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白銀の章 阿久利川8
~蛇田山~ 8
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何かおかしいな。何故、わざわざ渡河して野営を設えねばならぬ?権守殿と同様に、城のそばで良いではないか。」
貞任は、宗任の盃に酒を注ぎながら言った。
「光貞、元貞兄弟の営地は、こちら側に設営していました。権太夫殿たちの営地も一緒です。別段、可怪しくはないかと・・・・ただ、まあ、あれですな。」
宗任は、注がれた酒を舐めながら応えるが、最後のほうで言い澱んだ。
「なんだ?」
「国守様も、権守様も、怖いのでしょう。」
「何がだ?」
「われら陸奥の者たち・・・俘囚が。畏れているのです、だから少しでも遠くに、できれば川向うに、置いておきたいのです。」
「ふん。西の奴らは懦弱だな。」
「そうではありますまい。心の奥底に畏れがあるからでしょう。われらに・・・。」
「そういうことだな。」
貞任が、もう一杯自分の盃に酒を注ごうとした時、川上から馬の嘶きが聞こえた。
「!!!」
貞任が顔を上げた。
宗任はすでに営地を出て、暗がりの中様子を伺っている。
「血の匂いだな。」
いつの間にか隣に立っている貞任が、つぶやく。
「三人ほどこちらに向かってきましたが、すぐに川を渡っていきました。」
宗任が、上流の光貞たちの営地を見つめたまま言った。
暗闇の中に、その営地が明るく浮かび上がった。
「不味いことになるかもしれませんな。」
「嵌められたか?・・・・」
「守りは固めるな。兵の配置はそのままに。手の空いているものは、撤収の準備を始めよ。」
営内に戻ると、貞任は配下に指示を出した。
「もうすぐ客人が来るでしょう。撤収の準備を悟られぬようにするのが肝要です。」
宗任は、そう言って次兄に助言する。
「聞いたか?平静を努めよ。よいな?」
貞任は、再度下知した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつもは早々に寝てしまう説貞が、この晩は夕餉のあとも、ちびりちびりと酒盃を舐めていた。
郎党の一人が慌ただしくやってくる。
「権守様、対岸の光貞様の営地に灯火が灯り、昼間のようになっております!」
目の前で平伏すると、一大事とばかりに報告した。
「左様か。それで、光貞からは何か言ってきたか?」
配下の動揺をよそに、落ち着き払って盃を舐めている。
「いえ、未だになにも・・。」
「であるならば、向こうから報告があるまで、騒ぎ立てることなくそのままに居よ。よいな?」
そう言って、細い目の奥から鋭い耀りを放ち、その男を見据えた。
「し、承知いたしました。そのように取り計らいます。」
慌てて目を逸らし、一礼すると他のものに伝えるため、その場を出ていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
光貞は、三人の郎党を呼んで指示を出す。
「よいか。お前は川上へ向かい、曰理権太夫殿にこう伝えよ。『このままこの場を動かれることなく、防ぎを固めよ。俘囚と思われる何者かが、営地に侵入し、人馬を殺傷した。賊の逃亡したと思われる方角を捜索しているが、万が一、川上へ落ちのびて来た時には、速やかに捕縛されるよう。』とな、あとはあまり多くは語らず、良いように答えよ。」
目の前の、小柄だが目端の利きそうな雰囲気を纏った男を見つめて言い含めた。
「お前は父上のところへ行き、『万事遺漏は無い故、そのままに。』とお伝えせよ。」
次に、左に控えている見栄えの良い男に命じた。
「最後にお前は川下へ向かい、厨川次郎にこう伝えよ。『俘囚と思われる者が、当方の人馬を殺傷し逃亡中である。賊は遠からず捕らえられるであろう。安倍の方々に置かれては、後ほどお聞きしたい儀もあろうかと思われるので、みだりに動かず営地に留まられたい。』と。その他はなにも語らず戻ってくるのだ。」
右に控えている無骨な体つきの男の顔を見て、そう最後に命じたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・やはりな。なにが目的かは分からぬが、われらに責を負わせるつもりか。」
川上へ去っていく男の背を見つめながら、貞任がつぶやく。
「濡れ衣もよいところです。そもそも、われらに狼藉を働く理由が有りませぬ。・・・そうは言っても、初めからそのつもりであれば、理由などどうでも良いのでしょうが。」
隣で、同じく男の背を見つめて、宗任が応える。
「企てがはじめから決まっていたのであれば、それを覆すのは難しかろう。明日の朝まで黙って留まる謂れはないということだ。」
「そういうことですな。・・・・誰かある!営地はそのままに、すみやかに膽澤へ戻るぞ。早々にかかれ!」
宗任は、貞任の言葉にうなずくと、配下を呼んで指図した。
ある程度予期していた貞任らは、半時の内に準備を整え、風のように阿久戸川の野営地から消え去った。
「何かおかしいな。何故、わざわざ渡河して野営を設えねばならぬ?権守殿と同様に、城のそばで良いではないか。」
貞任は、宗任の盃に酒を注ぎながら言った。
「光貞、元貞兄弟の営地は、こちら側に設営していました。権太夫殿たちの営地も一緒です。別段、可怪しくはないかと・・・・ただ、まあ、あれですな。」
宗任は、注がれた酒を舐めながら応えるが、最後のほうで言い澱んだ。
「なんだ?」
「国守様も、権守様も、怖いのでしょう。」
「何がだ?」
「われら陸奥の者たち・・・俘囚が。畏れているのです、だから少しでも遠くに、できれば川向うに、置いておきたいのです。」
「ふん。西の奴らは懦弱だな。」
「そうではありますまい。心の奥底に畏れがあるからでしょう。われらに・・・。」
「そういうことだな。」
貞任が、もう一杯自分の盃に酒を注ごうとした時、川上から馬の嘶きが聞こえた。
「!!!」
貞任が顔を上げた。
宗任はすでに営地を出て、暗がりの中様子を伺っている。
「血の匂いだな。」
いつの間にか隣に立っている貞任が、つぶやく。
「三人ほどこちらに向かってきましたが、すぐに川を渡っていきました。」
宗任が、上流の光貞たちの営地を見つめたまま言った。
暗闇の中に、その営地が明るく浮かび上がった。
「不味いことになるかもしれませんな。」
「嵌められたか?・・・・」
「守りは固めるな。兵の配置はそのままに。手の空いているものは、撤収の準備を始めよ。」
営内に戻ると、貞任は配下に指示を出した。
「もうすぐ客人が来るでしょう。撤収の準備を悟られぬようにするのが肝要です。」
宗任は、そう言って次兄に助言する。
「聞いたか?平静を努めよ。よいな?」
貞任は、再度下知した。
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いつもは早々に寝てしまう説貞が、この晩は夕餉のあとも、ちびりちびりと酒盃を舐めていた。
郎党の一人が慌ただしくやってくる。
「権守様、対岸の光貞様の営地に灯火が灯り、昼間のようになっております!」
目の前で平伏すると、一大事とばかりに報告した。
「左様か。それで、光貞からは何か言ってきたか?」
配下の動揺をよそに、落ち着き払って盃を舐めている。
「いえ、未だになにも・・。」
「であるならば、向こうから報告があるまで、騒ぎ立てることなくそのままに居よ。よいな?」
そう言って、細い目の奥から鋭い耀りを放ち、その男を見据えた。
「し、承知いたしました。そのように取り計らいます。」
慌てて目を逸らし、一礼すると他のものに伝えるため、その場を出ていった。
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光貞は、三人の郎党を呼んで指示を出す。
「よいか。お前は川上へ向かい、曰理権太夫殿にこう伝えよ。『このままこの場を動かれることなく、防ぎを固めよ。俘囚と思われる何者かが、営地に侵入し、人馬を殺傷した。賊の逃亡したと思われる方角を捜索しているが、万が一、川上へ落ちのびて来た時には、速やかに捕縛されるよう。』とな、あとはあまり多くは語らず、良いように答えよ。」
目の前の、小柄だが目端の利きそうな雰囲気を纏った男を見つめて言い含めた。
「お前は父上のところへ行き、『万事遺漏は無い故、そのままに。』とお伝えせよ。」
次に、左に控えている見栄えの良い男に命じた。
「最後にお前は川下へ向かい、厨川次郎にこう伝えよ。『俘囚と思われる者が、当方の人馬を殺傷し逃亡中である。賊は遠からず捕らえられるであろう。安倍の方々に置かれては、後ほどお聞きしたい儀もあろうかと思われるので、みだりに動かず営地に留まられたい。』と。その他はなにも語らず戻ってくるのだ。」
右に控えている無骨な体つきの男の顔を見て、そう最後に命じたのだった。
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「・・・やはりな。なにが目的かは分からぬが、われらに責を負わせるつもりか。」
川上へ去っていく男の背を見つめながら、貞任がつぶやく。
「濡れ衣もよいところです。そもそも、われらに狼藉を働く理由が有りませぬ。・・・そうは言っても、初めからそのつもりであれば、理由などどうでも良いのでしょうが。」
隣で、同じく男の背を見つめて、宗任が応える。
「企てがはじめから決まっていたのであれば、それを覆すのは難しかろう。明日の朝まで黙って留まる謂れはないということだ。」
「そういうことですな。・・・・誰かある!営地はそのままに、すみやかに膽澤へ戻るぞ。早々にかかれ!」
宗任は、貞任の言葉にうなずくと、配下を呼んで指図した。
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