日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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白銀の章 阿久利川7

~蛇田山~ 7

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ーーーーしばらく前

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「貞子様、それは?」

 此治城に入城して、与えられた室を整え始めていた女の下人が、女主人の取り出した小さな漆塗りの葛籠つづらを見留て尋ねた。
 国府を発った時には無かったものだったからである。

「これ?次郎様に頂いた髪飾りよ。」

 葛籠の蓋を開けて絹布に包まれたものを取り上げながら、貞子が答える。

「鎮守府では大層世話になったからと、出立する直前に頂いたの。」

 どう、似合うかしら?と言いながら、自分の髪にあててみせた。

「見かけによらず、随分と可愛らしい意匠つくりのものを選ばれるのですね、次郎様は。ええ、色白の貞子様にとってもお似合いでございますよ。」

 そう言って下人が、微笑みながら褒めると、貞子はその皓い頬を朱らめた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「・・・・そうか、髪飾りをな。分かった、ご苦労であった。引き続きあれの側に居るように。頼んだぞ。」

 一礼して下がっていく女の下人の後ろ姿を、説貞は見つめていた。

「光貞・・・・では、手筈通りに。」

 下人の姿が見えなくなると、次の間に控えていた嫡男に声をかけた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ---此治城の裏手、阿久利川に面する方の反対側。

 夕闇が迫り薄暗い土塁の陰で、数人の男たちが静かに佇んでいる。

 粗末な衣を着た男が三人こうべを垂れている。

 相対するのは二人の男、仕立ての良い直垂ひたたれを着ている。


「これを使え。」

 直垂姿の一人が、こうべを垂れる男の内、一番大柄な男に刀を渡した。

汝等うぬら、俘囚の者共であれば使いこなせよう。」

 直垂姿のもう一人が、蔑むような目を隠さずに言った。


 渡されたのは、舞草刀であった・・・・。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「このまま何事もなく戻れれば良いな。」

 夕餉のあと、火勢を落とした焚き火を見つめながら、経清が言った。

「何も有るわけがなかろう。あれだけの土産を贈ったのだ、前の業突く爺とは違って、大人しく都へ帰られるであろうよ。」

 永衡はそう言いながら、何やら一生懸命に端布はぎれで磨いていた。

「そんなに気に入ったのか?そのように綺羅びやかなものが。」

 経清は呆れたように、何十度目かの問を向けた。

「放っといてくれ、いつ何時なにがあるか分からんからな。常に備えはしておくものよ。お前はあれを使わぬのか?使わぬのならば、控えとして貰ってやるぞ。」

「欲しくばやるわ。戦場で目立つべきは、召し物ではなく、武功だぞ。」

「分かっておるわ。武功をたてた上に、これを着ておればなおのこと目立てるではないか。ぬはははは。」

「・・・ついていけぬは。」

 その時、川下の方がにわかに騒がしくなった気配がした。

「永衡、なにか聞こえなかったか?」

 経清は立ち上がり、川下の方を振り返った。

「確かに騒がしいな。」

 永衡も、磨いていた兜を傍らに置いて立ち上がった。

 ---すると、ほぼ闇に包まれていたと言っていい、川下の権守の営地に次々と炬火が灯されていき、そこだけ昼間のように明るくなった。

「何ごとだ!確かめてまいれ。」

 経清が、配下の一人に命じる。

 その者が営地を出ていこうとしたころ、向かう方向から一人の兵が現れた。

「その方、何処(いずこ)の手のものか?」

 永衡が誰何すいかする。

「権守様のご嫡男、光貞様の配下にございます。権守様のご命令をお伝えに参りました。」

「権守様の・・・。で、あの騒ぎは何ごとだ?」

 経清が、やや落ち着きを取り戻して尋ねる。

「権太夫様方におかれましては、このままこの場を動かれることなく、防ぎを固めよとのご指示でございます。」

「どういうことだ?」

 永衡が、やや苛立ちをみせて尋ねる。

「俘囚の何者かが、光貞様の営地に侵入し、人馬を殺傷いたしました。只今は、賊の逃亡したと思われる方角を捜索しております。万が一、川上へ落ちのびて来た時には、速やかに捕縛されますようお願い致しますとのことです。」

「なぜ俘囚の仕業しわざと?」

 経清が、聞いた。

「賊の逃亡した方角とはどちらだ?」

 永衡も重ねて問う。

「現場に舞草刀が残されておりました。・・・川下の方へ去っていく姿を見たものがおります。」

「かわしも・・・。川下には確か、次郎殿の営地があった筈だが・・・。」

 永衡がつぶやく。

「光貞様は、俘囚の謀反を疑っておいでです。」

「まさか!次郎殿が、そのような馬鹿げたことをするわけが無かろう!!」

 経清が、声を荒げて詰め寄る。

「いえ、光貞様もそこまでは言っておられません。状況から、賊はであろうと。」

「わしが、次郎殿のところへ行って、確かめてくる。」

 永衡が、出ていこうとする。

「なりませぬ。動かぬように。川上を固めよ。との権守様のご命令です。」

「永衡、ここはもう暫らく様子を見よう。」

 経清はそう言って、自分の床几に腰をおろした。

 握った拳を震わせていた永衡も、不承不承ふしょうぶしょう、己の席へ戻ったのだった。


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