日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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沖黒の章 膽澤鎮守府

氷上山

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 目の前にあおが広がった。
 
 草いきれに包まれた細く狭い道は急に視界がひらけ、潮の香りが主役に入れ替わっていた。
 
 海からの風が、残暑にやけた肌に心地良いと経清は思っていたが、彼のあるじたる登任は違うようだった。
 三つき以上もかけて、陸奥国の南半分を周ってきたにも関わらず、彼の期待するような成果は上がっていなかった。
 国府への下向途上で見た逢隈川沿いや名取川沿いに広がる沃野の様子から、さぞや多くの実入りが有るものと心おどらせていたが、北上するに従って山がちとなり、産物といえば栗や桑、うるしばかりであった。その上、都をたつ前から何度も心に描いていた小田保おだほの黄金は、今ではほとんど採り尽くされて、保司が献じたのは小さなきんちゃく袋一つだけだった。
 ての上にちょこなんと置かれた小袋を見つめて、登任はしばらくの間みじろぎもしなかったのだが、それを見た永衡は吹き出すのを堪えるのになんじゅうしたものだった。
 
 馬上から登任は言った。
「栗原や玉造の郡は、見事な馬が多く、郡司もよく尽くしてくれた。だが、肝心の小田保があの通りとは。暑さで気が遠くなりそうじゃ。」
 先頭を行く経清は振り返り、はげました。
「この海道を暫く行けば、気仙郡でございます。今や『黄金花咲く』のは、この気仙と磐井いわいの二郡と聞き及んでおりますれば、どうかご機嫌をお直し下さいませ。」
 そう言って、登任の後ろを行く永衡に目配せした。
 いつまでも駄々っ子の様に愚痴る主人に、露骨に嫌な顔をしていた永衡はうなずいて、真顔に戻った。
「ほう、ほう、それは楽しみじゃ。何故それを早く言わぬ。そうでなくてはのう。」
 途端に気を持ち直して登任は、だいぶんあつかいに慣れてきた残雪の脚を、早めさせた。
「お待ち下さい。これより先は、伊勢志摩の如く険しい道となります。くれぐれも心おかれますように。」
 経清は、自分を追い越しそうになる登任に、慌てて声をかけた。


 矢作川やはぎがわ沿いに進み、今泉川(気仙川)を渡ると、やがて周囲よりも小高い丘が見えてきた。

 気仙郡家は、相当大きなものであった。
 掘立柱建物がいく棟も立ち並び、柵と堀に囲まれていた。
 堀の周りには竪穴住居が建ち並び、目の前の河口には、幾つもの舟が停泊した大きなみなとが広がっていた。

 各戸からは、白い煙が立ち昇っていた。
 予想外の活気あふれる街並みに、国守一行は言葉を失い、その場で歩みを止めたままでいた。

 暫くして、目の前に日に焼けて赤銅色をした肌の、大柄で目の細い漢が現れた。
 漢はひざまづき、うつむいて言上した。
「陸奥守様、遠路お越し頂きまして恐悦至極にございます。気仙郡司の金為時こんのためときと申します。本来であれば、境迎えすべきところ、採金作業に忙しく、大変失礼いたしました。」
 最後の一言を聞いて登任は、相好を崩しかぶりを振った。
「何を言われる為時殿、採金は大事な仕事。こうして、出迎えて貰えただけで十分じゃ。」
 今にも下馬して、手を取らんばかりの勢いであった。
 隣で肩をすくめようとする永衡を、経清は肩肘で制した。
 
 郡衙を兼ねる母屋は、ひさしこそ付いていないものの、他の建物を圧倒する壮大なものだった。
 特に目を引いたのは、内装や調度に施されている金の装飾であった。
 
 国守館はもとより、多賀国府をも見劣りし兼ねない豪華さに、都育ちとは言え、大納言家でしか見た覚えのない綺羅びやかさに、登任は圧倒されていた。
「先ずは旅装を解かれまして、ごゆるりとおくつろぎ下さいませ。間もなく、宴の用意が整いますゆえ。」
 細い目を、伏し目がちに話す為時の表情は判りづらいが、こわねは穏やかである。
「お気遣い痛み入る。ところで、採金の様子を是非見てみたいのだが、如何だろうか?」
「本来であれば、よその方にお見せすることは出来ないのですが、他ならぬ国守様のおおせとあらば、致し方ございません。幸い、館の側を流れます小泉川でも砂金が僅かばかり採れますので、その様子をご覧頂きましょう。」
 単純な好奇心というよりは、執着に近いものを隠さない色白の老人に、それでも為時は顔色を変えることはなかった。 

 川辺には二十人程の人夫がおり、あるものは水中に入って川底のじゃりを掘りとって木の箱にすくい入れ、またあるものは川辺の砂利をやはり掘りとって木の箱にすくい入れて、石を取り去り、箱をゆすって泥を水中に流していた。
 残った砂を、今度は黒漆塗りの皿の中に盛り、またそれを水中で揺すって泥を流す作業を繰り返すと、黒い皿の底にひかるつぶが現れた。

 その輝る粒を見せられた登任は、思わず息をのんだ。

--黄金であった。
「ほう。」

 人差し指と親指でそれをつまんで、めのまえに持ってくると、ため息を付いた。
『辺境の川底の泥中から、この様な綺羅びやかな物が採れるとは。しかも、いとも簡単に樹下の栗を拾うかのごとく。』

「陸奥守様、本日この場所で採れた分でございます。」
 そう言って、為時は小袋を登任のてのうえにのせた。
「一両ございます。」
「何、一日でこの量をこれだけの人数で採れるのか?」
『先日の小田保で納めさせた量など、一月もかからずに集まるではないか。』
 それは、人をまどわせる耀りでもあった。


 宴は盛大に行われた。
  参集者には金屋かなや仁土呂志にとろし宇曽利うそりといった、北方の地より来仙した者も多くいた。名を安倍富忠あべのとみただと云い、陸奥の北の果ての東半分を領しているという。

  宴が始まる前に、彼が持参した品々を検分した登任は、機嫌がすこぶる良かった。
「これは、何の獣皮じゃ?」
らっこでございます。海中におりますいぬでございます。」
「なんと。蝦夷には海中に狗が居るのか?つくづく不可思議なところよ。」
海獺うみうそとも呼び、大変柔らかできめの細かい毛をしております。」
   そう言われた登任は目を丸くし、いつまでもその毛をなでていた。

 気仙郡での検注は、順調そのものであった。穀類の採集量はそれほどでもなかったが、北方からの物産に加え、馬や羽と言った特産物、それと何と言っても黄金であった。
 気仙郡だけで一月に、千百両もの金が採取出来るという。
 ただしこの時、為時は五百両であると登任に告げた。他の物産は正確な数を告げたのに、金だけは大分少ない量を、下を向いたまま顔を見せずに口にした。
 それでも陸奥国をめぐってこの方、今までにない物産の多さに、登任の心持ちは天に登りかけており、為時の偽りに気づくことはなかった。
「経清、如何であるか?このような物見たことはあるか?」
 と、甲高い声で聞いた。
「いえ、都においても見聞した覚えもございません。」
 経清は、ひかえたまま頭を下げた。
「永衡はどうか?」
 と首をめぐらせ、登任は続けて聞いた。
「わたくし如きが、手にすることが叶うものではございません。」
 永衡も頭を低くした。

 登任は満足気に頷くと、突然驚くべきことを言い出した。
「確か経清は曰理の出、永衡は海道に縁があると聞く。どうであろう?前例のあまりないことではあるが、国府に帰着したのち、それぞれ曰理郡と伊具郡を治めてくはくれないか?」
 正式な政務を始める前の、出先での主からの申し出に、二人は絶句した。
「いやなに、都を出てからの二人の働きにむくいたいと、前々より考えていたのじゃ。良い機会でもあるので、ここで言っておこうと思ってな。」
 上機嫌の登任は、更に続けた。
「これからも助けてもらわねばならぬ折も多々あることであろうし、何よりも儂だけが陸奥国の恵みを受けるのは、申し訳ないことではないか?」
 更に頭を低くして平伏した二人を交互に眺めて、登任は満足そうに頷いた。

 夜半、為時の館に訪れるものが居た。
 
 漢が戸口の前に立っていると、静かに扉が開いて中へと招き入れた。

--僅かな灯りの中、四人の漢が居た。
 正面に並んで座っているのは、金為時と安倍良照。両脇には、藤原経清と平永衡が座ってこちらを見上げていた。

 漢が為時の前に腰を下ろすと、良照が口を開いた。
「遠路ご苦労。」
 漢は頭を下げた。
「為行殿、兄上は何か仰っていたか?」
 と、良照は目元に笑みを残したまま尋ねた。
「白い袋は口も大きいが、古いゆえ底が抜けておる。くれぐれも程々に与えねば、限がない、と仰せでした。」
 兄為時同様に大柄ではあったが、色白で、良照と似たどこか親しみのある笑みを、細い目元に湛えて、為行は言った。
「しかもその白い袋は、皺だらけであるゆえ、幾らでも伸び膨らんで黄金を溜め込めるようでもあるな。」
 と、良照は為時を見やりながら言った。
「そのようでございますな。ですから、こちらの懐が寂しくならないように”程々”の採取量を言上しました。」
 と、為時は涼しい顔で言った。
「さすがは兄上、それで如何程と?」
 為行が嗤いながら言った。
「月に五百両。」
 ぼそりと、為時が答える。
「なんと、半分も上申したのですか?勿体無い。」
 為行は細い目を、大袈裟に見開いて言った。
「大きな声を出すな。仕方がないではないか、曲がりなりにも相手は国守であるぞ。それなりの物を与えねば、格好がつかぬであろう。」
 表情を険しくして、為時は言った。
「己の春秋ももはや終わりに近づいているというのに、他人の土地にやって来て、お飾りにおさまるだけでなく、あさましく金よ毛皮よと欲する俗物に、そのような好意は全くごみために捨てるようなものではないですか。」
 と、まくし立てる為行に、傍らの経清と永衡は顔を見合わせて苦笑していた。
「次はお前のところであろう、あまりむげにはあつかうなよ。老いても朝廷より任じられた国守様、後々面倒なことになりかねぬぞ。」
 と、為時は為行の目を見つめて念を押した。
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