世界は変わってしまったけれど、僕には意外と合っている

Lizard

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プロローグ 神と人、人と悪魔

Ⅱ.歓喜あるのみ

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 〈二日前〉


 視界を埋め尽くす紫の閃光。再び目を開けて見れば、周囲の景色は変わっていた。
 ただし、『景色が変わった』という認識はあっても、先ほどまで視界に映っていた物はもはや覚えていない。記憶それは不自然なまでにあっさりと、完璧に消えていた。
 記憶喪失、という言葉が浮かぶ。ふと記憶を探ってみると、自身の名前すら覚えていないことに気付く。
 一体これはどういう状況なのか。自分の住んでいた国など一部の記憶と、学校で習ったような知識は残っている。
 しかし自分に関する記憶は、カケラすら思い出すことが出来ない。
 名前、住居、家族。それらの単語について、『知識』として意味を知っている。だというのに自分については何一つとして思い出せないのだ。
 人格も経験も、きっと失ってはいない。
 身体に意識を張り巡らせれば、自分に何が出来るのか、手に取るように分かるのだから。

「やぁみんな、こんにちは!」

 その明るい声に反応して、周囲を見渡す。
 見れば自分の周りで、一様に困惑した様子の人々が辺りをキョロキョロと見回していた。
 ......いや、一様に、でもないか。
 少しも動揺が見えない人や、どこか楽しそうな人もいる。
 どう見ても、『常人』ではなかった。
 辺りにいる人を数える。五百は下らない。おそらく、千人ほどいるだろうか。
 てんで統一感のない服装、それどころか人種すらも統一されていない。自分と同じ日本人はほとんど見当たらず、白人から黒人まで、肌の色もばらつきがある。体つきも鍛え上げられていたり、事務仕事でもやっていそうな人だったり。
 腕を組んで佇んでいたり、口をパクパクと開閉して何か叫ぼうとしていたり。姿だけでなく態度も様々だ。
 やけに冷静な心でそれを眺める。
 改めてみると今いるのは非常に不思議な空間で、人以外は何も見えない。ただただ闇が続いているだけ。足場はあるようだけど無闇に動かない方が良いか。
 ......変だな、今ある知識が正しければ、こんな状況ならもっと取り乱してもおかしくないはずだ。これも記憶喪失の影響だろうか?
 今の自分の感情にあまり違和感がないあたり、僕自身も一般人とは言えないかもしれない。
 思考とは別に、視線は忙しなく動かして、この状況にそぐわない先ほどの声の主を探す。


「混乱してると思うけど、今はボクの話聞いてよー!」

 声が再び響く。幼さすらある高い声だ。
 それと同時に、上方から紫の光が降り注いだ。
 今自分の中にある、最初の記憶もこの光。つまりこの超常的空間に連れ去られる瞬間に見た光だ。反射的に身構える。
 視線を向けると、上空に紫色のドレスを纏った少女が佇んでいる。
 声に反して大人びた――神々しさすら覚える――姿で此方を見ている。背丈は成人女性の平均と大差ない。しっかりとした起伏のある体付きを見ても、年齢は声の印象よりいくらか上だろう。
 髪は紫、瞳は――見えない。それどころか顔も見えなかった。ヴェールで隠されているわけではなく、認識することが出来ない。この空間と言い、彼女と言い、不思議なことばかりだ。


「それじゃ、選ばれたみんなに説明するねー! ここにいる1000人は1000人さ! それを集めて何をするかって言うと――」

 今更だけど、先程からずっと声を出すことが出来ない。
 この空間に来てから、上空の彼女以外の声を聞いていないのだから、きっと全員がそうだろう。
 質問などさせないとばかりに、大して考える暇も与えず紫の少女は胸を張って声を張り上げる。

「人間と戦う、『悪魔』になってもらいます!」

 その言葉に、この場に居た全員が目を点にする――ことはなく。
 顔を愉悦に染めるもの、警戒心を高めるもの、様々な心情はあっても全員が何もできない困惑から脱していた。
 無駄に声を上げようとする者は皆無。
 その様子を見て、『世界で最も強い1000人』というのもあながち嘘ではないのか、と思った。
 ただし『最も強い』というのは周囲の人々の姿を見るに、ようだけど。
 僕の心中も恐れのような感情は不思議とわかない。『興味』、あるいは『好奇心』のようなもので溢れていた。口端は勝手に吊り上がっている。

「何も悪人になれー、とかそういう話じゃないよ? 『悪魔』という種族になって、人間と戦ってもらうだけ。簡単でしょ?」

 ふざけるな、と今にも言い出しそうな表情の人がちらほらと見えた。声は出せないけれど。
 しかしやはり、楽しそうに笑みを浮かべていた一部は、変わらず愉悦を感じている様子。

「まぁ説明は後から。君たちに選択権なんてのは無いわけだし、ね?」

 途端に"声"は明るい雰囲気を霧散させ、妖艶さすら漂わせてそう言った。
 その瞬間に先程まで必死に抵抗しようとしていた連中も察したようだ。
 これが『お願い』などではなく、『確定事項』に対する善意の――あるいは気まぐれの――説明なのだと。有り体に言ってしまえば命令だ。

「おっと、一応は名乗っておかなきゃね。ボクはヴィクティ、遠い遠い別の世界からやって来た――君たちにとっての神さ」

 特に驚くことはなかった。
 けれどそれは、察しがついていたとか、そんな高尚なことじゃなく。この神コイツが何者かなんて、微塵も興味が無かったから。
 興味があるのは――目の前の存在が齎してくれる世界だけ。
 人と戦うことに対する忌避感なんて、僕の中には存在しなかった。

   どんな世界に変わる?
   どんな世界に、君は変えてくれる?

 止めどなく溢れる心情は、言葉にするなら『ワクワクする』、だろうか。
 ただひたすらに、歓喜する。
 冷静な表面と違い、心情はもはや喜びだけ。
 不安、恐怖、怒り、悲哀、そんなものは砂粒一つ在り得ない。
 自身の記憶が無くても、確信があった。肉体が覚えていたのか、それとも記憶が残っていたのかーーそんなことはどうでもいい。
 ただ僕は、つまらなかったんだ。暇で、退屈で、面白みのない日常が。
 今この瞬間まで、過去の人生が全て――つまらないだけのクズだったと。
 今この瞬間から、世界は変わる。僕にとっての世界は。
 なのに喜び以外の感情が入り混じる隙間なんて、あるはずがない。

 ああやはり、僕も普通では無かったようだ。
 善人ではないことも、確かだろう。

 歓喜と期待に塗れた僕の視界を、再び紫の閃光が覆ったーーー
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