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16.はじめての稽古
しおりを挟むコンコンコンコンコン!
小気味いい音が、空き地に響いている。
ここは、エア村のメインストリート(大通り)沿いからはだいぶ離れた、村の西端。
昔は、貴族の屋敷があったところだ。
今は、ただ広い空き地があるだけ。
その空き地に、2つの小さな人影があった。
先ほどから、小気味いい音をたてていたのは、この2人だった。
カンカンカンカン、カン!
「コリン!あんたどうして、そんなに出来るのよ!!」
打ち合ったあとに、コリンの横払いを、ジャンプしてかわした後、空中で前方に一回転して着地したエルが、振り向いて言った。
2人の手には、短い木の棒が握られている。
「わっかんな~い、いつの間にか?」
コリンが、両手を胸の前に持ってきて、小首をかしげる。
「もう、何でもいいわ。つぎ、もう少しレベルを上げていくわよ」
そう言って、エルが走り寄る。
「わっと!お願いしま~す」
今度はコリンがジャンプして、エルの初撃を回避した。
「これだけで終わりじゃないわよ!」
かわされて、振り抜くかに見えた軌跡が急に反転して、コリンのこめかみを狙った。
「きゃっ!」
コリンは思わず目をつむった。
「やっぱり、まだまだね。でも、最初からこんなに出来ると思わなかったわ」
エルの握った棒は、コリンのこめかみに当たる寸前で止まっていた。
「ふにゅう~~、こわかったあ」
コリンは、脚をハの字にして、ぺたんと腰を落とした。
「まだ終わりじゃないわよ。コリンの武器は、スピアでしょ。突きの練習もしましょう」
そう言って、エルが棒を構え直す。
「ふえ~、まだやるのぉ?」
「セイヤと一緒に、いたいんでしょう?」
「ふぁーい」
コリンも、渋々立ちあがって、棒を構える。
「行くよー!」
カン、カンカン、コンコン、カン!
手を抜いているとはいえ、Aランク冒険者のエルの動きに、僅か5歳の女の子がついて行っているという、奇妙な光景が、街はずれの空き地で続いていた。
******
「おう!あんちゃん、おかえり。成果はバッチリかい?」
城門まで来ると、門番が声をかけてきた。
「あっ!ど、どうも。なんとか、うまくいきました」
ボーッと歩いていた俺は、突然声をかけられて、我に返った。
「そうかい、それは良かった。なんか、冴えない顔をしていたから、駄目だったのかと思ってな」
「そんな顔してました?」
「ああ、酸っぱいもんでも舐めたような顔してた」
「ハハハ、大丈夫です!依頼達成しましたから」
「だったら、若えもんがそんな辛気臭い顔してねえで、シャンとして歩けや!」
「ハイ!そうします。じゃ、失礼します!」
「おう!がんばれよ!!」
俺は、背筋を伸ばすと、大股で門をくぐって、村内へ入っていった。
「まずは、達成報告しちゃうか」
大通りを、冒険者ギルドへ向かって進む。
建物に入ると、例の黒髪イケメンのカウンターへ向かった。
「こんにちは、依頼の達成報告に着ました」
「いらっしゃいませ。では、ギルドカードをご提示ください」
丁寧にお辞儀をして、カードを請求してきた。
「はい、お願いします」
「失礼いたします。・・・・セイヤさま、今回の受注依頼は、Eランク依頼のHP回復ポーション用の薬草の採取と、Dランク依頼のゴブリンの討伐ですね?」
「はい、そうです」
「では、薬草と討伐部位をお出し願えますか?」
「えと・・結構、量があるんですけど。」
「あっ!左様ですか。では、中庭へ」
隣のカウンターの猫人のお姉さんに言付けして、中庭へ向かったので、俺もあとを付いていく。
「そういえば、職員さんてお名前なんて言うんですか?」
いい加減、『黒髪イケメン』じゃあね・・。
「申し遅れました、わたくし、当ギルドのサブマスターを兼務しております、ガイヤと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「えっ!!サブマスターさんだったんですか?こ、こちらこそよろしくお願いします」
俺は驚いて、頭を下げた。
「あっ、そんなにかしこまらないでください。村のギルドのサブマスターなんて、大したことないですから。普通にガイヤと呼んでください」
「じゃ、じゃあガイヤさんで・・」
そうこうしているうちに、中庭に着いた。
「さっ、ここに出して頂けますか?」
「はい」
俺は、アイテムボックスから、採取した薬草と討伐した魔物を取り出して、中庭に並べた。
「・・・・・・・・」
「あのう・・・ガイヤさん?」
固まっているガイヤさんに、声をかけた。
「はっ!あ、ああ、すいません。思ってたよりちょっと、数が多かったもので」
ガイヤさんは、そう言うと少し顔をひきつらせていた。
「えーと・・・・・・」
薬草の株を数え、魔石を何かの道具を使って鑑定しながら数えていった。
「・・・・お待たせしました、状態の非常に良い薬草が500株に、ゴブリンの魔石が150個、ゴブリンソードの魔石が10個、ゴブリンナイトの魔石が1個ですね?」
「そうです」
ようやく確認を終えたガイヤさんが、こちらを見て言ってきた。
「では、カウンターで精算いたしますので、お戻りください」
「分かりました。じゃあ、先に行ってますね」
ガイヤさんは、係のドワーフさんに声をかけてから、カウンターへ戻るので、俺は先に行くことにした。
「セイヤさま、お待たせ致しました。では、報酬と魔石の買取分を合わせまして、575000シケルになりました」
「そんなに?」
「申し訳ございませんが、ゴブリンソードとゴブリンナイトについては、依頼に入っておりませんので、買取分のみになってしまいました」
「いや、それは全然かまわないんですけど。結構いきましたね」
「ええ、薬草の数自体が、普通の方の50倍近いですので。ゴブリンも、10倍くらいですかね」
「そ、そうなんですか?」
「はい。失礼ですが、セイヤさまは、いまレベルは?」
「えーと、確かレベル2じゃ・・あ!3に上がってた。」
「えっ!レベル3ですか!?それで、この成果ってありえないんですけど!」
ガイヤさんはかなり驚いたらしく、声が大きくなっている。
「レベル3!?」
その声を聞いた、隣の猫人のお姉さんが、こっちを振り向いて言った。
「な、なんか不味いですか?」
俺は、恐る恐るガイヤさんに聞いた。
「いえ、ゴブリンソードやゴブリンナイトにしたって、EやDランクの魔物なので、セイヤさまのランクで倒せないことはないのですけど、数が数ですし、あのコロニーをやったんですよね?」
ガイヤさんの口調が、微妙に砕けてきた。
あのコロニーって、やっぱりわざとだったんだ。
「あのコロニーが、どのコロニーのことを指しているのか分かりませんけど、結構近くにあったコロニーでした」
「・・失礼しました。あの巣穴は、ダンジョンのように、定期的にゴブリンが湧いてくる場所で、かと言って過剰に増え続けるわけでもないので、初心者冒険者のために残してあるんです」
「そうだったんですね。」
「ただ、それは1匹2匹を相手にする場合であって、あの規模のコロニー自体を襲撃するというのは、Cランク以上じゃないと無理なんです。」
「そういうことですか」
ん~・・若干やらかしたみたいだ。
「詳しいステータスは規定で伺いませんが、セイヤさまなら、あっという間にランクが上がりそうですね」
「そ、そうかもしれませんね」
「期待しています!」
「あたしも!!」
ガイヤさんだけじゃなく、隣のお姉さんにまで、キラキラした目で言われてしまった。
「じゃ、じゃあ、そろそろ行きますんで」
「あっ!申し訳ございませんでした。こちらが、お渡しするお金です」
いたたまれなくなった俺が、切り出すと、ガイヤさんが慌ててお金の入った革袋を、カウンターの上に置いた。
「ありがとうございます。じゃあ、また来ます!」
「「はい、お待ちしております!!」」
「ただいま~」
俺は、『月のらくだ館』の扉を開けた。
「おかえり~~~!!」
食堂の方から返事が聞こえたと思ったら、茶色い弾丸が飛んできた。
「ボスッ」
飛んできた弾丸が、勢いよく俺の懐に納まった。
「うっ」
「待ってたの!」
ケモミミの頭を、俺の胸にグリグリ押し付けて、コリンが言ってくる。
まるで、長い間離れ離れになっていたみたいだ。
「いい子にしてたか?」
俺はその頭を撫でてやる。
「してた!」
グリグリをやめて、顔をあげると、にっこり笑った。
「そうか、偉いぞ」
「えへへ」
俺に褒められて、コリンの笑顔がより一層大きくなった。
「で、今日は何してたんだ?」
俺は、抱きついたままのコリンを引き連れて、食堂へ向かった。
食堂では、エルが窓際のテーブルに着いて、シカルを飲んでいた。
「お疲れ」
エルは、シカルの入ったジョッキを少し上げて、言ってきた。
口角が、僅かに上がっている。
「エルこそ、今日一日コリンの相手ありがとな」
俺とコリンは、エルの向かいの席に座った。
「別に・・・結構楽しかったわよ。ね、コリン」
「うん!楽しかった!!」
エルがそう言って、コリンのことを見て微笑んだ。
「そんなに楽しいことしたのか?あ、俺にもシカルください!」
「はいよ!」
俺は、2人の顔を見比べながら、厨房のサルクさんに声をかけた。
「うんとね、剣術とかの練習したの!」
「ほう、持ち方とか、構え方とかか?」
「ううん!コンコンコンて」
「コンコンコン?」
コリンの言っていることが、よく分からん。
「模擬戦形式で、打ち合いをしたのよ」
「は!?」
「そう、カンカンカンて!」
おいおい、どういうことだ?
「エル、だってコリンはまだ5歳で、武器すら持ったこと無いはずだぞ?なんで、打ち合いが出来るんだよ!」
「そうお?結構いい線いってたわよ。あたしでも、楽しめるくらいには」
いやいやいや、そんなはずないだろ。
「ゴブリンとスライムに囲まれて、ボロボロになってたんだぞ?」
「なんかね、コリン強くなった・・・みたいな?」
そこで、小首をかしげられても、信じられないんですけど。
「ほらよ、シカル。エルのおかわりも、ついでに置いとくぞ」
俺がコリンを見て固まっていると、サルクさんがドンと、ジョッキを2つテーブルに置いていった。
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
俺はとりあえず、ジョッキを持ち上げて、シカルを喉に流し込んだ。
「プハーッ!・・・で、強くなったってどういうことだ?」
半分ほど飲んで、コリンに尋ねる。
「ん~~~~と。え~~~~と。・・・・○ア○さまに貰った?」
「ん?なんだって?」
珍しく、コリンが歯切れが悪い。
俺は耳に手をあてて、コリンの口元に持っていった。
「・・・・・エア神さまに貰ったの」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
ということは・・。
「コリン、おまえ。エア神さまに会ったのか?」
コリンが、コクリとうなずいた。
まじか・・・。
「どうしておまえが、エア神さまに会えるんだ?」
「・・ヒミツ?」
顔を赤くして、はにかんでいる。
「なっ!・・しようがない。それで何故おまえが、エア神さまに力を貰えたんだ?」
ステータスを人に見せるのも、見るのも基本駄目だからな。
称号とかを見れば、何か分かるかもしれないが・・・。
「ん~それもホントはヒミツだけど、コリンがセイヤお兄ちゃんと、ずっと一緒にいたいってお願いしたら、くれたの。一緒にいるためには必要だからって」
たしかに、これから俺は邪神たちと戦うことになる。
その時コリンがそばにいたら・・・・俺は全力で守ろうとするだろう。
そしてその時に、コリンに何の力もなければ、当然俺への負担は相当なものになるだろう。
だからか?
コリンにも戦わせるというのか?
自分自身を守れというのか?
「エア神さまは、何を考えているんだ!そんな危険なこと!!」
俺は、思わず大きな声を出してしまった。
「大丈夫だと思うよ。いまでも結構いけると思うけど、たぶんもっと強くなる」
エルが、コリンの顔を見つめて、そう断言した。
その顔は、神々しささえ感じる、美しさだった。
「いや、そんな・・・」
俺は、ジョッキを握りしめたまま、何も言えなくなっていた。
「うん、コリンは大丈夫!ぜったい、セイヤお兄ちゃんと一緒にいるんだもん!!!」
な、なんだ?
コリンの顔も、いつもの可愛いではなく、綺麗としか言えない顔だった。
2人のこの自信は、どこから来るんだ?
そもそも、なんか違和感が・・・・・。
そのあと直ぐに、夕飯の準備が出来て、サリーさんが料理を運んできたため、それ以上続けることが出来なくなってしまった。
「ところで、依頼の方は上手くいったの?」
食べはじめて暫くしたら、エルが聞いてきた。
「ああ、薬草もバッチリたくさん採れたし、ゴブリンも結構な数を討伐できた」
「へー、どんな感じで?」
コリンは、あまり興味がないらしく、スプーンをもくもくと口へ運んでいるが、エルが詳しい話を尋ねてくる。
俺は、今日の様子をはじめから、一部始終話して、最後にこう言った。
「でも、魔物を斬るのは、初めてでもないのに、ゴブリンの首を斬ったときとか、ナイトを刺したとき、なんか人殺しをしたような気分になっちゃたんだよな。前のときは、無我夢中だったからかな?」
「まあゴブリンは、人型の魔物だし、ナイトなんて、普通のゴブリンよりも、知性があるし、より人っぽいからね。でも、そんなんじゃ、これから冒険者としてやっていけないわよ。護衛任務とかだと、人相手のことも多いし」
「だよなぁ・・・。まあ、次からは大丈夫だと思うよ」
精神異常耐性スキルがあるし、心構えの問題だろう・・。
「それよりも、あんたの戦い方とか、特に魔法の使い方だけどさ」
「ん?やっぱ、なんか問題ある?」
色んな能力があるって言ったって、所詮、素人だしな。
使いこなせてない、自覚はある。
「ムダが多くて、単純過ぎる」
「!」
でも、面と向かって言われると、結構ショックだ。
そんな俺の顔を見て、コリンは、キョトンとしている。
ソースが、口のまわりに付いてんぞ。
「魔法っていうのは、可変の能力なのよ。聞いている限りじゃ、どの魔法も、ほぼほぼ全力で放ってない?ゴブリン程度に、そんなことしてたら、魔力の無駄使い」
「ハア、まあ、確かに」
「それに、たぶんあんたの実力なら、剣技だけで、その程度の魔物はいけるはず」
「そ、そうかな?」
「そうよ。疑うなら、明日あたしと、模擬戦してみましょう?」
「へ?」
Aランクのエルと?
「セイヤお兄ちゃんも、コンコンコンやるの?」
「あ?ああ、たぶんな・・・」
笑顔で聞いてくるコリンに、俺は曖昧にうなずいた。
「それと・・・」
「は、はい!?」
エルさん、ちょっと声色が怖いんですけど・・・。
「魔力操作とかなんとか言ってなかった?」
やべっ、固有能力バラしちゃった。
「どんな能力なのかな?」
「いや、ここではちょっと・・他の人もいるし・・・ね」
食堂には、他の泊り客も夕飯を食べているのだ。
「じゃあ、明日の模擬戦のときにでもいい?」
「は、はい」
目も怖いです。
そのあとも、『そういう場合は、こう』とか、『そのときは、こう』とか、色々とアドバイスをしてもらった。
正直、ちょっと疲れた。
だってエルさん、いつもよりものすごく真剣なんだもん。
有難いんだけど、・・・・何でだ?
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