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第二章 交錯・倒錯する王都
第二章 三十五話 ドン底の前には一服を
しおりを挟む「まったく、この人は。私の目的の一つを妨害するなんて」
俺がユーリを置いて一人そそくさと店内に入ったことを根に持ったのか、ルカの後ろに隠れて二人恐る恐る店内に入ってきたユーリに、俺は早々軽く叩かれた。
この店には、様々な珍しい骨董品があるのが見て取れる。
「ああ、なんか体がうずく」
ユーリが早く商品を審美したいとばかりに手当り次第物色していく。
「そんなもん、価値あるのか? 俺には分からんが」
俺はユーリが手に取ったものを見て呟く。
「うわー、この人。私が来たかった店でその商品を"そんなもん"って言いましたよ。さあ、ルカさん一緒に色々見ましょう」
ユーリは俺に半眼を向けると、いきなりルカと二人で買い物を始める。
ルカといることをユーリが嫌がっているかと思ったが、案外そうではないらしい。
互いにこれが似合う似合わないだの、可愛い、綺麗だの、意見を言い合ったり、手に取っている物を見せ合ったりしている。
何も買うつもりのない俺は適当に視線を流して店内を見る。
内陸である王都では珍しい、貝殻の飾り、目をとろんとさせた犬の置物、弓矢を手に取った半馬人間(ケンタウロス)、それに耳が尖った細身で長身の頭に草の編んだ物を載せている男に、赤い翼を腰付近から生やし、鋭い爪を持っている女の子。
誰かの空想の産物なのだろう。
いかにもリアルに存在してそうな精密さと雰囲気がそれらの彫刻から醸し出されているが、事実、この世の中には人間と、それ以外には無垢な動物たち、それに魔獣と呼ばれる奴らしかこの世界には存在していない。
こんな平和でやることがない王都では、妄想を膨らませてこういうものを作ったやつがいたとしても納得がいく。
案外この店面白いかもな、と俺は思ったが、彼女たちは全然これらの彫刻に目を向けてはいなかった。
とにかくいろんなものがおいてある店だった。
俺とライアンは案の定何も買うことなく店から出る。
そしてまあまあな時間をかけて買い物を終えた二人が、店内をやっと出て来た。
「はい、これ。皆でおそろいね」
そう言っていきなりユーリが、俺とライアンに赤い羽根と黄色の剣が交差するような飾りというかストラップを渡してきた。
羽……羽根……翼。
何か思い当たることがある。
なんだっけ……。
あっ、今朝見つけた"黒い羽"だ。
もしかしたら、この羽がこの王都に『邪翼族』と呼ばれる存在がいて、こいつを匿っている人間がいるかもしれないという証拠になるうるだろう、と今朝俺は考えていたのだった。
"ベラドンナ"の事件も王都ではありえないことだ、と言っていたがこうして実際に起こっている。
先程セロにこのことを伝えようと思っていたのだが、言い忘れていた。
ライアンとルカたちにまだこのことを教えていないが、実際何とも言えない以上、まだ俺が隠し持っておこう。
きゅるるる
ルカのお腹が鳴る。
だがルカが俺たちに対して恥じらいを見せるようなことはない。
朝一から行動していた俺もそろそろ空腹を感じ始めていた。
陽は昼を告げるように天から俺たちを見下ろす。
「そうそう、私一応、お店も目星をつけてあるんだ」
ユーリはなんの店かも伝えず、ただついて来て、とだけ言った。
そこは完璧にパンケーキのお店だった。
「おい、俺たち昼食を食べに来たんだぞ」
ライアンがユーリに突っ込むが、それほど嫌そうには見えない。
こんな昼から甘いもん食えるかな。
普通の料理なら別だが、甘いものは少しで満足できてしまう俺としてはこのような店は初めてだった。
確かルカが前、スートラにも美味しいパンケーキのお店があると教えてくれたことがあった。
まあ、俺はそのときは行かなかったが……。
甘いものへの誘惑が俺にはそれほど効果がないためである。
ユーリたち三人に続いて、俺は少し入るか迷った後、結局どうすることもできないので店の中に入った。
ユーリがポンポンポンと、注文を済ませた。
俺には初体験だが、黄色に生地の上に真っ白のクリーム、それにオレンジ色に近い色をしたキャラメルソース。その色とは似ても似つかないはちみつは甘い香りを漂わせ、周りをブレーベリーやイテゴ、パナナやオレンチなどで埋め尽くされたものがドンと皿の上にそびえ立っているように見える。
ライアンを含めた三人が歓喜を上げている。
俺はこんないかにも甘そうで、栄養バランスの悪そうなものをこんなにも食べるのかと、ユーリの頼んだ品をやや訝しむ。
「ホントはここに二人で来る予定だったんですけどね」
「そうですか、それはわるーございました。フィリーもよくユーリの誘いに乗ったね?」
ルカが推し量るように俺を見る。
「俺はこいつが兄貴を探すって言うからついてきただけだがな」
せっかくの休みをもっと穏やかに過ごすつもりだったのだ。
それなのに朝から色々と巻き込まれてるし。
「まあまあ、なんなら私が……」
「うっめーーー!!!」
ユーリの言うことを最後まで聞くことができない。
なぜなら、俺たちの会話を気にすることなく、運ばれてきたパンケーキに手をつけ出していたライアンが叫んだから。
「すごく意外です。この人、こんなキャラでしたか?」
ユーリがライアンを疑い深そうに見る。
「ああ、いつも通りだな」
「そうだね」
まあ、俺たちは知っていた。
ライアンに続くように俺たちも各々パンケーキに手を付け始めた。
明らかに俺よりも、この三人の食べるスピードが早い。
だから俺は甘いものがそんなにすんなりと喉を通らないんだって。
ホントかどうかは知らないが、砂糖? というものが体を鈍らせるという噂を聞いたことがある。
そんな考えをよそに、
「なあ、まだそんなに残ってるなら少し貰うぞ」
ライアンは俺の返答を聞かず、俺のパンケーキの一部をやつのスプーンですくいとる。
「じゃあ私も」
「同じく」
二人も遠慮もクソもない様子で、スプーンを操る。
「おい」
流石に俺の、このゆったりとしたなんとも形容しがたい、落ち着いて一人パンケーキに向き合うという時間を邪魔されたくない。
「ちょっと、フィリー。目を瞑って、あと口開けといて」
しかし俺がユーリたちに対抗する前に、ユーリの手が俺の目の前に覆う。
仕方なく言われたとおり口を開けると、俺のとは違う、また別の味のふわ甘なパンケーキが口に入り込んできた。
「どう? おいしい?」
ユーリが俺の目から手をどかして訊ねる。
「そうだな。それも美味しい」
気づかないうちに自分もこの状況を楽しめているらしい。
「あーー。ユーリ何やってんのよ」
「ルカさん達と違っては、私はもらったもののお返しをしただけですよ?」
「くっ」
三人はさらに追加で注文するらしい。
俺は奪われたあとのものをゆっくりと味わった。
「ふぅーー。四人でっていうのも悪くないですね。まあ、私の今日の予定は崩れましたが」
「そう。それはよかった。それに私も楽しかったよ」
ルカも満足そうに言う。
「そういえば、少しルカさんの背中が黒くなってますけど、何かあったんですか?」
「えっ??」
ルカが慌てて上着を脱いで、その服の後ろを見る。
確かに黒っぽく汚れている。
ルカが手ではたくとそれはすぐに消えた。
「あっ、えっっっと。竜者の砂煙のせいですよ、多分」
みるとライアンにもかすかに後ろが汚れていた。
「まあ、イイですけど」
ユーリがまた、どこかを目指して歩き始める。
「今度はどこに行くんだ?」
「今日一日を締める絶景を見に」
俺が訊ねると、ユーリが振り返って言う。
ユーリにつられて、四人は歩くこと二十分ほど。
市街地を抜けて北の方へ向かう。
俺たちの目の前は、俺が前行った東の方と同じように草が生い茂り始めていたが、それとは違って小高い山になっている。
ここからその頂上までを遮るものは何もないくらい草しか足元に生えていない。
だから頂上を見上げると、一歩一歩近づいているのを実感できた。
その調子で歩き続けるといつの間にか中心街をに下ろせるような高さまで来ていた。
俺たちは確かに丘を登っていたはずなのに、いつの間にか少し身が凍るくらい高かった。
板とかでここを滑ったら、さぞスピードが出るだろう。
ただ、結構な傾斜角度だけど……。
「私が昨日偶然ユーリの話を聞いといてよかった」
「やっぱり」
ルカのふと口から漏れた心の声に、ユーリが反応する。
「やっぱりって、どういうことだ?」
「多分、朝からルカさんたちは私たちをつけてたんでしょ?」
俺の問いにユーリが答える。
ユーリの言葉に少し驚いた顔をしたルカだが、すぐにいつものアグレッシブさに戻る。
「バレちゃったならしょうがない。そうだよ。だって私たちも一緒に行きたかったし」
「それには、俺も入っているのか」
ライアンの訝しげな声。
「なんでバレたのに嬉しそうなんだよ?」
「だって楽しいからに決まってるじゃん」
「まあ私はルカさんが来てもどっちでもよかったですけど。正直今のルカさん、しつこいし見苦しいですよ」
ユーリの言葉に、ルカはぐぬぬと声にならない声を上げている。
気づくといつの間にか俺たちは頂上についていた。
頂上は平でまあまあな広さのある円上の形をしていた。
そこには木のベンチが設置され、もたれ掛かるようの手すりもある。
向こうの地平線がややかすみ、王都の中心街が眼下に見える。
ここは絶景スポットらしく、街にかかっている結界魔法の効果で外の景観を透過させない、という効果を一部無くしているらしい。
おかげでその王都の遙か上空からは水しぶきを上げて降下する滝が、一部分だけだが、ある一定の高さを超えると突如として現れている。
この王都では、本来魔法のお陰で外との関わりが薄れている。
だから、今まで滝という存在が王都のすぐ横を通りすぎていたことを忘れていた。
その分驚きと感動が大きい。
王都に平行するように切り立つ崖までは流石に見えないが、その上に位置するであろう空ははっきり見える。
空気が澄んでいるからであろう。
やや赤みがかったじわじわと広がる夕焼けを手前に、後ろには底深く落ち着きを取り戻した闇夜に星が灯り始めていた。
突如、天際から一際明るい光が俺たちを照らす。
「帰りのことも考えてそこそこ降りようか」
ユーリがそう言うまで、俺たちはこの場に立ち尽くして、見とれていた。
「よくあんな場所を見つけたな」
下りのほうがすいすいっと足が出る。
「まあ。だって中心街にいてもあの小高いところって少し気になってたの。そしたら頂上には丁寧に休憩スペースがあるし」
「ユーリちゃん、一人で登ったことあるの?」
「もちろんね。でもそのときは帰るタイミングを間違えて、少し怖い思いをしながら一人、夜の闇の中歩いてたんだから」
「へえーーー」
「今、その状況を想像した? そして俺がその場にいればなあ、って思った?」
ユーリが俺の目を覗き込んでくる。
「思ってねーよ」
「釣れないなあ」
中心街は既に夜の顔に変わっていた。
夜飯はライアンが場所を決めた。
こうやって、四人だけでこの王都を楽しめているのは初めてなんじゃないかな、と思う。
俺がウルス・ラグナを倒してからも、何ということなく、日々を過ごしていたからな。
「今の俺たちに乾杯っ!!」
カチャリ。
グラスを合わせる。
「フィルセがあのよく分からないやつにとどめを刺してくれたおかげで、今こうして俺たちが楽しく過ごせていることに乾杯!!!!」
ライアンが柄にもなく俺を褒める。
「私たち全員が負傷しなかったことに乾杯!!!!」
ルカは治癒魔法役でもあったため、みんな無事なのが嬉しかったのだろう。
「皆さんが私を見つけてくれたことに乾杯!!!!」
今のユーリは、初めて会ったときよりも笑顔は可愛いし、本当に楽しそうだった。
「今日は全部フィリーが出してくれるからな」
ライアンが勝手なことを言い出す。
まあいいけど。
ミオの店で稼いだお金が今日一日で簡単に飛んでいった。
まあ気にしてないけど。
それから互いにいろんなことを喋った。
ユーリが思った俺たちの第一印象とか。
ライアンの昔スートラでも武勇談とか。
一概にまとめることはできない。
本当にいろいろだった。
俺は屋敷でのんびりするのもいいと思っていたが、今日みたいに先が予測できないような生活を楽しくするのも悪くないな、と思った。
後書き
毎日更新したいけど、時間がない
次回予告 「見かけ上の普遍な滑り出し」
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