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鬼喰いの森 ~ 香妖の森

★ 契約獣:雲烟過眼(うんえんかがん)

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※契約獣カチューシャの視点です。
 現在地の香妖こうようの森から一旦、鬼喰おにくいの森へと回想で戻ります。

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 一部は魔獣化した巨大クズリの繁殖地、鬼喰おにくいの森。

 芽芽はその所以ゆえんを体感することなく、というより、その元兇げんきょうである魔獣どもに終始見守られていることも気づかずあっさりと通り抜け、今度は香妖こうようの森へと到達した。

 お馬鹿イタチめ、縄張り意識はどこ行ったのよ!

 戦闘訓練にならないじゃない!

≪失礼いたします。中に立ち入ることをお許しください≫

 芽芽は姿勢を正し、両手を勢いよくたたいて重ね合わせると、頭を下げつつぶつぶつつぶやいていた。山や森に入ったり出たりするときの、向こうの世界の儀式なのだそうだ。

 その場所を守護する『神』とやらに祈るのだと説明されたのだけれど、わたしは人間の語る『神』とやらを見たことがないからよく解らない。そうしたら、芽芽も見たことはないとのたまった。

≪じゃあ、いないかもしれないじゃない!≫

≪そうだね。でもさ、いるかもしれないでしょ≫

 そんなの、誰も証明できないわ。

≪いなかったら馬鹿みたいよ≫

≪それでも、ここは他人様の場所で、自分はお邪魔させてもらってる身だって、こうしたら思い出すでしょ≫

≪そんなことしなきゃ思い出せないなんて、やっぱり馬鹿だわ≫

≪仕方ないよ。人間だもん≫

 ――それもそうね。

 芽芽が手を合わせたとき、物質世界から焦点を逸らして観察すると、その身体がほんのりと光に包まれるの。

 体内からあふれ出す魔力が、光の粒子となって辺りの空気へ溶け込んでいく。

 『神』はともかく、芽芽のせいで何かが森に作用しているのは確かだった。普段、人間に牙を剝きだしにしてえる獣たちが、すっかりなりを潜めている。

 巣穴の傍を通るときには流石にぴりぴりしているけれど、何も仕掛けてこない。

 芽芽からも子竜からも、敵意を全く感じられないせいかもしれない。恐怖どころか、始終呑気のんきな空気を垂れ流しているのだもの。おかげでこっちまで闘争本能を削がれっ放しだわ。



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 検問直後、鬼喰おにくいの森では、とうとう騎士殺しの樹と対面した。というより、火用の枝を拾っていた芽芽が、≪真っ白なふわふわした花が咲いてる!≫といきなり駆けだしたのだ。

 その先を見ても、花なんてどこにもない。

 白? 相変わらず代わり映えのない針葉樹の合間に、秋らしく紅葉した低木がちらほら立っているだけじゃないの。

 芽芽は立ち止まり、何やら一本の樹に話し掛けている。たしかに木肌は白みがかった灰色だけれど……。

 枯れ枝を少し分けてくれと交渉しているようだ。根元のほうから何本も細い枝をひょろりと生やした奇妙な樹が、なんと素直に枯れた小枝を数本落としてみせた。

≪ありがとう! わぁ、いい香り。お花もとってもステキですね≫

 どこにも花なんてない。それよりも、この樹ってどこかで見たような。風向きが変わり、こちらに馥郁ふくいくとした香りが流れてきた。

≪芽芽、離れなさいっ≫

 慌ててコートを引っ張る。娘の脚がもつれようが、問答無用で荷物を降ろした道路脇まで連行した。

≪騎士殺しの樹に自分から近づくなんて正気なの!?≫

≪なんじゃと!? だから散散言い聞かせたじゃろうが! 魔樹に無暗に近づくでないっ、この怖いもの知らずが!≫

 荷物の上に置かれたグウェンフォールが、血相変えて怒りだした。人形だから表情は見えないけど、頭から湯気でも出てきそうな勢いである。

≪でも、古い枝を分けてくれただけだよ?≫

 ああもう。無知ほど性質が悪いものはない。

≪あの樹は、魔樹の中でも攻撃傾向が特に強いの! おまけに戦闘能力が高くて、竜騎士でさえ何人も殺してきたの。だからついた名前が『騎士殺しの樹』。
 眼球と心臓を串刺しにしてくるのよ≫

 いい加減、恐怖で震えなさい!

≪なんで竜騎士を狙うの?≫

≪は? 狙ったわけじゃないけれど、戦闘になるわけだし……≫

≪人間がご飯なの?≫

≪樹は肉食じゃないわよ、普通≫

≪周りに悪いことをして退治されてるの?≫

≪じゃなくて、あの樹が珍しいから、捕獲するために竜騎士が動員されて……≫

≪じゃあ悪いの、人間じゃん≫

 駄目だわ、堂堂巡りで話が通じない。

≪かもしれないけれど! 芽芽だって人間なんだから、殺されるかもしれないでしょ!≫

≪あーまぁそうなるよね。でも同じ人間が迷惑かけちゃったんだし、あの樹がそれで留飲を下げられるなら、仕方ないんじゃない?≫

 何故そういう結論になるの。

≪すごくいい香りがするものね。それにお花も美しいし。それで狙われるのは、辛いねぇ≫

 芽芽は騎士殺しの樹の方を眺め、しみじみとつぶやいた。

≪言っとくけど、花なんて咲いていないわよ≫

≪え? あそこ、雲みたいに沢山もこもこって咲いているじゃない≫

 どこよ。わざわざ魔力を使って芽芽と同じ目線まで浮かび上がるけど、花なんて見えない。黒く大きな瞳を真正面からのぞき込んだ。

≪あんた……なんかの魔術を使っているわね≫

≪え? でも荷物は置いてるから、音消しと重さ軽減の魔法は解いたよ≫

≪じゃなくて! なんか目が揺らいでいるの!≫

≪え? うそついてないってば!≫

 そんなことは判っているわよ。契約でつながっているのだもの。

 ああもう話が通じない。精霊眼の一種かしら? 瞳の虹彩が精霊四色に揺らめいた気がする。

≪微細な高次元域を透視しているのじゃろう。肉体の次元に意識を戻せ。まずは足を踏み締めて、深呼吸じゃ≫

 グウェンフォールがいぶかしがりながらも、指示を出す。水を口に含ませ、荷物の中の胡桃くるみや干し林檎りんごかじらせていた。こういう所は、魔導士の方が手際がいい。

≪どうじゃ、まだ花が見えるか?≫

≪うん。……あのさ、フィオも見えないの?≫

 やっと少し困った様子で、隣に並んでしゃがみ込んだ小竜に話を振っている。

≪あっちの方だよね? ……ごめん、緑色の葉っぱしか見えない≫

≪キレイなんだけどなぁ。フィオたちも見れたら絶対感動するのに≫

 どうやら美しい景色を一緒に眺められないのが残念なだけらしい。

≪体内の魔力が暴走しているのやもしれん≫

 グウェンフォールがぼそりとつぶやく。途端に緑竜が心配そうにするが、当の本人は≪なるほどね≫とあっさり納得した。

≪あんたね、ちょっとぐらいは不安になりなさいよ≫

 そう言うと、芽芽はさびしそうに微笑む。

≪んー、だって。魔力が暴走ってのは、前にも爺様たち言ってたじゃない。それで生活に支障きたしているわけじゃないし、別にいいんじゃない?≫

 別にって……。何故こんなにも自分自身に無頓着なの。『フィオ』のためなら、北の果てまで行こうと足掻あがくくせに。






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