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薄墨の章 多賀国府2
鷹戸屋山2
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「遠路ご苦労であった。峠越えはさぞ難儀であったろう。」
登任は、目の前の白いものが混じりはじめた甥の頭を見ながら、言葉をかけた。
「なんのあれ程の峠道、さほどでもございません。何より馬で越えれば造作も無いこと。」
おもてを上げた繁成は、日に焼けて精悍さを増した顔で、快活に応えた。
「出羽の馬も、陸奥に劣らず良い馬ばかりです。」
繁成は目尻を下げた。
「さもあろう。だが、馬あつかいについては、俘囚等の技にはかなうまい?」
登任は頷きながらも、少々寂しげに言った。
「これは慮外なことをおおせになられます。この繁成、武門の家の者として武技は言うに及ばず、馬技においても他者に引けを取るものとは思ってもおりませぬ。ましてや、俘囚ごときに遅れをとることなどあるわけがございませぬ。如何に叔父上とはいえ、口が過ぎますぞ。」
登任の寂しさを気弱さの現れと取ったのか、繁成は眉を上げた。
「そうはいっても、お前は見ていないから言えるのだ。あの天(てん)を翔(か)ける龍の如き軍団のさまを・・・。」
登任の握ったこぶしが、自然とふるえていた。
「おじうえ・・・。」
温厚な好々爺然とした登任しか見たことのなかった繁成は、思わず叔父の顔を凝視した。
その目は虚空を見つめて、見開かれているままであったが、焦点は何処にも合ってはいなかった。
「叔父上。」
繫成は、もう一度はっきりとした口調で声をかけた。
「・・・・お、おう。繫成、そういえば。」
半瞬の間があって、我に返った登任は、取りつくろうように問いかけた。
「ところで、長月(九月)には雄勝城に入ったと聞き及んでおったが、出羽国は どうじゃ?出羽は北海を通じて、宋や高麗、遼とも往来があるというが、さぞや珍しいものが得られたのではないか?」
ふるえる右のこぶしを左のてのひらで包んで、右の甲をさすりながら登任が言った。
「たしかに、渡嶋や津軽を通して、都では目にしたことのない珍奇なものがあまた手には入りました。ただ・・・。」
問に答える繁成の目元が少し険しくなった。
「それは良かったではないか。儂が都におる間に、お前が城介に任じられるよう、八方手を尽くした甲斐があったというものじゃ。それなのに、まるで不満げな顔をしておるの?」
登任はおのれの欲深さを棚に上げて、繁成の表情に物欲しげな感情を見てとったと思い込み、声音を固くした。
「余五将軍維茂公をはじめ、平家の方々は陸奥、出羽にえにしが深い。そう言って喜んでおったではないか。」
登任はさらに言い募った。
「たしかに、父祖以来馴染みの土地柄ゆえ、田堵も多く、見知りの者も多く居ります。ですが、今やそれらの多くはかの地で俘囚主を称する清原の者どもに心服しているのです。その上、他家の領家や本所の田堵のほとんども、実際には清原の家のものとなっておる有様なのです。」
今度は、繁成のこぶしが、ふるえていた。
「陸奥の検注がどのようなものであったかは知りませぬが、わたくしが雄勝城で受けた仕打ちはひどい有様でした。秋田、河辺、山本の三郡は言うに及ばず、平鹿、雄勝のニ郡までもが居合検注で、清原光頼、武則、頼遠、武貞、武衡ら清原の親子が居並び、さらには吉彦秀武、それと斑目史郎と言ったか、その弟の吉彦(吉美候)武忠らにまで囲まれて、十以上の目玉で睨まれながら、有無を言わせず検注を終わらせおったのですぞ。」
繁成の顔は、こみ上げる怒りで真っ赤であった。
「雄勝城の城介館におる間も、警護のためと言いながら、奴らめの一族郎党たる、橘や深江の者共が常に囲み、心休まることは有りませなんだ。」
忙しく変わる顔色が、心なしか青白くなっていた。
陸奥国側を支配していたのが安倍氏であったように、出羽国に勢力を張っていたのは清原氏であった。
清原氏は、元慶二年(八七八年)五月に秋田城下で起きた蝦夷による乱鎮圧に功績のあった、清原令望の子孫で、舎人親王の後裔、真人の姓をもつ家柄と称していた。
現当主は俘囚主を自称する、清原光頼である。
乱鎮圧後、朝廷の威信の空白地帯になっていた出羽国府より北側に、横手平野を拠点として一大勢力を広げていたのが清原氏である。
当然、同じ俘囚主たる安倍氏との繋がりも深く、光頼の叔母は安倍頼良の父忠良に嫁いでいるし、同じように妹は頼良に嫁いでいる。また弟の武則の正室は、頼良の娘(有加らの姉)であった。
一方で常陸平氏や海道平氏との繋がりも伺えるのだが、それは安倍氏においても同様であり、別の機会に述べる。
ちなみに、前出の吉彦氏や橘氏らの母親も、光頼の姉妹である。
それから三日ほど国府に滞在した繁成は、如何に秋田城介たる自分が清原氏にないがしろにされているかを、切々と登任に訴えた。
「いずれ段々と朝廷の威光を判らせていけば良いでわないか。」
はじめは口角泡を飛ばす甥を、なだめすかしていた登任も、次第に奥六郡で受けた仕打ちを思い出し、やり場のない怒りを持て余すようになっていた。
「出羽国府での、二月の祈年祭が終わりましたら、また伺います。」
そう言って繁成は、多賀国府をあとにした。
登任は、目の前の白いものが混じりはじめた甥の頭を見ながら、言葉をかけた。
「なんのあれ程の峠道、さほどでもございません。何より馬で越えれば造作も無いこと。」
おもてを上げた繁成は、日に焼けて精悍さを増した顔で、快活に応えた。
「出羽の馬も、陸奥に劣らず良い馬ばかりです。」
繁成は目尻を下げた。
「さもあろう。だが、馬あつかいについては、俘囚等の技にはかなうまい?」
登任は頷きながらも、少々寂しげに言った。
「これは慮外なことをおおせになられます。この繁成、武門の家の者として武技は言うに及ばず、馬技においても他者に引けを取るものとは思ってもおりませぬ。ましてや、俘囚ごときに遅れをとることなどあるわけがございませぬ。如何に叔父上とはいえ、口が過ぎますぞ。」
登任の寂しさを気弱さの現れと取ったのか、繁成は眉を上げた。
「そうはいっても、お前は見ていないから言えるのだ。あの天(てん)を翔(か)ける龍の如き軍団のさまを・・・。」
登任の握ったこぶしが、自然とふるえていた。
「おじうえ・・・。」
温厚な好々爺然とした登任しか見たことのなかった繁成は、思わず叔父の顔を凝視した。
その目は虚空を見つめて、見開かれているままであったが、焦点は何処にも合ってはいなかった。
「叔父上。」
繫成は、もう一度はっきりとした口調で声をかけた。
「・・・・お、おう。繫成、そういえば。」
半瞬の間があって、我に返った登任は、取りつくろうように問いかけた。
「ところで、長月(九月)には雄勝城に入ったと聞き及んでおったが、出羽国は どうじゃ?出羽は北海を通じて、宋や高麗、遼とも往来があるというが、さぞや珍しいものが得られたのではないか?」
ふるえる右のこぶしを左のてのひらで包んで、右の甲をさすりながら登任が言った。
「たしかに、渡嶋や津軽を通して、都では目にしたことのない珍奇なものがあまた手には入りました。ただ・・・。」
問に答える繁成の目元が少し険しくなった。
「それは良かったではないか。儂が都におる間に、お前が城介に任じられるよう、八方手を尽くした甲斐があったというものじゃ。それなのに、まるで不満げな顔をしておるの?」
登任はおのれの欲深さを棚に上げて、繁成の表情に物欲しげな感情を見てとったと思い込み、声音を固くした。
「余五将軍維茂公をはじめ、平家の方々は陸奥、出羽にえにしが深い。そう言って喜んでおったではないか。」
登任はさらに言い募った。
「たしかに、父祖以来馴染みの土地柄ゆえ、田堵も多く、見知りの者も多く居ります。ですが、今やそれらの多くはかの地で俘囚主を称する清原の者どもに心服しているのです。その上、他家の領家や本所の田堵のほとんども、実際には清原の家のものとなっておる有様なのです。」
今度は、繁成のこぶしが、ふるえていた。
「陸奥の検注がどのようなものであったかは知りませぬが、わたくしが雄勝城で受けた仕打ちはひどい有様でした。秋田、河辺、山本の三郡は言うに及ばず、平鹿、雄勝のニ郡までもが居合検注で、清原光頼、武則、頼遠、武貞、武衡ら清原の親子が居並び、さらには吉彦秀武、それと斑目史郎と言ったか、その弟の吉彦(吉美候)武忠らにまで囲まれて、十以上の目玉で睨まれながら、有無を言わせず検注を終わらせおったのですぞ。」
繁成の顔は、こみ上げる怒りで真っ赤であった。
「雄勝城の城介館におる間も、警護のためと言いながら、奴らめの一族郎党たる、橘や深江の者共が常に囲み、心休まることは有りませなんだ。」
忙しく変わる顔色が、心なしか青白くなっていた。
陸奥国側を支配していたのが安倍氏であったように、出羽国に勢力を張っていたのは清原氏であった。
清原氏は、元慶二年(八七八年)五月に秋田城下で起きた蝦夷による乱鎮圧に功績のあった、清原令望の子孫で、舎人親王の後裔、真人の姓をもつ家柄と称していた。
現当主は俘囚主を自称する、清原光頼である。
乱鎮圧後、朝廷の威信の空白地帯になっていた出羽国府より北側に、横手平野を拠点として一大勢力を広げていたのが清原氏である。
当然、同じ俘囚主たる安倍氏との繋がりも深く、光頼の叔母は安倍頼良の父忠良に嫁いでいるし、同じように妹は頼良に嫁いでいる。また弟の武則の正室は、頼良の娘(有加らの姉)であった。
一方で常陸平氏や海道平氏との繋がりも伺えるのだが、それは安倍氏においても同様であり、別の機会に述べる。
ちなみに、前出の吉彦氏や橘氏らの母親も、光頼の姉妹である。
それから三日ほど国府に滞在した繁成は、如何に秋田城介たる自分が清原氏にないがしろにされているかを、切々と登任に訴えた。
「いずれ段々と朝廷の威光を判らせていけば良いでわないか。」
はじめは口角泡を飛ばす甥を、なだめすかしていた登任も、次第に奥六郡で受けた仕打ちを思い出し、やり場のない怒りを持て余すようになっていた。
「出羽国府での、二月の祈年祭が終わりましたら、また伺います。」
そう言って繁成は、多賀国府をあとにした。
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