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第10章 声を聴かせて
②
しおりを挟むどういう、ことなの。ヒュールさんは、無事……?
なにより大切な思い出のある部屋が、こんな風にめちゃくちゃにされていることがショックだった。
身体が震える。
その時、荒い息遣いとギシリと軋む寝台の音が聞こえた。
部屋の隅にある寝台の、黒い天蓋が下ろされ、その寝台の上で大きな影が動いているのがわかる。
黒い紗の幕越しに、大きな身体のシルエットが透けていた。
『ぁ、あっ、あああ、ぐぁあっ!』
「!」
『あっ……っ、う、う、ぐ、ぁぁああああっ!!』
うめき声、ううん、獣の咆哮みたいな叫び声。吠えるその声と同時に、ビクンと大きく影の身体が跳ねた。荒い息遣いの合間に混じる声は、ただ恐ろしい響きを帯びている。いきなり部屋に響く苦しそうなうめき声に、わたしは身体を縮こませた。
揺れる身体の影、天幕越しに映るその長く雄々しい角の影。
誰なの――ううん、声で、もうわかっていた。
あそこにいるのは、ヒュールさんだ。
今まで聞いたこともない荒々しいうめき声だけれど、彼の声をわたしが違えることなんてない。
ヒュールさんの大きな身体が、寝台の上で苦しんでいる。
『ぐ、ぅ、あ……っ、あっ、』
酷い声だった。苦しさを煮詰めたような、喘ぎにも近い、恐ろしい声。大丈夫ですか、って思わず駆け寄りたくなるけれど、ぐっとこらえた。
だって、あんなに来るなって言われたんだもの。ヒュールさんはきっと、今のこの姿をわたしに見せたくなくて、ああ言ったんだと思う。
発作に苦しみ、呻く、この姿。どこが痛いのかな。助けて、あげたい。でも、来てほしくないって言われたんだもの。わたしが見ているって気づかれない方がいい。
そう思っていた、けれど。
『ココ……っ、あ、あ……あぁ、……ココっ、ココ……っ!!』
「!!」
思わず口元を手で押さえる。
ヒュールさんは、わたしの名前を呼んでいた。
寝台の奥から震えるような呻き声と共に漏れてきたのは、間違いなくわたしの名前。
ヒュールさんが、わたしを呼んでいる。辛そうに、苦しそうに。どこかせつない色をこめて。
幕越しに見えるその影は、大きな背を丸めて体を縮め、荒い息を漏らしている。じゅぶ、じゅぶ、という水音に、荒い息。濡れた、色香の籠った声でわたしのことを呼んでいる――。
『あ、あああ、ああぁああっ、ぐ、ぁ、あっ、ココ……っ、ココ……っ!』
助けて、あげたい。
ヒュールさんがこんなにも苦しんでるのに、何もしないなんて耐えられなかった。あんなにいつも穏やかで、優しくて、いつだって悠然としてる彼が、こんなにも苦しそうな声で、息を喘がせて、わたしを呼んでいるなら駆けつけたい。
来るな、って言われてた。でも、こんなに苦しそうな声でわたしの名を呼ぶヒュールさん。呼ばれているんだもの、わたしにも何かできることがあるんじゃないか――そう思って寝台に近寄ってしまった、その時だった。
叫ぶ言葉。漂う匂い。そして――部屋に響く音。
わたしは、全てを悟った。
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