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鬼喰いの森 ~ 香妖の森
50. 花に同化する
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≪あ! フィオ、見て。あれ、柿だよ柿。多分だけど≫
≪あの夕焼け色した果物?≫
≪そう。渋いやつかな、甘いやつかな。私の元いた世界だと、二種類あるんだよ≫
人間サイズで横を並んで歩いていたフィオが、一番大きい荷袋をお腹側に掛けたまま、木の上まで飛ぶ。
私と違って翼で空も移動できるし、風の魔法で軽くしなくても荷物を持つの平気だし。竜って何気に既定値がスーパーマン仕様。
その肩に乗ったよん豆は、それぞれ気に入った柿にぴっとり貼り付いた。どれが食べ頃か、見分けられるらしい。これまで何回も同じ動きでアピールしてくれたので、こちらも理解した。
紅葉みたいに小ちゃな緑の手から柿を受け取ると、バニラみたいに甘ったるい匂いがする。前歯を立てて皮を引っ張ったら、中はゼリーみたいに熟してて、とっても美味しかった。
オレンジ色なんて、精霊四色オンパレードのこの国で珍しい。フィオも気に入ったのか、ハムスターみたいに頬張っている。だったらあといくつか――。
≪お前ら……あのな。その樹はだな≫
あ゛、爺様の声音が地を這ってる。ということは、だ。
≪もしかして魔樹だった?≫
≪『もしかして』じゃないわっ! 少しは警戒せんか~っ!≫
よん豆が散り散りになった。フィオと二人で目を合わせ、そう言われてもねぇ、と肩を竦める。
確かに針葉樹林の中にこんな大きな広葉樹がぽつんと立っているのは奇妙かもしれないけれど……無言でじっと佇んでいるんだもの。
とりあえず柿もどきの魔樹さんにお礼を言っておこう。
わさわさわさ、と枝を振られた。ちょっと斜に構えている。『ふっ、いいってことよ』的な雰囲気だ。
≪私の国の『富裕柿』にならって、福々しく。これからは何万もの、沢山の福が集って『万福柿』さんとお呼びしませう≫
わさわさわさ。今度は上下に葉っぱを揺すって、わっはっは、と笑った感じ。うん、気に入って頂けたっぽい。そして虫食いのない熟したのを、さらにいくつか頂いた。
よく見たらヘタも緑が鮮やか。なるほど、柿とはちょっと違うらしい。ぷにぷにの多肉植物みたいだと思ったら、フィオが迷わず食べてるではないか。
試しにヘタの端っこを齧ってみて……しょっぱかった。単独ではともかく、極甘とろとろの実の付け合わせとしてはいいのかもしれない。
よん豆ともシェアしたいけど、塩粒や雨露ですら食べないんだよね。
≪カチューシャ、豆っ子たちのご飯、ホントのホントに大丈夫?≫
≪そいつら精霊でしょ。物質から栄養を摂るわたしたちとは違うのよ≫
種族ごと名前を付けたからって契約したことにはならないみたい。そこはホッとしていたんだけど、契約獣なら魔力を食べれるのに。生態不明でちょこっと心配だ。
≪昔から、たまに変な人間が森から持ち帰って色んな餌を試すのだけど……大体は一日で消えちゃうの。もって二日がせいぜいね≫
≪え? ちょっと豆ちゃん、街に一緒に来て平気だったの!?≫
落ち葉の上に落っこちた斑紋卵、玉藻々、煙々羅、毛羽毛現。
一個ずつ手に取って呼びかけてみても、まったりコロがるだけ。だから意思疎通がね、大福餅さんってば。
≪それは魔素が凝縮した塊であって、生き物ではないと言うておろうが≫
それでも消えたら悲しいよ、爺様。フィオですら不思議そうにこっちを見ているから、私が気にしすぎなのかな。
≪森を歩いてたら、またいっぱい見つかるよ!≫
むむむ、雪の結晶みたいなものと思ったほうがいいのかもしれないけどさ、でもさ。
悩ましいが、あと少しで日が暮れてしまう。今日の寝床を探すのを優先しよう。
森の奥深くを通る旧街道は、一定の距離間隔で昔の野営地が残っている。穴だらけであちこち崩れた石壁でも多少は風をしのげるし、万が一誰かが近づいた時でも私と同じ背丈になった竜がすぐ見えないのが長所。
森の中でのフィオは白い鱗じゃなく、神殿の魔導士が見たことのない色と大きさに姿を変えている。だから竜騎士のはぐれ騎竜か野良の竜だという設定で押し切るつもり。でも見つからないのに越したことはない。
≪芽芽、こっち≫
だいぶ先を早足で歩いていたカチューシャが戻って来た。
≪次の角を曲がったら、すぐ先に野営地墟があるわ≫
≪了解。カチューシャ、ありがとう≫
柿(?)の実をたっぷり抱えたフィオと私は歩く速度を少し上げて、目的地まで急いだ。
なんだかジャスミンみたいな甘ったるい南国の香りがする。扉が嵌めてあったと思われる細い穴をくぐって中に入ると、相変わらず天井の欠けた古い円塔の石畳が広がっていた。
≪あ! 月下美人さんだ≫
正確には『もどき』だけど。霊山の管理小屋を突破したときに出会ったお花。木蔦や藤みたいな蔓植物が茂る石壁に、上からぺた~っと鬘のように被さっていた。
≪人間じゃないでしょ、花でしょ≫
カチューシャたちにも『美人さん』の部分は伝わったみたい。花だって美人って呼んでいーじゃない、と反論しようとしたら、フィオがうれしそうに飛び跳ねる。
≪霊山で食べたお花さんだよ! ボクたちを追いかけて来てくれたんだね! お豆ちゃんたちと同じだね!≫
ちょっと待って。え、ホントにおんなじ株?
≪――てことは魔樹?≫
≪じゃなくて、魔草よ。こいつ、飛べるから。何故追って来たのかは不明だけど≫
カチューシャが盛大な溜め息をついてみせた。
樹でも草でも植物やん。魔がついてたら移動できるって何その法則。
≪芽芽ちゃんとお友達になりたいんだねぇ≫
癒しのフィオが極限まで好意的な解釈をしてくれる。花泥棒への渾身のリベンジもあり得るんだよ。
――よし、深呼吸して落ち着こう。
某白犬は口酸っぱくディスってくるけど、私だって万年お花畑脳じゃないのだ。魔虫や魔樹に会うたびに、話しかけて気がついたこと。
念話だろうと口に出そうと、言語化された『会話』っていうのは人間(と竜と契約獣)の表現方法だよね。こっちの方式だけを押しつけず、虫や植物側の感覚にも合わせてあげればいいのだ。
つまり目を閉じて、月下美人さんもどきと一体化する。そして今、この草が感じているものを一緒に感じ取るの。うん、攻撃的な印象はない。恨みつらみのおどろおどろした感覚も伝わってこない。
よし大丈夫、と目を開いたら、よん豆が突撃していって、花々の間に貼り付いた!
≪よよよよよん豆ぇっ! ――え゛、え? はへ?≫
精霊豆が蕾の形に変化して、おまけにバフンッと花弁を開いて――えーと、もしもし、なんでいきなり擬態するの?
≪すごーい! 芽芽ちゃん、見て見て! お豆ちゃんがまん丸からお花に変身したよ~≫
≪なるほどな。森の使いはああして姿を習得していくのか。ということは森の狩人は集合体ではないということか? ふむ、興味深い≫
森の狩人? 首を傾げてたら、爺様が≪森の使いの大きいやつで、人間を襲う。こちらが斬りつけると霧散する≫と説明してくれた。
うーん、月下美人さんもお豆たちも、不穏な気配は一向にないのだけどな。
≪だったら豆を栗鼠の口の中にブチ込めば、聖火鼠が完成するんじゃない?≫
≪おお! 妙案じゃ! なんでも良いから栗鼠を探して拘束しろ!≫
……真っ白い犬と熊のぬいぐるみが物騒な豆体実験の相談をしている。
月下美人さんは壁に不動の涅槃仏がごとくでーんと垂れたまま。
フィオは本物の花びらのほうを食べだした。
花に変身した豆っ子は、女の子が新しいドレスを見せびらかすみたいに、長い花びらをクラゲみたいにゆらゆらゆら。
なんなんだ、このカオス。
大丈夫かな。もう一度、月下美人に同化してみよう。極限まで自己を消して、相手の中に溶け込むんだ。
幼くして、いきなり年代のうんと違う祖父母の家に放り込まれた。同じ日本語だけど、おじいちゃんは漢字だらけ、おばあちゃんは方言だらけで話してくる。テレビのキャラもの、未就学児の流行りものなんて、ちっとも通じない。
その後は、親の都合で海外に連れてかれて、現地の学校に放り込まれた。母音も子音も違うし、文章の作り方も違う。ジェスチャーも場面ごとの対応も発想も千差万別。想定外が当たり前。
そんな生活をしてきた私だから出来る技。学校なんて、さらに別の言語まで習わさせられたからね。宿題に出された大量の本も『行間を読む』というよりも、中に直接入り込むって感覚でなんとかこなしてきた。
憑依するってことに近いのかもしれない。
うん、月下美人さんは怒ってないし、お豆ちゃんは……精霊ってタイプだからか、虫や植物に輪をかけて感知が難しいけど、少なくともネガティブ感はない。
よし、ここで野宿に決定。フィオを待たせても問題ないと思う。
≪フィオ、荷物見張ってて? カチューシャと私で枯れ枝を集めてくる≫
≪え~、ボクも手伝うよ。こんなとこ、誰も来ないもん≫
ミニ竜が寂しそうな顔をして、トカゲ尻尾がぺしゃっと下がる。う、耐えろ私、今日こそ心を鬼にするのよ。
≪ダメ。フィオは森の中だと荷物もいっぱい持ってくれるし、人里だと小さくなって窮屈な思いしているでしょ。ちゃんと休んでほしいの≫
≪平気だよ!≫
≪油断大敵! いいから今日はお客さんになって、休む!≫
ほら、と万福柿の実を押しつける。
≪精霊豆ちゃんたち、フィオと一緒にいてあげてね≫
精霊四色の花と化した元お豆が、『任せろ』とばかりに花びらの先っちょを持ち上げ、ふりふりふり。
月下美人さんもお願いしたら、なんだか雰囲気が柔らかくなった。豆っ子を真似して、サボテンみたいな肉厚の葉っぱの先をほんの少し、尻尾代わりにゆっさゆっさ。
念のためにカチューシャに確認すると、≪襲うなら、とっくの昔に襲ってきてるわ! そしたらこっちも反撃の実地訓練になったのに!≫と地団駄踏んでいる。だからなぜそんな矢鱈めったら戦いたがるのよ、バーサーカー犬め。
でも物事には優先順位。こんなチャンスは滅多に来ない。
まだ納得してなさそうなフィオを残し、私は元の道を戻ることにした。
****************
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すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、希望の種がたくさん芽吹きますように。
≪あの夕焼け色した果物?≫
≪そう。渋いやつかな、甘いやつかな。私の元いた世界だと、二種類あるんだよ≫
人間サイズで横を並んで歩いていたフィオが、一番大きい荷袋をお腹側に掛けたまま、木の上まで飛ぶ。
私と違って翼で空も移動できるし、風の魔法で軽くしなくても荷物を持つの平気だし。竜って何気に既定値がスーパーマン仕様。
その肩に乗ったよん豆は、それぞれ気に入った柿にぴっとり貼り付いた。どれが食べ頃か、見分けられるらしい。これまで何回も同じ動きでアピールしてくれたので、こちらも理解した。
紅葉みたいに小ちゃな緑の手から柿を受け取ると、バニラみたいに甘ったるい匂いがする。前歯を立てて皮を引っ張ったら、中はゼリーみたいに熟してて、とっても美味しかった。
オレンジ色なんて、精霊四色オンパレードのこの国で珍しい。フィオも気に入ったのか、ハムスターみたいに頬張っている。だったらあといくつか――。
≪お前ら……あのな。その樹はだな≫
あ゛、爺様の声音が地を這ってる。ということは、だ。
≪もしかして魔樹だった?≫
≪『もしかして』じゃないわっ! 少しは警戒せんか~っ!≫
よん豆が散り散りになった。フィオと二人で目を合わせ、そう言われてもねぇ、と肩を竦める。
確かに針葉樹林の中にこんな大きな広葉樹がぽつんと立っているのは奇妙かもしれないけれど……無言でじっと佇んでいるんだもの。
とりあえず柿もどきの魔樹さんにお礼を言っておこう。
わさわさわさ、と枝を振られた。ちょっと斜に構えている。『ふっ、いいってことよ』的な雰囲気だ。
≪私の国の『富裕柿』にならって、福々しく。これからは何万もの、沢山の福が集って『万福柿』さんとお呼びしませう≫
わさわさわさ。今度は上下に葉っぱを揺すって、わっはっは、と笑った感じ。うん、気に入って頂けたっぽい。そして虫食いのない熟したのを、さらにいくつか頂いた。
よく見たらヘタも緑が鮮やか。なるほど、柿とはちょっと違うらしい。ぷにぷにの多肉植物みたいだと思ったら、フィオが迷わず食べてるではないか。
試しにヘタの端っこを齧ってみて……しょっぱかった。単独ではともかく、極甘とろとろの実の付け合わせとしてはいいのかもしれない。
よん豆ともシェアしたいけど、塩粒や雨露ですら食べないんだよね。
≪カチューシャ、豆っ子たちのご飯、ホントのホントに大丈夫?≫
≪そいつら精霊でしょ。物質から栄養を摂るわたしたちとは違うのよ≫
種族ごと名前を付けたからって契約したことにはならないみたい。そこはホッとしていたんだけど、契約獣なら魔力を食べれるのに。生態不明でちょこっと心配だ。
≪昔から、たまに変な人間が森から持ち帰って色んな餌を試すのだけど……大体は一日で消えちゃうの。もって二日がせいぜいね≫
≪え? ちょっと豆ちゃん、街に一緒に来て平気だったの!?≫
落ち葉の上に落っこちた斑紋卵、玉藻々、煙々羅、毛羽毛現。
一個ずつ手に取って呼びかけてみても、まったりコロがるだけ。だから意思疎通がね、大福餅さんってば。
≪それは魔素が凝縮した塊であって、生き物ではないと言うておろうが≫
それでも消えたら悲しいよ、爺様。フィオですら不思議そうにこっちを見ているから、私が気にしすぎなのかな。
≪森を歩いてたら、またいっぱい見つかるよ!≫
むむむ、雪の結晶みたいなものと思ったほうがいいのかもしれないけどさ、でもさ。
悩ましいが、あと少しで日が暮れてしまう。今日の寝床を探すのを優先しよう。
森の奥深くを通る旧街道は、一定の距離間隔で昔の野営地が残っている。穴だらけであちこち崩れた石壁でも多少は風をしのげるし、万が一誰かが近づいた時でも私と同じ背丈になった竜がすぐ見えないのが長所。
森の中でのフィオは白い鱗じゃなく、神殿の魔導士が見たことのない色と大きさに姿を変えている。だから竜騎士のはぐれ騎竜か野良の竜だという設定で押し切るつもり。でも見つからないのに越したことはない。
≪芽芽、こっち≫
だいぶ先を早足で歩いていたカチューシャが戻って来た。
≪次の角を曲がったら、すぐ先に野営地墟があるわ≫
≪了解。カチューシャ、ありがとう≫
柿(?)の実をたっぷり抱えたフィオと私は歩く速度を少し上げて、目的地まで急いだ。
なんだかジャスミンみたいな甘ったるい南国の香りがする。扉が嵌めてあったと思われる細い穴をくぐって中に入ると、相変わらず天井の欠けた古い円塔の石畳が広がっていた。
≪あ! 月下美人さんだ≫
正確には『もどき』だけど。霊山の管理小屋を突破したときに出会ったお花。木蔦や藤みたいな蔓植物が茂る石壁に、上からぺた~っと鬘のように被さっていた。
≪人間じゃないでしょ、花でしょ≫
カチューシャたちにも『美人さん』の部分は伝わったみたい。花だって美人って呼んでいーじゃない、と反論しようとしたら、フィオがうれしそうに飛び跳ねる。
≪霊山で食べたお花さんだよ! ボクたちを追いかけて来てくれたんだね! お豆ちゃんたちと同じだね!≫
ちょっと待って。え、ホントにおんなじ株?
≪――てことは魔樹?≫
≪じゃなくて、魔草よ。こいつ、飛べるから。何故追って来たのかは不明だけど≫
カチューシャが盛大な溜め息をついてみせた。
樹でも草でも植物やん。魔がついてたら移動できるって何その法則。
≪芽芽ちゃんとお友達になりたいんだねぇ≫
癒しのフィオが極限まで好意的な解釈をしてくれる。花泥棒への渾身のリベンジもあり得るんだよ。
――よし、深呼吸して落ち着こう。
某白犬は口酸っぱくディスってくるけど、私だって万年お花畑脳じゃないのだ。魔虫や魔樹に会うたびに、話しかけて気がついたこと。
念話だろうと口に出そうと、言語化された『会話』っていうのは人間(と竜と契約獣)の表現方法だよね。こっちの方式だけを押しつけず、虫や植物側の感覚にも合わせてあげればいいのだ。
つまり目を閉じて、月下美人さんもどきと一体化する。そして今、この草が感じているものを一緒に感じ取るの。うん、攻撃的な印象はない。恨みつらみのおどろおどろした感覚も伝わってこない。
よし大丈夫、と目を開いたら、よん豆が突撃していって、花々の間に貼り付いた!
≪よよよよよん豆ぇっ! ――え゛、え? はへ?≫
精霊豆が蕾の形に変化して、おまけにバフンッと花弁を開いて――えーと、もしもし、なんでいきなり擬態するの?
≪すごーい! 芽芽ちゃん、見て見て! お豆ちゃんがまん丸からお花に変身したよ~≫
≪なるほどな。森の使いはああして姿を習得していくのか。ということは森の狩人は集合体ではないということか? ふむ、興味深い≫
森の狩人? 首を傾げてたら、爺様が≪森の使いの大きいやつで、人間を襲う。こちらが斬りつけると霧散する≫と説明してくれた。
うーん、月下美人さんもお豆たちも、不穏な気配は一向にないのだけどな。
≪だったら豆を栗鼠の口の中にブチ込めば、聖火鼠が完成するんじゃない?≫
≪おお! 妙案じゃ! なんでも良いから栗鼠を探して拘束しろ!≫
……真っ白い犬と熊のぬいぐるみが物騒な豆体実験の相談をしている。
月下美人さんは壁に不動の涅槃仏がごとくでーんと垂れたまま。
フィオは本物の花びらのほうを食べだした。
花に変身した豆っ子は、女の子が新しいドレスを見せびらかすみたいに、長い花びらをクラゲみたいにゆらゆらゆら。
なんなんだ、このカオス。
大丈夫かな。もう一度、月下美人に同化してみよう。極限まで自己を消して、相手の中に溶け込むんだ。
幼くして、いきなり年代のうんと違う祖父母の家に放り込まれた。同じ日本語だけど、おじいちゃんは漢字だらけ、おばあちゃんは方言だらけで話してくる。テレビのキャラもの、未就学児の流行りものなんて、ちっとも通じない。
その後は、親の都合で海外に連れてかれて、現地の学校に放り込まれた。母音も子音も違うし、文章の作り方も違う。ジェスチャーも場面ごとの対応も発想も千差万別。想定外が当たり前。
そんな生活をしてきた私だから出来る技。学校なんて、さらに別の言語まで習わさせられたからね。宿題に出された大量の本も『行間を読む』というよりも、中に直接入り込むって感覚でなんとかこなしてきた。
憑依するってことに近いのかもしれない。
うん、月下美人さんは怒ってないし、お豆ちゃんは……精霊ってタイプだからか、虫や植物に輪をかけて感知が難しいけど、少なくともネガティブ感はない。
よし、ここで野宿に決定。フィオを待たせても問題ないと思う。
≪フィオ、荷物見張ってて? カチューシャと私で枯れ枝を集めてくる≫
≪え~、ボクも手伝うよ。こんなとこ、誰も来ないもん≫
ミニ竜が寂しそうな顔をして、トカゲ尻尾がぺしゃっと下がる。う、耐えろ私、今日こそ心を鬼にするのよ。
≪ダメ。フィオは森の中だと荷物もいっぱい持ってくれるし、人里だと小さくなって窮屈な思いしているでしょ。ちゃんと休んでほしいの≫
≪平気だよ!≫
≪油断大敵! いいから今日はお客さんになって、休む!≫
ほら、と万福柿の実を押しつける。
≪精霊豆ちゃんたち、フィオと一緒にいてあげてね≫
精霊四色の花と化した元お豆が、『任せろ』とばかりに花びらの先っちょを持ち上げ、ふりふりふり。
月下美人さんもお願いしたら、なんだか雰囲気が柔らかくなった。豆っ子を真似して、サボテンみたいな肉厚の葉っぱの先をほんの少し、尻尾代わりにゆっさゆっさ。
念のためにカチューシャに確認すると、≪襲うなら、とっくの昔に襲ってきてるわ! そしたらこっちも反撃の実地訓練になったのに!≫と地団駄踏んでいる。だからなぜそんな矢鱈めったら戦いたがるのよ、バーサーカー犬め。
でも物事には優先順位。こんなチャンスは滅多に来ない。
まだ納得してなさそうなフィオを残し、私は元の道を戻ることにした。
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