日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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火焔の章 鬼切部6

~禿山~ 6

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 三迫川の南岸に、川面から七丈ほど高い段丘上に巨大な陣を構築した登任軍は、出羽からの繁成軍の到着を待っていた。

 その対岸---北岸側は、三迫川が蛇行して形づくった湿地帯が、その北端に横たわる岩ヶ崎の峰の山裾まで広がり、ときおり飛び立つ水鳥のたてる音以外は川のせせらぎのみが聞こえるだけで、静かであった。


「城介はまだ来ぬのか?」
 登任は、近侍する武官に尋ねた。

---もう、五度目である。

「はっ。院内で兵を分けたとの報告の後、なにも知らせは来ておりません。」
 武官は、五度目の同じ答えを返した。

「なにをやっておるのじゃ。繁成は・・・。」
 床几に腰掛けた登任の膝が、より一層激しくなった貧乏ゆすりで大きく揺れていた。

 繁成軍と貞任軍が、鬼切部おにきりべで先端をひらいた日の朝、夜が白々と明けて、三迫川のみなも越しに、対岸に群生するカヤの姿が見えはじめる。

 ---ばたばたばた・・・・。

 突然、水鳥が数羽、飛び立った。

 番兵の一人が、朝陽に照らされて一瞬なにかがきらめいたのに気づいた。
「!!!。」
 彼は思わず息を呑んだ。

 ざざざっ。

 茅の生い茂る湿原に、突如数重すうえに並んだ柵が立ち上がった。

 柵の間には、数百の弓兵も立ち上がる。

「な、登任様。て、敵兵でございます。」

 まだ、まどろみの中にいた登任のもとに、番兵が転がり込んでくる。

 慌てて起き上がった登任は、身支度も整えぬまま、対岸が遠望できる櫓に登った。

「い、いつの間に・・・。」

 あまりの光景に、登任は絶句した。

「・・・あ、あれはだれの兵か?確認してまいれ。」
 気を取り直した登任は、斥候兵を呼んで命じた。


 ややあって、斥候兵が戻ってくる。

「金為行の兵のようでございます。」
 片膝を付いて、兵が報告する。

「なに?此治城の守兵は何をしておった?なぜ、河崎柵におるはずの為行がここに来る?」
 登任は、矢継ぎ早に周りの武官を問い詰める。

「城からは、異変ありとの報は届いておりません。一体、いつの間にどこをどう通って、やって来たのやら・・・。」
 聞かれた武官たちは、狼狽えるばかりであった。



「爺さん、さぞや驚いていることであろうな?」
 為行が、隣にいる弟の金則行こんののりゆきに向かって楽しげに言った。
「でしょうな。」
 則行もうなずいて言った。

 河崎柵には、一族の、金師道こんのもろみち金経永こんのつねなが金依方こんのよりかたが残り、為行と則行はひそかに、日高見川から磐井川を遡り、頼良の隠れる岩ヶ崎の峰を越えてやって来たのであった。

 登任が櫓から降りて、戦支度を整えていると、前線で喚声があがった。

 為行軍の並べる柵は持ち運びが出来るもので、柵ごと兵が前後左右に移動するさまを見て、戦い慣れしていない登任軍の一部の兵が、たまらず矢を射掛けはじめたのだった。

「何をしておる?!闇雲に、戦を始める馬鹿がどこにいる!」
 様子を伝える武官を、登任は怒鳴りつけた。

 矢を射掛けられた為行の軍は、目立つ柵を移動させて、巧みに登任軍の兵を浅瀬に誘導した。
 いつの間にか、周辺で一番の浅瀬を挟んでの攻防となり、徐々に後退する為行軍の動きにつられて、登任軍は三迫川を渡りはじめた。

「馬鹿者!追うでない、戻って陣を整えよ。繁成が来るまで動いてはならぬと命じたではないか!」
 登任は、狭い浅瀬を、長蛇の列となって渡河し始めた自軍を引き戻そうと、必死になって叫んだ。


---五千の兵の内、五百ほどが渡り終えた頃。


 突如、登任軍の陣地の後方で鬨の声があがった。


 屯ヶ丘八幡に隠れていた清原光頼の騎馬軍が、一気に丘を駆け下り、登任のいる本陣目指して突き進んできたのだった。

「あれが、しわしわの白い袋ぞ!」
 光頼を先頭に、弓を射ながら進んでくる約二百の騎馬兵は、武器も取れずに逃げ惑う登任軍の兵を次々とたおしていく。

「登任様をお守りするのだ。」
 それでも、なんとか応戦しはじめた登任軍は、国守を守りながら、次第にあの渡河地点---三迫川の浅瀬に移動していった。

 四千の兵の守りはさすがに厚く、光頼軍の攻撃もなかなか登任までは届かない。

 その内、登任軍が浅瀬の一箇所に収れんしてゆく。

 その時すでに渡河を終えていた登任軍の兵は、後方でなにが起きているかは分かってはいなかった。

「あんな物を持ち歩いていては、歩き辛かろう。追いつくぞ。」
 そのまま、為行の軍を追って湿地に足を取られながら進んでいると、為行軍が、にわかに携えていた柵を放り出し始めた。

 そして、左右に展開しながら弓を射掛けてくる。

「なにをやっているのだ、あいつらは?」

 登任軍も相手の行動の意味を理解できないまま、弓で応戦していると、前方の峰から喚声をあげながら駆け下りてくる騎馬の一団が目に飛び込んできた。

「なっ、なに!?」

 金の縁取りのある黒漆塗の鎧に黒色の紐飾り、青毛の馬に乗る、全身漆黒に包まれた騎馬武者を先頭に、四百騎ほどの一団であった。

「いざっ。」
 先頭の漢---安倍頼良は、斜面をくだり終えると、そのまま、為行軍が投げ出していった柵の上を駆け抜けてくる。

 柵は通常の木柵とは違い、比較的薄い板状の木材を格子に組んであり、茅が貼ってあった。
 それを無造作に放り出していたかに見えて、一直線に並べるように湿地の上に置いていったのであった。

「ま、まずい!」
 湿地に足を取られることなく、急迫(きゅはく)する頼良軍の勢いに、北岸側にいた登任軍は総崩れとなり、壊滅した。

 渡河の途中であった兵は、南から押してくる本隊と北から逃げてくる先行隊に挟まれて、行き場を失い、弓矢の餌じきになるか、浅瀬から外れてしまい深みでおぼれるかのどちらかであった。

「どこへ向かっておるのだ?敵は川向うではないのか?」

 登任と彼を守護する武官たちは、右往左往するばかりである。

 国守を守る本隊は、まだ三千以上の兵力を保ったまま、北と南東方向からの圧力に負けて、左回りに旋回を始めた。

 南西方向には、営岡と同じくらいの高さの上ノ山が立ちはだかっている。

 登任軍は、二つの丘に挟まれた南方---大鳥おおとりを目指して進まざるを得なくなっていた。

「あそこを目指すのだ!」
 国守を真ん中に、三千の兵が丘の間のくびれて低くなっている所に突き進む。

 自然と隊列は細長くなる。

「袋の口を閉じよ!」
 光頼が叫ぶ。

 ---すでに営岡に戻っていた光頼軍と、上ノ山に隠れていた光頼軍の分隊が、丘の上から登任軍を長弓で挟撃した。

「ほれほれ、早く逃げねば全滅ぞ。」
 為行は、弓を射ながらうたうように敵軍に声をかけている。

 後方からは、為行軍と合流した頼良軍本隊が猛追する。


 登任軍が丘の間を抜け終わった時、総兵力は千五百に減っていた。


 である。


 そのまま登任軍は、頼良軍の追撃にあいながら、此治城まで壊走かいそうした。
 城に駆け込んだ残兵は、わずかに一千を越える程度であった。
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