14 / 69
薄墨の章 多賀国府3
鷹戸屋山3
しおりを挟む
繁成が雄勝城へ帰って一週間ほどした頃、経清と永衡が国守に呼ばれた。
「おお、経清と永衡か。こちらへ参れ。」
登任の脇には文官が控えていた。
平伏したままにじり寄った二人は、主の言葉を待った。
「おもてを上げよ。」
目の前の登任は、繁成がいた時の不機嫌さはすっかり無く、以前の柔和な好々爺の表情をしていた。
「随分と待たせてしまって、相すまなかった。各々、約束であった曰理郡と伊具郡の郡司を命ずるゆえ、より一層の働きよろしく頼む。」
唐突な沙汰に驚く二人に、見事な檀紙(陸奥紙)に書かれた国符が授けられた。
「過分のご配慮、恐悦至極にございます。」
かしこまって国符を受け取った経清と永衡の二人は、普段はあまり手にしたことのない、厚手で美しい白色の紙に書かれた符を見つめながら、経清のへやへと戻っていった。
「どうやら、このような良い紙をふんだんに使えるのが余程嬉しいと見える。」
室に戻り相対して座すると、永衡が言った。
「確かに、我らだけでなく矢継ぎ早に多くの者に郡司や郷長を授けているというから、この紙を使いたくて仕方がないのであろう。」
経清も先程授けられた符を見ながら応えた。
「ただ少し気になるのは、安倍との繋がりが薄い者を選んでいるように見えることだ。」
永衡がいつになく真剣な面持ちで、同じように手にした符を見つめながらつぶやいた。
そのつぶやきを聞いた経清は、腹の底に冷えのような感覚を覚えた。
『先夜、我が娘らを助けてくれたと聞いた。この礼はいずれまた。』
膽澤での別れ際に、頼良にかけられた言葉がよみがえった。
「そういえば、秋田城介様が『与党は多い方が良い。』とおしゃっていたという。お二方とも、余程こたびの検注で身につまされたものとみえる。」
経清の思いをよそに、永衡は続けた。
「ということは、我らも国守の与党ということか・・・。」
どこか割り切れぬ思いの経清がつぶやいた。
「わしはどちらの与党にも組みした覚えもないが、業つくばりの爺さんの一党とみられるのもあまり気分の良いものではないなあ。」
鋭いのか鋭くないのか、永衡は頭の後ろで手を組みながら、上を見上げて呑気な声で言った。
「そこではなかろう。」
呆れて経清は永衡を睨んだ。
「まあな。」
手を組んだまま、目線だけ経清へ向けて永衡は応えた。
年越の祓は、鹽竈社で行われた。
現在では、鹽竈社の表坂(表参道)の石段がある斜面と、かつてその斜面のふもとに在った祓川をはさんだ向かい側の岡(融ヶ岡)のきわに、祓戸社があるが、言い伝えでは旧暦六月三十日に半年間の罪穢を祓い清める夏越の祓が行われていたという。
ただしこの頃は、鹽竈社自体が祓戸大神そのものでもあり、数日前に再び顔を見せた宗任に即されて、登任は不承不承社へと詣でたのだった。
今回も前ほどではなかったが、参拝後には、やはり腰の抜けたような状態になった登任は、ふらつきながらも、ようやく国府に帰着すると、そのまま歳を越し、慌ただしい正月を迎えた。
この月は元日より様々な儀式や行事がとり行われる。
そのような中、ある異変が起きた。
それは、---登任にとっては屈辱以外なにものでもなかった。
宮中においては、元日の朝に天皇が大極殿において皇太子以下の文武百官の拝賀を受ける行事、朝賀がある。同様に、天皇に直接拝礼するのがかなわない各国の国衙においては、国司が郡司らを率いて政庁にて天皇を遥拝した後に、国司が郡司以下の拝礼を受けるのが習わしであった。
この年の朝賀には、登任が新たに任命した郡司や郷長はみな参賀したが、その他の者たちは揃って名代の者をつかわしたのである。
そしてなにより、安倍頼良もまた宗任を名代としたのだった。
拝礼を受ける内に、登任の顔は蒼白となっていく。
「弟御はいかがした?為時どの。」
右の口の端を震わせながら、登任は平伏する金為時を見据えた。
「申し訳ございません。愚弟為行は、年末より体調を崩し床に臥せっております。折角の新年のご挨拶、まかり越すこと叶わず、本人になり代わりお詫び申し上げます。」
為時はそう言って、色黒の顔をさらに低くした。
「揃いもそろってみな、からだがすぐれぬという。頼良殿などは、病に罹ったことなど無いように見えたがのう。のう、三郎殿?」
登任は、宗任の方を見やって声を絞り出すように言った。
「はっ。父のみならず、兄貞任をはじめ兄弟みな流行病に取り憑かれてしまい、こたびは誠に面目次第もございませぬ。」
宗任も為時同様、頭を更に低くした。
「儂を、国守をなんと心得る・・・・。」
登任は返す言葉も見つからず、口唇を震わせた。
その頃、多賀国府の遥か北方の膽澤鎮守府では盛大な宴が催されていた。
南は菊多郡や磐城郡の郡司、郷長。
北は糠部や津軽、渡嶋から俘囚や蝦夷の長が参集していた。
さらには、宋や高麗、遼の異人も見受けられたのだった。
頼良をはじめ、安倍兄弟を囲んで年明けより始まった宴は時を追う毎に盛り上がり、府内はいうにおよばず、府外のまち中までも、その賑わいが広がった。
街中では市が立ち、この時ばかりは上下の別なく異国の珍しげな物を買い求めたり、面白おかしい様々な大道芸を楽しんでいた。
「有加姉さま、あの髪飾りは何で出来ているのでしょう?」
肩までようやく伸びた垂髪の少女---一加が、すぐ後ろを歩く有加を振り返って小首をかしげた。
郡司らの前で舞を披露した三姉妹は、父の許しを得て府外の街へ繰り出したのだった。
「そのように、せくと何かにつまずいて転びますよ。」
初めて見る物ばかりではないのだが、賑わう雰囲気にそそられてつい小走りになる妹に、中加が声をかけた。
一加を追いかけて、中加も駆け出す。
そんな二人の妹の姿を、有加は優しい眼差しで追って微笑んだ。
「おお、経清と永衡か。こちらへ参れ。」
登任の脇には文官が控えていた。
平伏したままにじり寄った二人は、主の言葉を待った。
「おもてを上げよ。」
目の前の登任は、繁成がいた時の不機嫌さはすっかり無く、以前の柔和な好々爺の表情をしていた。
「随分と待たせてしまって、相すまなかった。各々、約束であった曰理郡と伊具郡の郡司を命ずるゆえ、より一層の働きよろしく頼む。」
唐突な沙汰に驚く二人に、見事な檀紙(陸奥紙)に書かれた国符が授けられた。
「過分のご配慮、恐悦至極にございます。」
かしこまって国符を受け取った経清と永衡の二人は、普段はあまり手にしたことのない、厚手で美しい白色の紙に書かれた符を見つめながら、経清のへやへと戻っていった。
「どうやら、このような良い紙をふんだんに使えるのが余程嬉しいと見える。」
室に戻り相対して座すると、永衡が言った。
「確かに、我らだけでなく矢継ぎ早に多くの者に郡司や郷長を授けているというから、この紙を使いたくて仕方がないのであろう。」
経清も先程授けられた符を見ながら応えた。
「ただ少し気になるのは、安倍との繋がりが薄い者を選んでいるように見えることだ。」
永衡がいつになく真剣な面持ちで、同じように手にした符を見つめながらつぶやいた。
そのつぶやきを聞いた経清は、腹の底に冷えのような感覚を覚えた。
『先夜、我が娘らを助けてくれたと聞いた。この礼はいずれまた。』
膽澤での別れ際に、頼良にかけられた言葉がよみがえった。
「そういえば、秋田城介様が『与党は多い方が良い。』とおしゃっていたという。お二方とも、余程こたびの検注で身につまされたものとみえる。」
経清の思いをよそに、永衡は続けた。
「ということは、我らも国守の与党ということか・・・。」
どこか割り切れぬ思いの経清がつぶやいた。
「わしはどちらの与党にも組みした覚えもないが、業つくばりの爺さんの一党とみられるのもあまり気分の良いものではないなあ。」
鋭いのか鋭くないのか、永衡は頭の後ろで手を組みながら、上を見上げて呑気な声で言った。
「そこではなかろう。」
呆れて経清は永衡を睨んだ。
「まあな。」
手を組んだまま、目線だけ経清へ向けて永衡は応えた。
年越の祓は、鹽竈社で行われた。
現在では、鹽竈社の表坂(表参道)の石段がある斜面と、かつてその斜面のふもとに在った祓川をはさんだ向かい側の岡(融ヶ岡)のきわに、祓戸社があるが、言い伝えでは旧暦六月三十日に半年間の罪穢を祓い清める夏越の祓が行われていたという。
ただしこの頃は、鹽竈社自体が祓戸大神そのものでもあり、数日前に再び顔を見せた宗任に即されて、登任は不承不承社へと詣でたのだった。
今回も前ほどではなかったが、参拝後には、やはり腰の抜けたような状態になった登任は、ふらつきながらも、ようやく国府に帰着すると、そのまま歳を越し、慌ただしい正月を迎えた。
この月は元日より様々な儀式や行事がとり行われる。
そのような中、ある異変が起きた。
それは、---登任にとっては屈辱以外なにものでもなかった。
宮中においては、元日の朝に天皇が大極殿において皇太子以下の文武百官の拝賀を受ける行事、朝賀がある。同様に、天皇に直接拝礼するのがかなわない各国の国衙においては、国司が郡司らを率いて政庁にて天皇を遥拝した後に、国司が郡司以下の拝礼を受けるのが習わしであった。
この年の朝賀には、登任が新たに任命した郡司や郷長はみな参賀したが、その他の者たちは揃って名代の者をつかわしたのである。
そしてなにより、安倍頼良もまた宗任を名代としたのだった。
拝礼を受ける内に、登任の顔は蒼白となっていく。
「弟御はいかがした?為時どの。」
右の口の端を震わせながら、登任は平伏する金為時を見据えた。
「申し訳ございません。愚弟為行は、年末より体調を崩し床に臥せっております。折角の新年のご挨拶、まかり越すこと叶わず、本人になり代わりお詫び申し上げます。」
為時はそう言って、色黒の顔をさらに低くした。
「揃いもそろってみな、からだがすぐれぬという。頼良殿などは、病に罹ったことなど無いように見えたがのう。のう、三郎殿?」
登任は、宗任の方を見やって声を絞り出すように言った。
「はっ。父のみならず、兄貞任をはじめ兄弟みな流行病に取り憑かれてしまい、こたびは誠に面目次第もございませぬ。」
宗任も為時同様、頭を更に低くした。
「儂を、国守をなんと心得る・・・・。」
登任は返す言葉も見つからず、口唇を震わせた。
その頃、多賀国府の遥か北方の膽澤鎮守府では盛大な宴が催されていた。
南は菊多郡や磐城郡の郡司、郷長。
北は糠部や津軽、渡嶋から俘囚や蝦夷の長が参集していた。
さらには、宋や高麗、遼の異人も見受けられたのだった。
頼良をはじめ、安倍兄弟を囲んで年明けより始まった宴は時を追う毎に盛り上がり、府内はいうにおよばず、府外のまち中までも、その賑わいが広がった。
街中では市が立ち、この時ばかりは上下の別なく異国の珍しげな物を買い求めたり、面白おかしい様々な大道芸を楽しんでいた。
「有加姉さま、あの髪飾りは何で出来ているのでしょう?」
肩までようやく伸びた垂髪の少女---一加が、すぐ後ろを歩く有加を振り返って小首をかしげた。
郡司らの前で舞を披露した三姉妹は、父の許しを得て府外の街へ繰り出したのだった。
「そのように、せくと何かにつまずいて転びますよ。」
初めて見る物ばかりではないのだが、賑わう雰囲気にそそられてつい小走りになる妹に、中加が声をかけた。
一加を追いかけて、中加も駆け出す。
そんな二人の妹の姿を、有加は優しい眼差しで追って微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる