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第一章 井の中の使徒
第一章 四話 共闘戦線
しおりを挟むドアを開ける音がすると、二人は同時にその方向へ顔を上げた。
俺が酒場に戻ってみると、ライアンがまだ居座っていた。
ルカは同じくその机で何やら本を読んでいる。
昼間の騒がしい時間を終え、客も落ち着いていた。
「おかえり。んで、今日はどうだったの?」
ルカは本に視線を向けたまま、声だけで訊ねる。
「あ~。やっぱり、今朝のライアンの魔法のことだった」
「えっ、俺の魔法のこと? ということは、やっと俺の魔法が領主さまに認められたのか?」
「違うわっ。お前の魔法が近所迷惑だから、明日からは、いつもの場所じゃなくて、街を挟んだ反対側でやれ、だって」
ルカが本を開いたまま、顔を上げる。
言葉を理解するまで十数秒といったところ。
「でも、そっちの森って、誰も一切手を付けていないから、また魔獣を倒すところからだよね?」
「そうだよ。しかも、ここで朗報。そっちの森の魔獣はいつもの森の魔獣より強いらしい」
「やべーー、まじかっ。俺燃えてきた。早く俺の炎弾をぶっ放していぃー」
「ちょっと、久しぶりの共闘なんだから。私たちのことも考えてよ」
「まあ、ルカが防御魔法使えるから大丈夫だって」
そういってライアンは豪快に笑う。
「いやでも、ライアンは攻撃魔法使うのに…………そりゃあ時間が掛かるし、…………俊敏さと……連撃を……兼ね備えた俺のほうが討伐数が多いのは必然だろうな!!!」
「ホントに二人とも共闘なんだから、息を合わせてよ」
ルカがバタンと本を閉じて言う。
「分かってるって。もし二人がやばくなったら、すぐ俺が助けに入るから」
大丈夫だ、とライアンが言う。
「普段、そこまで動いてない二人が先にへばらないか俺も心配だけどな」
ぶっちゃけ、森は広い。
もし勝てない状況にでも出くわしたら、それこそ走って逃げるのが得策だ。
普段から走り回っている俺に比べて、二人はそこまで体力があるかどうか。
「はあ~~」
そう言うと、今何を言っても変わらないと思ったのか、ルカが再び読んでいた本を開いて、視線をそれに戻す。
それを期に各々が自分の活動に戻る。
再びライアンは、装備を磨き始めている。
ルカは魔導書を読んでいたようだ。
魔導書というものは魔法の使い方、細かく言うと呪文や地形による魔法の効果の違いや、状況に適した魔法の選択理論、相手が唱えた魔法を効果をを瞬時に理解するなど、魔法使いが心得ておくべきが書かれている。
国が発行した、魔法使いの一家に一つはほしい書物らしい。
俺は彫刻刀と絵の具、それに筆を取り出していつもの作品づくりを始める。
作品と言ってもただ見様見真似で始めた彫刻品である。
朝拾ってきた木の塊を彫って、動物や魔獣などの姿を模した立体的な置物を作っている。
手先を鍛えるということと、森で見た動物や魔獣を細部まで見る観察力、それに記憶力を鍛えるためにはいいのではと思ったのが始まりだ。
でもまあやっているうちにクオリティーが高くなって楽しくなってきたし、何か作品を作るということはどこか心躍るものがある。
一概に暇つぶしと言っても正面からは否定できない。
以前、ルカから、
「そんなことしてないでさ、屋敷に帰って鍛えてもらえばいいじゃん~?」
と、微妙な顔で言われたが、魔法使いと違って朝散々走っているし、剣を自分の腕で振っている。
ジジイから、教えを乞う必要はない。
その時にルカの好きな子犬を彫って、丁寧に着色もして手渡した。
やっぱり小動物には不思議な力があるのだろう。
すぐに明るい顔になり、喜んでくれた。
それからは作った作品をこの酒場に置くことにしている。
何よりルカがちゃんと飾ってくれている。
彫ることも難しいけれど、着色も難しい。
天気によっては、森で見る動物たちの色も変化するから、しっかり頭の中で覚えていないとなかなか手が進まないのだ。
今日の午後はほとんど、鷲よりも羽が大きく、足がしっかりしているタレポという魔物を作るのに費やした。
夜になると再び、酒場が騒がしくなる。
夜はルカが簡単に作った夕食を手短に済ませ、明日の作戦を立てる。
話し合っても決まらなかったので、ひとまず、リーダーの件は明日の様子を見て決めることにした。
ただ、情報は三人で共有し、誰の指示にも従うというルールだ。
俺はそれから、今日買ってもらった金の鞘に入った青白い輝きを帯びた剣を振りたいと思った。
明日までにある程度この剣に慣れておいたほうがいいと思ったからだ。
明日は訪れないだろう森を一人で走り、振るい、また走り、方向転換する。
剣に慣れれば、その分思い通りの太刀筋で振れる。
そんな爽快感をこの剣でも味わいたかった。
ややあたりが明るくなった頃、俺は屋敷の中の俺の部屋で目覚めた。
急いで動いやすい服に着替え、約束の場所、街と外を隔てる結界の作り出す門の前へと向かう。
俺がつくとすでに二人は集まっていた。
この早朝時の特にやることのない衛兵たちはいつも以上に頑張れ、と声をかけて、俺たちを快く通してくれた。
まだ陽は昇っていなかったが、何故か目が冴えている。
木々の生い茂る森までは少し距離があった。
「今日の成果でリーダーを決めるんだよな?」
ライアンが先頭に立って歩いている。
「違うよ、ライアン。誰がリーダーだったら、私たち三人が一番安全に思いっきり戦えるかだよ」
「そんなん、お前が防御魔法使えるから、お前が一番安全に決まってんじゃん」
「もー、そういうわけじゃなくて……」
こりゃあ、戦う前からリーダーが必要な気がする。
二人とも何事もなく、ずんずん森の奥へと進んでいく。
ギャオオオオオ!!!!!
突如森の更に奥の方から咆哮が響き渡る。
普段からこの森ではよくあることらしいのだが、街を襲うこともなく、なんの影響も今までない。
別に危害を加えることはないから、と街の騎士団はむやみに討伐しないらしい。
街とは少し住むものの生活感の違いが、ヒンヤリとした空気から身にしみる。
俺たちが先にその声を発した魔獣の居場所を知れて幸運だと思いつつ、皆体はウズウズしていたのか、相談することなく走って現場に直行した。
現場に来てみると、蛇のような顔が五つに足が六本。
それらの首をつなぐは、藍色の胴が一つ。
ヒュドラと呼ばれる魔獣がいた。
前の森でも同じ種類ようなやつはいたが、こちらは姿が一回りほど大きい。
上位種のようだ。
首が五本あるとは言え、胴にある心臓を潰せば終わりだ。
相手がこちらに気づいていない分、俺たちには余裕があるように感じる。
やつに気づかれない程度に近づいて、作戦を考える。
「ルカの魔法で五本の首をひきつけている間に、俺が特攻して心臓を狙うから、ライアンは援護射撃な?」
ルカの防御魔法でヒュドラの攻撃を防ぎながら、ヒュドラの出方を伺う作戦だ。
「はっ?! 俺の炎弾で一撃だし」
「も~!! ライアンのやつは秘密兵器なんだから、まだ使っちゃだめでしょ。私もフィルセの案に賛成だから、それでいこうよ」
ルカが賛成してくれて良かったと思う。
別にライアンを敵対視しているわけではない。
あんな技使ったら、このヒドラ以外の魔獣にも刺激してしまうかもしれない。
この森のことをまだよく知らないというのに、強めの魔獣たちと戦うことになったら、どうなるかは分からない。
物事は順を追って、少しづつ慣れていくのが基本だ。
「あー、わかったよ。……うん、援護は俺に任せとけ!! よっしゃーー!!!」
俺たちにピースをするのはコイツを倒してからにしてくれ。
ルカに俺ら二人の防御力を上げてもらい、作戦実行に移る。
「『攻岩(ロックブラスト)』」
地面から鋭利な細長い岩が複数現れ、ルカが手を振るうと同時にヒュドラに襲いかかる。
当たったところからはやつの鮮血が吹き出る。
「『氷岩(レイムクロス)』」
立て続けに、今度は氷が襲う。
ルカは傷口を壊死させるつもりだ。
そのうちの二つの首がルカの攻撃を振り切り、ルカに噛みつきにかかろうとする。
ヒュドラの開けた口からは鋭き牙が見える。
ルカに軽々一回転して後方に下がり、一番怯んでいる一つに狙いをつけて猛攻する。
五本の首が胴でつながっているため、ヒュドラはバランスを崩す。
他の四本の首が俺たちを攻撃しようとするも、ルカの猛攻を受けているやつが首を引っ張っているのか、なかなか前に出てこられず、俺たちに狙いを定められていない。
その隙に俺はすぐさま駆け出し、正面の鱗の柔らかい心臓部に剣を突き刺そうとする。
俺がヒュドラの間合いに入ったのと同時に、ルカを攻撃しようとしていた一つの首が方向転換する。
そしてその首はルカに集中狙いされていた傷だらけの首の前にくると、身代わりになって入れ替わる。
俺のことは気に留めない様子だった。
心臓部を狙っている俺に来るかと思った。
しかしそんなことを思ったのもつかの間、俺の剣は心臓部の周りを覆っている厚い皮膚に邪魔されて、突き刺さらない。
そういうことだったか。
流石に前の森のやつとの違いを思い知った。
首一つ一つが意思を持っているが、個体を守るために自ら身代わりになるような知能の高さ。
自らを犠牲にするような奴らは前の森にはいなかった。
俺はルカの攻撃で傷だらけで、今は別の首に守られている首にトドメを刺そうと剣を構える。
しかし、今度は別の首がその傷を負ったやつの前に立ちはだかり、俺の剣を身代わりになって受けた。
俺の腕に重い衝撃が走る。
よく見ると、首一つ一つにどうやら役割があるようだった。
俺が剣を振り下ろした首は厚い皮膚の持ち主らしい。
しかしながら、心臓部を一番厚くしている以上、その首は二番手だった。
今までのような俺の剣だったら弾かれて刃が通らなかっただろうが、今も完璧とまでは言えないとしても、それでもダメージを与えるには十分だった。
その首が暴れて、痛みにのたうちまわる。
俺は一旦距離をとる。
そして隙を見てもう一度、その防御に特化した首に向かっていった。
俺が突き刺したと同時に、ルカの猛攻を受けていた首が耐え切れず砕け散った。
傷を負っている首を守る首はいなくなった。
ギャオオオ!!!
残っている首たちが咆哮をあげる。
続けてもう一刺し、心臓部にいこうかと思い、今度は助走を受けてヒュドラの懐に剣を振り上げて突っ込んだ。
そしてその剣を振り下ろそうとしたその瞬間、残っている首の一つが噛み付いてくる気配を感じた。
急いで俺は後ろを向いた。
そして向かってきただろうその首を斬り倒そうと構えに入った瞬間、俺は魔法の気配を感じた。
魔法を放とうとしているのはあの傷を負っている首だった。
しかし、俺とやつの間には空中と地面という差があって届きそうもない。
というか、魔法を使ってくる敵は初めてだったので、俺は大いに不意をつかれた。
やばいと思い、走り出そうとしたが、間に合わない。
「フィルセ、しゃがめーーー!!」
その首ーー初めにルカから猛攻を受けていたやつーーが、口を開けて炎咆を発する直前、ライアンのそれほど大きくはないが、速さのある炎弾を放った。
ナイス援護射撃。
その炎弾はその首に直撃し、ヒュドラの口は俺の方から逸れる。
それに伴って炎咆がやつの狙いから僅かに逸れて放射された。
ライアンの炎弾の数個と、かつ、ヒュドラが懐に居る俺を狙って、口から放った炎砲は、俺に向かってくる。
しかし、それらは俺をかすめるようにして外れ、ヒュドラ自身の体に当たった。
炎が直撃し、放射上に勢い余った炎が漏れる。
周辺の空気が急速に温度を上がり始める。
熱で視界が歪むと同時に砂煙が捲き上る。
俺は手を顔の前に持っていって熱風を防いだ。
最後は自分の炎に焼かれて死んだか。
俺は視界が開くのを待った。
空気の熱振動で視界が乱れる。
だんだんとその歪んだ巨体が俺の目に移り始める。
ヒュドラが再び姿を現わすと、あれ程の炎にもかかわらず、なんの傷も負っていなかった。
やっべーー。
急に焦りが生じ始める。
見ると、砕け散ったはずの首元が光っており、再生しようとしているのが分かる。
一旦距離を置こうかと思い、下がろうとした瞬間、ルカから声が飛んできた。
「フィルセー!! 今、炎が当たった皮膚が分厚くなってる!! でも、その分、その周囲の皮膚が一時的に手薄になってるっぽいよ。今がチャンスだよ!!! さっさとやっちまえーー!!!!」
そう聞くと、思考回路はほとんど停止したまま、振り返って思い切り振りかぶる。
そして、力一杯さっきの同じところに刺し込んだ。
ヒュドラの体が光り始め、そしてドロップ品を残すことなく消えていった。
「いや~、首がすぐに回復するような亜種じゃなくて良かったね~」
しかし統率の取れた動きはなかなか厄介だった。。。
また、ヒュドラの懐にいた俺に向かって炎を吹くことができたのは、万が一、かわされた場合でも炎の当たる部位の鱗を強化することができたからだったらしい。
もしこの防御能力を心臓の近くで使われていたら、それこそこっちが危なかった。
「ああ、やっぱりこっちの森のほうが敵は強いし、賢いね。いやあ~、炎が効かない敵だったから。初めっからライアンの秘密兵器を打っとかないでよかった、よかった」
功はそうした、とライアンに目配せする。
しかし本人はあまり直接的な活躍が出来ていないからか、少し不服のようだった。
「ちえっ。フィリーが秘密兵器って言うから、秘密兵器を使うその時まで極力援護しないつもりだったのによお。出番がなさすぎて、結局援護しちゃったじゃん。それに、秘密兵器使う前に終わっちゃうし。あーあ、もっとぶっ放してえーー!!」
せっかくライアンの魔法に恩位を感じていたのに、今ちょっと、聞いてはいけないことを聞いた気がする。
「まあまあ、まだまだこれからだし~? なんか私、燃えてきた!!!」
それは、朝一から物理的にも熱い戦いをしたからでは……。
その後は、ゴブリンやコボルト、クシュルスパイダーなどと戦ったが、危ないところはそこまでなかった。
まあ、どの魔獣も前の森より一回りも二回りもでかく強かったが……。
この森は魔法を使ってくる敵が多かった。
でもやっぱり今日はヒュドラ戦が一番きつかっただろう。
でも、これならこの森もこの三人ですぐに攻略できそうな気がする。
上場の滑り出しを見せた三人はまだこの森の地形を把握してはいないものの、数日間この森に入り浸ったのだった。
後書き
一つの体に複数の意志があるってどういうことなんでしょう。
今回は戦闘シーンを書きましたが、次回も戦闘になりそうです。やっぱり対人戦と、魔獣戦と、だと戦いが別物になりそうです。
次回予告 「将来資金と鷲」
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