退魔の少女達

コロンド

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悪夢の淫魔 1

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息を荒くしながらサクラは地下二階への階段を降りる。
自分の体が正常ではないことは明白だった。
最後に倒した人工淫魔の攻撃を受けてから、まぶたが重く体が熱い。
自分の腕を自分で押さえ、足をふらつかせながらも前を歩く二人についていく。

「どうしました、具合悪いんですか?」
「……いえ、何でもないです」

自分の不調を悟られないように、サクラは平静を装う。
地下二階は地下一階の造りとは大分違う。
いくつもの分かれ道からなる廊下、壁には何も書かれていないドアが一定の間隔で置かれている。
一本道でまるで敵を迎え撃つために作られたような上の階よりも、普通の研究棟らしい造りだった。
どこか行く当てがあるのか、前を歩く双子のレプシィとナルコはいくつかの廊下を曲がりながらどんどん前へ進んで行く。

「ねぇ、どうしよう……?」
「どうしようって言われても……本当は上の階で何とかするつもりだったのに、ここまで来ちゃったらどうしようもないよ……ッ!」
(……聞こえてる)

二人はその声がサクラに届いてないと思っているのか、小声でヒソヒソと相談している。
どうやら二人にとってサクラがこの階まで到達できてしまったことが予想外だったようだ。
サクラはその言葉を耳に入れつつも、今はとりあえず二人について行くことにした。
長い廊下を歩き、何度目かの曲がり角を曲がると、そこには階下に降りる階段があった。
また一階のような罠が待ち受けているのではないかと思ったが、案外簡単に地下二階を抜けることができた。
この先は地下三階、この研究棟の最下層に当たる場所だ。
何か知られたくない情報を隠すとしたら、おそらくそこだろう。
その先にあるものを確かめようと、サクラはそのまま進もうとする。
だが、前を歩く二人の足が止まり、そして二人は同時に振り返る。

「や、やっぱりダメッ! この先は行かせられないッ!」
「わ、私たちだって戦おうと思えば戦えるんだからなーッ! こ、このやろーッ!!」

急に臨戦態勢を取る二人。
だがその構えは腰が引けていて、体も小刻みに震えている。
今までの二人の言動を見ても、彼女たちが爪を隠した鷹のようには見えない。
普通の少女と代わり映えのないその姿を斬るのはやや心が痛むが、致し方ない。
サクラは無言で刀をその手に構えた。

「「ひ……ッ!!」」
(……ごめんね)

目に見えて恐怖の表情に染まる二人を、サクラはその右手に持った刀でなぎ払おうとした。
だが、サクラが刀を振り抜こうとしたその瞬間、右手首を背後から何者かに掴まれた。

「……ッ!? だれ?」
「それはァ、こっちの台詞なのだけれど……」

囁くような冷たい声。
まるでこの世の向こう側から聞こえて来たかのようなその声に肌が粟立つ。
振り返るとそこにいたのは全身を黒衣で纏った女性。
その肌は青白く、まるで死人のよう。
そしてピリピリとした怒りのような苛立ちのような感情が、握られたその手首から伝わってくる。
そのおぞましい気配は間違いなく淫魔だ。

「や、ヤフカ姉……っ!」
「た、たた、助かりました……」

双子の淫魔は背後にいる淫魔の登場により緊張の糸が途切れたのか、地面にへたり込む。
彼女達の反応を見ても、背後にいる淫魔が彼女達の仲間であることは間違いない。
だが背後にいるヤフカと呼ばれた淫魔は、彼女達を心配するというよりかは、見下すような冷たい視線でじっと見つめている。

「ねぇ……レプシィ、この子ダァれ?」
「ひっ、あ、あのっ……ここに侵入して来た退魔師で……」
「へぇ……あなたたち二人はその侵入者さんを、こともあろうにその先に連れ込もうとしてたのねェ……それってどういうことかわかるわよねェ? ねぇッ!! ネェッ!?」
「ひ、ひぃッ!!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃッ!!」

鬼気迫る表情でヤフカは双子を問いただす。
それに畏怖してレプシィとナルコが何度も何度もペコペコと頭を下げる。

「……まァ、いいわ。あんた達に退魔師の相手なんて無理だものね。で、このコ、好きにしてもいいのよねェ?」

その問いに二人はコクコクと素早く頷く。

「好きにされて……たまるかッ!!」

だが、サクラも黙ってはいない。
サクラは掴まれた右腕を振りほどき、刀でヤフカの体を薙ぎ払う。

「……なっ!?」
「ざァんねん」

確かに振り抜いた。
だがその手応えに違和感を覚える。
まるでカーテンを棒で叩いたかのような感覚、しかし攻撃を避けられたわけでもない。
サクラは確かにその黒衣を纏った淫魔を斬りつけたが、まるでその服の中に何も入っていないかのような、そんな手応えだった。
そして捲り上がった布を見て気づく。
その淫魔には足がなく、まるで幽霊のように浮遊しているのだ。

「ふふっ、ワタシの本体はねェ。こっちの世界にはないの」
「こっちの世界……? ん……ッ!? ぐぅッ!?」

ヤフカの右腕が伸び、サクラの首を掴む。
そしてそのまま体を持ち上げられる。
尋常ではない握力に意識が飛んでしまいそうになる。

「あ……っ! が……っ!?」

首を絞めるその手を切断しようとサクラは刀を持つ手を振り上げるが、今度はヤフカの左腕が伸び、サクラの右手首を強く握りしめる。

「どうやら元々睡魔の毒を吸っていたようねェ?」
「どう……いう……ッ?」
「んふッ、私はそういう淫魔なのよォ。眠りと夢を司る淫魔ヤフカ。あなた、今眠くて眠くて仕方ないんでしょ? 上の階で戦った人工淫魔の中にはねェ、ワタシをモチーフにしたものもいたはずだもの。その子の攻撃を受けてしまったのねェ」
「……くっ」

確かにサクラは最後の人工淫魔の攻撃を受けてからというもの、少し瞼を閉じればそれだけで眠りについてしまいそうな程に体が重く、意識が朦朧としていた。
サクラはもっと体に異変を起こすような毒を想定していたが、ただの睡眠薬のようなものだったとは予想外だった。
だが、ここで睡眠しようものならそれこそ敵の思う壺だ。
サクラは必死に意識を保とうとする。

「んふっ、でもねェ、所詮あんなのはワタシのマガイモノ。ワタシの本当のチカラを見せてあげる」
「本当の、ちから……? んむッ!? ンンンンッ!!?」

ヤフカは素早い動きでサクラの唇を奪う。
首を絞められ呼吸を求めるサクラは口を閉じることなどできず、口内にヤフカの冷たい舌が侵入してくる。
抵抗できない舌を絡め取られ、同時に独特の甘い香りが、頭の中を埋め尽くしていく。

(ダメ……意識、が……)

ヤフカとの接吻は、上の階で最後に倒した淫魔から受けた攻撃と同じ効果があるようだ。
それも人工淫魔の攻撃が優しく見えるほどの高濃度の毒に、サクラの体は犯されていく。
瞼が重く、まるで重りをつけられてしまったかのようだ。

「んぁ……んッ……」
「んっ……ふぅ、ほらァ、おねんねなさァい……んっ、むぅっ……」
(ダメだ、瞼を閉じたら、もう……)

もうサクラの体は限界だった、強く握りしめていた刀がするりと手から落ち、抵抗する力など残っていない。

(いやだ……負けたく…………な……い…………)

そう思う心は虚しく、サクラの世界は色を失っていく。
強く保とうとしていた意識も薄れ、何も考えられなくなり、瞼がゆっくりと閉じていく。
全身から力が抜け、両手両足がぷらんと垂れる。

「んっ……ぷはぁ…………あァ、いい寝顔ねェ、気持ち良さそう」

ヤフカは眠りについてしまったサクラの体を地面にゆっくりと下ろす。
サクラは小さな寝息を立てながら、先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない穏やかな表情で眠りについている。

「また会いましょ……今度は夢の……悪夢の世界でねェ……」

夢と現実の狭間。
サクラの意識が完全に落ちきる寸前、そんな声が聞こえた気がした。
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