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第二章 交錯・倒錯する王都
第二章 三十話 美味を噛みしめる運
しおりを挟む門までは距離にしてあと数百メートル。
俺たちはそれぞれの技の初期動作に入りつつ、力を込め始める。
「門をくぐったら、すぐさまですよ」
スチュアーノさんの声に俺たちが頷いたその時だった。
「おおー☆ ホントにやってるね☆」
スチュアーノさんの通信貴重品(アイテム)から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はいはいーー☆ そこにいるお兄さんたちにストップ、ストーップ!!」
その声に思わず俺たちは減速してしまう。
「いやー、犯人って本当に言うこと聞いてくれないんだね☆ どうしよっか?」
「セロ様の好きなようにすればいいですよ」
「やったーー☆ じゃあ『空間洪水(スパイタルフロッド)』!!」
バシャーーん!!!
何かがぶつかる音。
ウオオオオーーー!!
兵士の歓声。
「よし、止まった止まったーー☆ じゃあ回収しにいこうよ☆」
「美しい……。ああ、また私たちの出る幕はありませんでしたね」
どうやら、イルさんとナルさんもいるようだった。
「どうして彼らが……」
俺の隣では、自信に満ちた顔から一変して、苦虫を噛み潰したような顔をしているスチュアーノさん。
俺たちは急いで門をくぐって現場へ向かう。
そこには大きな外傷もなく止まっている竜車と、白目にして泡を吹いている土竜と一人の少年。
そして、案の定セロとナルとイルさんもいた。
「終わっちゃったよ☆」
セロが嬉しそうに言った。
ますますスチュアーノさんの顔が険しくなっていく。
「なぜセロがいるのです? 彼らは僕の相手だったのに」
「い、いや~。偶然だよ☆」
なんか怪しくないな。
今日はどいつもこいつも怪しい。
「なんかあやし……」
「フィルセ君。ちょっと冷静になって」
イルさんがピシャリと言った。
一見するとイルさんはおどけたように見えるが、目が違う。
本気だ。燃えている。
これ以上余計なこと言ったら許さないと。
「すみません」
俺は反射的に謝ってしまった。
「で、セロ。ここでどんな魔法を使ったのですか?」
「「空間洪水(スパイタルフロッド)」だよ☆ 滝から水を少し借りて、それでここに水の箱を作ったの☆」
見るとここらへんの地面が濡れている。
竜車を箱型に形どった水と衝突させて、止まらせたようだった。
「もちろん、終わったあとは水は外に返したよ☆」
すごい、としか言いようがない技だ。
「で、"炭石"はありましたか?」
「アレのことですか」
イルさんが荷台の後ろを指差す。
見ると大量の"炭石"が積み込まれていた。
「はあ。事件解決ありがとうです。犯人の処理については僕がやっておきますので」
「そっ、ありがとう~☆ セロは楽しかったよ☆」
そう言って結界門の方へセロは歩き出す。
「セロ様、まだ見回りが終わっていませんよ。先程の続きです」
「はいはーい☆」
セロは分かっていたかのように笑って戻ってくる。
「では、また」
「フィルセくんたちもまたね」
ナルさんが手を振ってくるので、一応返しておく。
「はあ。僕たちも帰りましょうか」
スチュアーノさんは少し元気がないように見えた。
「しかしなぜ僕の部下は追う竜車を間違えたのでしょうか」
「だよね。私も思ってた。あんな量だったら分かるはずなのに」
ルカも荷台に積まれた"炭石"を見て不思議がる。
ひとまず俺たちはスチュアーノさんの屋敷まで戻ることにした。
スチュアーノさんの元々の区域は東の結界門であり、今いる南門からは屋敷まで距離がある。
「もしかしたら、"炭石"乗せていた竜車を途中で入れ変えたとか。彼ら、自分たちのこと"駒"って言ってたし」
ルカが推理する。
その可能性はあり得る。
どこかの路地にニセの竜車を隠しておいて、そこを本物が通った時に上手く偽物と入れ替わる。
そして偽物が遠くへ行ったのを見計らって、何事もなかったかのように本物が出てきて合流する。
「はあ、美味しいところをセロに持ってかれました。"炭石"はすべて取り返せましたが……。くそ、なぜあのような場にいたのですか」
スチュアーノさんは悔しそうに答えのない問を一人つぶやく。
みんな沈黙する。
そりゃ、五大明騎士の行動パターンなんて俺たちが知るはずもない。
「そうだ。今夜僕のところへ食べに来ませんか? まだワインもご馳走していませんでしたし」
ひとまずワインのことは置いておいて、その提案は悪くない。
「「行きたいです!!」」
ルカとユーリが同時に言った。
「俺もな」
ライアンは言った。
「良かったです。では、僕は犯人の事情聴取があるので、少し」
そう言って、部下が犯人を運んだであろう拘置所へ向かって行った。
その夜、俺たちは再びスチュアーノさんの屋敷を訪れてみると、兵士の数が減っていた。
「ああ、皆さん夜は家に帰っていますよ。彼らにも彼ら自身の生活がありますからね」
「よっ、朝ぶり~~!!」
長机にスチュアーノさんとシスさんが座って待っていた。
机の上には豪華な料理の数々が並べられている。
ライアンが早速手を付けようとして、早速ルカに注意されている。
それをクーレナさんは微笑ましいかのように見ている。
「で、この人はどうだった?」
シスさんが面白いことはなかったか、と言ったふうにスチュアーノさんを指差して俺たちに訊ねてくる。
「指示は的確で早いし、あの拳の技、威力やばかったぞ」
ライアンがルカの注意を聞き流すかのように答える。
「そうか。今日窃盗の事件があったらしいな」
「そうです。今日はそれを追っていました」
スチュアーノさんがそのことを思い出し、そして疲れたかのような声を出した。
「知ってる」
「おい」
シスさんは笑顔だ。
「セロがあの場に来なかったら……。僕の拳もフルスロットルでしたのに」
「まあまあ、セロちゃんのせいにするなって。あんたがいつも言ってるでしょ、子供に重荷を負わせるなって」
「セロは自分から背負ってきた」
そう言いながら、食事をパクっと食らいついていく。
「まあまあ。じゃあワインでも飲みなよ」
シスさんが勧めた瞬間に、スチュアーノさんが一気に飲み干す。
「で、何か面白いことあった?」
シスさんはスチュアーノさんの様子を尻目に俺たちにしつこく質問してくる。
既にその質問をしているところから、シスさんは何か面白いものがあるかのように笑いを堪えている。
「そういえば、スチュアーノさん。犯人たちに"石炭王"って呼ばれてましたね」
「敵対していたのに、この人のことを"王"。しかもそれが"石炭王"……。クク、アハハハハ。ヤバイ。この人強すぎ」
シスさんは腹を抱えて笑っている。
「なんか最近スチュアーノさんが"炭石"を消費する量が多いからって」
「ハハハ……そうだ、よ……ハハ。ック、この、人けっこう寒がりなんだよ。ふぅーー。アハ、アハハハハハ」
シスさんに比べてスチュアーノさんは、静かに食事をしている。
「シス。うるさいし品がないのです」
「ごめんな、スチュアーノ。俺が駆けつけて行けなくて」
「そんなもの、全く持って要らなかったのです」
「まあまあ、仲良くやってこーよ。……ねえ、フィルセくんたち。この人面白いでしょ?」
シスさんは、セロに対しても同じようなノリで面白がっていた気がするが……。
「そうだ。シスさん。最近セロ陣営からこっちに来たんですよね。何か理由とかあったんですか?」
俺は当初の目的を思い出してシスさんに質問する。
「おお、今度は君たちの興味がこの人から俺に来たかーー。光栄だね。俺に興味持ってくれるなんて」
少しはテンションを変えるかと思ったが、そうでもないらしい。
「あっ、私も興味ありますっ!!」
ルカが便乗してくる。
場の話題が変わり始めた。
「ここにスチュアーノさんいるのに、シスさん。その話題はいいのですか?」
クーレナが念を押す。
「大丈夫だって。この人、今の俺の上司だから」
それは大丈夫な理由になっているのだろうか。
「じゃあ言おうかな。…………、そろそろセロちゃんを自立させたほうがいいのかなって」
皆が予想打にしない回答に絶句する。
その中で一番はじめに声を出したのは、なんとクーレナだった。
「セロさ……、いやシスさんよりも彼女のほうが実力があると思います。シスさんは何ができるんですか」
「おおー、そうきたか。でもそうじゃない。セロちゃんは俺を含めた特定の部下を頼り過ぎなんだよ。それでもってその他の人を一切信用しない。そこが駄目なんだよ」
頼り過ぎなのに信用しない?
ドウイウコト??
「でもシスさんは彼女に信用されているにも関わらず、彼女の元を去った」
「そうだね。でも、彼女にとって俺は刺激にはなったと思うよ。それに俺は彼女の操り人形じゃないんだ。俺にも考えがある」
シスさんはかっこいいくらい、堂々としていた。
「そうだ。じゃあ、セロとシスさんが仲良くなったらエピソードとか聞かせてよ。絶対そういうのあるでしょ?」
ルカが訊ねた。
「あるっちゃあるけど……。昔の話だぞ。それにそれ以上は内緒だ。ルカちゃんだっけ? 俺のテリトリーに侵入し過ぎ」
「駄目なのーー♡?」
「そんな可愛い声を出しても、駄目なもんはダメだ」
ふふっ、そう含み笑いをしてシスさんもワイングラスを傾ける。
紫の液体は抵抗せずにシスさんの口の中へと消える。
「シス、今日の仕事はどうでしたか?」
「もちろん、問題ないよ。……それにしてもさあ、この人、いちいち、俺の仕事の進捗を聞いてくるんだよ。どう思う?」
「当たり前だ。部下の失態は僕の失態と同じだ」
「へっ。そんなかっこいいこと言われても、あんたの心がいくら広くて寛大でも僕はオチナイゾ。だって、俺はそんな容易く収まらねーからな」
「そんなこと、どうでもいいですよ」
「うわっ、なおざりーー」
シスさんはコミニュケーション能力が高いのかな。
今のシスさんとスチュアーノさんを見ていてふと思った。
セロとも仲良さそう? には見えたけど……。
それか、スチュアーノさんにお酒が入っているだけかな。
そんな風に思いながら俺は彼らの話を聞いていた。
「シスさんたちはお酒には強いんですか?」
「あ? 俺はもちろん、その通り強いけど……」
「僕ですか? 酒というものは料理を引き立てるもの。主役ではありませんのでいくらでも行けます」
「とかいいつつ、案外すぐ酔うやつ」
「何を分かったような口聞いているんですか?」
「分かるわけ無いじゃん。人なんて」
急に規模が大きい。
シスさんと会話しているとこの場全体が和むような気がした。
スチュアーノさんの頬から蒸気が昇る。
「あっやべ」
「大体ですね。君は色々と中途半端なのです。自分にはやることがあるっと言って、大事なときには場にいなかったり、言ったこととやってることが違ったり……。簡潔に言うと自由すぎるのです」
「人生楽しんでこそだろ?」
「自由そうで見ていて羨ましいのです。僕なんて、代々の家系のおかげで今ここにいられています。彼らに恥じないように」
「そこがお固いんだよ。我らのリーダーは」
しかし会話を聞いていて俺は、なぜシスさんがこんなにも五大明騎士相手に軽口を叩けるのか不思議に思う。
「スチュアーノさんからみて、やっぱりシスさんは強いですか?」
その秘密を探るため、俺は思い切って聞いてみる。
「いや、こいつは戦いには不向きだ」
「ソダヨーー。俺、五大明騎士の陣営の中でも中の下ぐらい。そもそも戦い方なんて知らないし」
「じゃあなんで今の立場に?」
しかしシスさんは何かを隠すような態度をするのではなく、むしろ笑っている。
「行動力と情報力、かなと自分では思ってるな」
「行動力とは言っても、こいつのは気まぐれですがね」
「いいんだよ、それで役に立ってれば」
本人たちがそう言うくらいだから、シスさんがスチュアーノさんの立場を狙っている、という噂は本当のことはないのではと思う。
それにスチュアーノさんも王都で反乱を起こそうとしているとは、今日共に行動していて、微塵も俺は感じなかった。
廊下の武器や、部屋の図面などいくらか気になる点はあったが、むしろ王都を守るためのもののような気がする。
俺は疑うのをやめ、純粋に会話を楽しむことにした。
楽しい夕食会だったのは言うまでもない。
後書き
ついに三十話到達です。
第一章に比べて随分ゆっくりとしてますが、着々と進んでます。
次回予告 「異地の百合根」
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