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第二章 交錯・倒錯する王都
第二章 二十八話 騎士としての威厳
しおりを挟む「じゃあ、開けるぞ」
「うん」
俺たちが手に持っているそれは、なんの変哲もない木箱のようだった。
仄かな木の香りと若干ホコリの混ざった匂いがたちのぼる。
箱の縁取りには巨大な材木の一部が使われているらしく、頑丈な作りだ。
まあ外見ともかく中の作りは、っと……。
「あれっ」
自ら開けてみると言い出したものの、箱は開かない。
何やら内部で仕掛けを施してあるようだった。
さて、どうしたものか…………。
俺が困惑していると、ユーリは俺の隣から顔を覗かせた。
「多分、ここをこうして。こうだよ!!」
的確にユーリは何度か箱に触れた。
すると、パカっと言う音がして、箱が開いた。
「流石、過去の所業!!」
「今を褒めてよ」
二人我先にと箱の中を覗くと、中にはこの部屋にあるものと同じような、この街の何処かの図面が入っているだけらしかった。
俺はその図面を手にとって広げてみる。
所々細かな、しかも丁寧な文字のメモ書きも書かれている。
この図面の紙も少し、部屋に飾ってあるやつより良質な手触りである気がする。
「なーんだ。私の予想と違うなあー。同じような紙だけか」
ユーリはさほどこの図面に興味がなさそうだった。
紙の質からしてこの部屋のものと同じものではないと俺は思うが、ユーリの興味対象としては同じものらしい。
「でも、これはどこの場所なんだろ?」
「さーね。これを何に使うのかも分かんな……」
「『回収(ドロウ)』!!」
ユーリは失いつつも、俺はまだこの紙に関心が残っていたときだった。
呪文が聞こえた途端、途俺が持っていた紙が手から離れ、自然に箱の中に入った。
そしてその箱は自然に蓋が閉じると、宙へと飛び、どこかへ向かっていく。
「「えっ!!」」
俺たちは即座に箱を追う。
丁度俺たちの肩の高さを箱は飛ぶ。
俺の手を際どくすり抜け、意思を持ったかのように避けながら箱は飛んでいく。
直線距離が短い分、俺は今ひとつスピードに乗れず箱に追いつけない。
俺たちは必死に追ったが今一歩追いつかない。
俺たちは入り組んだ本棚を抜ける。
その箱の執着地点はスチュアーノさんだった。
彼の手元に箱が落ちる。
「どこに行っていたかと思えば、何をやっているのです」
「やべっ」
ユーリの小声が聞こえた。
「……。中見たのですか?」
スチュアーノさんのやや気分を損ねたような、呆れたような声が言う。
「いえいえ!! 蓋が開かなかったので……」
少し慌てた感じで言ってしまった。
流石にバレたかな。
「それなら、まあーいいのです。……、これの中の物はまだ完成していないのですし、何よりも人に見せるために僕が作ったのではないのです」
それにしては、紙が良質だった気がするが……。
「はあ。まあ僕はいちいちこんなことに気にするような男ではないのです。別に怒ってないですよ。そういえばです。先日少し寝かせておいたワインが何年も寝かせていたような深い味になっていたのです。君たちも飲んでみませんですか?」
えっ、ワイン?
「あの俺たち一応未成年なんですけど」
この人は前会ったときとは雰囲気が違うのは、もしかして酔っているからなのか……。
「それに、朝からなんて辞めておいたほうが……」
スチュアーノさんは俺の返答の真意を掴み損ねて、続く俺の返答は待つ。
しかし、俺もなんと言えばいいのか分からない。
俺自体ワインなんか飲んだことないし……。
そんな俺の心情を察したのか、数秒遅れてスチュアーノさんは俺の真意を理解したようだった。
「えっと、僕も普段ワインなんか飲む人じゃないのです。今日は僕の屋敷に訪れる人がいるという、めでたい日なんです。シスのやつは今いないですが、いいのです」
ルカやユーリの酔った姿を少し見てみたくはあるが、俺はスチュアーノさんがいい人なのか見極めに来たのだ。
こんな風に俺はスチュアーノさんに上手く手に取られてはいけない。
そう思って断りの言葉を口にしようとしたときだった。
バタン!!
扉が勢い良く開かれた。
俺とユーリはビクリと震える。
「スチュアーノさん。第三地区で窃盗が起きました。犯人は三人と見られます。どうしますか?」
「……仕事ですか。……ふぅー。第三地区といえば、比較的入り組んだ地区ですよ。……ガチャ。第一班は東から。第二班は西から犯人を追い詰めてください。僕もすぐに現場に向かいますので、それまでは皆さんで頑張ってください」
机の上にある伝達用の貴重品アイテムに向かって、スチュアーノさんは的確に指示を出す。
どうやら酔ってはいなかったようだ。
「スチュアーノさん、今日の調子はどうですか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。今日はやたらと心が軽いし体も思うように動く。僕もあなたも気を引き締めていきましょう」
今しがたこの部屋に入ってきた配下にも声をかけ、スチュアーノさんは準備を始める。
スチュアーノさんを取り巻く雰囲気が何やら変わった気がする。
俺の知るスチュアーノさんに戻ったようだった。
スチュアーノさんが両手を伸ばすと、両手に拳のようなグローブが現れた。
前に見たことがあるあの青を基調としたものだ。
「ワインは後ですね。まあ、本数が結構あるので誰かに分けてあげたいくらいですけどね」
「スチュアーノさんはその武器使うのか?」
ライアンが訊ねる。
この街では五大明騎士以外に武器は扱えない。
よくこんな街で窃盗なんてできたと俺は少し犯人に感心してしまう。
「いやいや、これは牽制を込めた飾りとして。僕がこんなの使っていたら犯人の命が危ないですからね」
では、廊下の壁に飾ってあった短剣も飾りなのだろうか。
実際スチュアーノさんは剣とは扱い方の程遠いグローブ使ってるし。
それを聞こうとしていたときには、スチュアーノさんは扉に手を掛けていた。
「フィルセ君たちもどうぞ。人が多い方がいいです」
俺たちの判断を待たずにスチュアーノさんが扉を開ける。
武器のない俺たちに何ができるか分からないがひとまずついていくことにした。
スチュアーノさんは路地を右へ左へと走り、頻繁に車線変更しながらも着実に目的地に近づいてきている。
「こっからは屋根の上で待ち伏せです」
そういうと、ひょいっと屋根の上に乗っかった。
流石は街の構造を把握しているだけある。
これでは犯人をすぐ捕まえられそうだった。
「私はあんまり高いところが好きじゃないので、下にいますね」
クーレナさんがそう言った。
確かに屋根は不安定だし、下から見るとそこまででも上に登ると途端に高度感が出て、恐怖心が芽生えるということはある。
でも、やっぱりそこまで高くないような気はするが……。
クーレナを除く、俺たちは近くの塀を使ってスチュアーノさんのもとまで行く。
「僕の配下が指示通りに動き、作戦どおりに行けばここで鉢合わせするはずです」
確かに近くで人々の騒声がする。
この街での窃盗犯ってどんなものなんだろう。
「どうやって犯人捕まえるんすか?」
スチュアーノさんの部下は武器を持っていなかったはずである。
「そりゃあ、体術ですよ。それに規律ある集団行動ですかね。犯人は少人数らしいしなんとかなりますよ」
しかしその言葉とは裏腹に、スチュアーノさんの拳が一層輝きを強めた。
「ねえ、あの場所に人が……」
ユーリが指差した方向を見てみると、通りに竜車が慌てたように走り、その上で犯人は人を人質にとるようにして乗っている。
「おっと、一般庶民を巻き沿いですか。しかも一般商人とその竜車を人質に竜車での移動ですか。少し予想と違いました。なかなかやりますね」
「どうするんすか?」
しかし、いっこうにスチュアーノさんに焦りはない。
「第三班。各人で土竜に乗り、ポイントまで。敵は竜車を使っているです」
スチュアーノさんが貴重品をポケットにしまい終わると、
「では僕も一応攻撃しときますか」
スチュアーノさんが右手に力を込めて、振りかぶる。
そこからの右ストレート!!
スチュアーノさんの拳から衝撃波が放たれる。
隣にいる俺たちにも微動波を感じられるほどの威力で。
衝撃波が竜車にのる三人の頭を拳一つ分、上を掠めて通り過ぎる。
彼らの衣服が異様な煽られ方をしている。
そのまま衝撃波が通りの家の壁にぶつかった。
音を立ててその壁を破壊した…………、かと思いきやなんともなっていない。
むしろ、衝撃をパクっと吸い込んで壁が吸収したように見えた。
「え、どういうこと?」
俺たちが驚愕していると、
「僕たち五大明騎士ですね。街の中で武器は扱えても、その武器で街のものを攻撃することはできないのです。そういう魔法をシェレンベルクが街中にかけているので。だから僕たちは心置きなく攻撃できるのです。あ、もちろん、あの竜車や人に当たったらとんでもないことになってましたけどね」
これは今攻撃が当たらなかったことに対する言い訳なのだろうか。
いや違うと思う。
犯人たちは少し怯えながらも、今のような攻撃に備えるべくキョロキョロしている。
そうしつつも、確実に俺たちから離れてきている。
「ちょっと、私たちのポイントにホントに彼らくるの?」
ルカも疑い始めた。
「第一班、犯人がそちらへ向かっています。せめて時間でも稼いでいてください」
と言いながら、スチュアーノさんが屋根を犯人のほうへ駆けていく。
どうやらスチュアーノさんの読みは外れたようだった。
この地区は家同士の間隔が狭く、屋根を伝っての移動はさほど難しくはないが。
「クーレナ、俺たち移動するぞ」
「ーーーーーー。はい、では私は下の道を」
少し遅れて返事が聞こえた。
窃盗犯はどうやらどこかで街の結界門をくぐって外に出ようとしているらしい。
外に出れば犯人も衛兵も同じように武器が使えるようになる。
しかも、あのスピードで街中を走られたら彼らを止めるのは難しいかもしれない。
俺たちの前方にスチュアーノさんの部下が駆けつけたのが見えた。
第一班のようだ。
鎧を着た男性たち数人がその竜車と土竜を抑えにかかる。
そして竜車が減速したすきに、騎士の何人かが犯人のもとへ乗り込む。
スチュアーノさんと俺たちは必死に走って近づきながら、彼らの様子を見守る。
と、犯人が何やら瓶を取り出して、スチュワーノさんの部下たちにふきかけた。
途端に竜車から降りて、彼らは皆自分の目をおさえ始めた。
「ジィジィ。こちら一班。やつらグレープフルーツのような柑橘系の汁だと思われるものをかけてきまひた。うぅーー。尋常じゃないほど痛いでふ」
「何をやっているのですか。まあ、少しばかりの時間稼ぎご苦労です」
みると俺たちは犯人との距離よりも、スチュアーノさんとの距離の方がだいぶ開いてしまっていた。
やはりスチュアーノさんは移動が早い。
「次こそは確実に」
再びスチュアーノさんの右手が輝き始めると、目一杯後ろに引き絞る。
そして、神速の速さで右腕を伸ばすと二度目の衝撃波が放たれた。
それは一直線に犯人の一人を仕留める。
犯人は飛ばされて、壁に打ちつけられた。
それを見て、残る犯人たちは急いで車内へ潜り込んだ。
「もう抵抗は終わりですか。仕方がないですね」
スチュアーノさんが次は左手で衝撃波を繰り出し、今度はそれが竜車の後輪にヒットする。
「さあ、フィルセ君たちも。現場へ向かいましょう」
スチュアーノさんは俺たちの方を向いた。
やはり五大明騎士様なだけある。
飛ぶようにして、スチュアーノさんは現場へ向かった。
俺は、多分スチュアーノさんに姫様抱っこして移動してもらっても途中で気絶するな、と考えながらスチュアーノさんに続いた。
後書き
お盆だーー。いえいっ。
次回予告 「盗品の意味」
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