日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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沖黒の章 膽澤鎮守府2

牟婁峯山

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 気仙郡衙を出て一旦南下すると、郡境まで為時の見送りを受けた。
 実りある気仙郡をあとにした国守一行は、桃生郡へと一旦戻った。そこから西へと馬の鼻を転じ、右手に牟婁峯山むろみねやま(室根山)を観ながら磐井郡へと入っていった。
 牟婁峯山は元は鬼首山とも呼ばれていたが、養老ようろう(ー二年(七一八年)に勅命により紀州牟婁郡むろぐん熊野より御神霊を勧請し、時の鎮守府将軍大野東人おおのあずまびとがその神輿を出むかえた地に瀬織津姫せおりつひめ神社(舞根神社)を、山頂に熊野本宮社を創建して以来、牟婁峯山をと呼ばれるようになったという。


 --季節は秋であった。
 目の前を蛇行する大河の両岸には湿地が広がり、黄金色をした稲穂がこうべをたれていた。
 稲穂の色から、金を連想した登任は、高揚感をおさえつつ河崎柵へと馬を進めた。


 河崎柵は日高見川と興田川(砂鐵川)にはさまれた丘の上に在った。
 二つの川を天然の外堀として、その内側の岸辺沿いに木柵を幾重にもめぐらせ、柵の間には川から引き入れた内堀を幾筋にも持った堅固な砦であった。


 登任らは、興田川の手前まで来て、柵の入り口の木戸が開くのを待った。


 ---しかし、暫くしても一向に開く気配が無かった。
 物見櫓からは、国守の一団が柵へ近づいてくるのが見えていたはずである。
「開門。陸奥国守、藤原主殿頭登任様である。」
 と、経清が川向うに大声で告げると、ようやく背丈の倍はある木戸が開いた。


 川を渡り柵内に入ると、両側に槍を持った兵が並んで出迎えた。
 兵士の列の間を進み、内堀に渡された木橋を何度か渡り、丘のふもとにいたると、曲がりくねった緩やかな坂道を登って行く。


 やがて冠木門かんきもんが見えてきた。
 門前には気仙郡家で見た為時に似た、大がらな漢がひかえていた。
「陸奥守様、遠路お越し頂きまして恐悦至極にございます。磐井郡をお預かりしております、金為行こんのためゆきと申します。兄為時より先触れが着いてはおりましたのですが、ぞんがいにお早いお着き。本来であれば、境迎えすべきところ大変失礼いたしました。刈入れの準備に忙しくしておりました故、何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げ奉ります。」
 と慇懃に頭を下げたが、為行の切れ長の目には柔らかさが無かった。
「大層な出迎え、痛み入る。気仙郡司殿には、良くしていただいた。為行殿におかれても、宜しく頼みまするぞ。」
 見下ろす登任の顏は憮然としていて、無表情であった。
「では、宴の用意も整っておりますので、こちらへ。」
 と聞き流して、為行は登任らを門内へと誘った。


 冠木門をくぐると、目前には堅牢な造りの巨大な館が建っていた。
 四方には物見櫓が配され、見るものを圧倒した。
 中に入ると、気仙郡衙に引けを取らない調度に満ちていたが、その装飾の基調は黒漆と金彩であり、豪華さと威厳が同居していた。
 宴は静かに始まった。
 出されるものはやはり山海の珍味であったが、傍らで爪弾かれる琵琶の音が場を和ませるどころか、かえって陰鬱なものとしている。
 女人の数も少ない。立ち働くのは兵卒のほうが多かった。
「この様なひなびた辺境の地ゆえ、都のような華やぎがなく恐縮至極にございます。」
 相変わらず憮然としている登任に、為行は心がこもらぬ声で言った。
「まあ良い。明日からの検注がとどこおりなく進めてもらえれば、何も申すことはない。聞けば、当地も気仙郡に劣らず金が産するということ。楽しみにしているぞ。」
 努めて威厳を前面に押し出した態度ながら、その言葉は私欲をあらわにするもので、自身はそのちぐはぐさに気づいていないようだった。
「当郡は起伏に富み、大河と小沢が入り組んで、所々の往来も容易には進みません。ついては、国守様になるべくお手を煩わせない様、取り計らわせて頂く所存にございます。」
 為行はわざとらしさを隠しもせず、恐縮した体で頭を低くした。


 登任の待ちに待った検注は、彼の思惑とは大きく外れたものとなった。
 饗応を受けた館とは別棟で、周りを兵士に囲まれて(為行いわく、『国守様をおまもりするため。』)の居合検注であった。
 郡内に産する穀類や獣類の一覧と産出量、興田川(砂鐵川)で採れる砂鉄の量の報告の後、いよいよ金の産出量を知らされた。
「月に三百両でございます。」
 為行は白い顔の表情を変えること無くさらりと言った。
「ぬ。気仙郡より少ないではないか。」
 登任はこめかみを震わせながら声を絞り出した。
「はい。山(金山)も気仙に比べれば少なく、何より往来が難しい場所に有りますれば。これでも、月あたりにしてみれば、精一杯でございます。」
 為行は顔を伏せ、辞を低くした。
「ほう。では明日にでも案内してもらおうかの。」
 登任は為行を見下ろして言った。
「申し上げましたように、山までは我らでも落命しかねない山みちをゆかねばなりませぬ。大変こころぐるしゅうございますが、この度はなにとぞご断念下さいますよう。」
 為行は平伏したまま低く抑揚のない声で、全てを拒絶するように応えた。
「ぬう。」
 登任は拳を握り立ち上がると、足音をたてながら己に充てがわれた建物に立ち去ってしまった。


「舅殿もお人が悪い。もう少し柔らかく接して差し上げれば良いものを。」
 奥から巨体が現れた。
「やめてくだされ、貞任殿。幾らも齢は違わぬのに、舅呼ばわりは尻のあたりがこそばゆい。」
 慌てて向き直ると、為行は上座を譲った。
「それにしても月三百両とは、少々控えめ過ぎはしませぬか?」
大きな目を更に大きくして、口元に笑みを湛えたまま貞任は言った。
「なあに、元々これらは我らのもの。都から来た強欲老狐に、おいそれと全て渡すいわれはありませぬ。」
 為行はことさら真面目な顔をして言った。
「まあ良い。次はいよいよ衣川へおいでになろう。そして最後に膽澤へと・・・。」
 そう言うと貞任は立上り、音も立てずに巨躯はその場から消え去った。
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