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信頼と不穏
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悠香がやってきてから数日。
授業の合間の休み時間になると、今もまだ悠香の席には人だかりができる。
私はその集団の中に入るつもりはないので、図書館から借りてきた適当な本に目を通す。
そんないつもの時間を過ごしていたのだが……
「じー」
「ん……んん……?」
本の向こう側から妙な視線を感じ、顔を上げると前の席に座っている彼女がずっとこちらを見ていた。
彼女の名前は蒼井さん。
このクラスで一番背が低くて、ちょっとだけ何考えているか分からないタイプの女の子。
その蒼井さんが特に何かを言うでもなく、ただただ私のことを覗き込むような視線でずっと見つめている。
「あ、あの……蒼井さん?」
耐えきれなくなって私の方から声をかけることにした。
「ん?」
「私に何か用……かな?」
「んー」
蒼井さんは頬杖をついて、何か考えるような仕草を見せる。
私と蒼井さんは特に深い関わりがあるわけじゃない。
本当に蒼井さんが何を思ってこちらに視線を送っているのか全然分からなくて、私は恐怖に近いものを感じていた。
「今日の黒瀬ちゃん、いつもより可愛い?」
「え……」
私がビクビクと構えていると、返ってきたのは意外な言葉。
「ククク、はーはははっ!」
私がなんと言い返したらいいか分からなくて固まっていると、すぐ真横から悪役のような笑い声が聞こえてくる。
その声の主はもちろん悠香だ。
悠香を囲んでいるクラスメイトたちが悠香を見てやや顔を引きつらせている中、悠香は立ち上がり蒼井さんの方に近づいていく。
「流石は蒼井さん。その通り、今日の志乃はいつもより可愛いんだよっ!」
悠香が何を言っているのか分からず周囲が困惑している中、私は今日の朝のことを思い出す。
「ええっ、志乃ハンドクリーム塗らないの?」
それは私がチャチャっと化粧を済ませて外に出ようとしたときのこと。
部屋を出ようとする私に悠香がそう問いかける。
「え……塗らないけど……」
「……ッ!? レッドカード! はい座った座った!」
「え……あ、えぇ……?」
私の受け答えが彼女の逆鱗に触れたのか、肩を掴まれ無理やり椅子に座らされる。
悠香の机の上は半分くらい化粧品で占領されていて、私にはそのほとんどが何に使うものなのかもよく分からない。
悠香はその数ある化粧品の中から白いチューブを手に取る。
「ほら、塗ってあげるから手を出して」
「でも、別に私乾燥しやすい方じゃ……」
「今はそうでも10年後、20年後はどうなっているか分からないよ? 顔はツヤツヤなのに手元はシワシワ、なんてなりたくないでしょう? 若い時からのケアが重要なんだよ」
「う、うん……」
悠香の勢いに気圧され、特に断る理由もないので私は右手を差し出す。
白いハンドクリームを手に塗られ、悠香は慣れた手つきでそれを引き伸ばしていく。
「んっ……んん……っ」
何だかマッサージをされているようでくすぐったい。
そのまま左手もハンドクリームを塗られ、私は今日ハンドクリームデビューを果たした。
すごく薄い手袋をしているような感覚で何だか慣れないけど、きっとそのうち慣れるだろう。
「はい、これでオッケー! 毎日のケアを大事に、ここに置いてあるのは志乃も好きに使っていいからね」
「あ、ありがと……じゃあ……」
「待った!」
「ぐえっ」
立ち上がろうとした私の肩がまた掴まれる。
「こ、今度はなに……?」
「お化粧してあげる」
「へ? いや私さっき済ませた……」
「化粧水とかちょちょっとつけただけでしょ? そんなの化粧のうちに入らないよ! このメイクアップアーティスト悠香ちゃんが志乃をもっと可愛くしてあげる!」
「いや、ちょ……っ!?」
「いいからいいからっ!」
なんてことがありまして。
メイクされている最中はどんな姿にされるのかとビクビクしていたが、いざメイクが終わると鏡の向こうにいたのはいつもより目元がキリッとしてまつ毛が長く見えるなー程度の自分だった。
悠香曰く、元の素材がいいからこれくらいがベスト、らしい。
まぁこの程度なら誰も気づかないだろう…………そう思い、そのまま登校することにした。
「ってことで今日の志乃は私がメイクしたんだー!」
悠香がそう口にするなり、いつも悠香の席に集まっている生徒たちが私の元に集まり始める。
「え、ちょ……」
私の顔にみんなの視線が集中する。
「確かに今日の黒瀬さんいつもと雰囲気違いますね」
「美人に見えるー」
「ほんとだ、いつもより顔がほんのり赤くて可愛いかも」
それはメイクじゃなくて、急にみんなの視線が自分に集まって顔が熱くなっているからかと……
私自身がこんなに注目されるのは初めてで、どうしたらいいかわからずオロオロする。
助けを求めて悠香の方に視線を向けると、彼女はさぞ楽しそうな表情で笑っていた。
「ね、ちょっとほっぺた触っていい?」
「う、うん……」
「すっごいもちもち!」
「私も触っていい?」
「私も私も!」
「う、うぅ……」
何だかみんなのおもちゃになっているような気もしたが、とにかく耐え忍ぶことにした。
正直に言えば、みんなから容姿を褒められるのは悪い気はしない。
実際、蒼井さんにメイクの違いを気づかれた時はちょっと嬉しかった。
全寮制の女子校だからか、この学校の生徒の化粧意識はかなり低い。
事実私もそうだった。
化粧をしたところで見せる男がいるわけでもない。
最初のうちは気を使っていても、浴場で一緒にお風呂に入ればすっぴんを晒してしまうわけで、だんだんと自分を取り繕う理由がなくなり、購買部で買える品も多くはないのでどんどん意識が低くなっていく。
そんな自分を美しく見せることを忘れかけていた私たちの前に悠香という黒船が現れた。
閉鎖的な空間に退屈していた私たちは、それに興味を示さないはずがなく。
この日を境にクラス内でお化粧ブームが始まるわけだけど、それはまた別のお話。
***
「あー疲れたー」
日は傾き、入浴を済ませた私はベッドにダイブする。
化粧の話は一日中続き、浴室で私は悠香の正しい化粧の落とし方講座に付き合わされることになる。
バイタリティの高い悠香はきっとまだ更衣室でクラスメイトと化粧の話で盛り上がていることだろう。
私はかつて感じたことのない疲労感を覚え、颯爽と逃げ帰ってきた。
「寝よ」
今なら心地よく眠れそうだ。
だけど目をつむろうとしたその瞬間、悠香の言葉を思い出す。
――毎日のケアを大事に、ここに置いてあるのは志乃も好きに使っていいからね
「寝る前にケア、しておいた方がいいのかな……」
悠香が私の肌を気遣ってくれたのは間違いなく善意だし、彼女の思いを蔑ろにするつもりはない。
私は重い体を持ち上げ、悠香の机の前まで行く。
「確か……これ、だったよね」
今朝塗ってもらった白いチューブのハンドクリームを手に取り、手に馴染ませていく。
ガチャガチャと音を立て、部屋のドアが開いたのはそんなときだった。
「ただいまー。お、ちゃんとハンドクリーム塗ってるね。えらい!」
「おかえり、勝手に使わせてもらってるけどいい?」
「いいよー。美人の肌は宝だからねー。志乃は10年先も美人であり続けてほしいなぁ」
不意にべた褒めされ、私は何も言い返せず口をつぐむ。
私は本当にそういう誉め言葉に慣れてなくて、未だになんと言い返せばいいのかわからない。
「あの……悠香」
「なに?」
「その……今度ちゃんとお化粧のこととか、教えてくれる?」
サラッと、かつそれとないタイミングで、ずっと思っていたことを口にする。
「え……ぁ……うん、いいよいいよ! そっかー志乃も興味持ってくれたんだ! 嬉しいなっ!」
私だったら絶対にできないほどの純粋なリアクションで悠香は大はしゃぎする。
「なんか……最初のうちは敬遠するような態度取っちゃってごめんね」
多分、悠香に会ったばかりの私は彼女に対して嫉妬に近い感情を持っていたのだと思う。
でもここ数日悠香と同じ時間を過ごして、彼女には私だったら絶対手にすることができない数多くの魅力を持っているということに気づいた。
――彼女には敵わない
そう思うと、強がる自分が馬鹿みたいに見えてきて、取り繕うのをやめた。
「ど、どうしたのっ!? いつものツンツンしてる志乃はどこー!? あっ、でも自分で言って顔赤くしてる…………やっぱりいつもの志乃だねっ」
「こ、これは……っ! お風呂上がりだからっ! もういい、おやすみっ!」
私は自分のベッドに寝そべり、布団を頭からかぶる。
「うん、おやすみ」
後ろから優しい口調の声が聞こえた。
悔しいけど、最近は毎日が楽しい。
理由は言わずもがな。
このやかましい転校生が次は何をしてくれるのだろうと、私は期待でうずうずしていた。
***
その日、私は夜中に目を覚ました。
「はぁ……はぁ……ぁ……」
目が覚めた瞬間、まず最初に感じたのは全身から感じる熱さ。
風邪でも引いたのだろうか。
そう思いもしたが、なんだか風邪をひいたときの熱さとは違う。
お腹の奥が、ヒクヒクと震えるように熱くて……
下半身の方に手を伸ばしてみる。
「ひぃ……ッ!?」
少し太ももに手が触れただけで体が痙攣してビクンと跳ねる。
自分の体に起きた異変が理解できなくて、ただただ困惑する。
「はぁ……あっ……あぁ……っ…………なに、これっ……?」
いつもとは明らかに違う自分の体に恐怖さえ覚える。
「……んぁ? しのぉ……?」
向かいのベッドから聞こえる悠香の声に心臓が跳ね上がる。
布がこすれる音が聞こえ、続いて足音がこちらに近づいてくる。
「だ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ!」
私は姿を隠すように、布団を深く被る。
何を焦っているんだろう。
ただ体調が悪いだけなら、焦る必要なんてないはずなのに。
でもどうしてか……私は今、自分の姿を悠香に見られることをすごく恐れている。
起きたばかりの私は意識がぼんやりとしているのに、言葉にできない本能が今の姿を見られることを嫌がっている。
「志乃?」
「ひぁああっ!?」
布団越しに悠香の手が触れる。
ただそれだけのことに背筋がぞくりとして、声が勝手に漏れる。
「だ、大丈夫?」
「だいじょうぶ……だからっ………んぃッ!? さわら、ないでぇッ!!」
自分でもびっくりするくらいに体が敏感になっている。
漏れる声を聞かれるのが恥ずかしくて、私は必死に自分の口元に手を添える。
「志乃……もしかして……あの、ハンドクリーム使った……?」
「え……?」
そう言われて思い当たるのは、寝る前につけたあのハンドクリーム。
朝につけたものと同じ、真っ白いパッケージのものを使ったつもりだったのだけれど、何かまずかったのだろうか。
「あぁ~ごめん、私のせいだ。媚薬入りのハンドクリーム、一緒の場所に置いてあったから……」
「び……やく……?」
言葉の意味が分からなかったわけじゃない。
だけど、なんでそんなものが…………そんな思いで一杯になる。
分からない。
なんで今、自分はこんなことになっているんだろう。
「志乃」
悠香が呟く。
明かりのついていない夜の部屋。
「今、楽にしてあげるね」
どんな表情でそんな言葉を私に投げかけたのだろう。
私には何も分からなかった。
授業の合間の休み時間になると、今もまだ悠香の席には人だかりができる。
私はその集団の中に入るつもりはないので、図書館から借りてきた適当な本に目を通す。
そんないつもの時間を過ごしていたのだが……
「じー」
「ん……んん……?」
本の向こう側から妙な視線を感じ、顔を上げると前の席に座っている彼女がずっとこちらを見ていた。
彼女の名前は蒼井さん。
このクラスで一番背が低くて、ちょっとだけ何考えているか分からないタイプの女の子。
その蒼井さんが特に何かを言うでもなく、ただただ私のことを覗き込むような視線でずっと見つめている。
「あ、あの……蒼井さん?」
耐えきれなくなって私の方から声をかけることにした。
「ん?」
「私に何か用……かな?」
「んー」
蒼井さんは頬杖をついて、何か考えるような仕草を見せる。
私と蒼井さんは特に深い関わりがあるわけじゃない。
本当に蒼井さんが何を思ってこちらに視線を送っているのか全然分からなくて、私は恐怖に近いものを感じていた。
「今日の黒瀬ちゃん、いつもより可愛い?」
「え……」
私がビクビクと構えていると、返ってきたのは意外な言葉。
「ククク、はーはははっ!」
私がなんと言い返したらいいか分からなくて固まっていると、すぐ真横から悪役のような笑い声が聞こえてくる。
その声の主はもちろん悠香だ。
悠香を囲んでいるクラスメイトたちが悠香を見てやや顔を引きつらせている中、悠香は立ち上がり蒼井さんの方に近づいていく。
「流石は蒼井さん。その通り、今日の志乃はいつもより可愛いんだよっ!」
悠香が何を言っているのか分からず周囲が困惑している中、私は今日の朝のことを思い出す。
「ええっ、志乃ハンドクリーム塗らないの?」
それは私がチャチャっと化粧を済ませて外に出ようとしたときのこと。
部屋を出ようとする私に悠香がそう問いかける。
「え……塗らないけど……」
「……ッ!? レッドカード! はい座った座った!」
「え……あ、えぇ……?」
私の受け答えが彼女の逆鱗に触れたのか、肩を掴まれ無理やり椅子に座らされる。
悠香の机の上は半分くらい化粧品で占領されていて、私にはそのほとんどが何に使うものなのかもよく分からない。
悠香はその数ある化粧品の中から白いチューブを手に取る。
「ほら、塗ってあげるから手を出して」
「でも、別に私乾燥しやすい方じゃ……」
「今はそうでも10年後、20年後はどうなっているか分からないよ? 顔はツヤツヤなのに手元はシワシワ、なんてなりたくないでしょう? 若い時からのケアが重要なんだよ」
「う、うん……」
悠香の勢いに気圧され、特に断る理由もないので私は右手を差し出す。
白いハンドクリームを手に塗られ、悠香は慣れた手つきでそれを引き伸ばしていく。
「んっ……んん……っ」
何だかマッサージをされているようでくすぐったい。
そのまま左手もハンドクリームを塗られ、私は今日ハンドクリームデビューを果たした。
すごく薄い手袋をしているような感覚で何だか慣れないけど、きっとそのうち慣れるだろう。
「はい、これでオッケー! 毎日のケアを大事に、ここに置いてあるのは志乃も好きに使っていいからね」
「あ、ありがと……じゃあ……」
「待った!」
「ぐえっ」
立ち上がろうとした私の肩がまた掴まれる。
「こ、今度はなに……?」
「お化粧してあげる」
「へ? いや私さっき済ませた……」
「化粧水とかちょちょっとつけただけでしょ? そんなの化粧のうちに入らないよ! このメイクアップアーティスト悠香ちゃんが志乃をもっと可愛くしてあげる!」
「いや、ちょ……っ!?」
「いいからいいからっ!」
なんてことがありまして。
メイクされている最中はどんな姿にされるのかとビクビクしていたが、いざメイクが終わると鏡の向こうにいたのはいつもより目元がキリッとしてまつ毛が長く見えるなー程度の自分だった。
悠香曰く、元の素材がいいからこれくらいがベスト、らしい。
まぁこの程度なら誰も気づかないだろう…………そう思い、そのまま登校することにした。
「ってことで今日の志乃は私がメイクしたんだー!」
悠香がそう口にするなり、いつも悠香の席に集まっている生徒たちが私の元に集まり始める。
「え、ちょ……」
私の顔にみんなの視線が集中する。
「確かに今日の黒瀬さんいつもと雰囲気違いますね」
「美人に見えるー」
「ほんとだ、いつもより顔がほんのり赤くて可愛いかも」
それはメイクじゃなくて、急にみんなの視線が自分に集まって顔が熱くなっているからかと……
私自身がこんなに注目されるのは初めてで、どうしたらいいかわからずオロオロする。
助けを求めて悠香の方に視線を向けると、彼女はさぞ楽しそうな表情で笑っていた。
「ね、ちょっとほっぺた触っていい?」
「う、うん……」
「すっごいもちもち!」
「私も触っていい?」
「私も私も!」
「う、うぅ……」
何だかみんなのおもちゃになっているような気もしたが、とにかく耐え忍ぶことにした。
正直に言えば、みんなから容姿を褒められるのは悪い気はしない。
実際、蒼井さんにメイクの違いを気づかれた時はちょっと嬉しかった。
全寮制の女子校だからか、この学校の生徒の化粧意識はかなり低い。
事実私もそうだった。
化粧をしたところで見せる男がいるわけでもない。
最初のうちは気を使っていても、浴場で一緒にお風呂に入ればすっぴんを晒してしまうわけで、だんだんと自分を取り繕う理由がなくなり、購買部で買える品も多くはないのでどんどん意識が低くなっていく。
そんな自分を美しく見せることを忘れかけていた私たちの前に悠香という黒船が現れた。
閉鎖的な空間に退屈していた私たちは、それに興味を示さないはずがなく。
この日を境にクラス内でお化粧ブームが始まるわけだけど、それはまた別のお話。
***
「あー疲れたー」
日は傾き、入浴を済ませた私はベッドにダイブする。
化粧の話は一日中続き、浴室で私は悠香の正しい化粧の落とし方講座に付き合わされることになる。
バイタリティの高い悠香はきっとまだ更衣室でクラスメイトと化粧の話で盛り上がていることだろう。
私はかつて感じたことのない疲労感を覚え、颯爽と逃げ帰ってきた。
「寝よ」
今なら心地よく眠れそうだ。
だけど目をつむろうとしたその瞬間、悠香の言葉を思い出す。
――毎日のケアを大事に、ここに置いてあるのは志乃も好きに使っていいからね
「寝る前にケア、しておいた方がいいのかな……」
悠香が私の肌を気遣ってくれたのは間違いなく善意だし、彼女の思いを蔑ろにするつもりはない。
私は重い体を持ち上げ、悠香の机の前まで行く。
「確か……これ、だったよね」
今朝塗ってもらった白いチューブのハンドクリームを手に取り、手に馴染ませていく。
ガチャガチャと音を立て、部屋のドアが開いたのはそんなときだった。
「ただいまー。お、ちゃんとハンドクリーム塗ってるね。えらい!」
「おかえり、勝手に使わせてもらってるけどいい?」
「いいよー。美人の肌は宝だからねー。志乃は10年先も美人であり続けてほしいなぁ」
不意にべた褒めされ、私は何も言い返せず口をつぐむ。
私は本当にそういう誉め言葉に慣れてなくて、未だになんと言い返せばいいのかわからない。
「あの……悠香」
「なに?」
「その……今度ちゃんとお化粧のこととか、教えてくれる?」
サラッと、かつそれとないタイミングで、ずっと思っていたことを口にする。
「え……ぁ……うん、いいよいいよ! そっかー志乃も興味持ってくれたんだ! 嬉しいなっ!」
私だったら絶対にできないほどの純粋なリアクションで悠香は大はしゃぎする。
「なんか……最初のうちは敬遠するような態度取っちゃってごめんね」
多分、悠香に会ったばかりの私は彼女に対して嫉妬に近い感情を持っていたのだと思う。
でもここ数日悠香と同じ時間を過ごして、彼女には私だったら絶対手にすることができない数多くの魅力を持っているということに気づいた。
――彼女には敵わない
そう思うと、強がる自分が馬鹿みたいに見えてきて、取り繕うのをやめた。
「ど、どうしたのっ!? いつものツンツンしてる志乃はどこー!? あっ、でも自分で言って顔赤くしてる…………やっぱりいつもの志乃だねっ」
「こ、これは……っ! お風呂上がりだからっ! もういい、おやすみっ!」
私は自分のベッドに寝そべり、布団を頭からかぶる。
「うん、おやすみ」
後ろから優しい口調の声が聞こえた。
悔しいけど、最近は毎日が楽しい。
理由は言わずもがな。
このやかましい転校生が次は何をしてくれるのだろうと、私は期待でうずうずしていた。
***
その日、私は夜中に目を覚ました。
「はぁ……はぁ……ぁ……」
目が覚めた瞬間、まず最初に感じたのは全身から感じる熱さ。
風邪でも引いたのだろうか。
そう思いもしたが、なんだか風邪をひいたときの熱さとは違う。
お腹の奥が、ヒクヒクと震えるように熱くて……
下半身の方に手を伸ばしてみる。
「ひぃ……ッ!?」
少し太ももに手が触れただけで体が痙攣してビクンと跳ねる。
自分の体に起きた異変が理解できなくて、ただただ困惑する。
「はぁ……あっ……あぁ……っ…………なに、これっ……?」
いつもとは明らかに違う自分の体に恐怖さえ覚える。
「……んぁ? しのぉ……?」
向かいのベッドから聞こえる悠香の声に心臓が跳ね上がる。
布がこすれる音が聞こえ、続いて足音がこちらに近づいてくる。
「だ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ!」
私は姿を隠すように、布団を深く被る。
何を焦っているんだろう。
ただ体調が悪いだけなら、焦る必要なんてないはずなのに。
でもどうしてか……私は今、自分の姿を悠香に見られることをすごく恐れている。
起きたばかりの私は意識がぼんやりとしているのに、言葉にできない本能が今の姿を見られることを嫌がっている。
「志乃?」
「ひぁああっ!?」
布団越しに悠香の手が触れる。
ただそれだけのことに背筋がぞくりとして、声が勝手に漏れる。
「だ、大丈夫?」
「だいじょうぶ……だからっ………んぃッ!? さわら、ないでぇッ!!」
自分でもびっくりするくらいに体が敏感になっている。
漏れる声を聞かれるのが恥ずかしくて、私は必死に自分の口元に手を添える。
「志乃……もしかして……あの、ハンドクリーム使った……?」
「え……?」
そう言われて思い当たるのは、寝る前につけたあのハンドクリーム。
朝につけたものと同じ、真っ白いパッケージのものを使ったつもりだったのだけれど、何かまずかったのだろうか。
「あぁ~ごめん、私のせいだ。媚薬入りのハンドクリーム、一緒の場所に置いてあったから……」
「び……やく……?」
言葉の意味が分からなかったわけじゃない。
だけど、なんでそんなものが…………そんな思いで一杯になる。
分からない。
なんで今、自分はこんなことになっているんだろう。
「志乃」
悠香が呟く。
明かりのついていない夜の部屋。
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どんな表情でそんな言葉を私に投げかけたのだろう。
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