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悪夢の淫魔 2
しおりを挟む「んっ……んんっ……ここは……」
サクラは頭をかかえながら立ち上がる。
まだ意識が朦朧とし、前後の状況が思い出せない。
そんな中、あたりを見渡すとそこにはおよそこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
「な、なんだ……ここ……ッ!?」
目に映るのは延々と続く闇。
そこにあるのは星ひとつない夜空と、コンクリートのような色のない床が延々と広がっているだけ。
本当にそれ以外に何もない、空っぽの世界だった。
「ここはねェ、あなたの夢の世界なのよ……サクラちゃぁん」
「……ッ!?」
突如背後から聞こえた声にサクラは振り返る。
そこにいたのは黒衣を纏った青白い肌の淫魔、ヤフカ。
その顔を見て思い出す。
(そうだ、私はこの淫魔と戦っている最中に気を失って……)
状況は掴めないがサクラはすぐさま臨戦態勢をとり、その右手に刀を呼び出す。
ーーつもりだった。
「……えっ、なんで……?」
どういうわけかサクラがいくら念じても刀は現れない。
(なんで……? 精気が足りないから? 集中力が足りないから? なんで、なんで刀が出てこないの……ッ!?)
「んふふっ、ざァんねん。どんなに頑張っても刀なんて出てこないわよォ? さっきも言ったけどねェ、ここは夢の世界、現実のルールは通用しないの」
「夢の……世界……?」
「そう、現実のあなたは絶賛スヤスヤお昼寝中。そして私は夢を司る淫魔。あなたの夢の世界を、完全に支配してるのよォ」
ゆったりとした口調でヤフカは語る。
夢の世界を支配される。
その状況がどれほどの危機なのか、サクラはまだよく分からずにいた。
たとえ夢の世界を支配されたとしても、目を覚まし現実に戻れば全てはなかったことになる。
そう思えてならないが、そんなサクラの心を察したのかヤフカはニヤリと笑う。
「まァだ理解が足りてないようだから教えてあげるわァ……夢を支配されるということわねェ、こういうことなのよォッ!!」
「……がッ!?」
胸の辺りから走る強い痛み。
何が起こったのかすぐには理解できず、少し遅れてサクラは自分の胸に突き刺さったソレを見て驚愕する。
自分の胸に杭が刺され、心臓を貫いていた。
「あっ、アアアアアアアッ!! な、何が……ッ!?」
刺されたというよりは、気がついたらそこに杭があったというような感覚だった。
いつ、どこから杭が飛んできたのか、まるで分からなかった。
胸部から溢れる鮮血に視界が奪われ、頭に血が回らなくなっていくのを感じる。
「はァい、ココまで」
パチンと指を鳴らす音が聞こえ、その瞬間全てがリセットされたかのように頭がクリアになる。
「はっ、はっ……あ、え? 杭が……傷も……」
サクラは自分の胸に手をあて、そこに打ち込まれた杭も、自分の体にできた傷も全て消えていることを確認する。
「どう、夢を支配されるとはこういうことなのよォ。この世界では全部、ぜェんぶ私の思い通りなのォ」
はぁはぁと息を切らしながら、サクラは状況を整理していく。
つまり、この夢の世界を支配されるということは何もかもあの淫魔、ヤフカの思い通りに世界を作り変えることができる。
この世界でヤフカが死ねと念じれば、きっとサクラは死んでしまうのだろう。
だがそれは夢の世界での話。
現実のサクラが死ぬわけではない。
(本当に心臓を貫かれたかのような感覚だった……でも大丈夫、耐え続ければ活路はある)
「もしかして、起きるまで我慢すればセーフ、とか思ってなァい? ふふっ、起きた時に精神が焼き切れて、廃人になってなければいいけどねェ……」
「……ッ!? そんなことが……ッ!?」
ヤフカは返事はせず、ただ薄気味の悪い笑みを浮かべる。
サクラの心が不安に支配されていく。
「いや……でも、負けて……たまるか……」
サクラは小さく呟く。
もしここで不安に押しつぶされてしまえば、それはヤフカの思う壺だ。
たとえ滑稽でも、耐える以外に活路はなくても、それでも今は心を強く保つことが唯一の抵抗手段であるはずだ。
「ふふふっ、いい顔よォ……あなたの夢を、心を覗き見た段階でわかってたことだけど、あなたなかなか強い心を持っているわねェ。きっと痛みや快楽には屈しないのでしょうねェ」
「私の心を覗いた……? くっ、そんなこともできるんですか……?」
「ええ、だからねェ、あなたの心を支配するにはこういうのがいいんじゃないかしらァ」
ヤフカが腕をあげ、またパチンと指を鳴らす。
その瞬間あたり全体が眩しい光に包まれ、サクラは顔を手で覆い目を瞑る。
「な、何が…………え……?」
そうしてもう一度目を開けたとき、辺りの光景が一変していた。
そこはあったのは見慣れた景色。
木の机やチョークの香りが鼻をかすめる。
「ここ……私のクラスだ……」
まるで自分がワープしてしまったかのような感覚に、サクラは呆気に取られる。
よく見ると変わってしまったのは景色だけでなく、自分の服装もだった。
いつも通学時に着ている制服姿に変わっている。
「ねぇサクラさん」
「……え、あ、はいっ」
背後から聞きなれた声が聞こえ、サクラは普通に返事をして後ろを振り向いてしまう。
そこには見慣れた面々、サクラのクラスメイトたちが教室の後ろに並ぶように立っていた。
だがどういうわけか皆の視線は鋭く、まるで自分を敵視するかのような視線で見つめている。
「ねぇサクラさん、サクラさんが退魔師だって話、本当?」
「……ッ!?」
クラス委員長のシオリがやや鋭い口調でそう言い放つ。
クラスメイトの口から出るはずのない『退魔師』という言葉に驚き、サクラは一歩後ずさってしまう。
だがサクラは一呼吸置き、冷静さを取り戻す。
「幻影が何を言っても無駄です。あなたたちは本物じゃない」
そう、ここは夢の世界であり、彼女たちは夢の住人。
本物ではない。
「へぇ、そんな事言うんだ。学校の生徒一人守れない、無責任退魔師のくせにさ。ねぇマユさん」
「はい」
「え、ま、マユちゃん……」
並ぶように立っていたクラスメイトの中から、いつも前の席から声をかけてくれる友達のマユが一歩前に出た。
いつもの活気ある様子とは違い、死んだ魚のような目でこちらを見つめている。
「ねぇサクラ、覚えてるよね、体育館で、私が淫魔に襲われた日のことを、さ」
勝手知ったる元気ある彼女の口調とは違い、途切れ途切れの口調でマユは語る。
「あの日からさ、私もうだめになっちゃったんだ。体育館に近づくだけで、あの日のことを思い出しちゃって、足が竦んで…………私、もうバレーボールできないのかな」
「な、何を言ってッ!!」
彼女は偽物。
そう分かっていても、サクラは動揺を隠すことができない。
「サクラがもっと早く淫魔を倒してくれれば、こうはならなかったのにね」
「ち、違うッ!! あなたは偽物! 本当のマユちゃんはそんなこと言わないッ!!」
大声で否定するサクラの声が、室内に反芻する。
そんな焦るサクラの姿を見て、マユは乾いた笑みを浮かべる。
「はは……うん、そうだね。本当の私はそんなこと言わないよ。だって本当の私は、サクラが退魔師だってことすら知らないもん。本当の私はみんなに心配かけないように、元気に振る舞うことしかできないんだよ。心の内に宿る恐怖心を誰にも伝えることができずに、ただただ心を押し殺して、なんともないかのように元気な自分を演じ続ける。あの日以来私が部活に参加できてないの、サクラも知ってるでしょ?」
その言葉は深くサクラの心を抉った。
たとえ目の前のマユが偽物だとしても、その言葉に何一つ偽りがないからだ。
「か、勝手にマユちゃんの振りをするなぁッ!!」
無意識に叫んでいた。
そこでサクラはようやく、自分がまた冷静さを失っていたことに気づく。
「く……ッ!」
(ダメだ、対話すれば対話するほど追い込まれていく)
話の内容が事実だろうが、そうでなかろうが、敵の狙いはサクラの心を見出すこと。
ならばと思い、サクラは床を蹴って教室の出口を目指す。
これはヤフカの精神攻撃。
まともに相手をする必要はない。
対話をするだけ精神をすり減らすのならば、わざわざ相手をする必要もない。
そう思いサクラは教室の扉に手をかける。
だが扉は固く閉ざされ、まるで開きそうにない。
「そ、そんな……」
この世界は完全にヤフカに支配されている。
彼女たちだけでなく、この部屋さえも。
「みんな、捕えて!」
シオリがそう号令をかけると、室内にいたクラスメイトたちが一斉に動き出す。
この空間では退魔師としての力を使うこともできず、サクラの体は数人のクラスメイトにいとも容易く取り押さえられる。
「あっ、やめ、離してくださいっ!」
サクラの体はクラスメイト達のいくつもの手に取り押さえられる。
地面を背に、腕から足まで完全に拘束される。
退魔の力を使えない今、彼女達の拘束から逃れるすべは無い。
「また逃げようとするんだね、サクラさん」
うつ伏せに取り押さえられたサクラを、シオリは高い視線から見下す。
「でも、もう逃げられない。あなたが弱いせいで、私たちはいつも怯えながら毎日を過ごしている。その恐怖、その苦しみ、全部全部叩き込んで上げるから」
そう言い放つシオリの瞳は、強い憎悪の色に染まっていた。
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