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30.王都イシュタル
しおりを挟む森林地帯を抜けると、沃野が広がっていた。
一面、広大な麦畑だ。
草丈が勢いよく伸びた先端には、白くて小さな、かわいい花をつけている。
俺たちを乗せた馬車は、どこまでも続く、その麦畑の真ん中を進んでいった。
あれ以来、魔物は出て来なかった。
やがて、目の前にエンキドゥの流れが見えてくる。
河岸の土も、そして川底の土も真っ白なため、滔々と流れる水は青く、澄んでいる。
街道は、真っ直ぐに河岸へ向かっていく。
「うわぁー!あれ見て、セイヤお兄ちゃん!」
コリンが馬車の窓から、身を乗り出して、指をさして声をあげた。
「おお!すげえな!!」
「きれいですね」
「みゃー!」
言われて、外を見た俺が驚いていると、アイリスも同じように感嘆の声を漏らした。
ついでに、ライアンも。
「ただの橋よ」
「あたしは、ついこの間、通ったばかりだから」
一方、エルとスザンヌさんは、いたって平静だ。
街道が行き着く先、河幅が2000キュピ(1キロメートル)もあるエンキドゥに、石造りの巨大な橋が架かっていた。
はるか対岸には、絶壁のようにそびえ立つ、白亜の城壁が、見える範囲いっぱいに続いている。
「あれが、王都イシュタル・・・」
想像以上だ。
俺はその光景を見て、改めて異世界に来た実感がした気がした。
少なくとも、1ヶ月ちょっと前まで住んでいた、日本とは違うどこかだということは確かだ。
「驚くのはまだ早いわよ」
スザンヌさんが言った。
橋の上は、馬車やラクダ、徒歩の人々でごった返していた。
その中へ、俺たちの馬車も突っ込んでいく。
「凄い・・」
渋谷の有名な交差点の比ではない、例えていえば、山手線の朝のラッシュが近いだろうか?
馬車でさえも、人波に押し流されるように、対岸へと進んでいった。
そして・・・。
「「ひえ~~~!」」
俺とコリンが、眼前に扉が大きく開け放たれた、巨大な門を見上げて叫んだ。
なんという大きさだろう。
四頭立ての馬車が余裕ですれ違える幅があり、高さは10階建て、いや15階建てのビルに匹敵するだろうか。
ある意味、凄い技術力だ。
門の前には、ちょっとした広場のようなスペースがあって、10箇所ほどのイミグレーション窓口のようなものがあった。
王都内へ入る者はそこで身分と持ち物をチェックされ、出ていくものは持ち物だけをチェックされるようだ。
入る方の窓口が7つ、出ていく方は3つだ。
入る方が多いのにも関わらず、どの窓口も長い列が出来ている。
各種ギルドのギルドカードを持っているものは、それを提示すればチェックは完了みたいだ。
でも、カードを持っていないものはどうするんだ?
「コリンとアイリスは、どうすればいいんですか?」
俺は、スザンヌさんに尋ねた。
「大丈夫よ、専用の魔道具で基本的なステータスと犯罪歴をチェック出来るから。それに・・。」
「あ、ボク。カード持ってます。」
アイリスが、カードを取り出して見せてきた。
「そうなんだ、だったら大丈夫だね。」
コリンのステータスを偽装しておいて良かった・・。
「アイリスって、ヒタト国の冒険者ギルドに入っているの?」
「いえ、ボクは・・・神殿に仕えていたので、神職のカードです。」
「へええ~!・・・ねえ、スザンヌさん。そんなこと、ひとっことも言ってませんでしたよね?」
「あら、言わなきゃいけなかった?」
まったく。
くえないオバ・・オッサンだ。
こうして俺たちは、30分ほど並んで(意外と早かった)、無事に王都入を果たしたのだった。
「そんなに一生懸命キョロキョロしていると、疲れちゃうわよ」
スザンヌさんが、忙しくあたりを見回している、俺とコリンに言った。
いま俺たちは、チャーターしていた馬車を降りて、王都の街路を歩いている。
「ほんと。お上りさん丸出し」
エルが、莫迦にしたように冷たくつぶやく。
「しょうがないじゃないか、実際、初めて見るものばかりなんだし。なあ、コリン」
「うん!なにもかも、おっきくて、人もいっぱいいて面白い!」
コリンは、繋いだ手をブンブン振り回しながら、興奮している。
ちなみに、ライアンは俺の肩の上だ。
大きさは少し小さめの家猫くらい、なんか自由に大きさは変えられるらしい。
そんな能力があるなら、はじめから言ってくれって話だ。
縮めた身体で、俺の右肩の上に器用に乗っているのだった。
カレは彼で、鼻をヒクヒクさせて、一生懸命匂いを嗅ぐのに忙しい。
「確かに。ヒタト国の王都キシャルは、埃っぽくてどこか暗い感じがするんですが、イシュタルは、華やかで明るい感じがしますし、なんだかワクワクしますね」
アイリスも、俺たち同様、目をキラキラさせて、好奇心に満ちた視線を左右に向けている。
********
イミグレーションを終えて、巨大な門を抜けると、野球のグラウンドぐらいの広場があった。
広場は、5階建てくらいの大きな建物に囲まれている。
スザンヌさんによると、それらは各種ギルドの王都本部の建物らしい。
万が一、戦争などになった時は、この広場で敵を足止めして、周りの建物から攻撃、殲滅するように配置されているということだ。
まるで日本の城の、桝形虎口みたいだな。
この広場からは、街路が8方向に延びている。
街路は幅が10キュピ(5メートル)くらいで、緩やかに上り坂となっており、石畳敷だ。
石畳は、たくさんの人がその上を歩いてきたため、ピカピカに光っており、少しすり減って凹んでいる。
この縦方向の街路からは、横方向に幅6キュピ(3メートル)くらいの脇道が、たくさん延びている。
この脇道には、洗濯物が干してあったりと、とても生活感がある。
俺たちは、最初の広場から延びる、縦方向の街路の内、正面にあった2本の右側の道を進んで行ったのだったが、2000キュピ(1キロメートル)ほど進んだところで、横方向に延びる大きな通りに出た。
道幅は、24キュピ(12メートル)ほどもある。
そこは、さっきの橋の上に勝るとも劣らない賑わいだった。
「これが王都のメインストリートよ」
スザンヌさんが言った。
「なんなんだ、これは・・・」
「ふえ~~~」
この世界のメインストリートとと言えば、エア村のしか知らない俺は、只々圧倒された。
コリンも目を丸くして、呆然としている。
様々な種族が、様々な衣装で歩いている。
両側の建物は、基本的に1階建しかなかったエア村とは違い、3階建以上がほとんどだ。
商店の店先には、商品が溢れんばかりに陳列されていて、客の呼び込みの声が騒々しい。
そこかしこから、スパイスの薫りが漂ってくる。
「ちょっとだけ見物して、まずは宿を確保しましょう」
固まっている俺に、スザンヌさんが言ってきた。
「そ、そうですね。あっでも、冒険者ギルドには顔を出さなくていいんですか?」
「そんなのあとでいいわよ、ギルドは逃げないし」
ウインクをするスザンヌさんの大きな顔に、内心『逃げるかもしれない』と思ったのはナイショだ。
********
・・・というわけで、いま俺たちは、メインストリートの街路を歩いているのだった。
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