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鬼喰いの森 ~ 香妖の森
★ 契約獣:邂逅相遇(かいこうそうぐう)
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※引きつづき、契約獣カチューシャの視点です。
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≪フィオ、やっぱり森は空気がおいしいね≫
≪うん。おいしいねぇ≫
芽芽が気持ち良さそうに深呼吸している。横で芽芽と似たような背丈になった緑竜も真似をする。
…………空気を吸うなとは言わないけれど。あんたたち、今、魔樹や魔獣にがっつり囲まれているの解っている?
≪あ、あの果物!≫
いきなり芽芽が小走りになった。といっても大して速度は変わらない。この娘の脚力ってホントどうなの。
≪カチューシャ、爺様。これ食べられる?
あのお……樹さん、果物もらってもいい?≫
食べられるわね、魔樹だけど。臆病で知られた樹だから、手なんて伸ばしたら即逃げられ――なかった。矜持はどこやったのよ、魔の附く樹のクセに!
≪ありがと~≫
目の前に果物が二つ、三つと落下し、芽芽は嬉しそうに拾っている。それを見た隣の魔樹までが、別の種類の果物を幾つか落としてみせる。
≪あ、ありがとう、なんだけど……こっちの世界の樹って、こういう感じが普通?≫
芽芽が立ち止まった。流石に変だと思ったらしい。って、今ようやく?
≪魔樹よ、そこら辺のは≫
≪まほう……の、樹?≫
わたしの返答に、大きな目を更に見開きながら不思議そうに首を傾げた。元の世界には魔法が無いって言っていたけれど、魔樹すら無いのかしら。
≪そう≫
≪もしかして――≫
突然、顔色が変わっていく。
≪お話できちゃったりするの?!≫
大輪の花がほころんだような満面の笑みになった。
≪そりゃ、念話できるのもいるけれど、樹ってそもそもあんまりお喋りじゃないし、だいいち――≫
聴いちゃいない。芽芽は先ほど果物を落としてくれた魔樹に話し掛けている。向こうは何も答えないのに、自分の名前を声に出し、竜も紹介し、わたしたちまで紹介しはじめた。
≪芽芽、あんた日が沈むまでここに留まる気じゃないでしょうね?≫
≪うーん。もうちょっと進んでおきたいかな≫
魔樹にぺこりとお辞儀をして別れを告げると、隣の魔樹の果物も拾っては、またぺこりと頭を下げる。
≪次は声が聴こえるといいなぁ≫
なんで受け答えをしてもらえなくてもめげないの。相手は魔樹なのよ? 下げたその頭を容赦なく跳ね飛ばす種族もいるっていうのに。
一所に根を張る普通の樹と違って、魔樹は動くことが出来る。中には空を飛ぶ種族もいる。魔獣と同じく魔核を秘めており、森や山に満ちた魔素を吸収し、内部で練りながら成長する。だから貴重な薬や食材として重宝される。
≪ふ~ん。じゃあ、この果物もかなり栄養価高いってこと? 良かったね、フィオ≫
≪じゃなくて! まぁ多分そうだろうけど! 重宝されるから、人間が狩るのよ。それで魔樹は人間を見たら攻撃することが多いの!≫
解る? 凄く危険なの、魔樹って存在は。
≪そりゃ攻撃するよね。正当防衛だ≫
この娘、魔樹側に附いた!
≪でも、普通にお願いしたら今みたいにくれるんじゃないの?≫
≪人間は二つ三つで満足しないでしょ≫
≪大多数じゃないかもしれないけれど、満足する人もいるよ? うちのお爺ちゃんは、山菜獲りするとき、山の神様にご挨拶して、山菜にもお断りして、ところどころだけ、分けてもらってたもん≫
≪それは趣味で個人的に食べるからでしょ。商売になると話は別≫
≪た……確かに≫
芽芽が肩を落とす。元来た道を振り返り、先ほどの魔樹たちに再び頭を下げた。≪ごめんなさい≫と、こっちの脳裏にまで悲しそうな声が響く。
風もないのに、樹が葉を揺らして応えている。念話ではないが、気に病むな、と慰めていた。
≪人間ってどこの世界でも……業が深いよね≫
芽芽は俯いたまま、とぼとぼと淋しそうな足取りで道を進む。
心配したフィオが慰めようと試みるが、≪お空が青いね≫だの≪雲が変な形しているね≫だの、とりとめなさ過ぎて会話がどうにも続いていない。
「――うわぁ!」
一陣の風が吹き抜けて、色とりどりの毛玉が辺りに浮かび上がった。蒲公英の綿毛のようにふわりふわりと芽芽の周りを漂う。『森の使い』だ。
≪聖火鼠じゃ! 聖火鼠をさがせ!≫
幻想的な風景に魅了され、ぼんやり立ち尽くしていた芽芽へ、グウェンフォールが懲りずに催促する。
≪爺様、翻訳されなくなった≫
≪外見はじゃな、赤い栗鼠で――≫
≪ああ。栗鼠さんが見たかったのね≫
≪違うわっ! だから聖火鼠と言うておろーがっ≫
芽芽がきょとんとしている。話が噛み合ってないけど、まさか聖火鼠を知らないとか非常識なこと言わないでよ。
いっそのこと、聖女になれる可能性を一から説明して、焚きつけてみようかしら。森の奥深くに放って、精霊の眷属を自力で探させるの。
ううん。馬車で待機しているときに、聖女なんてお飾り、神殿のやっていることは気休め神事だと切り捨てていた。騎士や役人もイマイチ信用してないのよね。
≪ねぇ芽芽、なんで権威は嫌いなの?≫
脈絡の無さそうな話題転換で二人の会話に割り込んだから、芽芽が不思議そうに首を傾けた。
手の平の上には大きめの赤い綿玉。栗鼠の代わりにはならないから、それ。
≪あー、昨日の話?≫
一所懸命に考えて、どんな質問にもきちんと答えようとする。わたしたちを適当にあしらったりは決してしない。
≪単純に人間の心は弱いからね、偉くなるのはとっても危険! 権力を振りかざすたびに義務と責任が増えてくってこと、いつの間にか忘れちゃう≫
≪例えばだぞ? 例えばの話じゃが、一国の姫や聖女の暮らしに憧れたりは……≫
≪あー、そういうの、最悪。しがらみが一杯あるし、権力者の蜥蜴の尻尾だし、朝から晩まで色んな肩書の監視役に囲まれて超・面倒臭そう。
どんだけ豪華な服や装飾品で憂さ晴らししても、やってらんないよね≫
グウェンフォールの探りに、思いっきり顔を顰めてしまった。
≪ていうか、神殿嫌い! 私が聖女だったら、速攻で神殿ぶっ潰したのに!≫
駄目だわ、本気でやらかしそう。
≪あんな腐った集団に依存するから、自然がおかしくなるんじゃない。本当に聖女一人でも精霊の気が変えられるなら、国民全員がもっと頑張らんかいって話だと思う≫
うん、正論なんだけれど。この娘、かなりの過激思想なのよね。そしてかなりの人間嫌い。
≪ま、私は生きてても、死んでても、フィオと一緒に竜の大陸に行くから、関係ないし。ね、フィオ?≫
≪ええ!? 芽芽ちゃん、死んだら無理だよ~≫
緑竜が情けなさそうな声をあげる。帽子のように山盛り載せては遊んでいた綿玉が、頭からポトポト落ちた。
≪そんなことないよ。爺様、死んでもここにいるじゃん≫
≪あ、そっか≫
芽芽が綿玉に手を伸ばし、緑竜の頭の上へ一つひとつ積み上げなおす。
≪もし肉体って容れ物がなくて、念話が聴こえなくなってもちゃんと傍にいるからね。竜の大陸行こうねっ≫
≪行く行く!≫
一見、無邪気そうな口調に影が感じられるのは……何故かしら。
魔樹に魔獣に魔蟲。幾ら言っても、警戒しようとしない。忌まわしき化け物扱いしないから、向こうも何もしてこないのだろうけど。
わたしたちの思惑も、この世界の異形も、ありのままに受け入れてしまう芽芽。
なんだか嫌な予感がした。
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笑顔に満ちた実り多き日々となりますように。
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≪フィオ、やっぱり森は空気がおいしいね≫
≪うん。おいしいねぇ≫
芽芽が気持ち良さそうに深呼吸している。横で芽芽と似たような背丈になった緑竜も真似をする。
…………空気を吸うなとは言わないけれど。あんたたち、今、魔樹や魔獣にがっつり囲まれているの解っている?
≪あ、あの果物!≫
いきなり芽芽が小走りになった。といっても大して速度は変わらない。この娘の脚力ってホントどうなの。
≪カチューシャ、爺様。これ食べられる?
あのお……樹さん、果物もらってもいい?≫
食べられるわね、魔樹だけど。臆病で知られた樹だから、手なんて伸ばしたら即逃げられ――なかった。矜持はどこやったのよ、魔の附く樹のクセに!
≪ありがと~≫
目の前に果物が二つ、三つと落下し、芽芽は嬉しそうに拾っている。それを見た隣の魔樹までが、別の種類の果物を幾つか落としてみせる。
≪あ、ありがとう、なんだけど……こっちの世界の樹って、こういう感じが普通?≫
芽芽が立ち止まった。流石に変だと思ったらしい。って、今ようやく?
≪魔樹よ、そこら辺のは≫
≪まほう……の、樹?≫
わたしの返答に、大きな目を更に見開きながら不思議そうに首を傾げた。元の世界には魔法が無いって言っていたけれど、魔樹すら無いのかしら。
≪そう≫
≪もしかして――≫
突然、顔色が変わっていく。
≪お話できちゃったりするの?!≫
大輪の花がほころんだような満面の笑みになった。
≪そりゃ、念話できるのもいるけれど、樹ってそもそもあんまりお喋りじゃないし、だいいち――≫
聴いちゃいない。芽芽は先ほど果物を落としてくれた魔樹に話し掛けている。向こうは何も答えないのに、自分の名前を声に出し、竜も紹介し、わたしたちまで紹介しはじめた。
≪芽芽、あんた日が沈むまでここに留まる気じゃないでしょうね?≫
≪うーん。もうちょっと進んでおきたいかな≫
魔樹にぺこりとお辞儀をして別れを告げると、隣の魔樹の果物も拾っては、またぺこりと頭を下げる。
≪次は声が聴こえるといいなぁ≫
なんで受け答えをしてもらえなくてもめげないの。相手は魔樹なのよ? 下げたその頭を容赦なく跳ね飛ばす種族もいるっていうのに。
一所に根を張る普通の樹と違って、魔樹は動くことが出来る。中には空を飛ぶ種族もいる。魔獣と同じく魔核を秘めており、森や山に満ちた魔素を吸収し、内部で練りながら成長する。だから貴重な薬や食材として重宝される。
≪ふ~ん。じゃあ、この果物もかなり栄養価高いってこと? 良かったね、フィオ≫
≪じゃなくて! まぁ多分そうだろうけど! 重宝されるから、人間が狩るのよ。それで魔樹は人間を見たら攻撃することが多いの!≫
解る? 凄く危険なの、魔樹って存在は。
≪そりゃ攻撃するよね。正当防衛だ≫
この娘、魔樹側に附いた!
≪でも、普通にお願いしたら今みたいにくれるんじゃないの?≫
≪人間は二つ三つで満足しないでしょ≫
≪大多数じゃないかもしれないけれど、満足する人もいるよ? うちのお爺ちゃんは、山菜獲りするとき、山の神様にご挨拶して、山菜にもお断りして、ところどころだけ、分けてもらってたもん≫
≪それは趣味で個人的に食べるからでしょ。商売になると話は別≫
≪た……確かに≫
芽芽が肩を落とす。元来た道を振り返り、先ほどの魔樹たちに再び頭を下げた。≪ごめんなさい≫と、こっちの脳裏にまで悲しそうな声が響く。
風もないのに、樹が葉を揺らして応えている。念話ではないが、気に病むな、と慰めていた。
≪人間ってどこの世界でも……業が深いよね≫
芽芽は俯いたまま、とぼとぼと淋しそうな足取りで道を進む。
心配したフィオが慰めようと試みるが、≪お空が青いね≫だの≪雲が変な形しているね≫だの、とりとめなさ過ぎて会話がどうにも続いていない。
「――うわぁ!」
一陣の風が吹き抜けて、色とりどりの毛玉が辺りに浮かび上がった。蒲公英の綿毛のようにふわりふわりと芽芽の周りを漂う。『森の使い』だ。
≪聖火鼠じゃ! 聖火鼠をさがせ!≫
幻想的な風景に魅了され、ぼんやり立ち尽くしていた芽芽へ、グウェンフォールが懲りずに催促する。
≪爺様、翻訳されなくなった≫
≪外見はじゃな、赤い栗鼠で――≫
≪ああ。栗鼠さんが見たかったのね≫
≪違うわっ! だから聖火鼠と言うておろーがっ≫
芽芽がきょとんとしている。話が噛み合ってないけど、まさか聖火鼠を知らないとか非常識なこと言わないでよ。
いっそのこと、聖女になれる可能性を一から説明して、焚きつけてみようかしら。森の奥深くに放って、精霊の眷属を自力で探させるの。
ううん。馬車で待機しているときに、聖女なんてお飾り、神殿のやっていることは気休め神事だと切り捨てていた。騎士や役人もイマイチ信用してないのよね。
≪ねぇ芽芽、なんで権威は嫌いなの?≫
脈絡の無さそうな話題転換で二人の会話に割り込んだから、芽芽が不思議そうに首を傾けた。
手の平の上には大きめの赤い綿玉。栗鼠の代わりにはならないから、それ。
≪あー、昨日の話?≫
一所懸命に考えて、どんな質問にもきちんと答えようとする。わたしたちを適当にあしらったりは決してしない。
≪単純に人間の心は弱いからね、偉くなるのはとっても危険! 権力を振りかざすたびに義務と責任が増えてくってこと、いつの間にか忘れちゃう≫
≪例えばだぞ? 例えばの話じゃが、一国の姫や聖女の暮らしに憧れたりは……≫
≪あー、そういうの、最悪。しがらみが一杯あるし、権力者の蜥蜴の尻尾だし、朝から晩まで色んな肩書の監視役に囲まれて超・面倒臭そう。
どんだけ豪華な服や装飾品で憂さ晴らししても、やってらんないよね≫
グウェンフォールの探りに、思いっきり顔を顰めてしまった。
≪ていうか、神殿嫌い! 私が聖女だったら、速攻で神殿ぶっ潰したのに!≫
駄目だわ、本気でやらかしそう。
≪あんな腐った集団に依存するから、自然がおかしくなるんじゃない。本当に聖女一人でも精霊の気が変えられるなら、国民全員がもっと頑張らんかいって話だと思う≫
うん、正論なんだけれど。この娘、かなりの過激思想なのよね。そしてかなりの人間嫌い。
≪ま、私は生きてても、死んでても、フィオと一緒に竜の大陸に行くから、関係ないし。ね、フィオ?≫
≪ええ!? 芽芽ちゃん、死んだら無理だよ~≫
緑竜が情けなさそうな声をあげる。帽子のように山盛り載せては遊んでいた綿玉が、頭からポトポト落ちた。
≪そんなことないよ。爺様、死んでもここにいるじゃん≫
≪あ、そっか≫
芽芽が綿玉に手を伸ばし、緑竜の頭の上へ一つひとつ積み上げなおす。
≪もし肉体って容れ物がなくて、念話が聴こえなくなってもちゃんと傍にいるからね。竜の大陸行こうねっ≫
≪行く行く!≫
一見、無邪気そうな口調に影が感じられるのは……何故かしら。
魔樹に魔獣に魔蟲。幾ら言っても、警戒しようとしない。忌まわしき化け物扱いしないから、向こうも何もしてこないのだろうけど。
わたしたちの思惑も、この世界の異形も、ありのままに受け入れてしまう芽芽。
なんだか嫌な予感がした。
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