日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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九重の章 京極御堂 6

~御殿山~ 1

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 鬼切部から壊走した登任は、途中の柵に立ち寄り兵をかき集めると、ほうほうのていで国府へと帰還した。
 直ぐ様、南北大路の前の安倍の館を取り囲むと、中から二人の漢が出てきた。

「これは国守様、お早いご帰還、お疲れさまでございます。」
「首尾は如何でございましたでしょうか?」
 にこやかに一礼する漢たちは、経清と永衡であった。

「そ、その方ら今までどこへ行っておった?為行のところへ行ったっきり、一向に戻ってこぬし、肝心な時には行方ゆきかた知れず。まったく不埒ふらちな奴らじゃ。」
 二人の顔を見た登任は、自らの顔をしろくしたり、あかくしたりして、怒声を浴びせた。

「それは、それは、申し訳ございませなんだ。為行が不穏な動きをしていると分かり、なんとかくい止めようといたしましたが、いつの間にやら河崎の柵から姿を消してしまい、途方に暮れていたところ、間もなく開戦の報を耳にしましたので、国守様の援軍に向かおうとした所、既に国府に戻られると聞きおよび、慌てて我らも戻ってきたのです。」
 経清が、何度も頭を下げながら申し開きをする。

「ところが、ようようこちらに戻ってみれば、またもや鬼切部へ向けて、ご出立されたと言うではありませぬか。もはや出遅れたのは明白でありましたので、せめてものご加勢をと思い、曰理の宗任の舘やこの館を押さえて、後顧こうこの憂いなくご存分に戦われるよう、祈念きねんしておりました。」
 永衡も続けて申し述べる。

「ええい、もう良い。その方ら、俘囚どもの館にあった物、調度やらなにやら一切合切いっさいがっさい接収し、都の儂の邸へ送る準備をせい。それから、捕らえた安倍の手のものは全て所従しょじゅういや、奴婢ぬひとせよ。」
 長々と言い訳を告げる二人に、いい加減苛立ちをつのらせた登任は、政庁へと足を鳴らしながら戻っていった。

承知仕しょうちつかまつりました。」
 二人は、全身から怒気どきを発しながら立ち去る登任の姿を、こうべを垂れて見送った。
 その口元にはいずれも、僅かな笑みがひらめいていた。

 平安時代中期頃から、貴族や寺社、田堵らの家内で使役された私的隷属民のことを、『下人げにんあるは所従』などと呼ぶようになっていった。
 奈良時代の律令りつりょうで定められた、公奴婢くぬひ私奴婢しぬひなどの奴婢は、律令の事実上の崩壊後、制度としては廃止されたもののようであったが、このような隷属民のことを依然として奴婢と呼んでいたりもした。

安寿と厨子王あんじゅとずしおうの物語は、この様な身分の子たちの過酷な運命を語ったものであるが、実は彼らは製塩に携わらされた人々の象徴でもあった。

 陸奥の鹽竈神社には、藻塩焼神事もしおやきしんじというものがある。
 海中から採ってきた海藻を海水とともに炊き、塩を得て、神前に捧げるのである。

 古来、この地では鹽土老翁神しおつちのおじのかみによって伝えられたという、塩を採る方法が連綿と伝えられ、事実、縄文の昔より塩の一大産地であった。

 この頃には、縄文の頃の技は途絶え、藻塩焼製塩から、揚げ浜式塩田製塩に移ろうとしていた。
 その作業は、重労働の一語であり、われてきた奴婢たちが負わされた過酷な作業が、かの物語に伝わっていたのである。

 だが一方で塩は、人が生きるために必要不可欠なものであり、神聖なものでもある。

 塩は邪を払い、穢を浄めるものである。

 それを司る、鹽竈神。

 ---塩を握るとはどういう意味か・・・・。


 さてここで話は若干逸れるが、古代から続く神社についてのべる。
 古来この島弧に住んできた人々は、様々なものに神の存在をみてきた。
 それは山であったり、木であったり、岩であったり・・・。
 そこには身の周りにあるもの、目に見えないもの、力への畏敬の念であったり、願いであったりした。
 やがてそこに磐座いわくらといわれる遥拝ようはいする聖域を定め、まつるようになった。
 そしてそれらを祀る人々はその地に暮らす一族である。
 はるか昔から連綿と続く祀りは、それらを祀ってきた先祖そのものを祀ることと同化する。
 したがって、それぞれの神社を祀るべき氏族、奉斎氏ほうさいうじ社家しゃけ)というものが存在することになる。
 いわゆる氏子(うじこ)といっても、大きく間違ってはいないだろう。

 では、鹽竈神社の場合はどうか。
 実は鹽竈神社には、奉斎氏というものがいないーーーというか判らない。
 のちに陸奥国の留守職るすしょくを務めた伊沢家いさわけが留守氏と称して、神主を務めたことはあった。
 しかし元々は、神職として、右宮一禰宜うぐういちねぎ新太夫家しんだゆうけ小野氏と、左宮一禰宜さぐういちねぎ安太夫家あんだゆうけ阿倍氏があるだけである。

 鹽竈神社には、右宮と左宮の他に別宮べつぐうがある。
 別宮の担当はない。
 そして、仙台藩四代藩主伊達綱村だてつなむらは、この別宮に鹽土老翁神を祀った。
 ---話が更に逸れた。

 小野氏は、『新太夫』という呼称からも分かる通り、後から鹽竈神社に関わるようになったと考えられる。
 それは、『鹽竈神社史』によると四代小野季次おのひでつぐの頃であったという。
 おそらく、奥州藤原氏初代清衡の頃であった。
では、その前はどうか?
 『安太夫』、阿倍氏(安倍氏)ということになる。
 阿部氏は、江戸時代初期まで約一千年間屋敷を構え参道口(表坂付近)を守っていたと伝えられている。
 ーーーそう、古くから鹽竈神社を奉斎してきたのは、阿倍氏(安倍氏)とも言えよう。



 結局、登任の命によって捕えられた、国府とその近隣にいた安倍の者たちは、経清らによって、鹽竈神社に預けられた。



 それからの登任は、大忙しであった。

 近隣の郡司、郷司より物産を掻き集め、都の藤原教通へ贈った。

 国府を発っていく荷物を見送ると、引き続き物産集めに奔走した。

 その間、経清と永衡は警備のためと称して、南北大路前の元安倍館に篭っていた。
 やがて、都より勅使が至った。

 藤原説貞ふじわらのつねさだといい、陸奥権守むつごんのかみを賜り、登任に国守解任の勅を授けに参ったという。

 北面し、両膝をついてそれを告げられた登任は、持っていたしゃくを取り落とし、微動だにしなかった。
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