日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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金龍の章 一森山4

多賀国府

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 幅ニ、三間ほどの小さな掘立柱建物の家や商家が建ち並ぶ東西大路を進み、やがて国守館に到着した。
 幅九間奥行き四間の、四面にひさしの付いた大きな館である。
 遠の朝廷と呼ばれる府下の賑わいに驚きつつ、登任は馬から降りると、これから自らの住処となる館を見上げ、黙って中に入っていった。
 建物の中は塵ひとつなく、綺麗に整えられていた。
 しかし、登任はどこかに違和感を覚えていた。
 陸奥の果ての館にしては、国守館に相応しい格式を備えており、十分な建物であった。
 ただ・・・、何も無いのである。
 いや、簡素にして格調の高い調度は一通り取り揃えられているから、無い訳ではない。それでいて、何も無いと感じるのである。
 旅装を解いてようやく落ち着いた頃、経清が宗任を案内してきた。
 宗任は登任の前に平伏すると、言上した。
「陸奥守様、此度は陸奥国までの遠路、遥々御下向頂きまして、改めて御礼申し上げ奉ります。また、つつが無くご到着あそばされまして、心よりお慶び申し上げます。まずは、管内の主だった者共が参集いたして居ります故、今宵より三日三晩、ご饗応させて頂きますので、お受け下さいますようお願い申し上げ奉ります。」

 登任は宗任に案内されるまま牛車に乗って、南北大路の前の館に招き入れられた。
 館の大きさは、国守館より一間ほど幅は狭く、奥行きは同じであったものの、全体としては前者に比べて、壮大なものだった。
 違いはまず、周囲に建っている掘立柱建物が遥かに大きく、それが五棟もあるということであった。さらに、館の内部の調度も金銀、漆で装飾された豪華なもので、明らかに異国のものであると分かる物産も、数多くそこかしこに見えた。
 立ち働いている女の下人達でさえも、伽羅を焚きしめた瀟洒な衣を纏い、整った顔立ちをしている。

 奥の上座に登任が落ち着くと、小山の様な巨躯の漢を筆頭に、狩衣を着けた者達が入室し、並んで平伏した。
 全ての者が居並び終えると、巨躯の漢が言上した。
「従四位下蔵人頭陸奥守藤原登任様、此度は陸奥国への御下向、改めて御礼申し上げ奉ります。また草深き東山路、つつが無くご到着あそばされまして、心よりお慶び申し上げます。安倍頼良が次男、貞任にございます。父頼良に成り代わりまして、管内の主だった者共を参集させ、陸奥守様を今宵より、ご饗応させて頂く役目を仰せつかっております。何卒宜しくお受け頂きますようお願い申し上げ奉ります。なお頼良は、先年逝去されました源頼信みなもとのよりのぶ様以来、未だ次の将軍がお決まりにならない鎮守府において、俘囚の長として、奥六郡の民心を鎮め、賦貢が滞らぬよう腐心しております故、本日参上致しておりません。願わくは、ご寛恕のほど重ねてお願い申し上げ奉ります。」
 そう言って、巨大な躯を更に低くした。
 貞任の歳は三十代前半くらい、色白で、背丈は六尺超、胴回りは七尺四寸もある熊のような巨体であったが、その身のこなしは決して鈍重なものではなかった。また眼光は鷹のように鋭く、底に耀いものが潜んでいた。
 登任は圧倒され、目の前の巨躯を凝視したまま、一言も発せられなかった。
「ささ、杯をお取りになされませ。」
 宗任の明るい声に我に返った登任は、何時の間にか采女装束うぬめしょうぞくの見目麗しい采女と、水干すいかんルビを着た目鼻立ちの整った男児に囲まれているのに気がついた。
 眼前には、昨日一昨日食した酒肴などの比ではない、様々な山海の珍味が並べ立てられていた。

 宴は三日三晩続いた。
 登任の前には入れ替わり立ち替わり、各郡の司が座り酌をした。そして祝の品として、各地の物産を披露した。
 登任はその度ににこやかに応じたが、この館に入って目に飛び込んできた綺羅びやかで豪華な品々と比較すると、幾分見劣りするものばかりであった。
 三日目になると、登任の心底には鬱々とした重いものが堆積し始めていた。
 沈殿したものは、まだ澱んではいなかったが、やり場のない思いが出口を求め始めてはいた。
『頼良はなぜこの場に来ない。俘囚の長などと声高に名乗っても、たかが俘夷の輩の頭目ではないか。都からはるばる来てやった国司に挨拶もしないとは、増長も甚だしい。』
 声にこそ出さないが、その想念は顏にはっきりと映っていた。

 別棟では、経清が曰理郡の旧知の者達と再会し、杯を酌み交わして旧交を温めていた。
 永衡も、磐城郡いわきこおり標葉郡ならはこおりの者達と大いに笑い合っていた。
 車座になって大声で騒いでいる者達の中に、にこやかな顔で、一人黙々と杯を重ねる漢が居た。
 上背は貞任と遜色ない六尺程度、よく引き締まった鋼のような躯が、衣の内に隠されているのが外からでもはっきりと分かる。
 双眸そうぼうは龍眼で、笑顔の奥に深淵のような静けさをたたえていた。
「経清殿は散位さんいに成られたと聞いたが、ということは儂より位が上になったということですな。」
 頼良はそう言って、嬉しそうに経清の肩を叩き杯に酒を注いだ。

 この漢こそが膽澤いさわ(胆沢)の鎮守府に居るはずの、奥六郡の実質的支配者である、安倍頼良であった。

「いや、私などには勿体無いことです。」
 経清は、杯の酒を飲み干すと、頭を下げた。
「そう謙遜するな、都に登ったのは幾つの頃であったかな?すっかり見違えて、立派になったではないか。」
 大笑する頼良に、傍らの永衡が言った。
「頼良様、それにしてもお久しぶりでございます。私もお会いしたのは、頼良様が磐城に来られて以来だと思います。」
 永衡も頭を下げた。
「そうであったな。永衡殿も都で随分と、垢抜けして来られたようだ。」
 頼良の冗談に、永衡は大袈裟に掌を左右に振って、さっきまで美味そうに嘗めていた酒を、苦そうに啜った。
「業突く張りの爺さんのお守りをするために、都へ登ったわけではないのに、とんだ御役目を仰せつかったものです。」
 渋い顔をする永衡を、頼良の左側に座った良照が笑いながらなだめる。
「そう言うな、永衡殿。お陰で都の状況と、陸奥国までの道中の様子が仔細に判って、こちらとしては大いに助かったのだ。」
 良照の背丈は五尺五寸、貞任や頼良ほど大柄ではないが、どこか梟を想わせる奥深さを漂わせていた。
 頼良も永衡の杯に酒を注ぎながら、頷いた。
「ここ何年もの間、国府にしても鎮守府においても、西から来て居座るものは居らず、陸奥国は我ら在地の者だけで、平穏にやってきたというのに、今更どの様な輩が好きこのんで、のこのこと乗り込んでくるのかと危惧していたが、貴殿らが随行することになったと聞いて、まこと安堵しておったのだ。」
 今度は、経清と永衡の両方の肩を叩いた。
 二人は、同時に一礼すると顔を見合わせ、破顔した。
「大納言様にお仕えしていたのが、余程の自慢らしく、歳をとっても相変わらず気位が高く、その上最近頓に財を蓄えることに執心の様なのです。ですので、機嫌を損なわない程々の物産を献ずるのが肝要かと存じます。」
 経清が、幾分真剣な面持ちで言った。

 貞任は、宴の締め括りに登任を拝して言上した。
「陸奥守様、改めまして、此度は陸奥国への御下向、御礼申し上げ奉ります。なにぶん都より遠く離れた田舎の地、十分なおもてなしも出来ず、一同、大変恐縮致しております。至らぬところは、平にご容赦くださいますよう、お願い申し上げ奉ります。さて、明日は一日御休息あそばしまして、明後日は総社宮への神拝でございます。なお古法に従いまして、国府津舟戸より一度沖へ出られまして、再度千賀浦より上がられ、先ずは鹽竈神への御参拝を済まされて頂きます。その上で、総社宮の神拝をし、東門からは入府せずに南へ向かい、観音寺へ参拝ののち、南門より国府へと入られますよう、お願い申し上げ奉ります。」
 大きな躯を平らにする貞任に向かって、登任は酔眼を細くし、身体を揺らしながら言った。
「神拝の件は分かっておる。だが、何故総社の前に鹽竈神とやらに詣でねばならぬ?何のための総社であるのか訳が解からぬではないか。」
 それを聞いた貞任は、下げた頭を上げずに、地の底から沸き上がってくるような声で応えた。
「鹽竈神は陸奥国の総氏神にして総鎮守、総産土神でもあらせられます。これをお鎮めすることがなくて、何の陸奥守でございましょうか。そこの所、何卒よくご了解頂ますよう、陸奥国の民に成り代わりまして、お願い申し上げ奉ります。」
 その声音には、有無を言わせず従わせる力が宿っていた。
 登任は、全身を強張らせたまま、身動きが出来なくなっていた。
 その後は何を食べ、何を呑み、何を話したのか判らぬまま、時は過ぎていった。

 登任が国守館に戻って、我に返った時、辺りには側女だけが残っていた。
 室の中は、寒々としていた。
 寝屋に入って臥しても、登任は寝付けなかった。
 貞任の底光りする鷹のような眼と、地神の唸り声の様な耳鳴りだけが、頭の中を廻転していた。
『安倍貞任、なんと得体の知れない男よ。いや、この蝦夷の地こそが得体の知れない、うす気味の悪い処よ。この様な祟る神多き地を治めるなど、儂に出来るものなのだろうか?・・・「黄金花咲く」・・・そうか、余計なことを考えるのは辞めにしよう。神拝が終われば、検注だ。どれほど肥沃な土地なのか、この眼で確かめようではないか。』
 登任は、頭を一振りして眠りに落ちた。
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