、僕は自分でやりますから…」

 際限なくしゃべり続けようとする俺の口を、ジンは細い指一本で塞いできた。そしてそのまま俺の手をとり、ゆっくりとひっぱると、とんでもないところにもっていこうとした。

「や、やめ…」

 俺は全力で手をひっぱり戻そうとしたが、なぜか今の俺はあの怪力が発揮できなかったし、ジンはスリムなのに恐ろしく力が強かった。俺の指先にじわりとした感触がはしり、それははげしいぬめりを帯びていた。

 ジンは今まで見せたことがないあやしい笑みを浮かべて、俺に顔をちかづけてきた。俺は気を失う寸前でなんとか踏みとどまっていたが、長くは保ちそうになかった。
 
 俺とジンの影が重なりかけたとき、ついに俺は見事に完璧に気絶した。
 
 俺の意識がなくなる瞬間、ジンがなにかをつぶやくのが聞こえた。

「コロ、貴様の全ては私のものだ…」
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