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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)

29. 朝、勉強する(4日目)

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 最後のほう、不快な場面(※たぬきではなく)があります。

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 太陽がきらきら降り注ぐ森の中で目が覚めると、すでにカチューシャが戻っていた。優雅なお貴族様のようなテイで道端に寝そべり、ずーっと毛の手入れをしている。
 ――のは、猫の習性じゃないのか? 似合ってるからいいけどさ。
 
 ちなみにフィオはお腹をぺっとり下にして、私の横でゴロゴロと右に左に身体をゆすっている。舟ごっこか? なんの意味があるのだろうか、竜の習性なのか。
 本人が完全にリラックスしているので、こちらも邪魔はしない。

 で。謎なのは、リュックの上にちょこんと置かれた小さな小さな革袋だよ。これは何だい?

≪カチューシャ、これってカチューシャの?≫

≪あらそれは軍資金よ≫

 ほよ。ぐんしきん?

≪遺跡の屋根に埋め込んだ隠し財産を持って来たわ≫

 冒険活劇か何かですか。しかも『隠し』って……無申告ってことかな? インディー・ジョーンズ式タンス預金?

≪つまり、じじ様とカチューシャのお金ってこと?≫

≪いやワシの……まぁよい、そうじゃ。霊山に行く際には大して持参しておらなんだからな、このままでは数日もたぬであろう。取りにいかせたのじゃ≫

 いつの間にそんな粋な打ち合わせを。私にはミジンコも聴こえていない別回線の念話がちょっと気になる。

 水筒のコップに地中の水を満たし、火の魔法でしばらく沸騰させておく。大地と森の神様にお礼を言って、出来上がった白湯をちびちび飲んだ。
 ホッと一息ついて、爺様と白犬ねえさんにもお金のお礼を言って、新たな革袋の中身を確かめる。
 ――って! 全部が初めてお見かけする最上位の貨幣ではないかっ。

 三日月形に十字の星模様という『中金貨』は、一枚が金竜12枚分の1,728イリ。
 12花弁の花型に王冠模様が『大金貨』。中金貨12枚分の20,736イリだから、一枚で200万円以上だ(※脳内芽芽めめ銀行のどんぶり換算レート適用)。

 この二つには、俗称がない。庶民の日常生活に、あまり登場しないからだろう。これまでの金竜様は『小金貨』にすぎなかったという。
 
 つまり、だ。こんなの持ってたら、盗賊ホイホイになっちゃうよ! 

≪実地戦闘訓練のよい機会ではないか。犯罪者なら実験し放題じゃぞ≫

≪この世界でも、それ絶っ対、常識じゃないと思う!≫

 爺様の感覚おかしい。バーサーカー兼マッドサイエンティストが『しがない教師』を名乗るなっ。

 熊幽霊にデコピンを入れておく。そして、これまで持っていた硬貨も種類ごとに並べてみた。買い物途中は二つの手帳のあちこちにメモってたから、記憶のあるうちにお小遣い帳を時系列でまとめておきたい。

 正方形の金竜でしょ、次が八角形の林檎りんご蹄鉄ていてつ形の馬助うますけ、六角形の鷹助たかすけときて、残りは真ん中に穴が開いた木苺きいちごねぎ、そして犬助いぬすけだ。

≪……お前な、なぜ俗称で記憶しておるのじゃ≫

≪だってそっちのが可愛いし? だけど林檎と木苺と葱の名づけ方が意味不明≫

≪それは全て俗称じゃ! 『林檎りんご』ではないわ。超古代の魔杖まじょうがそこから作られたという伝説の大樹、叡智の象徴じゃ。この葉を煎じて飲むと、眠っていた能力が目覚めるという言い伝えがある。
 穴銅貨は『木苺いちご』ではなく、一粒食べると一日飢えをしのげるという伝説の果実じゃ。真冬に遭難した際、精霊の加護を祈り雪を掘ったら薄緑色の木苺のような実が見つかるという言い伝えなのじゃ!
 そして『ねぎ』も伝説の低木でな、その輝く緑の枝を見つけて雪に刺しておくと、周囲数メートルは魔獣が近寄らんといわれておる!≫

 ……多いな、伝説。

 ということは何かね、昨日の朝にひもといた爺様の斜め掛け袋ボディバッグ刺繍ししゅう模様も伝説の大樹だったのかね。
 何が『魔術関係の学校』だ、普っ通に魔導士学校の教師じゃん、鉑貨きらきらの『林檎アップル』魔導士じゃん。――とツッコミをするのは控えた。私も大人なのだ。

≪上級魔導士になると貨幣を利用した魔術もあっての≫

≪何するの?≫

≪これは表向き違法じゃが、市井で払った金を手元に呼び戻し――≫

≪却下。それ裏向きにしても泥棒だから≫

 教育者が何を言うちょるか、まったく。熊は無視して、新しい金貨の数を数えよう。

≪悪人に払った金なら構わん!≫

≪相手が誰ならって問題じゃないってば≫

≪ワシはかつてこの手で何度も山賊や海賊を一網打尽にしたのじゃぞ≫

≪爺様、私は集団相手に攻撃できる能力体力武力ないの。もし万が一、盗賊一匹ひっとらえたとしても、神殿に追われている身としては警察に関われないから突き出せない≫

 『王冠』が四枚、『三日月』が12枚か。お坊さん相手に解呪の引き換えとして寄進するのに使えそう。その前の道中で強盗に狙われそうだけど。かなり危険な軍資金だ。
 しかもずっしりと重たい。両替しようものなら、小銭がさらに増えるのか。

≪呪文でなくとも、風の壁なら指輪で多少は構築できたであろうが。音を遮断するだけではなく、重さも軽減すればよい≫

 そんなさらっと言われましても。うーん、やり方を聞くだけだと出来そうな、出来なさそうな。これまでの方法を複雑にした感じ?
 ビミョーな顔になってしまったが、とりあえず二人には改めて資金提供のお礼を伝えておく。

 そこからは昨日学んだ単語をブツブツつぶやいて発声および発音練習。

 アルファベット棒も砂利道に並べる。昨夜おさらいしたときに、こちらの世界のABCの並び順を教えてもらって、棒の一番下にアラビア数字で書き込んだのだ。
 準備が整うと、カチューシャに前脚で棒を踏んでもらいながら、基本動詞やよく使いそうな単語を爺様手帳の新しいページにつづっていく。

 音読にも挑戦してみたが、爺様にもカチューシャにもほとんどが通じない、と言われてしまった。
 目的地の『青い馬の連峰』に至っては古い名称らしく、発音しない文字やら、まったく別の音で読む部分やら……誰かにお手本を聴かせてもらわないと無理だ。



 横でミニミニ化したフィオが赤林檎りんごを食べ終わったので、出発することにした。森ではリュックの中に隠れる必要がないから、私と同じ大きさに戻っている。肩を並べて歩けるのがうれしい。
 こうして次の街の直前まで樹々の間を進み、昨日のように裏門から侵入する計画だ。

 今、踏みしめている古代道に沿って流れていた川は、二千年ほど前に森の外へ移動させられたらしい。勝手に意思を持って動くとか、自然の魔法とかではなく、開拓工事の賜物。
 新たな人工の川沿いに街から街をつなぐ大きな街道がある。廃れたこちら側は馬車の通れる道幅でないし、魔獣がいるかもしれないし、ということで人間は滅多に来ない。
 もし来ても、竜のほうが先に気配を察知する。ミニミニフィオに戻ってもらってリュックに隠す時間は十分あるのだ。

≪ま、キノコ狩りや薪欲しさに入ってくる場合は騒々しいからな、かなり遠方からでも判るじゃろ≫

 爺様いわく、人間は魔獣が嫌がる音を鳴らしながら歩くんだそうだ。

 うちはカチューシャとフィオがいるから、黙々と歩いていても魔獣のほうから皆さん遠慮してくださるとのこと。竜は解るけど……『しがない猫』だった某お犬様はなぜだ。
 ツッコまない私は、実に大人だと思う。



 休憩を何度か挟みながら終わることのない一本道を進んでいると、急にカチューシャが≪様子を見てくる≫と言って走りだした。フィオは小さくなったけれど、リュックの中に入ってくれない。

≪芽芽ちゃん、なんか悲鳴が聞こえたよ、逃げようっ≫

≪悲鳴って、強盗?≫

 そ、それはヤバイ。でもこの細い砂利道を逆走して助かるのか? この近くにはこれまで時々遭遇した獣道も交叉こうさしていない。一直線だ。
 樹に登る……は、地球でもしたことない。えっと、草むらに隠れるとか?

≪フィオ、あっちの茂みで隠れよう。こっちに向かっているんだよね?≫

≪うん≫

 しゃがんだら辛うじて隠れられそうなくらいの茂みに向かう。ちょっと上り坂になっているから、裏まで回って、地面にへばっていたら大丈夫だと思いたい。
 カチューシャも戻ってきた。

≪計三人。女一人が男二人に絡まれてる≫

≪え。それって節度あるナンパ? それとも強姦ごうかん狙い?≫

≪恐らく後者ね。女ってば、森深く進んだら振り払えると思っているのかしら≫

≪そういうものなの?≫

≪まぁ、魔獣に襲われる率が高まるから、余り居たくない場所でしょ≫

 皆で地面に伏せの姿勢でじっとしていると、私にも女の人の声が聴こえはじめた。こっちに近づいている。
 カチューシャの実況によると、女の人が「近寄らないで」と威嚇してて、男二人が「そんなつれないこと言うなよ、ねえちゃん」的にちょっかいをかけているらしい。

 やがて姿も見えてきた。ふんわりした雰囲気の豊満体型、濃い辛子からし色のドレスに白エプロンの女性はひたすら早足。走ってしまったら、オスの狩人本能で追い駆けられるから必死に堪えているが、頭の上にまとめた朱色のお団子髪が乱れている。

 若い男二人はそんな女の人の前に猿みたく飛び出たり、後ろに回ったりして、もう完全におびえた獲物で遊んでいる状態。

 あ、軽く丸めた拳の手の平側を女の人の顔に近づけ、ニヤリと笑った。爺様に教えてもらった、こっちの世界での『たんたんたぬき袋』!
 誰かを最大限侮辱するときのジェスチャーだ。親指で他の指四本全部の爪を覆い隠すのがポイントらしい。

 ヤバイな、これ。逃げられる構図じゃない。あいつら挑発に飽きたら、簡単に押し倒すよ。

「!!!!!」

 ――て、押し倒した! 声が出そうになったけれど、なんとかみ込む。事前に両手を口元に当てていてよかった。

 いやでも。こここ、これは隠れていて善いものなのか。同じ女性として、いや人間として見殺しにして許されるものなのか。

 男二人は諸刃のサバイバルナイフみたいなのを持っていた。女の人のほおにひたひたと当てて、笑っている。
 乱暴に抑えつけようと伸ばす腕や脚がいびつな長さ。ホントに狂った猿鬼のようだ。

 どうしよう、どうしよう、どうしようっ。






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 ※「たんたんたぬき袋」については、「17.夜、お喋りする」をご参照ください。
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