【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

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エピローグ/後日談

40:つなぐ未来に⑭(終)

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 夜が深まり、屋敷のすべてが静寂に包まれていた。

 ふと、シアは目を覚ました。
 夫婦の寝室のカーテン越しに差し込む月明かりは、まるで薄絹のように部屋を覆っている。そして隣で眠っていたはずの夫が、寝台で半身を起こし、自分をじっと見下ろしていた。
 銀の光はエルナドの頬をやわらかく照らし、その漆黒の髪に淡く光を宿している。その姿はどこか現実離れして見えるほど美しい。自分を見つめるその視線の優しさにうっとりとしながら、シアは目を瞬いた。

「エル……? どう、したの?」
「起こしてしまったか」
「ううん、この子がお腹に来てくれてから、夜はたまに起きてしまうの……。エルこそどうしたの? 眠れない?」

 シアの言葉に、エルナドは静かに首を横に振った。

「月を、見ていただけだ」

 低くおだやかな声。けれど、そこにはどこか少しだけこわばった響きが混じっている。
 わかっていた。月なんて見ていないこと。彼はずっと、自分と子を見てくれていた。優しさを湛えたその瞳の奥に、不安の火が揺らめいているのをシアは悟る。
 きっと――出産について、この先について。きっとわたしには思いもよらないことを、彼は考えてくれているのだ。エルは出会った時からこうだもの、とシアは思って微笑む。言葉には滅多にしないけれど、心の奥からわたしを、そして今では”わたしたち”を慈しんでくれる、誰よりも優しい人。

「エル」
「どうした」
「……抱きしめてくれる?」

 言葉にした気持ちは本当だ。けれど、それよりもシアは、こんな夜更けにひとりで考えて悩む優しい夫を抱き締めたかった。
 エルナドはかすかに頷くと、シアの隣に横になり、やさしく強く、抱きしめてくれる。
 彼のぬくもりに、自然と心がほどけていった。そしてその背に自分も腕を回してそっと抱きしめた――その瞬間。
 シアの腹が、ぽこり、と小さく動いた。

「……蹴った、のか? 今」

 戸惑う声。そして、その声ににじむ喜び。

「エルにもわかったのね」
「ああ、……こう、ぽこ、と」
「そう。この子も起きちゃったのかしら、ふふ、やんちゃね」

 顔を見合わせて微笑む。エルナドの視線が静かにシアの腹に向けられ、わずかに目元が綻んだ。
 膨らんだ腹の上からそっとシアが手を添えれば、すぐに夫の手も重ねられる。長くしなやかな指が、優しくシアの手と腹を撫でた。そこに宿る命を確かめるように。守ると誓うように。
 優しいしぐさ、あたたかい体温が心地よくて、シアは瞳を閉じた。本当に、彼のしぐさと眼差しは雄弁だった。ただそのぬくもりを感じようと、その胸に寄り添う。
 夜の闇に沈む寝室は、ただ優しく愛に満ちていた。

「シア、こわいか?」
「……どうして?」
「少しだけ、うなされていた」

 彼の声はひたすらに優しかった。問いかけというより、自分の不安をそっとすくいあげるような声音だ。
 シアは少しの間、何も言えずにいた。不安を口にすることで、夫に心配をかけたくない。けれど、迷いながらも小さくうなずいた。

「ええ、少しだけね。この子に会えるのはとても楽しみよ。でも、白と黒の狭間で生まれてくるわたし達の子のこと……。考え始めると、止まらなくなってしまうの」

 自分の心の奥からすべり出た素直な言葉は、ほんの少しだけ震えていた。
 笑っていた日々の影で、ずっと胸にためていたもの。エルナドには見せたくないと隠していた小さな弱音をわずかにこぼす。

「大丈夫だ。私とシアの子だろう?」

 静かに、しかし確かにそう言った夫の声は、夜の沈黙に溶け込んで優しく響いた。
 そして彼の手がシアの髪を優しく撫でる。
 額に、唇が触れた。次に、眉間。頬。そして耳の横。そのひとつひとつが愛おしさに満ちていて、シアの胸はじんわりと満たされていく。首にそっと触れられて、欲ではないあたたかな感情が身体全体を包んでいく。
 優しい触れ合いだった。腹に子を宿してからぴたりと営みは止まったけれど、その分こうしてただ触れあうことが増えた。胎内に宿る新しい命ごと慈しむようなその優しい触れあいは、シアの心と体の両方を包んで愛してくれる。

「エル……っ、ん」
「シア」

 そっと彼の頬に唇を寄せる。自分も、愛したい。いつも皴をよせがちな眉間に、瞼に、通った鼻梁に。愛している。耳にそっと口づけながら唇で食むと、「こら」と少したしなめられてそれも嬉しい。お返しだと言わんばかりに頬を撫でていたその手がするりと耳を摘まみ、ひゃ、と軽く声がでてしまった。
 顔を見合わせ、笑いあう。彼の笑顔も随分と見慣れた。目元がゆるくなり、口角がわずかに上がる。その顔をみるたびに、ああ愛しいと心から思う。
 唇が、どちらからともなくそっと重なった。ひたすらにやさしい、静かな口づけ。深くも、激しくもなく、ただ互いの愛情を確認するための、穏やかな触れ合い。
 何も言葉はいらなかった。彼の指が、彼の体温が、すべてを伝えてくれていた。

 この人が、こうしてここにいる。それだけで、わたしは強くなれる。
 そしてわたしがいることで、彼も強くなれたらいい。
 一度離した唇と、再びそっと唇を重ねた。
 さっきよりも、少しだけ深く。
 
 愛していると、ありがとうと、生まれてくる命と、これまでのふたりのすべてに――祝福のような想いを込めて。



【完】


*************************


エピローグ④、完です。
お付き合いくださりありがとうございました。
エピローグ四つ目となった今回も、読んでいただけて本当に嬉しいです。

メインの時間軸としてはここから「魔力なしの~」の方につながっていく感じですが、小噺的なものをいくつかまだ書いている途中のものもあるので、またお付き合いいただけたら嬉しいです。

あらためてありがとうございました。
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