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(……いよいよ、明日なのね。でも……)
薄暗い自室。薄手の白いワンピース型の寝間着で寝台に腰掛けたイヴリアは、その花びらのような美しい唇から深い吐息を漏らした。窓に下ろされた薄いレースのカーテン越しに差し込む月光。頬に影を落とす長いまつ毛は伏せられ、藍色の瞳は少し陰っていた。
イヴリアとカーライル。ふたりは、幼馴染だ。
薄水色の肩まですとんと落ちる癖のない柔らかな髪、少し伏し目がちな藍色の瞳に知性を宿す、麗しく理知的な医術士のイヴリア。
少し跳ねた癖のある鳶色の髪、太陽のような橙の凛々しい瞳を持つ、整った顔立ちの考古学者のカーライル。
中央森都と呼ばれる、ひときわ大きな森の中にある街で育ったふたりは、互いの夢を語り合い、寄り添って生きてきた。
家族や共通の友人たちからの「は? まだ付き合ってねぇの?」「冗談でしょ?」「早く付き合えよ」「いや、もうさっさと結婚しろ」という、非常に優しく生温かさのこもった視線を浴びながら、ふたりの愛は周囲がじれるほどの速度でゆっくりと、それでもしっかりと育まれていったのだ。
すでに湯浴みも終えて、明日の用意も終えた。部屋にあるトルソーに掛かっているのは、イヴリアの母も着たという純白のウェディングドレスだ。もう休んだほうがいいのはわかっていたけれど、気がかりなのは――相棒妖精のこと。
明日はイヴリアとカーライルの結婚式。だというのに、ここ数日、イヴリアの相棒妖精・アンディが姿を見せないのだった。
噂で聞いたことはあった。異性の妖精を相棒にしている場合、結婚が近づくと拗ねて姿を隠してしまう、と。
妖精は非常に嫉妬深い。これは子どもでも知っているヴァルヴァレリアの常識だ。特に自身の相棒である人間への嫉妬は顕著で、相棒の愛情が自分以外に向けられるのを嫌い、時に駄々をこねたり、拗ねて姿を隠したり、ひどいときには”イタズラ”をすることがある、と。
(アンディが嫉妬……? まさか。最近なんて、わたしよりもライルとの方が仲がいいくらいなのに)
イヴリアの相棒妖精であるアンディは、切れ長な瞳に端正な顔立ち、長い黒髪を首の後ろで一つに結わえている、美しい青色の羽をもつ男妖精だ。おおよそ一般的な妖精らしくない、とても面倒見のいい落ち着いた性格で、イヴリアにとっては姿は小さくとも、頼れる兄のような存在だった。
イヴリアとカーライルが生まれながらの幼馴染ということもあって、ふたりは互いの相棒妖精とも親交が深かった。大人になった今でも、アンディは考古学者であるカーライルの調べ物に付き合ったり、古語の解読を手伝ったりと、彼のことを弟のように可愛がっている。嫉妬とは無縁にみえたけれど……と思いながら、イヴリアは、はぁ、とため息をついた。
「……アンディ。アンディ、来てくれない?」
呼びかけても、アンディは相変わらず姿を現さない。確かに妖精は気まぐれ。こうして応えないことは、今までにもあったけれど。
(仲良くしていても、やっぱり結婚は別なのかしら。……アンディにも、祝って欲しかったのに)
そう思うと、イヴリアの胸はちくりと痛んだ。
その時、不意に窓が揺れた。コンコン、と何かがぶつかる音。
風が強いのかしら、と思ったその時、今度はもう一度少し強く、コンコンと音がする。
「……イヴ、起きてるか?」
「っ!」
窓の外からの小さな声の主を、イヴリアが間違えるはずもない。
明日の主役のもうひとり。イヴリアの幼馴染であり、恋人であり、そして花婿であるカーライルだ。
「ライル!?」
急いで窓を覆っていた薄いレースのカーテンを開ける。
果たして彼は、そこにいた。
「イヴ、こんな時間に本当にごめん。寝てたよね?」
「ううん、大丈夫。ふふ、明日のことを考えるとなかなか寝付けなくて……」
明日からは”夫婦”だ。”恋人”である最後の夜に会いに来てくれたのかしら――そんなロマンチックなことを考えていたイヴリアは、その姿を見て唖然とした。
カーライルの魅力のひとつである鳶色の癖毛がいつにもましてひどく乱れている。自信に満ち溢れて明るく光る陽色の瞳が、今日はどこかそわそわと不安げに揺れていた。
その上、服装も紺のガウンの上に、いつもの外出着である学者然とした深緑のローブを羽織っているというチグハグさ。いかにも「慌てて家を飛び出してきました」と言わんばかりの格好だ。
そして――彼の身体の”とある一点”を見て、思わず眉をひそめる。
「ライル……その……どうしてあなたの股間、そんなに腫れてるの?」
カーライルの股間。
ソコは服の上からもわかるほどに、隆々と力強く突き立ち、しっかりと勃ち上がっていた。
薄暗い自室。薄手の白いワンピース型の寝間着で寝台に腰掛けたイヴリアは、その花びらのような美しい唇から深い吐息を漏らした。窓に下ろされた薄いレースのカーテン越しに差し込む月光。頬に影を落とす長いまつ毛は伏せられ、藍色の瞳は少し陰っていた。
イヴリアとカーライル。ふたりは、幼馴染だ。
薄水色の肩まですとんと落ちる癖のない柔らかな髪、少し伏し目がちな藍色の瞳に知性を宿す、麗しく理知的な医術士のイヴリア。
少し跳ねた癖のある鳶色の髪、太陽のような橙の凛々しい瞳を持つ、整った顔立ちの考古学者のカーライル。
中央森都と呼ばれる、ひときわ大きな森の中にある街で育ったふたりは、互いの夢を語り合い、寄り添って生きてきた。
家族や共通の友人たちからの「は? まだ付き合ってねぇの?」「冗談でしょ?」「早く付き合えよ」「いや、もうさっさと結婚しろ」という、非常に優しく生温かさのこもった視線を浴びながら、ふたりの愛は周囲がじれるほどの速度でゆっくりと、それでもしっかりと育まれていったのだ。
すでに湯浴みも終えて、明日の用意も終えた。部屋にあるトルソーに掛かっているのは、イヴリアの母も着たという純白のウェディングドレスだ。もう休んだほうがいいのはわかっていたけれど、気がかりなのは――相棒妖精のこと。
明日はイヴリアとカーライルの結婚式。だというのに、ここ数日、イヴリアの相棒妖精・アンディが姿を見せないのだった。
噂で聞いたことはあった。異性の妖精を相棒にしている場合、結婚が近づくと拗ねて姿を隠してしまう、と。
妖精は非常に嫉妬深い。これは子どもでも知っているヴァルヴァレリアの常識だ。特に自身の相棒である人間への嫉妬は顕著で、相棒の愛情が自分以外に向けられるのを嫌い、時に駄々をこねたり、拗ねて姿を隠したり、ひどいときには”イタズラ”をすることがある、と。
(アンディが嫉妬……? まさか。最近なんて、わたしよりもライルとの方が仲がいいくらいなのに)
イヴリアの相棒妖精であるアンディは、切れ長な瞳に端正な顔立ち、長い黒髪を首の後ろで一つに結わえている、美しい青色の羽をもつ男妖精だ。おおよそ一般的な妖精らしくない、とても面倒見のいい落ち着いた性格で、イヴリアにとっては姿は小さくとも、頼れる兄のような存在だった。
イヴリアとカーライルが生まれながらの幼馴染ということもあって、ふたりは互いの相棒妖精とも親交が深かった。大人になった今でも、アンディは考古学者であるカーライルの調べ物に付き合ったり、古語の解読を手伝ったりと、彼のことを弟のように可愛がっている。嫉妬とは無縁にみえたけれど……と思いながら、イヴリアは、はぁ、とため息をついた。
「……アンディ。アンディ、来てくれない?」
呼びかけても、アンディは相変わらず姿を現さない。確かに妖精は気まぐれ。こうして応えないことは、今までにもあったけれど。
(仲良くしていても、やっぱり結婚は別なのかしら。……アンディにも、祝って欲しかったのに)
そう思うと、イヴリアの胸はちくりと痛んだ。
その時、不意に窓が揺れた。コンコン、と何かがぶつかる音。
風が強いのかしら、と思ったその時、今度はもう一度少し強く、コンコンと音がする。
「……イヴ、起きてるか?」
「っ!」
窓の外からの小さな声の主を、イヴリアが間違えるはずもない。
明日の主役のもうひとり。イヴリアの幼馴染であり、恋人であり、そして花婿であるカーライルだ。
「ライル!?」
急いで窓を覆っていた薄いレースのカーテンを開ける。
果たして彼は、そこにいた。
「イヴ、こんな時間に本当にごめん。寝てたよね?」
「ううん、大丈夫。ふふ、明日のことを考えるとなかなか寝付けなくて……」
明日からは”夫婦”だ。”恋人”である最後の夜に会いに来てくれたのかしら――そんなロマンチックなことを考えていたイヴリアは、その姿を見て唖然とした。
カーライルの魅力のひとつである鳶色の癖毛がいつにもましてひどく乱れている。自信に満ち溢れて明るく光る陽色の瞳が、今日はどこかそわそわと不安げに揺れていた。
その上、服装も紺のガウンの上に、いつもの外出着である学者然とした深緑のローブを羽織っているというチグハグさ。いかにも「慌てて家を飛び出してきました」と言わんばかりの格好だ。
そして――彼の身体の”とある一点”を見て、思わず眉をひそめる。
「ライル……その……どうしてあなたの股間、そんなに腫れてるの?」
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ソコは服の上からもわかるほどに、隆々と力強く突き立ち、しっかりと勃ち上がっていた。
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