オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!

羽田 智鷹

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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 二十四話 ピクニックエンチャント

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 「遅いよ」

 俺はミオに会ってそうそう軽く怒られる。

 俺は指示された時間通りにミオの店の前に来たはずだったが……。

 みるとミオは少し大きなリュックを背負っていた。

 「その中、何が入ってるんだ?」


 まだ朝も早く、普通の露店もまだ準備すらしていない時間だった。

 明るみ始めた空には薄っすらと月がまだ残り、長かった夜を思わせる郷愁の名残があった。

 最近は珍しくライアンたちの朝は早くなくのんびりだった。

 対して俺は早めの朝食を済ませ、こうしてここにきているのだったが……。


 ミオはもう準備が済んでいるようだった。
 店は「CLOSE」の看板がかけられている。
 俺が作った看板も、俺が昨夜こっそり店内にしまっておいた。


 「ガラスのもととなる砂や石を削るためのものとか、集めたものを入れるビンとか」

 要は今回の遠出は採集なのかな?

 まあ俺はガラスの原料が何なのか知らないし、ミオの指示に従っておこうと思っている。

 「俺は準備できてます」

 「じゃあ、行こーー」



 今日は楽しそうにミオが先頭になって歩く。

 「ミオはあの店に住んでいるのか?」

 「そうだよ。……、仮面君が毎回店に通うのが面倒くさいっ言っても、あの店に仮面くんを住まわせたりなんかしないから」

 「別にいいよ。俺も自分の居場所くらいあるし」

 俺は自分の質問に裏の意味を込めるほどやさぐれたやつではないのだが…………。


 通りはまだ人数は多くない。
 そのおかげで俺たちは道幅が広く感じられ、なんだか少し偉くなったような優雅さを味わったような気がする。


 俺がまだ行ったことのない別の結界門を目指しているらしいのだが、王都はやはり広い。

 門まで行くのに結構歩いた。
 途中ミオが俺があまりこの街のこのを知らないと知ると、いろいろと街の解説をしてくれた。


 「やっと着いたね。君は王都の外に出たことある?」

 そうか、俺はミオに全然自分のことを話していなかったな。

 「いや俺、外から来たから」

 「え、ホントに……」

 今日は何やらミオのテンションが高い。

 「まあでも。ガラス鉱石の場所は知ってる人なんて滅多にいないから、出しゃばらないでよね」  

 「元からでしゃばる気なんてないぞ」 

 「ほんとに? うふふ」

 本当に楽しそうだ。

 「店の備品ってそのガラス鉱石を集めないといけないほど、備蓄がなくなってきてるのか?」

 「それは事実だよ」

 少しだけその笑顔を曇らせる。

 「なんかね。街の外にいたすごい敵をどこかの少年が倒したから、皆"投票ロット"で大負けしたらしくてね。このことで急に私の店で愚痴を言う人が増えたね。それにジョッキは割れても水になるだけで別に危害を加えてるわけじゃないって言って、感情的に床に叩きつける客も最近増えてたし。確かに余分にお金をもらってるけど、やっぱり全然仕入れが追いつかなくなってきてるんだよ」

 「ミオは"投票(ロット)"で負けなかったのか?」

 もしや、無所属に投票していたりして……。

 もしそうなら、隠れたところで彼女のためにいいこと出来たのだが。

 「うーうん。私は賭け事はしてないの。そんなことして稼いだお金なんていらないもん」

 彼女の純粋な生き方にびっくりするとともに、彼女の働き方は単にお金集めじゃないように見えてくる。

 「じゃあ何のために働いているんだ?」

 「そりゃー、お客さんに楽しんでもらうことだよ。私も楽しいし。と、そんなことより早く行こうよ。私先行くよ」

 ミオは俺の返事も聞かずに結界門を越えていく。

 衛兵も門から出ていく者はいちいち調べないらしい。
 俺もあとに続いて出ていく。

 
 外に出ると、急に滝の音が耳に入る。

 見るとミオの装いは全く変わらない。

 「ミオは武器とか持ってないのか?」

 「うーうん。ないよ。そういう仮面君も見た限りどこにもないじゃん。でもここらへんは魔獣少ないから別に大丈夫だよ」

 そういえば、セロたちと魔獣探しに行ったときは王都からだいぶ離れたな。

 ミオは武器を持っていないらしい。
 まあ、街に武器屋がない以上、武器を持っている方が珍しい。

 「一応、持ってるぞ」

 「どれ? 見せて見せて」

 俺はミオに急かされて懐からくないを取り出す。

 「……。あれ、なんかイメージとちがーう。外から来たって言うから、もっとちゃんとした剣かと思ってたのに」

 ちゃんとしたって、どういうことだよ。

 「ほんとにそれって、武器なの?」

 「大丈夫だ」

 ウルス・ラグナ戦で使えていたし。 

 「そう。じゃあなんかあったら私を守ってよ」   

 「そのつもりだし」

 向こう岸まで続く一本の橋のような道を歩いていく。

 俺たち以外に歩いている人がいない。

 そして道の隣を相変わらずの水量が暗い底へと流れ続けている。

 「王都って、すげー場所にあるよな」

 「そうだね。水には一生困らないよ」


 俺たちが向こう岸までつくと、ミオは崖に沿ってあるきだした。

 王都の底に広がる深い奈落は谷となって、王都の周囲を何本かの線のように伸びて広がっていた。


 多分底で川が流れているのだろう。

 「しっかりついてきてよ」

 俺が深い底の方を少しだけ崖に近づいて覗いていると、ミオが振り返って言った。


 俺たちはくねくねと曲がる崖に沿って歩いていく。

 カタグプルからだと王都への道は森になっていたが、こっち側は木はもっと遠くにあり、崖付近は吹きっ晒しだった。

 崖の上は風が強く、底へ落ちないように気をつけながら俺はミオについていく。

 何度か分かれ道があり、目的地はミオのみぞ知る秘密の場所らしい。


 俺たちは結構歩くと、ようやく一本の大樹が見えてきた。

 「やっと着いたーー」  

 その頃にはすでに昼を回っていた。
 俺たちは木の根元に荷物を置くと、しばしの休息を取る。


 「弁当作ってきたんだ~」

 ミオがリュックから弁当箱を二つ取り出す。
 意外にもピンクの布で包んでおり、女の子らしい。

 「後から値段請求したりしないよな」

 「むむぅー。そうやって言われるとしてもいいかも……」

 「冗談だ」

 俺はミオがそわそわする隣で開けてみると、色とりどりの料理が並んでいる。

 しかも弁当の特性を活かし、冷めても美味しいものばかりだった。

 「凄い美味しそう」

 「本当? っていうか実際美味しいから」

 「そうまで言うなら」

 俺は一番食べ慣れている卵焼きを一つ口に入れる。

 「どうよ?」

 「うん。うまいな」

 ミオはその言葉でそわそわを少し落ち着かせ、軽く笑顔を見せた。

 「その……、前言ってた友達のやつとどっちが美味しい?」 

 恐る恐るといった感じだ。

 「そりゃあ、こっちだよ。ていうかあいつは弁当とか作ってくれないし。ありがとなミオ」

 「よかった」

 それを聞くとぱあっと、明るい笑顔になった。


 外で飯を食べるのは久しぶりだ。
 景色によって、味わいも変わる気がする。


 二人とも弁当を食べ終わったところで。 

 「よっ、と」

 ミオがリュックから弁当をしまうと同時に、今度は太いロープを取り出した。

 そのままに木の枝にそれを結ぶ。

 「一応、魔物よけの貴重品(アイテム)置いておくけど、見張りヨロシクね」

 「俺が取りに行かなくていいのか?」

 ミオは崖に壁に埋まるガラスの鉱石を一人で取りに行くつもりらしい。

 「いい。私の方が慣れてるから」

 ミオは自らの腰にロープを巻きつけて、ぐいぐいっと引っ張ったりして強度を確認する。


 俺は手渡されたミオのカバンを一緒に担いでおく。


 風が崖の底から縦横無尽に駆け回り、意図せぬ方向から吹き付ける。

 「じゃあ、上で縄の調節しっかりね。あと、私の幸運と無事を祈っててよ」

 「分かったよ。無理せず頑張ってな」

 ミオが俺の目を見ると、笑いそしてゆっくり崖を下っていく。


 俺は木の元でロープを握り、ゆっくりミオの元へ垂らしていく。

 何かがあったときはすぐにロープに力を入れて、ミオの落下を止める所存だ。

 ミオからなのか風のせいなのかはわからないが、ロープからは震えが伝わってくる。

 ガラス鉱石を取ることがこんなハードな採集法だとは知らなかった。

 「ついたよ」

 ミオで渡してくれた貴重品(アイテム)からミオの声が聞こえてくる。

 ロープの余った長さもちょうどよかった。

 「気を抜かないようにな」

 「分かってるよ」

 カーン、カーン、

 ミオが壁を削って鉱石を取り出している音が谷に反響する。
 掘り出す道具にも種類があるようだ。

 音の大きさの違いを生む、ミオが作り出した重低音が不規則に崖中に鳴り響く。


 ロープがせわしなく揺れる。

 「順調か?」 

 「集中してるから、話しかけないで……。順調」

 「それはよかった」

 待機組はこのぐらいしかやることがない。


 小二時間ほど同じ作業をしたあと、ミオは作業が終わったと宣言した。

 ミオが自分で崖を登りつつ、俺も同時にロープを引き上げる。

 鉱石がある分、初めよりもだいぶ重い。

 「私結構疲れたっぽいから、君の出番だよ」

 「りょうかい」

 俺は綱引きの要領でミオを崖から引き上げる。

 対して一いち女の子と鉱石は俺に、結構な力で対抗してくる。

 加えて風だ。
 揺さぶられて、真っ直ぐ力が伝わらない。


 もうひと頑張りだ!!

 俺は自分自身に喝を入れたその時だった。

 急に手が軽くなる。

 俺は弾みで後ろに尻餅をついた。


 あれっ?   
 俺はこの不可思議な状況が飲み込めていない。


 俺は崖下の谷を半ば反射的に急いで覗いたが、ミオはまだその暗い所で見ることはできず、声の反応もない。

 しかし俺はやっと、この手の感触からしてロープが途中で切れたようだったことが分かった。


 ミオとの通信手段である貴重品(アイテム)からは微かにミオの悲鳴が聞こえる。


 俺はすぐさまリュックを背負ったまま、ミオのいる地面が口のように開いたような崖底へと、気づいた時には体が動いて勝手に飛び込んでいた。  


 幸い俺に向かう風はなく、むしろ追い風だった。

 「キャーーーーー」

 一テンポ遅れて、崖にこだまするミオの悲鳴が実際の俺の耳にも聞こえてきた。

 その声に、俺の体に寒気が走る。


 停止しそうな思考をなんとか働かせる。

 どうやら、俺の体が俺の自分のものではないようなウルス・ラグナのことが頭をよぎり、余計にこの状況理解に俺の脳は時間がかかったらしい。


 俺はすごいスピードで崖底へと落ちていっている気がするが、まだ全然崖底が見えない。


 思うに数百メートルは落ちただろう。

 しかし、俺の目が底が捉えた時点でジエンドだろう。


 俺は必死に目を見開くと、目の前にミオが見え始めた。

 俺のほうがスピードが出ているらしい。

 くないを壁に思い切り押し当てると、段々と俺のスピードは少しだが確実に減少していく。

 くないが音を立てて壁に当たり、刃先からは火花が散る。

 若干の軌道修正をして俺はミオに近づいていく。

 ここは俺の空間把握能力に自分でも脱帽だ。


 「ミオーーー」


 俺の声が彼女に聞こえているかは分からないが、俺とミオの距離は縮まっていく。

 まだ離れてはいるが、かろうじて視線が交錯する。

 ミオは落下しながらも大事そうに鉱石を抱えている。


 (その鉱石を捨てろ)

 ミオの落下スピードを落とすためにも、と俺は言いかけたが、突如カノンさんの言葉が頭をよぎる。

 『モノのラッカすぴーどっていうのは、おもさはかんけーないんだよ。むしろどれだけかそくしてるか』


 俺はミオに手を伸ばす。

 「掴まれ」

 ミオも必死に俺に腕を伸ばす。


 その時間は次第に終わりを迎え、ようやく互いに腕を捕まえると俺はミオを顔の近くまで引き寄せた。

 しかし思った以上に早くミオは近くまで来た。
 彼女自身も俺を引き寄せたのだろう。

 そして彼女は腕を俺の首に巻きつけた。

 俺はそのつもり無かったのだが、つられて彼女の背中に腕を回す。

 そのまま二人抱き合うようにして落下を続ける。


 俺は空気を湿り気を感じた。

 地面が近いということなのだろうか。

 ミオの腕に力が入ったのが分かった。
 突風と轟音に俺は何もできず、落下する。

 ただ祈るばかりだった。


 ルカたちには俺がこの場所に来たことが分からないだろう。

 そのぐらいその崖は深い。


 彼女たちとこの王都まで一緒に来たのに、同じように帰れなくなることに罪悪感を感じると、同時に俺は腕に自然と力がかかる。

 ほんとに、ごめん。


 俺は一言心に叫んで、目を閉じた。


 その瞬間、風の方向が変わった。

 ゴォーーーーー。
 下から突き上げるような暴風が俺たちにぶつかる。


 俺は驚き、目を開けると、さっきまで見ていた壁が逆向きに動いている。

 しかも落下時とは比べ物にならないほどのスピードで。

 俺たちは体を傾け、壁から離れるため壁を蹴る。
 谷の中心部へ移動した。


 俺たちを包む風が巨大なシーツのようで、生暖かい。

 「光が見える」

 俺は崖の下方しか見えないが、ミオがそういったのが聞こえた。

 飛びかけた意識は途端に覚め、次第に活力が湧き起こる。

 「ミオ、ごめんな」


 俺たちが再び光のもとへ出るまで、俺はその言葉しか口から出てこなかった。


後書き

書いてて、生涯に一回くらいスカイダイビングしてみたいなあと、思いました。

次回予告 「信頼と信用」

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