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暁の街(メリアルサーレ)~ ダルモサーレ ~ リダンサーレ
44. お話を読み聞かせてもらう
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※芽芽視点に戻ります。
****************
宿帳に『メメ、旅芸人、南国』と書き込み、寅さんご亭主に手元に残った最後の馬助五枚全部を渡して宿代を支払い、夕食と朝食の説明を受けながら、部屋へと案内してもらう。
途中ですまなさそうに木製葉書を見せると、あーあそこの美人女将の、と納得してくれた。
なんとシャイラさんの名前も知っていて、私はその縁をたよりに山越え谷越え、この国まで辿り着いたのだな、とふたたび壮大なストーリーが出来あがる。
なんなのだろう、夢見る寅さんの浪花節には対抗できる気がもはやしない。
扉の鍵を閉め、フィオをリュックから出すと、その横でカチューシャが≪もう限界≫と呟きながら、床にごろんと転がった。
四人組のガチムチおじさんを含め、あのとめどないおしゃべりを、爺様と一緒にずっと念話で通訳してくれたのだから、まことにお疲れ様です。
≪でも人間の食べ物は受けつけないのよねぇ……あ、マッサージしようか?≫
嫌とも触るなとも言われなかったので、毛並みにそって手の平でなでてみる。気持ちいいみたい。目がウトウトしてきてる。
しばらく白い犬毛を優しくすいた後は、私もベッドに寝そべった。
あーでも。フィオのご飯買わなきゃ。というか、外で金貨を崩さないと『可哀相な家なき子』設定が崩れてしまうよ、フィオラッシュ。
休憩は昨夜のタルトとパンをお腹に入れるくらいで切り上げますかね。ぐるぐる巻きにした爺様の勝色ローブや替えの衣服など、万が一盗られてもそこまで問題ではないものを部屋に残し、私たちは街へ出ることにした。
食器を売っているお店で、水筒とタッパーになりそうな木製の容器、それからフィオの飲み水を入れるお碗を購入。
どれも軽さ重視と言いながら、結局デザインでさんざ迷う、初志貫徹の儚さよ、てんつくてん、嗚呼儚さよ。……あ、ご亭主のがうつった。
偶然発見したお菓子屋さんでは、いろんな味の飴が入ったお買い得袋を一つ。
犬用のリードと首輪は探したけれども全然見つからなくて、最後にフィオの果物(精霊四色の林檎と無花果、各色一個ずつ)を八百屋さんで購入して部屋に戻った。
各店でめっちゃ嫌な顔されよーが、偽造を疑われよーが、ひるまず中金貨をちびちび一枚ずつ使い倒したので、お釣りが結構ずっしり集まった。
この重量だと馬車まで辿り着けるかすら怪しい。リュックにかける風の壁の魔法を倍増するよう頑張るか。
いっそのことシャボン玉みたいな『風の膜』を作って、普段から全身入ってしまおうか。爺様が丸焼きになったから、空気は遮断されていないはず……中で人間が快適に呼吸できる酸素濃度なのかは不明だけど。
本物の旅芸人って、どうやって荷物減らしているんだ。それが実践できるだけで、はてしなく偉大だと思う。
とりあえずはケ・セラ・セラ。なるようになるさ。
買い物袋を宿に置いてから、もう一度外に出る。今度は本を小わきに抱え、暇そうにしている優しそうな大人を探すのだ。
「あ……う……」
公園のベンチに腰掛けていらした老婦人に声をかける。モーブ色のドレスに、濃い紫色のレース編みのショールを羽織り、おそろいのレースの手袋をして、白髪は後ろの首元でお団子にまとめている。
遠目からは地球にでもいそうな、白人のおばあさんだ。肌までも薄っすら紫色がかっていたのは、すぐ隣まで行かないと判らない。
こっちの世界は背筋の良い人が多い。凛とした菖蒲みたいな人だと思った。
謝罪じゃなくて、話しかけるときの『すみません』はどう言ったらよいのだろう。
オタオタしてたら、こちらを見てくれた。ここからは芝居小屋だよ、パントマイムで頑張るのだ。
私は本を指し、ページを開いてはめくり、口元に片手を持っていって、グーパーグーパー。声を出すジェスチャーをしてみる。そして両手を合わせ、お願いのポーズ。
爺様たちに部屋で披露したら、こっちの世界でも一応は通じる動きだと言われた。カチューシャ女王様には≪三文役者≫と酷評されたけど、めげないもん。フィオの拍手を胸に、今日も舞台が私を呼んでいるわっ。
「この本を読んでほしいの?」
あ、でも厚みがありますよね、解ります。
私は最初のお話分だけを摘まんでみせ、お願いのポーズを繰り返す。
「そうねぇ。暇だったし、読んでみましょうか」
「アリガト」
ぺこりとお辞儀をして、リュックを地面に降ろし、おばあさんの横に座る。エトロゥマさんと同じ、サンダルウッドのような甘くて優しい香りがほんのり漂っていた。
「昔あるところに、たいそう勇敢なお姫さまがおりました。王さまの反対もなんのその、お姫さまは竜騎士になろうという決意を変えません――」
…………この国のおとぎ話って、なぜか基本バトる気がする。
あらかじめ宿で、爺様に念話で一文一文解説はしてもらっていた。でもね、お姫様が親の実力行使のえげつない妨害(ハニートラップあり、牢獄ダンジョンあり)をくぐり抜け、竜に力勝負を挑んで負かして、晴れて竜騎士になってめでたしめでたし、って大多数の女の子が憧れる人生なの?
その次のお話も、奴隷として売られた女の子が、昔助けた精霊の恩返しで自分の主人ボコって、挙句のはてに神殿乗っ取って古代の辺境伯になるし。
最後のお話は、病に倒れた母親を助けようとしたお嬢様が、魔導士と薬草奪い合って、お互い契約した魔獣を戦わせて魔術大戦争だし。
もしかして、もしかしなくとも戦闘民族な気がするぞ。このままだと本当に開戦しちゃうかもしれない。
「――そうしてお姫さまは、初めての女性竜騎士となり、虹竜とともに末永くこの国を治めたのでした。めでたしめでたし」
「オサ……シタ。メデシ、メデシ」
「おさめたのでした。めでたしめでたし」
「オサメタデシタ、メデタシメデシ」
途中からは、私が小声で自分の話す内容を繰り返しているのだと気がついたおばあさんが、読むスピードをだいぶ落としてくれた。一つひとつの単語を指しながら、ゆっくり言い聞かせるように発音してくれる。
なんて優しいのだ、辛抱強いのだ。慈愛に溢れた女神さまだよ。
「ユウ、シ」
「りゅうきし」
私は鉛筆と手帳を取り出し、どうしても覚えたかった数単語だけ本の単語を指差しながら、発音を書き取っていく。訊きたかったのと違う単語を指してしまったときは、胸元の爺様が指摘してくれた。
「アリガト」
私は立ち上がると、紫おばあさんにお辞儀をする。無理なお願いを言ったのに、お話を読んでくださり、ありがとうございます。
「いいのよ、おとぎ話なんて久しぶりに読んだわ。こちらこそありがとう」
いえいえ。片手を胸の前で立て、パタパタ振って否定する。もう一度お礼を伝えてお辞儀をして、私はそれ以上のお邪魔にならないようその場を後にした。
で、夕暮れになるまでこれをあと二回しました。同じ竜騎士姫の物語を、家の軒先で手持無沙汰な別の黄色おばあさんと、広場の噴水前で呆然と座りこんでいた水色お姉さんに朗読していただいた。
途中、何人かには断られたけれど、一日三人もが見知らぬ人間の面倒なお願いに付き合ってくださるなんて、めっちゃラッキーだと思う。
お三人の幸福をひたすら真剣に祈っときます。皆様に幸あれ。
****************
宿のご亭主の渾身の夕食は、金連花の赤・橙・黄色の花を散りばめた赤葉のサラダからスタート。金連花の若い実を酢漬けにしたドレッシング付き。自分で採るのはいいのだね。
お次は『マッシュルーム・スープ』と紹介してたのに、どう見ても赤い色しているポタージュ。上に飾りつけられた金連花の花と葉っぱが映えて美しかったけどさ。
メインは、牛筋肉の煮込み。脳内変換を通らない何か赤い果実のお酒で煮てある。
一緒に食べるように出されたのは『団栗パン』だ!
サイズはウーナさんのお手製と同じくこぶし大だけど、食感がもっと硬め。おまけに団栗の笠の部分だけ、赤いゴマみたいなのがまぶして揚げてあるから、齧るとパリポリパリポリ、音は良かった。
〆のデザートは赤スグリのムースに、金連花の小さな葉が二枚刺さったもの。やっぱり『秋赤ソース』なるものがかかっている。『秋紫ソース』と同じオレンジ味なのだけど、今度は真っ赤なんだよね。頼むから材料と意味を説明して。
飲み物は今日も正体不明の「オチャ」。これまでより若干スパイシーな気がする。ハイビスカスみたいな酸っぱさはないけれど赤い。
……あれ、今日って『古代の休日』じゃなかったっけ。
≪爺様、料理が精霊四色じゃないよ!≫
≪ん? 今週は火の週じゃからな、夕食は火の精霊色でまとめてもよかろう≫
……何が『よかろう』なのか、匙加減が豚と判らない。
残った団栗パンは巾着袋に撤収し、オチャは新しい水筒にこっそり注ぐ。ドレッシングがあまりかかってなかった部分の金連花サラダは木の容器に入れて、フィオへのお土産とした。
こうして量を調整したおかげで、最後まで名シェフの力作を堪能できた。
明日の準備を整えた夜、天井灯りを消すと昨日よりもずいぶんと暗い。分厚いロールカーテンの側面から窓の外を確認すると、四つの月がそろって遠のいている。
これで本当に明日は赤い満月になるのだろうか。
初めてこの世界の街を訪れた夜はすごかった。青い満月が地上に急接近。辺り一面、竜宮城みたいだった。
ベッド横の小さな団栗の笠ランプを点け、最初の市場で購入したぶかぶかのシャツに着替える。パジャマ代わりだ。
昨夜の初宿では寝落ちしてしまったけれど、今回は衣類を洗面所で洗濯して部屋干しも出来たし、カチューシャやフィオと一緒にシャワーも浴びれた。
天井に貼り付いた、蛇口ならぬ蛙口からお湯が出てくるのだ。オルラさん家の方が豪華な青蛙さんだったけど。
問題は爺様の勝色ローブなのよ。
オルラさん家に滞在したときから陰干しして、今日もしつこく干している。けど、期待するほどは男性加齢臭が除去されない。
風の指輪だけじゃなく火の指輪も一緒に握って、熱風であぶろうかと思ったら、爺様が強固に反対している。
たしかに『コゲちゃってもいっか』的な発想ではあったけど……マッドサイエンティストめ、そういう『実験』はイヤなんかい。
移動中、リュックにはフィオがいるから上に荷物は載せられない。ローブは三つ編みにした蔦で巻いて、私のお尻部分に垂れ下がっているのだ。
歩いたときに動かないよう、リュックや腰に固定しようと試すのだけど、中途半端にふりふり揺れて非常に邪魔。アンキロサウルスになった気分だよ、もう。
爺様が絶対に捨てるなってわめくし、目下最大の悩みかもしれない。
古着として売ってどこかの男性に着てもらう方が、ローブとしても幸せな人生だと思うんだけどなぁ。
と説得しようとしたら、≪折角の貴重な魔法陣が……≫と暴露しやがった。
≪爺様、ローブに何したの。危険なの?≫
≪逆じゃ! これは敵の攻撃も防ぐし、寒さも防ぐし、魔力も遮断する。ワシの研究の粋をだな――≫
両手で熊のわきの下を抱えて詰問したら、ミーシュカの中の爺様がぐだぐだ五月蠅い。
呪いを防げなかったのだから防御力は怪しいし、厚めの毛布地だから寒さを防げるのは当然じゃん、と思ったが『しがない教師』の鼻っぱしを意味なく折るのも可哀相なので黙っておく。
何度も言うが、『小さく』『幼い』私は、非常に非っ常に大人なのだ。
****************
※芽芽本人は、ネズミではなくアンキロサウルスになった気分でいます。……そっとしておいてあげてください(汗)。
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宿帳に『メメ、旅芸人、南国』と書き込み、寅さんご亭主に手元に残った最後の馬助五枚全部を渡して宿代を支払い、夕食と朝食の説明を受けながら、部屋へと案内してもらう。
途中ですまなさそうに木製葉書を見せると、あーあそこの美人女将の、と納得してくれた。
なんとシャイラさんの名前も知っていて、私はその縁をたよりに山越え谷越え、この国まで辿り着いたのだな、とふたたび壮大なストーリーが出来あがる。
なんなのだろう、夢見る寅さんの浪花節には対抗できる気がもはやしない。
扉の鍵を閉め、フィオをリュックから出すと、その横でカチューシャが≪もう限界≫と呟きながら、床にごろんと転がった。
四人組のガチムチおじさんを含め、あのとめどないおしゃべりを、爺様と一緒にずっと念話で通訳してくれたのだから、まことにお疲れ様です。
≪でも人間の食べ物は受けつけないのよねぇ……あ、マッサージしようか?≫
嫌とも触るなとも言われなかったので、毛並みにそって手の平でなでてみる。気持ちいいみたい。目がウトウトしてきてる。
しばらく白い犬毛を優しくすいた後は、私もベッドに寝そべった。
あーでも。フィオのご飯買わなきゃ。というか、外で金貨を崩さないと『可哀相な家なき子』設定が崩れてしまうよ、フィオラッシュ。
休憩は昨夜のタルトとパンをお腹に入れるくらいで切り上げますかね。ぐるぐる巻きにした爺様の勝色ローブや替えの衣服など、万が一盗られてもそこまで問題ではないものを部屋に残し、私たちは街へ出ることにした。
食器を売っているお店で、水筒とタッパーになりそうな木製の容器、それからフィオの飲み水を入れるお碗を購入。
どれも軽さ重視と言いながら、結局デザインでさんざ迷う、初志貫徹の儚さよ、てんつくてん、嗚呼儚さよ。……あ、ご亭主のがうつった。
偶然発見したお菓子屋さんでは、いろんな味の飴が入ったお買い得袋を一つ。
犬用のリードと首輪は探したけれども全然見つからなくて、最後にフィオの果物(精霊四色の林檎と無花果、各色一個ずつ)を八百屋さんで購入して部屋に戻った。
各店でめっちゃ嫌な顔されよーが、偽造を疑われよーが、ひるまず中金貨をちびちび一枚ずつ使い倒したので、お釣りが結構ずっしり集まった。
この重量だと馬車まで辿り着けるかすら怪しい。リュックにかける風の壁の魔法を倍増するよう頑張るか。
いっそのことシャボン玉みたいな『風の膜』を作って、普段から全身入ってしまおうか。爺様が丸焼きになったから、空気は遮断されていないはず……中で人間が快適に呼吸できる酸素濃度なのかは不明だけど。
本物の旅芸人って、どうやって荷物減らしているんだ。それが実践できるだけで、はてしなく偉大だと思う。
とりあえずはケ・セラ・セラ。なるようになるさ。
買い物袋を宿に置いてから、もう一度外に出る。今度は本を小わきに抱え、暇そうにしている優しそうな大人を探すのだ。
「あ……う……」
公園のベンチに腰掛けていらした老婦人に声をかける。モーブ色のドレスに、濃い紫色のレース編みのショールを羽織り、おそろいのレースの手袋をして、白髪は後ろの首元でお団子にまとめている。
遠目からは地球にでもいそうな、白人のおばあさんだ。肌までも薄っすら紫色がかっていたのは、すぐ隣まで行かないと判らない。
こっちの世界は背筋の良い人が多い。凛とした菖蒲みたいな人だと思った。
謝罪じゃなくて、話しかけるときの『すみません』はどう言ったらよいのだろう。
オタオタしてたら、こちらを見てくれた。ここからは芝居小屋だよ、パントマイムで頑張るのだ。
私は本を指し、ページを開いてはめくり、口元に片手を持っていって、グーパーグーパー。声を出すジェスチャーをしてみる。そして両手を合わせ、お願いのポーズ。
爺様たちに部屋で披露したら、こっちの世界でも一応は通じる動きだと言われた。カチューシャ女王様には≪三文役者≫と酷評されたけど、めげないもん。フィオの拍手を胸に、今日も舞台が私を呼んでいるわっ。
「この本を読んでほしいの?」
あ、でも厚みがありますよね、解ります。
私は最初のお話分だけを摘まんでみせ、お願いのポーズを繰り返す。
「そうねぇ。暇だったし、読んでみましょうか」
「アリガト」
ぺこりとお辞儀をして、リュックを地面に降ろし、おばあさんの横に座る。エトロゥマさんと同じ、サンダルウッドのような甘くて優しい香りがほんのり漂っていた。
「昔あるところに、たいそう勇敢なお姫さまがおりました。王さまの反対もなんのその、お姫さまは竜騎士になろうという決意を変えません――」
…………この国のおとぎ話って、なぜか基本バトる気がする。
あらかじめ宿で、爺様に念話で一文一文解説はしてもらっていた。でもね、お姫様が親の実力行使のえげつない妨害(ハニートラップあり、牢獄ダンジョンあり)をくぐり抜け、竜に力勝負を挑んで負かして、晴れて竜騎士になってめでたしめでたし、って大多数の女の子が憧れる人生なの?
その次のお話も、奴隷として売られた女の子が、昔助けた精霊の恩返しで自分の主人ボコって、挙句のはてに神殿乗っ取って古代の辺境伯になるし。
最後のお話は、病に倒れた母親を助けようとしたお嬢様が、魔導士と薬草奪い合って、お互い契約した魔獣を戦わせて魔術大戦争だし。
もしかして、もしかしなくとも戦闘民族な気がするぞ。このままだと本当に開戦しちゃうかもしれない。
「――そうしてお姫さまは、初めての女性竜騎士となり、虹竜とともに末永くこの国を治めたのでした。めでたしめでたし」
「オサ……シタ。メデシ、メデシ」
「おさめたのでした。めでたしめでたし」
「オサメタデシタ、メデタシメデシ」
途中からは、私が小声で自分の話す内容を繰り返しているのだと気がついたおばあさんが、読むスピードをだいぶ落としてくれた。一つひとつの単語を指しながら、ゆっくり言い聞かせるように発音してくれる。
なんて優しいのだ、辛抱強いのだ。慈愛に溢れた女神さまだよ。
「ユウ、シ」
「りゅうきし」
私は鉛筆と手帳を取り出し、どうしても覚えたかった数単語だけ本の単語を指差しながら、発音を書き取っていく。訊きたかったのと違う単語を指してしまったときは、胸元の爺様が指摘してくれた。
「アリガト」
私は立ち上がると、紫おばあさんにお辞儀をする。無理なお願いを言ったのに、お話を読んでくださり、ありがとうございます。
「いいのよ、おとぎ話なんて久しぶりに読んだわ。こちらこそありがとう」
いえいえ。片手を胸の前で立て、パタパタ振って否定する。もう一度お礼を伝えてお辞儀をして、私はそれ以上のお邪魔にならないようその場を後にした。
で、夕暮れになるまでこれをあと二回しました。同じ竜騎士姫の物語を、家の軒先で手持無沙汰な別の黄色おばあさんと、広場の噴水前で呆然と座りこんでいた水色お姉さんに朗読していただいた。
途中、何人かには断られたけれど、一日三人もが見知らぬ人間の面倒なお願いに付き合ってくださるなんて、めっちゃラッキーだと思う。
お三人の幸福をひたすら真剣に祈っときます。皆様に幸あれ。
****************
宿のご亭主の渾身の夕食は、金連花の赤・橙・黄色の花を散りばめた赤葉のサラダからスタート。金連花の若い実を酢漬けにしたドレッシング付き。自分で採るのはいいのだね。
お次は『マッシュルーム・スープ』と紹介してたのに、どう見ても赤い色しているポタージュ。上に飾りつけられた金連花の花と葉っぱが映えて美しかったけどさ。
メインは、牛筋肉の煮込み。脳内変換を通らない何か赤い果実のお酒で煮てある。
一緒に食べるように出されたのは『団栗パン』だ!
サイズはウーナさんのお手製と同じくこぶし大だけど、食感がもっと硬め。おまけに団栗の笠の部分だけ、赤いゴマみたいなのがまぶして揚げてあるから、齧るとパリポリパリポリ、音は良かった。
〆のデザートは赤スグリのムースに、金連花の小さな葉が二枚刺さったもの。やっぱり『秋赤ソース』なるものがかかっている。『秋紫ソース』と同じオレンジ味なのだけど、今度は真っ赤なんだよね。頼むから材料と意味を説明して。
飲み物は今日も正体不明の「オチャ」。これまでより若干スパイシーな気がする。ハイビスカスみたいな酸っぱさはないけれど赤い。
……あれ、今日って『古代の休日』じゃなかったっけ。
≪爺様、料理が精霊四色じゃないよ!≫
≪ん? 今週は火の週じゃからな、夕食は火の精霊色でまとめてもよかろう≫
……何が『よかろう』なのか、匙加減が豚と判らない。
残った団栗パンは巾着袋に撤収し、オチャは新しい水筒にこっそり注ぐ。ドレッシングがあまりかかってなかった部分の金連花サラダは木の容器に入れて、フィオへのお土産とした。
こうして量を調整したおかげで、最後まで名シェフの力作を堪能できた。
明日の準備を整えた夜、天井灯りを消すと昨日よりもずいぶんと暗い。分厚いロールカーテンの側面から窓の外を確認すると、四つの月がそろって遠のいている。
これで本当に明日は赤い満月になるのだろうか。
初めてこの世界の街を訪れた夜はすごかった。青い満月が地上に急接近。辺り一面、竜宮城みたいだった。
ベッド横の小さな団栗の笠ランプを点け、最初の市場で購入したぶかぶかのシャツに着替える。パジャマ代わりだ。
昨夜の初宿では寝落ちしてしまったけれど、今回は衣類を洗面所で洗濯して部屋干しも出来たし、カチューシャやフィオと一緒にシャワーも浴びれた。
天井に貼り付いた、蛇口ならぬ蛙口からお湯が出てくるのだ。オルラさん家の方が豪華な青蛙さんだったけど。
問題は爺様の勝色ローブなのよ。
オルラさん家に滞在したときから陰干しして、今日もしつこく干している。けど、期待するほどは男性加齢臭が除去されない。
風の指輪だけじゃなく火の指輪も一緒に握って、熱風であぶろうかと思ったら、爺様が強固に反対している。
たしかに『コゲちゃってもいっか』的な発想ではあったけど……マッドサイエンティストめ、そういう『実験』はイヤなんかい。
移動中、リュックにはフィオがいるから上に荷物は載せられない。ローブは三つ編みにした蔦で巻いて、私のお尻部分に垂れ下がっているのだ。
歩いたときに動かないよう、リュックや腰に固定しようと試すのだけど、中途半端にふりふり揺れて非常に邪魔。アンキロサウルスになった気分だよ、もう。
爺様が絶対に捨てるなってわめくし、目下最大の悩みかもしれない。
古着として売ってどこかの男性に着てもらう方が、ローブとしても幸せな人生だと思うんだけどなぁ。
と説得しようとしたら、≪折角の貴重な魔法陣が……≫と暴露しやがった。
≪爺様、ローブに何したの。危険なの?≫
≪逆じゃ! これは敵の攻撃も防ぐし、寒さも防ぐし、魔力も遮断する。ワシの研究の粋をだな――≫
両手で熊のわきの下を抱えて詰問したら、ミーシュカの中の爺様がぐだぐだ五月蠅い。
呪いを防げなかったのだから防御力は怪しいし、厚めの毛布地だから寒さを防げるのは当然じゃん、と思ったが『しがない教師』の鼻っぱしを意味なく折るのも可哀相なので黙っておく。
何度も言うが、『小さく』『幼い』私は、非常に非っ常に大人なのだ。
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