日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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薄墨の章 多賀国府3

鷹戸屋山3

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 繁成が雄勝城へ帰って一週間ほどした頃、経清と永衡が国守に呼ばれた。
「おお、経清と永衡か。こちらへ参れ。」
 登任の脇には文官が控えていた。
 平伏したままにじり寄った二人は、主の言葉を待った。
「おもてを上げよ。」
 目の前の登任は、繁成がいた時の不機嫌さはすっかり無く、以前の柔和な好々爺の表情をしていた。
「随分と待たせてしまって、相すまなかった。各々、約束であった曰理郡と伊具郡の郡司を命ずるゆえ、より一層の働きよろしく頼む。」
 唐突な沙汰に驚く二人に、見事な檀紙だんし陸奥紙みちのくがみ)に書かれた国符こくふが授けられた。
「過分のご配慮、恐悦至極にございます。」
 かしこまって国符を受け取った経清と永衡の二人は、普段はあまり手にしたことのない、厚手で美しい白色の紙に書かれた符を見つめながら、経清のへやへと戻っていった。

「どうやら、このような良い紙をふんだんに使えるのが余程嬉しいと見える。」
 室に戻り相対して座すると、永衡が言った。
「確かに、我らだけでなく矢継ぎ早に多くの者に郡司こおりつかさ郷長さとおさを授けているというから、この紙を使いたくて仕方がないのであろう。」
 経清も先程授けられた符を見ながら応えた。
「ただ少し気になるのは、安倍との繋がりが薄い者を選んでいるように見えることだ。」
 永衡がいつになく真剣な面持ちで、同じように手にした符を見つめながらつぶやいた。

 そのつぶやきを聞いた経清は、腹の底に冷えのような感覚を覚えた。

『先夜、我が娘らを助けてくれたと聞いた。この礼はいずれまた。』
 膽澤での別れ際に、頼良にかけられた言葉がよみがえった。

「そういえば、秋田城介様が『与党は多い方が良い。』とおしゃっていたという。お二方とも、余程こたびの検注で身につまされたものとみえる。」
 経清の思いをよそに、永衡は続けた。
「ということは、我らも国守の与党ということか・・・。」
 どこか割り切れぬ思いの経清がつぶやいた。
「わしはどちらの与党にも組みした覚えもないが、業つくばりの爺さんの一党とみられるのもあまり気分の良いものではないなあ。」
 鋭いのか鋭くないのか、永衡は頭の後ろで手を組みながら、上を見上げて呑気な声で言った。
「そこではなかろう。」
 呆れて経清は永衡を睨んだ。
「まあな。」
 手を組んだまま、目線だけ経清へ向けて永衡は応えた。

 年越としこしはらいは、鹽竈社で行われた。
 現在では、鹽竈社の表坂おもてざか(表参道)の石段がある斜面と、かつてその斜面のふもとに在った祓川はらいかわをはさんだ向かい側の岡(融ヶ岡とおるがおか)のきわに、祓戸社はらえどのやしろがあるが、言い伝えでは旧暦六月三十日に半年間の罪穢つみけがれを祓い清める夏越なごしはらえが行われていたという。
 ただしこの頃は、鹽竈社自体が祓戸大神はらえどのおおかみそのものでもあり、数日前に再び顔を見せた宗任に即されて、登任は不承不承ふしょうぶしょう社へと詣でたのだった。
 今回も前ほどではなかったが、参拝後には、やはり腰の抜けたような状態になった登任は、ふらつきながらも、ようやく国府に帰着すると、そのまま歳を越し、慌ただしい正月を迎えた。
 
 この月は元日より様々な儀式や行事がとり行われる。
 そのような中、ある異変が起きた。
 それは、---登任にとっては屈辱以外なにものでもなかった。

 宮中においては、元日の朝に天皇が大極殿において皇太子以下の文武百官の拝賀を受ける行事、朝賀がある。同様に、天皇に直接拝礼するのがかなわない各国の国衙においては、国司が郡司らを率いて政庁にて天皇を遥拝ようはいした後に、国司が郡司以下の拝礼を受けるのが習わしであった。

 この年の朝賀には、登任が新たに任命した郡司や郷長はみな参賀したが、その他の者たちは揃って名代みょうだいの者をつかわしたのである。
 そしてなにより、安倍頼良もまた宗任を名代としたのだった。

 拝礼を受ける内に、登任の顔は蒼白となっていく。
「弟御はいかがした?為時どの。」
 右の口の端を震わせながら、登任は平伏する金為時を見据えた。
「申し訳ございません。愚弟為行は、年末より体調を崩し床に臥せっております。折角の新年のご挨拶、まかり越すこと叶わず、本人になり代わりお詫び申し上げます。」
 為時はそう言って、色黒の顔をさらに低くした。
「揃いもそろってみな、からだがすぐれぬという。頼良殿などは、病に罹ったことなど無いように見えたがのう。のう、三郎殿?」
 登任は、宗任の方を見やって声を絞り出すように言った。
「はっ。父のみならず、兄貞任をはじめ兄弟みな流行病はやりやまいに取り憑かれてしまい、こたびは誠に面目次第もございませぬ。」
 宗任も為時同様、頭を更に低くした。
「儂を、国守をなんと心得る・・・・。」
 登任は返す言葉も見つからず、口唇を震わせた。

 その頃、多賀国府の遥か北方の膽澤鎮守府では盛大な宴が催されていた。

 南は菊多郡きくたのこおり磐城郡いわきのこおりの郡司、郷長。
 北は糠部ぬかのぶや津軽、渡嶋つしまから俘囚や蝦夷の長が参集していた。
 さらには、宋や高麗、遼の異人も見受けられたのだった。

 頼良をはじめ、安倍兄弟を囲んで年明けより始まった宴は時を追う毎に盛り上がり、府内はいうにおよばず、府外のまち中までも、その賑わいが広がった。
 街中では市が立ち、この時ばかりは上下の別なく異国の珍しげな物を買い求めたり、面白おかしい様々な大道芸を楽しんでいた。

「有加姉さま、あの髪飾りは何で出来ているのでしょう?」
 肩までようやく伸びた垂髪たれかみの少女---一加が、すぐ後ろを歩く有加を振り返って小首をかしげた。
 郡司らの前で舞を披露した三姉妹は、父の許しを得て府外の街へ繰り出したのだった。
「そのように、せくと何かにつまずいて転びますよ。」
 初めて見る物ばかりではないのだが、賑わう雰囲気にそそられてつい小走りになる妹に、中加が声をかけた。
 一加を追いかけて、中加も駆け出す。
 そんな二人の妹の姿を、有加は優しい眼差しで追って微笑んだ。
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