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灰色の街(ロザルサーレ)
■(元)神殿侍女: 気になるじゃない
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※芽芽が朝靄の街で出会ったオルラ視点です。
ガーロイドの館で光の柱が上がったのが深夜すぎ、その数時間後の朝です。
:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:
「オルラ?」
午前中の澄み切った空気と優しい陽の光で、あの子のことを思い出す。夜明けに一雨来たけれど、早朝からは気持ちの良いお天気。去年までの鬱陶しい秋と大違いだわ。
メメは、今どの辺りかしら……。ちゃんと馬車を乗り継いで、そして何も問題がなければ……冬になる前に青い馬の連峰に着いているはずよ。
お父さんが言ってたわ、あのツンとすました護衛犬は絶対に対人戦闘訓練を受けてるって。メメだって、何かの魔道具だかで返り血も一滴残らず処理できてたんだし。
でも体幹や脚運びがふらついていて、武術の心得はゼロらしいのよね……何なのかしら、このちぐはぐ感。
「オルラ!」
「……あ」
姉さんの声で、手元がおろそかになっていることに気づく。この次は何縫いの予定だったのか、ちっとも思い出せないわ。針を仮止めして、新作の膝掛けの横に広げた刺繍の図案を確かめる。
メメと一緒に行った図書館で、新たに転写した内容。普段ならもっと幾何学模様のデザイン集にするのに、なぜかあのときは四季折々の花刺繍の本に心惹かれたのよね。
初代聖女様にちなんだ壁の少数民族の図案。メメの服のせいかしら。
「この部屋に泊まった子のこと? また気にしてたの?」
「うん。お父さんたちも理由ありで、この国に移って来たじゃない? だから、あんまり問い詰めるのもどうかなって……でも、もっとしっかり事情を聞いてあげるべきだったかも」
そしたら何かしてあげられたんじゃないかと、ずっと気になっている。
「一週間前に警備部の引き継ぎが終わっていたら、私が送ってあげられたんだよね、ごめん」
「そうじゃないわよ! もう! だから姉さんは――」
なんで謝るのよ、ホントお人好しなんだから! 『気になっていればアンタ自身が送っていけば良かったのに、辛気臭い』って怒りなさいよ! どうして妹の愚痴話にそこまで親身になれるのよ!
そんなんだから部下の不始末まで押し付けられて、ド田舎の離れ独島に左遷されちゃうんじゃない! アタシなんかより、ずっとずっと偉い竜騎士のクセに!
「おや、姉妹お揃いかい?」
絶対に後悔する姉妹喧嘩を一方的に始めそうになった瞬間、窓がガタリ、と空いた。ベッドでアタシと向き合って座っていた姉が、即座に侵入者へ剣を向ける。
「ヘスティア様?!」
温和な姉さんが、めずらしく黄色のそばかす顔をしかめた。よく見ると、窓枠に片足をかけたまま微笑んでいる男装の人物は、火の選帝公本家のご長女だ。
竜騎士学校では姉さんよりも一年上の先輩。だけど竜騎士にならずに帝国に留学したあげく、向こうで平民と結婚してご実家に勘当された。魔導士の資格も得たのに、自国に戻ってきたら王都学園の養護教員に収まった。
人生どこに向かっているのやら、秋の大嵐のように勝手気ままな人だわ。
「玄関から訪ねるって選択肢はないんですか?」
「んー? 気にすんな。竜騎士っぽくていいじゃん」
姉さんが溜め息まじりに剣を鞘にしまう横で、ヘスティア様が椅子にどさりと腰かけた。
仕方ないのでアタシもベッドから降りて、空になった青いティーポットに手をかける。招待してもいないこの客に毎回、「茶を寄越せ」とせっつかれるのは腹が立つもの。
「――ガーロイドのおっさんから聞いた。シャイラ、お前が島に流される前に実家に戻ってるって。
なら暇だよな、一緒に来てほしい所がある。裏の案件だ、すぐに用意してくれ」
どこぞの土の竜騎士様ときたら大人しく頷いて、部屋の隅に放置していた黄土色の荷袋へ手をかける。
~~~だ・か・ら! そういう所が他人から良い様に使われちゃう原因なんだってば!
「姉さんは、一年ぶりの帰郷なんですよ? 聖女様の我が儘のせいで、ロクに休暇も取らせてもらえなくて! 申し訳ございませんけど、他を当たってくださいっ」
「それからオルラ。お前が藤百合の宿を紹介した娘について教えてほしい。どの程度の知り合いだ?」
ヘスティア様から、先ほどまでの飄々とした雰囲気が消えた。王都での小洒落た男装ではなく、どこまでも目立たない旅装束。
よく見れば、目の周りのクマが疲れを物語っている。まさか、ここまで夜を徹して来たと言うの?
「――な、なんのことだか、アタシは」
「メメ、だったか? あの子、『黄金月』から狙われている。解るか? 暗殺者ギルドだよ。けしかけたのは恐らく神殿の魔導士連中だ。
昨夜、大勢の暗殺者に囲まれて殺されかけてた」
「まさか! あの子は悪い子じゃありません! 見ず知らずのアタシのことだって、命懸けで助けてくれたんです!」
帝国の闇ギルドなんて、噂でしか聞いたことはない。事情があるとは感じたけど、いくらなんでも冒険小説じゃあるまいし。
『無傷だ』と告げられても、手元が震えてしまう。ヘスティア様はアタシから温めたティーポットを取り上げると、自分でカップに注いだ。荒れた指先で、テーブルの上の茸型クッキーまで勝手につまんでいる。
守護爪くらいは光沢を塗ればいいのに。そういえばメメの爪も無着色だった。
「悪いようにはしない。――って言っても信じられないよな、シャイラと違ってお前さんは昔から用心深い」
要するに疑り深いってことでしょ。目線での抗議は、苦笑であっさり躱された。そよ風が部屋にふわりと入り込み、秋青の野草茶から森の香りが立ち昇る。
「一刻も争うんだ。出来るだけ詳しく話してくれ。見返りに、こっちの情報も提供しよう。ただし、事態が収拾するまで秘密厳守を宣誓してもらうがな」
ヘスティア様が、精霊十字の首飾りを服の下から引っ張り出す。焦げ茶色の皮手袋も外し、手の平の上に小さいけれど複雑な魔法陣を出現させた。って、国王陛下の紋章じゃない!
今までは窓から宿舎に侵入して、姉さんと他愛もない世間話をするだけだった。でも竜騎士の訓練を最後まで終えた上に、魔導士の資格も持っているのだもの。ここまで優秀な人物を国が放っておくはずがなかったってことね。
「待ってください、オルラはもう神殿とは関係のない民間人です。巻き込むのは私だけで――」
「グウェンフォール様が死んだ。そちらも神殿の魔導士が関わった可能性が高い」
なんてこと! ああでも、神殿長たちならやりかねない。聖女様の部屋で、しょっちゅう悪態ついていたもの。
でも、そんなことをしたら全国民を敵に回すわ。何か回避するだけの策があるのかしら。
「もしかして、メメのせいにして隠蔽するつもりなんですか!? あの子、小さいのに一人と一匹で旅してて……人目を避けて、森の中なんか歩いて、男の子の格好までして、言葉もまともに話せなくて。なのに――」
アタシのせいで、恐ろしい思いをさせてしまった。メメはどう見ても、まったく戦闘慣れしていなかった。死んで当然の悪党相手に蒼褪めて、泣きじゃくっていた。
それが今度は暗殺ギルドが相手だなんて……せめて北のミズハメ州に入るまでアタシが付いていってあげていれば。
「何が、起こったのか、きちんと、教えてください」
姉さんが制止する前に、王紋に向けて手の平をかざす。
『コレ、オルラ』
メメが手帳の『優しい』という言葉を指してくれたの。魔石のように真っ黒で、きらきらと輝く不思議な瞳だった。
『トモッチ』
にこりと笑いかけてくれるたびに、心の中の霧が晴れていったのよ。
聖女に八つ当たりされるのが怖くて、ずっと傍観者のままだった。でももう何が得になるのかなんて計算したりしない。アタシだって自分の意志で、自分から動いてみせるわ!
:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:
※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
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すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
笑顔に満ちた実り多き日々となりますように。
ガーロイドの館で光の柱が上がったのが深夜すぎ、その数時間後の朝です。
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「オルラ?」
午前中の澄み切った空気と優しい陽の光で、あの子のことを思い出す。夜明けに一雨来たけれど、早朝からは気持ちの良いお天気。去年までの鬱陶しい秋と大違いだわ。
メメは、今どの辺りかしら……。ちゃんと馬車を乗り継いで、そして何も問題がなければ……冬になる前に青い馬の連峰に着いているはずよ。
お父さんが言ってたわ、あのツンとすました護衛犬は絶対に対人戦闘訓練を受けてるって。メメだって、何かの魔道具だかで返り血も一滴残らず処理できてたんだし。
でも体幹や脚運びがふらついていて、武術の心得はゼロらしいのよね……何なのかしら、このちぐはぐ感。
「オルラ!」
「……あ」
姉さんの声で、手元がおろそかになっていることに気づく。この次は何縫いの予定だったのか、ちっとも思い出せないわ。針を仮止めして、新作の膝掛けの横に広げた刺繍の図案を確かめる。
メメと一緒に行った図書館で、新たに転写した内容。普段ならもっと幾何学模様のデザイン集にするのに、なぜかあのときは四季折々の花刺繍の本に心惹かれたのよね。
初代聖女様にちなんだ壁の少数民族の図案。メメの服のせいかしら。
「この部屋に泊まった子のこと? また気にしてたの?」
「うん。お父さんたちも理由ありで、この国に移って来たじゃない? だから、あんまり問い詰めるのもどうかなって……でも、もっとしっかり事情を聞いてあげるべきだったかも」
そしたら何かしてあげられたんじゃないかと、ずっと気になっている。
「一週間前に警備部の引き継ぎが終わっていたら、私が送ってあげられたんだよね、ごめん」
「そうじゃないわよ! もう! だから姉さんは――」
なんで謝るのよ、ホントお人好しなんだから! 『気になっていればアンタ自身が送っていけば良かったのに、辛気臭い』って怒りなさいよ! どうして妹の愚痴話にそこまで親身になれるのよ!
そんなんだから部下の不始末まで押し付けられて、ド田舎の離れ独島に左遷されちゃうんじゃない! アタシなんかより、ずっとずっと偉い竜騎士のクセに!
「おや、姉妹お揃いかい?」
絶対に後悔する姉妹喧嘩を一方的に始めそうになった瞬間、窓がガタリ、と空いた。ベッドでアタシと向き合って座っていた姉が、即座に侵入者へ剣を向ける。
「ヘスティア様?!」
温和な姉さんが、めずらしく黄色のそばかす顔をしかめた。よく見ると、窓枠に片足をかけたまま微笑んでいる男装の人物は、火の選帝公本家のご長女だ。
竜騎士学校では姉さんよりも一年上の先輩。だけど竜騎士にならずに帝国に留学したあげく、向こうで平民と結婚してご実家に勘当された。魔導士の資格も得たのに、自国に戻ってきたら王都学園の養護教員に収まった。
人生どこに向かっているのやら、秋の大嵐のように勝手気ままな人だわ。
「玄関から訪ねるって選択肢はないんですか?」
「んー? 気にすんな。竜騎士っぽくていいじゃん」
姉さんが溜め息まじりに剣を鞘にしまう横で、ヘスティア様が椅子にどさりと腰かけた。
仕方ないのでアタシもベッドから降りて、空になった青いティーポットに手をかける。招待してもいないこの客に毎回、「茶を寄越せ」とせっつかれるのは腹が立つもの。
「――ガーロイドのおっさんから聞いた。シャイラ、お前が島に流される前に実家に戻ってるって。
なら暇だよな、一緒に来てほしい所がある。裏の案件だ、すぐに用意してくれ」
どこぞの土の竜騎士様ときたら大人しく頷いて、部屋の隅に放置していた黄土色の荷袋へ手をかける。
~~~だ・か・ら! そういう所が他人から良い様に使われちゃう原因なんだってば!
「姉さんは、一年ぶりの帰郷なんですよ? 聖女様の我が儘のせいで、ロクに休暇も取らせてもらえなくて! 申し訳ございませんけど、他を当たってくださいっ」
「それからオルラ。お前が藤百合の宿を紹介した娘について教えてほしい。どの程度の知り合いだ?」
ヘスティア様から、先ほどまでの飄々とした雰囲気が消えた。王都での小洒落た男装ではなく、どこまでも目立たない旅装束。
よく見れば、目の周りのクマが疲れを物語っている。まさか、ここまで夜を徹して来たと言うの?
「――な、なんのことだか、アタシは」
「メメ、だったか? あの子、『黄金月』から狙われている。解るか? 暗殺者ギルドだよ。けしかけたのは恐らく神殿の魔導士連中だ。
昨夜、大勢の暗殺者に囲まれて殺されかけてた」
「まさか! あの子は悪い子じゃありません! 見ず知らずのアタシのことだって、命懸けで助けてくれたんです!」
帝国の闇ギルドなんて、噂でしか聞いたことはない。事情があるとは感じたけど、いくらなんでも冒険小説じゃあるまいし。
『無傷だ』と告げられても、手元が震えてしまう。ヘスティア様はアタシから温めたティーポットを取り上げると、自分でカップに注いだ。荒れた指先で、テーブルの上の茸型クッキーまで勝手につまんでいる。
守護爪くらいは光沢を塗ればいいのに。そういえばメメの爪も無着色だった。
「悪いようにはしない。――って言っても信じられないよな、シャイラと違ってお前さんは昔から用心深い」
要するに疑り深いってことでしょ。目線での抗議は、苦笑であっさり躱された。そよ風が部屋にふわりと入り込み、秋青の野草茶から森の香りが立ち昇る。
「一刻も争うんだ。出来るだけ詳しく話してくれ。見返りに、こっちの情報も提供しよう。ただし、事態が収拾するまで秘密厳守を宣誓してもらうがな」
ヘスティア様が、精霊十字の首飾りを服の下から引っ張り出す。焦げ茶色の皮手袋も外し、手の平の上に小さいけれど複雑な魔法陣を出現させた。って、国王陛下の紋章じゃない!
今までは窓から宿舎に侵入して、姉さんと他愛もない世間話をするだけだった。でも竜騎士の訓練を最後まで終えた上に、魔導士の資格も持っているのだもの。ここまで優秀な人物を国が放っておくはずがなかったってことね。
「待ってください、オルラはもう神殿とは関係のない民間人です。巻き込むのは私だけで――」
「グウェンフォール様が死んだ。そちらも神殿の魔導士が関わった可能性が高い」
なんてこと! ああでも、神殿長たちならやりかねない。聖女様の部屋で、しょっちゅう悪態ついていたもの。
でも、そんなことをしたら全国民を敵に回すわ。何か回避するだけの策があるのかしら。
「もしかして、メメのせいにして隠蔽するつもりなんですか!? あの子、小さいのに一人と一匹で旅してて……人目を避けて、森の中なんか歩いて、男の子の格好までして、言葉もまともに話せなくて。なのに――」
アタシのせいで、恐ろしい思いをさせてしまった。メメはどう見ても、まったく戦闘慣れしていなかった。死んで当然の悪党相手に蒼褪めて、泣きじゃくっていた。
それが今度は暗殺ギルドが相手だなんて……せめて北のミズハメ州に入るまでアタシが付いていってあげていれば。
「何が、起こったのか、きちんと、教えてください」
姉さんが制止する前に、王紋に向けて手の平をかざす。
『コレ、オルラ』
メメが手帳の『優しい』という言葉を指してくれたの。魔石のように真っ黒で、きらきらと輝く不思議な瞳だった。
『トモッチ』
にこりと笑いかけてくれるたびに、心の中の霧が晴れていったのよ。
聖女に八つ当たりされるのが怖くて、ずっと傍観者のままだった。でももう何が得になるのかなんて計算したりしない。アタシだって自分の意志で、自分から動いてみせるわ!
:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:
※お読みいただき、ありがとうございます。
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