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第二章 交錯・倒錯する王都
第二章 三十七話 それは波紋のように
しおりを挟む俺はさらにお金を賭ける各クリスタルのそばにある"情報"を映し出すスクリーンである噴水を目指して歩く。
近くまで来てみると、今現在の国民が掛けた金額は合計すると、以前自分が見たときよりも数十倍に膨れ上がっていた。
人々は近々何かが起きると予想したようだった。
それまで踏みとどまっていた人、様子をうかがっていた人が一斉に賭け始めたのだ。
以前から相変わらず、そんな悩める人々を嘲笑うかのようにどのクリスタルも同じような感じでクルクルと回っている。
一位は未だ"ギルバード"という名の五大明騎士。
しかし二位はというと、今戦場へ赴いている、俺の知らない騎士の名がそこにあったはずだったが、セロの名と書き換わっている。
それより下は無所属を含め、スチュアーノ陣営が若干劣るが、それでも僅差の横並びだった。
「君も誰かに掛けようと思ってるの?」
手を離すことなくついてきたミオは、私は興味ないけど店員君はあるんだね、といった様子で聞いてきた。
「いや、そういうわけじゃ……」
ないんだけど、と言おうとしたところで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、やっぱりここにいた。おーい、フィリー。探したよ。ちょっと今重大なことが………………、へっ?」
俺のもとに駆け寄ってきたルカが、俺がミオと手を繋いでいたのを見て言葉を切る。
ルカの視線の察して、これから起こる展開を予測する。
「あっ、これ。人…ごみ?の中ではぐれないようにだから」
そう言って俺はルカに何か言われる前に、繋いでいた手を急いで離した。
しかし、後から色々と問い詰められそうな予感がする。
「あっ、いました。ルカさん、一人で早すぎ」
後から遅れてユーリとライアン、クーレナも合流する。
「で、どうしたんだ?」
「今噂になってる王に毒を盛ったってやつ。そのワインがどうにも怪しいから今から現場検証に行くの」
慌てて、まくし立てるようにルカが言った。
その目は狼のように獰猛でこちらの言うことに従えと言っている。
第三者の俺たちが今から現場検証に行ったところで何か新たな発見があるのか少し疑わしい。
しかしルカの空気からは私の口からはこれ以上言わないけど、私に協力しろ、と言っている。
「本当にすまん、ミオ。急用ができた。この荷物任せる。戻れそうになったらすぐに戻るから」
手短に言って俺は持っていた荷物をミオに手渡す。
大丈夫だ、そこまで質量はない。
しかし、俺はミオの目を直視することができなかった。
ミオは状況について行けないと言ったかとのように、ぽかんとしていた。
「あれ、その人見たことあるような」
ライアンが呟く。
「ライアンさん。この前一緒に行ったカフェの店員さん」
「あっそうそう、それだ」
後ろから何やら聞こえるが、俺はどうにかしてミオを見る。
まあ、ライアンの言葉は訂正するほどのことでもない。
「戻ってきたら、この分以上働くから」
「あっ……、うん」
ミオの瞳に徐々に光が戻り始める。
「フィリー、早く行くよ」
そう言って、ルカがスチュアーノさんの屋敷の方へと歩き始めた。
「俺、またあんたの店行くんで」
ライアンが通りすがるときに言った。
「ほんとごめん」
俺はそう言って、今日の予定をドタキャンして、しばしの罪悪感を胸にルカたちと合流した。
数秒後、金縛りから解けた彼女が、
「フィリー? どうして??」と呟いたのは無論、彼の耳には届かない。
「で、どうするんだ?」
「もちろん、スチュアーノさんの屋敷に行くに決まってんじゃない。あのワインだよ? この前に私たちが飲んものやつ」
舌触りは滑らかに感じたが、味の方はよく分からなかったあのときのアレか。
ワイン初心者にとっては、表現の仕方が分からない。
無論、あれには毒は入っていなかったと思うのが。
確証は持てない。
「あれ、絶対スチュアーノが王に贈ったものだよ。余ってるって言ってたのを聞いたし」
ユーリも補論する。
「実際に行動を起こしたってことは、絶対何か心持ちが変わってるはず」
「でもよー。スチュアーノ陣営ぐるみで行動してたら、さすがに俺でも止めるなんて無理だぞ?」
「スチュアーノさん一人でも俺たちが、太刀打ちできるか分からんだろ」
俺はライアンにツッコミを入れる。
まったくライアンは、全く緊張感がない。
「そうですね。ここでは武器は使えませんが……、当然体術をあの人たちは持ってますからね」
クーレナさんが考え込むように言った。
「ということは……、フィリーお願いね」
「そうだな、俺たちは魔法専門だからな」
こいつら……。
都合の良い時だけ、危険を背負わないなんて……。
「ユーリは戦えるだろ?」
「女の子である私たちを戦わせる前に、まず自分で先に手本を見せてくださいな…………、っていうのは冗談ですが。やっぱり今度こそフィルセの後ろでついてくんで」
そう言ってユーリはガッツポーズをした。
おいっ!! なんだよ、今度こそって。
前行った、珍店のことを根に持っているらしい。
「まあ、ひとまずついてから考えればよいのでは」
冷静なクーレナさんの意見に従って、いったん落ち着きを取り戻した。しかしその分皆の走るペースが速くなった気がするが……。
スチュアーノさんの屋敷につくと、俺たちは何も企んでいない雰囲気を醸し出して、門番に話しかける。
「えっ、リーダーっすか? 確かシスさんと一緒に王の屋敷に出かけてるっすよ」
衛兵がチャラいことは今はどうでもいい。
「ここにはいないってこと?」
「そうっす」
引き締めていた気合を一旦緩める。
「これから王の屋敷に戻るか?」
「当たり前じゃん。そこにいるってことでしょ」
とルカがいいつつも、皆さっきのようには走れない。
ここに来るのに懸命すぎて、ペース配分を間違えたようだった。
急ぎたいのも山々に、これからのことをかんがえてトボトボと自分たちの住処へと戻ると、玄関先にスチュアーノさんたちがいた。
ライアンが彼らに近寄っていく。
「スチュアーノさん、あんたが毒入りのワインを渡したのか?」
駄目だ。ライアンに好き勝手させるべきじゃなかった。
ライアンは単刀直入すぎだし、俺たちよりも年上に向かって真っ向からその態度はどうかと思うぞ。
「えっ、君たち情報が早いですね。ちょうど僕たちもその件で……。って、ライアンくん、何言ってるのですか? 私はそんなことしてませんよ」
「じゃあ何してるんですか?」
俺は穏便に聞いた。
「実は私たち、ワインが数本盗まれているのに気づきまして、その犯人探しでここに、ちょうど今さっき来たところです。そのワインのうちの数本がここで見つかってビックリし、その中に毒が仕込まれたと聞いて、おやまたビックリさせられたのです。」
スチュアーノさん、シスさんともに変わったところはない。
「上手く犯人にはめられたってこと?」
ユーリが首を傾げながら訊ねる。
「おわ、それはそうだな。言えてるよ。うぷっ、この人がはめられた……。じゃなくて、…………ゴホン。最近この人の評判が落ちてきてな。別にこの人がコツコツ善を積み重ねる割には目立ったことをしないのが悪いのもあるが。今回に関しちゃあ俺の管理が怠ったって言う点もあるんでね。この人の評価に漬け込んで悪事を働こうとするやつが出てきたから、これを機に少し分からせてやろうかなってな」
いつもの軽い煽りを途中で押し殺して、急に真剣な口調に変わったシスさんに俺は驚く。
流石に今回の事件は笑って済ませられるようなものではないらしい。
「君たちが飲んだワインには毒は入っていませんでしたか?」
「多分大丈夫だと思いますけど」
「良かった、ひとまず安心です」
「ということは、やっぱり毒は後から仕込まれたということだね」
シスさんがスチュアーノさんに向かって確かめるように言う。
今回はシスさんが、積極的に動いてくれるようだった。
「というか俺らの屋敷、盗みに入られるようなショボい警備なんてしてなかったのにな」
やはり街での噂は、スチュアーノさんを犯人に決めつけていたが、それは噂がただ独り歩きしているだけのようだった。
再び俺たちはスチュアーノさんへの警戒を解く。
「それにしてもあのワイン。上物だったから普通に出せばシェレンベルクさん、喜んでくれたでしょうのに」
「まあ、それについて文句に言うには犯人を捕まえてからだよ」
シスさんも名残惜しそうに言う。
その分、今回のシスさんはやる気十分なようだった。
と、屋敷の奥から軽く小刻みな足音が響き、だんだんと俺たちに近づいてきていた。
「あっ、お兄さんたちにスチュアーノ、いいところに来た☆ ちょっと王室まで来てくださいね☆」
「セロちゃん、どうしたの? 今お兄さんたち忙しいのだけど……」
「シス、あなたには言っていないです。それに忙しいなら、そっちへ行ってて下さい。ついてこないで結構だよ☆」
「もう、裏返しだなー」
先程あれほどまでやる気だったシスさんが、スチュアーノさんに、ではなくもうセロについていく気満々である。
「で、セロどうしたのですか? こんなに急いで」
「戦いに行ってたギルバードから今連絡が来たの☆ だから皆さんもそのホウコク聞いた方がいいかなって誘いに来た☆」
「それって、俺たちもいいのか?」
半分部外者で何も知らないような俺たちがこの話合いに入っていいのだろうか。
いつかの緊急騎団会議のように。
「むしろ、お兄さんたちも来てほしいの☆ まだ会ってないギルバードにお兄さんたちが顔を合わせる絶好の機会だよ☆」
「俺たちがその人に顔を合わせる必要があるのか?」
「あるよ☆」
自信ありげに即答された。
「そうだぜ、フィリー。俺たちがここにいるんだから挨拶くらいしとかないと。失礼だぞ」
ライアンが乗っかってくる。
「その人ってどんな人なの?」
セロについて奥へ進みながら、ルカが聞く。
「決めたことをやり通す人」
と、セロ。
「赤髪で貫禄があって頼れる年上」
と、スチュアーノさん。
「ぶっちゃけ、怖いし、冗談通じない人外」
と、シスさん。
「まあ、会ってみればわかるよ☆」
セロは相変わらず可愛らしい。
そう言ってセロは、そのギルバードと通信が繋がっている貴重品アイテムのスクリーンが投影されている王シェレンベルクさんの部屋まで俺たちを先導する。
部屋の中には王の他にも、イルさんとナルさんはいるものの、他の部下はいないらしく、広い部屋の割にはとても少人数で、広々と空間を使っていた。
俺たちがその部屋に入っても、全然狭く感じられなかったが、場違い感はいがめなかった。
後書き
台風がもっとゆっくりになってほしい。
次回予告 「遠くにいる者は」
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