オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!

羽田 智鷹

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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 四十七話 追撃

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 戦いの中心地は、近づくに連れて音や光などですぐに分かったのだが、それ以外にも珍しいことはあった。

 セロと敵との戦いが通った跡のような通りでは、行く先々の家の窓やドアをガッチリと閉ざされ、通り自体に人気がない。

 そんな静かになっていく通りをクーレナさんと二人かけていくのにやや抵抗がなくもない。
 
 時々聞こえてくる爆発音からして敵との距離は着実に埋まっているようではあったがしかし、まだ距離はある。
 セロの攻撃で思うように結界門を目指せていないようだった。
 
 中心街に近づくほど、立地が高く、そのから街全体を見渡しやすい。
 
 突如、街の外にある滝の水の一部が宙に浮いて結界を通り抜け、戦乱の地の上空でまとまって渦を巻き始める。

 「セロさ……ん、あんな大技使って大丈夫でしょうか?」

 クーレナさんが心配したように言う。

 クーレナさんの言う通りセロの使った魔法らしい。

 「だよな。あの水量だと街がぶっ壊れるぞ。俺の知り合いが水は案外威力があるって言ってたし……。通りの人とかも巻き込みそうじゃね」

 俺たちは突然目の前の空に、水が浮いているのを見て足を止めた。
 俺も色々と心配したように言う。
 
 「街の人の心配は無用です。壁は魔法を無力化している、無敵状態ですから。家の中に入れば問題ありません」
 
 もし、自分が空を見上げたときに空一面が水で覆われていたら、どんなふうに思うだろうか。

 逃げ場のない恐怖。絶望。
 あの水から敵が逃げきれるなんて、ここから見ている感じだと無理な気がする。
 
 ここからあの水をぶちまけるのか、はたまた以前窃盗犯を捕まえたときのように牢屋のようにやつらをその空間に閉じ込めるのか。
 
 相変わらず中心地では大粒の雨が叩きつけているようだったが、その雨すら空中の水が吸収しているようだった。
 そのため、地上にはもう雨は届いていない。
 
 突如、その下に巨大な魔法陣が見えた。
 俺にはそれから、強大な魔力を感じた。
 そして次の瞬間、空一面に広がった水は波打ちながら、落下を始めた。
 
 その様子を見て、改めてセロの凄さを実感した。
 人間業ではない。
 
 水は地面を叩きつけるやいなや、高速で地表を滑り始める。
 
 案の定、水が通り過ぎたあとも街並みは何一つ変わっていない。
 
 「フィルセくん。セロさんがあんな魔法を使ったのなら、もうほとんど動けなくなっているはずです。早く行かないと」

 これで逃げ回っている奴らが回避できたのか俺には分からない。
 
 戦乱が過ぎ去った俺たちのいる場所ではだんだんと人気が戻り始めている。
 
 と、ふと俺にいいことが思いついた。
 しかし、こんな子供の頃は許されるようなことを今になってやることになるとは思わなかった。
 
 「クーレナさん」

 いちいち説明するのもめんどくさく、俺から見たこの人の人柄上、乗り気になってくれるかも分からない。
 
 俺はクーレナさんの手を引いて、ふと目に入った地竜での運送を行っている店に向かった。
 店は閉められていて、今は営業していないらしい。
 しかし、そんな流暢なことも言ってられない。
 
 俺は剣で、地竜のいる竜舎の扉を叩き斬った。

 竜舎には王の魔法はかけられていないらしい。

 「君、その剣はそんなことのために使うものでは……」

 そうはいいつつも、クーレナさんは別に怒った様子もなく俺についてくる。

 「どいつにします?」

 「やっぱりフィルセ君は、これ以外の選択肢は考えにないんですね」

 と、俺は何やら視線を感じた。
 
 見ると俺を睨みつけるように凝視する地竜がいた。

 「じゃあ、こいつで」

 「えっ、じゃあなんで今私に聞いたのさ? 私に選択肢も結局ないのですか」

 クーレナさんが仕方ないと言った感じで荷台に乗り込んだ。
 俺はすぐさまこの地竜を繋いでいる頑丈なロープを断ち切った。
 
 見事なスタートダッシュ。
 俺が切り拓いた扉を華麗に駆け抜ける。
 
 お陰で俺は荷台に乗り損ねるところだった。
 
 俺は手綱を握った。
 この感じいつぶりだろう?
 
 
 昔、スートラの街で兄のリムレインに頼み込んで、ライアンとルカと一緒に山菜を取りに行ったことがあった。
 確かあれは、ルカが秘宝とも呼ばれる、高級食材を使った料理を作りたいと言ったのが、事の発端だった気がする。
 その頃ルカは、料理作りに苦戦していた時期で、食材によって味が決まると思い始めていた。
 だから、本かなんかで見つけた山菜を使いたいと俺たちに言った。
 
 三人で必死になって在り処を調べた。
 すると、スートラの街から少し離れた山奥にあることがわかった。
 しかし、ジジイが俺たちをそこへ行かせてくれなかった。
 
 俺の兄は、優しいし頼りになる。
 その日も例にもれなかった。
 
 俺たちが必死に頼み込んだからかもしれない。
 兄は、秘密で地竜を手配してくれた。
 そして、その一日の俺たちを見守ると言って同行してくれた。
 
 多分兄自身も、毎日の厳しい稽古の日々から息抜きがしたかったのだと思う。
 そうはいうものの、そのときはもう俺たちの数倍以上実力があった。
 
 山菜探しは夕暮れまで及んだ。
 しかし、その山菜が伝説というには理由があった。
 それは熊のような魔獣の住処に生えるものだった。
 
 もちろん、俺たちの知り得ていない情報だった。
 そのとき、偶然俺たちはその洞穴を見つけた。
 
 兄を先頭にして進んだところ、山菜を拝む前にその魔獣に遭遇した。
 多分兄一人でも十分対処できるレベルの魔獣だった。
 もちろん、兄が強いのである。
 
 その時の兄の指示は的確だったと今でも覚えている。
 兄は俺たちを地竜でスートラまで帰らせることを選んだ。
 
 俺たちに兄が独自で持っていた魔獣避けの貴重品(アイテム)を俺に手渡し、俺たちに竜車まで走るよう叫んだ。
 多分あの時の兄は本気だった。
 俺たちを庇いながら戦うということもできたはずだった。
 だけど、兄はそうはしなかった。
 そこまで危険を犯すような愚か者ではなかった。
 
 その時も俺が地竜の手綱を握っていた。
 地竜の息遣いや地面を踏みしめる振動が手綱をつたって伝わってくる。
 身を切るように一直線に向かってくる風。
 
 なんだか俺が今竜車で、王都を駆け回っていると、不思議とそれが思い出された。
 
 俺たちはスートラの街につくと、すぐさまジジイにそのことを言った。
 しかし、ジジイは既に結果は出ている、と言ってただ待つことにした。
 
 そして二日後、俺たちが竜車で来た道を歩いて帰ってきた。
 あの魔獣に打ち勝ったものの、帰りの道中でも何種かの魔獣と遭遇したらしく、傷だらけでボロボロだった。
 
 兄は俺たちを見つけると、目的だった山菜を手渡してくれた。
 俺たちはそんなもの、既に諦めていたところだった。
 俺は自然と涙が頬を伝っていた。
 
 今思うと恥ずかしいものだった。
 自分の意思を逆らって不意に涙を流し、それを知り合いに見られるということが。
 
 当然のように、兄はジジイにこっぴどく怒られていた。
 カノンさんは、俺に次からは自分も誘うようにと、何度も釘を打ってきた。
 
 ふとそんなことが思い出されると、連鎖的に、今の彼らはどうしているのかな、と思ってしまう。
 
 今はそんなことよりも重要なことがあるぞ、と自分に言い聞かせて、両手で頬を叩いて現実に引き戻す。
 そして手綱を握り直す。
 
 クーレナさんは俺の様子を不思議そうな目で見ていた。
 前のときもそうだったが、今回も俺が手綱で操作しなくても、地竜には俺たちの目的地が分かっているようだった。
 だから、見た目とは裏腹に俺は適当に綱を軽く適当に振っているだけ。
 
 戦火の中心地が明らかに近づいてくるとともに、身を駆け抜ける風がどこか心地よい。
 
 「なんかこんなこと言うのは変かもしれないけれど、なんだかすごく気分がいい」

 クーレナさんが竜車から顔を出しながらそう言った。

 「俺も。スチュアーノさんのやつよりも断然こっちの方が爽快だーー」

 俺たちの言葉を理解したのか、地竜はさらに加速した。
 なんだか自由に走れることに喜んでいるかのように。
 
 すでに中心街を抜け、家と家の間隔が広がっていく。
 そしてだんだんと地面に水たまりが増していった。
 俺は中心街を出たことによって開けた空を見てみると、そこにはもう暗雲はなかった。
 
 
 現場につくと、セロと奴ら二人が対峙していた。
 相変わらず一方の一人は仮面をつけたままだった。

 「おやーー、またギャラリー増えたっしょ。これ、どうするよゼノ?」

 「不必要な衝突は避けるべきだ。俺たちの目的ではない」

 「じゃあ、まだ突き進むってことね」
 

 「おい、俺様の存在を無視するな」

 セロがそうは言ったものの、かろうじて立っているような状態だった。
 クーレナさんの言った通り、傷が癒えていないらしい。
 
 みるとライアンやルカ、イルさんたちはおろか、スチュアーノさんがこの場にいない。

 「おっと、そっちの彼、さっきはなかったヤバそーな武器を持っているように見えるのは俺っちだけか?」

 「いや、違うな。俺もだ」

 「さっ、ぴょん、しゅーー」

 そういいながら槍使いは仮面の人物のもとへ行き、二人揃って地面を滑り始める。

 「ちっ、『生長(グロース)』

 やつらの行く手に生えるセロの草が凄まじい速さで天に向かって伸び始めるが、難なくかわして行く。

 
 俺はセロを抱えて竜車にのせると、やつらの後を追った。

 「あれ、彼ら結界門と方角が若干ずれているような気が……」

 クーレナさんがそう言った。

 「スチュアーノのやつはどこだ?」

 「それが結界門側からやつらと鉢合わせる予定だから、門の方からこっちに向かっているはずだが……」

 セロがしかめっ面をするが、全然歪みのない可愛い顔だった。

 「ちっ、なぜか知らんが、やつら結界門には向かっていない」

 セロはそう言うやいなや、通信用の貴重品(アイテム)を取り出した。

 「おい、スチュアーノ。もっと北へ行け。やつらが門へのルートから外れた」

 俺はセロに、ライアンたちのことを聞きたかったが、怪我の様子から見て極力質問を避けた方がいい気がした。
 
 ここらへんは家が少し減ったとは言え、入り組んだ道は数多くある。
 やつらのスピードなら、俺たちの竜車のほうがスピードが出ているため、すぐに追いつくだろうと思われたが、そうはいかなかった。

 やつらは入り組んだ道を選んでは、折れ曲がっていくように進んでいく。
 まるで王都の街並みを覚えているかのように。
 

 「すばしっこいな」

 右へ、左へと曲がるたびに、俺たちに遠心力(見かけの力)が襲う。
 セロは苦しそうだった。

 「無理しないでください」

 クーレナが回復魔法を再びかける。
 
 比較的段差の少ない路が多い。
 しかし急に道幅が狭くなったり、頭上に店の狼煙が張り巡らされている路など、奴らが意図的にこの道を選んだとしか思えない。

 やつらは時々俺たちの方を伺いながらも攻撃はしてこない。
 ほんとに目的って何なんだろう。
 
 王都の外周を彩る草原が見え始めてきた頃、俺は着実に王都の外部へ近づいていていると焦り始めていた。
 そのときだった。

 「やっと見つけました」
 そうセロの貴重品(アイテム)から聞こえるやいなや、衝撃波が奴らを捉えていた。
 奴らがふっ飛ばされていくのがスローモーションのように見える。

 「まだ終わりませんよね? ここで終わるのは流石に僕の怒りの行き場を失くすのですよ」

 両腕を蒼青と輝かせて、スチュアーノさんが見事なストレートをかましていた。
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