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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)

+ 中級魔導士: 美しさは時

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※中級魔導士(土)のダリアン視点です。
 同じ日の深夜、芽芽めめがオルガの家で熟睡している頃です。

*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*



昨日今日と上司ルキヌスの様子がおかしい。毛虫眉をピクつかせながら、いつもの粘着質な声で『秘書姫~』と僕にセクハラしてこないのは万々歳なんだけど。

仕事の合間に霊山に入っては、『どこだ? どこに隠れてる?』と顔を青くして帰ってくる。しかも上に相談するのは厳禁、僕たち部下を同行させて捜索の手を広げるのも駄目、体力自慢の竜騎士に探させるのも論外。

どうやら神殿長から、霊山内部で密かに管理するよう任された物を紛失したらしい。仕事終わりに友人の屋敷に顔をだし、『何だろね?』と世間話のついでに言ったら、皆で神殿しょくばに忍び込むことになって今ココ。

「ねーねーねー、もう帰ろうよ!」

深夜に霊山を散策とか正気じゃない。おまけに土砂降りだからね!?

「仕方ないだろ。俺たちまで一緒となると、こんな時間帯しか裏口の警備を誤魔化せないんだから。風変わりな秋の遠足だとでも思えばいいじゃないか」

れても消えない魔導灯を掲げながら、水の竜騎士パトロクロスが振り向いた。爽やかな笑顔が逆に腹立たしい。

大体さ、アレは『誤魔化せた』というよりも、火の師団長ルウェレンきょうの愛娘、アイラ姫が先に神殿奥に無断侵入して騒いでくれたからでしょ。上級魔導士に昇進したばかりのケセールナックと逢引あいびきするんだとか叫んでたけど……昔は真面目で上品そうだったのに、しばらく見ない内に随分と奔放になったな。婚活の末期症状って怖い。

「……ネヴィンが神殿に来るなんて、春の花祭りのどさくさ以来だ。夜中でも構わないからな、少しずつ復帰していけばいいんだぞ。明日からまた部屋にこもったとしても気にするな。お兄ちゃんはありのままのネヴィンを応援するぞ!」

背後では、普段『融通の一切利かない杓子しゃくし定規の冷徹冷血鉄仮面』などと恐れられる師団長補佐ネリウスが、やたら感極まっててホント気持ち悪い。

長身の竜騎士二人に挟まれて、さっきから神殿の裏を壁伝いに歩いているのは、僕と同期のネヴィンと後輩のポテスタス。

自慢じゃないが僕らは本とお友達の魔導士なので、身体なんて鍛えていない。なので三人とも魔杖まじょうを身長の高さまで引き延ばし、それを魔法陣で造った雨避けの傘の軸と単なる登山のつえ代わりにして、やっとのことでしのいでいた。

ネヴィンは未だに神殿に籍を置いているというのに、忍び込んだ盗賊みたいに口元をマフラーで覆ってフードを深くかぶったまま、「聖霊よ守護したまえ」と古代語の祈りの詩をぶつぶつ唱えては、「ふひひ」と不気味な笑いを合間にこぼしている。長く伸ばしたボサボサの前髪で目元も隠れているし、ホント不審者丸出しだ。

ポテスタスも不安なのか、干した酢漬け肉やら炭焼き蜂蜜肉やらをほお張りつつ、僕のローブを引っ張りだした。

僕は皮手袋の内側に滑り込ませた平らな炎石で、辛うじて暖を取っている。秋の初めだろうと、お腹と背中にも巻いてくるんだった。

魔獣討伐の遠征に同行させられないよう、初級の頃から上層部にびを売って逃げ回っていたツケが今。一般人じゃないし、霊山は整備されているから、古代道から外れなきゃ遭難なんてしないけど……でもそういう問題じゃない!

「ねぇもう馬鹿なの!? こんなんで何を調べるってのさ! 何かあったとしても雨で流されているよね?! さっき北の空で光ったの、雷じゃん! もうコレどー見ても嵐なんですけど!」

「魔法陣は洗い流されたりしないだろ!」

そーかもしれないけど、この至近距離で互いに叫ばなきゃいけない大雨で強行することかな?!

パトロクロスに反論しようとしたら、ポテスタスが再びぎゅっと僕のローブを引っ張る。

「いい加減にしないと、二人してコケるってば――あ゛?」

口一杯の干し肉の間から「うーうー」うなってくるポテスタスの目線を追う。だから神殿の壁、だよな。古い石壁がずっと続いていて――ちょっと待て。ここら辺から先に違和感が。

「ポテタ! お前、良く気がついたな!」

ぼっちゃり初級魔導士が得意げに腕を持ち上げると、ローブの襟元がずれて腕輪の青白い光がこぼれた。

偉大なる魔導士グウェンフォール様の開発した魔法陣探知の最新魔道具だ。竜騎士本部が管理しているが、数は少ないし、許可がないと本来は絶対に持ち出せない。

それがここにある。つまり、この捜査は水の竜騎士のトップであるトゥレンスきょうが内密に命じたものなのだ。

春の花祭りの後、オズワルドという孤児院出身の水の竜騎士が借金苦で自殺した。トゥレンスきょうが息子のように目をかけていたらしく、失った悲しみで酒をあおっては暴れ、とうとう妻も屋敷から追い出した。夏のかえる祭りでは、宮廷舞踏会で泥酔し、謹慎処分もくらった。今では師団長職を退任するのが先か、国王権限で首にされるのが先かとうわさされている。

――のは、神殿長派に接近するための表向きの理由。ネリウス兄さんが気づいて、神殿長主催の晩餐ばんさん会に一緒に出向いたから良かったものの、師団長一人だったら、そのまま何かの犯罪か醜聞に巻き込まれて足抜け不可能にされてたぞ。

大体さ、愛妻家で知られた師団長と真面目一徹のネリウス兄さんまで、僕の愛人ですって触れ込みは、かなり無理のある設定だと思うんだ。いくら僕が美少年魔導士として名をせていてもね、流石に恋人を一度に五人ってのはね、乱交好きって言ったってね、無理だろっつーの!

昔からセクハラを避けたい一心で神殿長派にすり寄ってた僕が、何故か今では仲間が出来て、トゥレンスきょうにも協力する羽目になってしまった。

神殿長率いる黄金倶楽部クラブが神殿を牛耳っているままじゃ、僕らに明日はない。どんどん袋小路に追い詰められていくだけ。

僕が誘惑するよう命じられた朝焼けの街カハルサーレの領主は、不思議なことに先週の時点で抜き打ちの家宅捜査が入った。しかもその結果、奴の身柄は暗殺ギルドの『黄金月』でも簡単には近づけない監獄島預かりへ。

神殿派が、宮廷や竜騎士側に仕込んだ内通者から得た『今度の星祭りに宮殿で公開処刑』という情報が裏切られた形だ。現場に竜騎士が一人もいなかったことから、国王陛下の隠密部隊『闇夜のからす』が動いたのでは、と神殿派の間に衝撃が走った。

でもそんな幸運は毎回は期待できない。僕かネヴィンかポテスタスの誰かが、犯罪の片棒を担がせられる日も近いだろう。

だから神殿長派を早急に切り崩さないといけないのだけど……だからってさ、深夜の土の刻を過ぎてさ、この嵐の中さ…………。

「……なにこの巨大な扉」

設置されていた魔法陣を崩さずに、背後の幻影を一時的に消す呪文を唱え終わる。壁の一部がくり抜かれ、木の扉がめこまれていた。

「うちの竜舎の扉並みにデカイな。というか、これ、夏に撤去させられたうちの扉だ。ここ、俺のロンが引っいた跡だぞ」

パトロクロスが扉の傷跡を魔導灯で照らす。確か扉を取り外した際に、彼の契約竜のロンが暴れたせいで、一週間の謹慎をくらったんだっけ。

そして撤去のそもそもの原因は、青竜数頭が神殿奥に侵入し、聖女メルヴィーナが激怒したからだ。『次は扉だけじゃなくて、竜舎ごと撤去してやるぞ』という警告として命令が下った。

もちろん新たな扉が必要ならば、その費用は竜騎士側の予算から出さなきゃいけない。完全なる嫌がらせである。

「位置的には……宝物庫のあたりか? 黄金倶楽部クラブの幹部会合が時たま開かれているよな?」

ネリウス兄さんが、ネヴィンの魔法陣傘の下で地図を広げる。実はこれもグウェンフォール様発明の捜査道具。僕たちが所持している金竜硬貨と対応して、居場所が地図上で光る造りだ。

「会合っていうか、古代の難解な儀式? ってルキヌスが漏らしていたけど。
宝物庫自体は、ほぼ空だよ。中に収納されていた魔道具の大半は、副神殿長ファルヴィウスが分散させてしまったし」

と僕が説明すると、ネリウス兄さんがいつものしかめっ面に戻っていた。

研究に回すだの、修復で外に依頼するだの、宝物庫の整理で一時避難させるだの、それらしい口上を述べては持ちだして。一部は確実に帝国魔導士への賄賂や暗殺ギルドへの報酬として、横流しされたと思う。

「って、ネヴィン? どこ行くんだよ!」

この悪天候で古代道を離れるのは危険だって。引き戻そうと手を伸ばしたけど、この中で唯一の火の所属、白いローブに赤の線入りのネヴィンは、それを器用にすり抜けて、木々の中へ入って行ってしまう。

「ネヴィン!」

「ふひひ……なんか光ってる……ふひひっ」

お前、その笑い方は深夜すぎるとホント不気味だから。もうさ、森を彷徨さまよう伝説の闇妖怪そっくりだよ。

追いかけるのは彼氏の役目ってことで。元気溌剌はつらつパトロクロスに任せることにした。一緒に行こうとした心配性のネリウス兄さんは、僕が腕を絡ませて拘束。

「おい。観客がいない時はそのような演技は無用だと――」

「じゃなくてね。僕らをここに置いて、森に消えられたら、その後どーすんだよ! 竜騎士は魔導士を守るものでしょ!」

「――いや、取り締まる役目だが?」

細かいことはいーの! とにらみつける。

「おーい!」

しばらくすると、パトロクロスが魔導灯を左右に振りながら戻ってきた。その小脇に抱えられたネヴィンは、何かを大事そうに両手で包み持っている。

「これ、見つけた。さっき光ってたんだ。ふひひっ」

「なんですか、これ? 宝石の原石?」

のぞき込んだポてスタスが、首を傾げる。するとネリウス兄さんが、その横で顔をさらにしかめた。

「ちがう。これは竜のうろこだ」

「え、でも白くない? ほら、真っ白だよ、なんか虹がかってて綺麗きれいだけど……」

僕が咄嗟とっさにそう言ったせいで、皆の頭の中に『虹竜』という伝説の竜の姿が浮かぶ。今じゃ誰も本物は見たことがないけれど、国王謁見室の大広間を見上げれば、天井を悠々と飛ぶ様子が描いてある。我が国の建国神話に登場した白い幻の古代竜だ。

うそだろ? そんなの有り得ない。もし白い竜が現れたら、大騒ぎになるはずなのに。



*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*



さらに四半刻ほど皆で周辺を探すと、あと四枚も白いうろこが見つかった。数が多すぎる。異様だ。

「霊山で竜を使った実験でもしていたのか? だから神殿長が立ち入り禁止に?」

「無理矢理にがしたら、竜騎士が絶対に騒ぎたてるはずですし……神殿に寄贈されたうろこを盗んで、白く染めていたんでしょうか?」

ネリウス兄さんに続き、パトロクロスまで怖い顔をしていた。竜騎士は自分の契約竜を相棒として、生涯大切に面倒を見るのだ。成竜になると滅多にがれ落ちないうろこも、一つ一つ拾っては保管している。

「無理だよ。歴史上、脱色や染色は何度も試みられたけどね、毎回失敗に終わっているのさ、ふひひっ。しかも竜のうろこは、必ず精霊四色のどれか。だから現代では、よほど偏屈な魔導士でもない限り、『四大精霊の色を変えるなんて冒涜ぼうとくだ』って忌避するね、ふひひっ」

歴史オタクのネヴィンが、二人の説に異を唱える。

「でもこれ、まだ魔素が残っているからがれたのは最近だよ。上級魔獣でこんなうろこを持ってる奴なんて竜の他にいたっけ?」

上級魔獣が潜んでいれば、探知器が作動するだろうに。霊山から立ち去ったのであれば、周辺で目撃騒ぎがあってもおかしくないのに。だってうろこ一枚でこの大きさと分厚さだ。

輝くように真っ白な謎のうろこ。ネヴィンに分けてもらった一枚を握れば、手袋を通してもじんわりと不思議なゆらぎが伝わってくる。

「昨年の春に、穀物街道で、大被害を出ひた、巨大棘蛇とげへびとかれすか? っも、あれは全身、黒とか茶色とか、でひたよね?」

ポテスタスも、ネヴィンから渡された一枚を何度も角度を変えては、不思議そうに魔導灯にかざしていた。



この時の僕らは予想だにしなかった。

翌月、秋の水の月になって、まさかこのうろこの持ち主と出会うなんて……。






*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*



※芽芽を召喚した神殿魔導士側の様子です。

 芽芽が「一昔前の茶毒蛾パピヨンホスト」と呼んだルキヌスが、まだ霊山の結界内部ですが、フィオを探しています。

 今回は、万年美少年ダリアンと同期ネヴィンの中級魔導士二人、ポテスタス初級魔導士、水の竜騎士ナンバー3のネリウス、ネヴィンの恋人パトロクロスが、そこを探検中。

 神殿は、霊山南側の中腹に建っています。他の建造物よりも一段高い丘から王都の家々を見下ろす形です。なので神殿奥から裏門を出れば、霊山の古代道へ直通しています。

 芽芽が「オウム鼻の三つ編み老人」と呼んだ神殿長モスガモンが、霊山の立ち入り禁止宣言を出しているので、夜中にゴソゴソ。そして虐待されていたフィオが落としたうろこを発見。
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