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薄墨の章 多賀国府4
~大鳥居山~ 1
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その姿は、水上に浮かぶ光の舘の様であった。
横手平野の中央。
やがて御物川(雄物川)へとそそぐ、旭川(横手川)とその支流である吉沢川の合流点の東側に、川に取り囲まれていだかれるように、小さな丘陵状の高まりがある。
子吉山と大鳥居山と呼ばれる、二つの小独立丘陵は、川のみなもからの比高が七丈あり、川に面していない側も二重の堀で囲まれていた。
堀の幅は五間近くあり、堀の間には幅五間三尺、高さ七尺の土塁が取り囲んでいた。
土塁の内側には、丘の頂上に建つ豪壮な四面庇のついた建物をはじめ、物見櫓や掘立柱建物などいくつもの建物がこうこうと灯りをともしている。
その灯りが、川もに映って揺れていた。
舘からはにぎやかな音が漏れ出ていた。
形ばかりの上座に、平繁成は座らされていた。
周囲の賑わいをよそに、憮然として杯を舐めている。
「繁成様、ささもう一杯。」
清原頼遠が、酒をすすめる。
つがれた酒を舐めながら、繁成は思い返していた。
歳があらたまって繁成は、遥任している国守の代わりに出羽国府において、朝賀を催した。
ここでも状況は、多賀国府と同じであった。
国府より南側の郡司、郷長が参賀する中、北側からは名代ばかりが集まり、大族清原氏からは、当主の光頼でも息子の頼遠でもなく、光頼の弟である武則が顔を見せた。
「なんという驕慢。朝廷をないがしろにするにも程がある。」
繁成はその場で、床を踏み鳴らした。
雄勝城に戻った繁成に、光頼から誘いの使者が来た。
「あらためて新年のお祝いを致したく、なにとぞご足労奉りますようお願い申し上げます。」
慇懃な使者の言上に、思い上がりの奴らめにひとこと申すつもりで頷いた。
「あい分かった。参るであろう。」
夕闇が迫り灯りがともる頃、迎えに来た牛車に揺られ、城介舘から大鳥井山の舘へと向かった。
舘が近づくにつれて、沿道に荷車や荷物を積んだ牛馬が連なっているのが見えてきた。
繁成を乗せた牛車は、それらの列の横を追い越していく。
堀に架かった土橋を渡り、土塁の内に入ると牛車は止まった。
繁成が牛車から降り舘の方を見やると、従者を連れた俘囚の頭や異国の賈人(商人のこと)が入り口まで並んでいる。
「城介さま、こちらへ。」
いつの間に現れたのか、背後から清原武貞が声をかけてきた。
そして、繁成を舘の入り口へといざなった。
「太郎殿、これはどういうことか?」
慌てて先を行く武貞のあとを追った繁成は、延々と続く列を指して言った。
「新年の祝賀の品を持って、祝をのべるために並んでいるのです。」
武貞は歩きながら少し後ろを振り返り、一礼して答えた。
「これ全て、光頼殿にまみえるための列と申すのか・・・。」
繁成はあまりの光景に、打ちのめされる思いで絶句した。
清原氏の巨大さ、おのれの惨めさ、そしてなによりも朝廷の力がおよばぬこの地の得体の知れないくらさに。
あたえられた室でいっとき以上も待たされ、武貞が繁成を迎えに来た。
「宴席が整いましてございます。」
謝るでもなく、申し開きするでもなく、平然と案内する。
『よくぞお越しくださいました。』
出迎えた光頼は、うやうやしく上座に繁成をいざなった。
着座した城介に向かって、光頼と武則兄弟が二人並んで平伏すると、他のものもそれにならい二人の後ろに控えた。
言い訳がましい長い言上のあと、宴が始まると、やがて沈毅な物腰の光頼と、快活で豪放な様子の武則をそれぞれに囲んで、二つの輪が出来上がっていた。
繁成は、独り高い所で酒盃を舐めているのだった。
「出羽の酒はお気に召しませぬか?」
すすめた酒を、不味そうに舐める繁成に頼遠はたずねた
「そういう訳ではない。」
繁成は相手の目を見ずに応えた。
「さようですか、それならば良いのですが・・・。それはそうと、わたくし近々嫁を取ることになりました。」
頼遠は盃に更に酒を注ぐと、思い出したように顔を明るくして告げた。
「ほう。それはめでたいな。」
相変わらず伏し目がちに、繁成は言った。
「はい、有難うございます。じつは当地におります、繁成様のご縁戚から頂くことになったのです。」
頼遠は、今度はさらに目元を明るくして言った。
「それはまことか?」
繁成は、盃をかたむける手を止めて、目線を頼遠へ向けた。
「なにぶんこれからも、よしなにお願い申し上げます。」
そう言って、頼遠は頭を下げた。
下げた頼遠の頭越しに見える二つの大きな輪を見つめながら、繁成は声にならぬ返事をしていた。
横手平野の中央。
やがて御物川(雄物川)へとそそぐ、旭川(横手川)とその支流である吉沢川の合流点の東側に、川に取り囲まれていだかれるように、小さな丘陵状の高まりがある。
子吉山と大鳥居山と呼ばれる、二つの小独立丘陵は、川のみなもからの比高が七丈あり、川に面していない側も二重の堀で囲まれていた。
堀の幅は五間近くあり、堀の間には幅五間三尺、高さ七尺の土塁が取り囲んでいた。
土塁の内側には、丘の頂上に建つ豪壮な四面庇のついた建物をはじめ、物見櫓や掘立柱建物などいくつもの建物がこうこうと灯りをともしている。
その灯りが、川もに映って揺れていた。
舘からはにぎやかな音が漏れ出ていた。
形ばかりの上座に、平繁成は座らされていた。
周囲の賑わいをよそに、憮然として杯を舐めている。
「繁成様、ささもう一杯。」
清原頼遠が、酒をすすめる。
つがれた酒を舐めながら、繁成は思い返していた。
歳があらたまって繁成は、遥任している国守の代わりに出羽国府において、朝賀を催した。
ここでも状況は、多賀国府と同じであった。
国府より南側の郡司、郷長が参賀する中、北側からは名代ばかりが集まり、大族清原氏からは、当主の光頼でも息子の頼遠でもなく、光頼の弟である武則が顔を見せた。
「なんという驕慢。朝廷をないがしろにするにも程がある。」
繁成はその場で、床を踏み鳴らした。
雄勝城に戻った繁成に、光頼から誘いの使者が来た。
「あらためて新年のお祝いを致したく、なにとぞご足労奉りますようお願い申し上げます。」
慇懃な使者の言上に、思い上がりの奴らめにひとこと申すつもりで頷いた。
「あい分かった。参るであろう。」
夕闇が迫り灯りがともる頃、迎えに来た牛車に揺られ、城介舘から大鳥井山の舘へと向かった。
舘が近づくにつれて、沿道に荷車や荷物を積んだ牛馬が連なっているのが見えてきた。
繁成を乗せた牛車は、それらの列の横を追い越していく。
堀に架かった土橋を渡り、土塁の内に入ると牛車は止まった。
繁成が牛車から降り舘の方を見やると、従者を連れた俘囚の頭や異国の賈人(商人のこと)が入り口まで並んでいる。
「城介さま、こちらへ。」
いつの間に現れたのか、背後から清原武貞が声をかけてきた。
そして、繁成を舘の入り口へといざなった。
「太郎殿、これはどういうことか?」
慌てて先を行く武貞のあとを追った繁成は、延々と続く列を指して言った。
「新年の祝賀の品を持って、祝をのべるために並んでいるのです。」
武貞は歩きながら少し後ろを振り返り、一礼して答えた。
「これ全て、光頼殿にまみえるための列と申すのか・・・。」
繁成はあまりの光景に、打ちのめされる思いで絶句した。
清原氏の巨大さ、おのれの惨めさ、そしてなによりも朝廷の力がおよばぬこの地の得体の知れないくらさに。
あたえられた室でいっとき以上も待たされ、武貞が繁成を迎えに来た。
「宴席が整いましてございます。」
謝るでもなく、申し開きするでもなく、平然と案内する。
『よくぞお越しくださいました。』
出迎えた光頼は、うやうやしく上座に繁成をいざなった。
着座した城介に向かって、光頼と武則兄弟が二人並んで平伏すると、他のものもそれにならい二人の後ろに控えた。
言い訳がましい長い言上のあと、宴が始まると、やがて沈毅な物腰の光頼と、快活で豪放な様子の武則をそれぞれに囲んで、二つの輪が出来上がっていた。
繁成は、独り高い所で酒盃を舐めているのだった。
「出羽の酒はお気に召しませぬか?」
すすめた酒を、不味そうに舐める繁成に頼遠はたずねた
「そういう訳ではない。」
繁成は相手の目を見ずに応えた。
「さようですか、それならば良いのですが・・・。それはそうと、わたくし近々嫁を取ることになりました。」
頼遠は盃に更に酒を注ぐと、思い出したように顔を明るくして告げた。
「ほう。それはめでたいな。」
相変わらず伏し目がちに、繁成は言った。
「はい、有難うございます。じつは当地におります、繁成様のご縁戚から頂くことになったのです。」
頼遠は、今度はさらに目元を明るくして言った。
「それはまことか?」
繁成は、盃をかたむける手を止めて、目線を頼遠へ向けた。
「なにぶんこれからも、よしなにお願い申し上げます。」
そう言って、頼遠は頭を下げた。
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