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4ターン目:誰がための剣
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仄暗い室内だったが朝が来れば柔らかく光が入ってくる。ふわふわとした毛皮で作られた寝床は予想以上に寝心地がよかった。
すぐに冷えてしまう華奢な体を暖めようと一晩中でも見ているつもりだったのに、重なりあえば思いの外暖かくすっかり寝入ってしまった。
美しい黒髪の持ち主はまだ腕の中で寝息を立てている。
ここまで来るのにどれ程の年月を費やしたことか…。噛み締めながら目の前の髪の毛に顔を埋めてみる。日向の匂いとほんのりと花の香りがした。
あれ程渇望していた存在に手が届いた実感を落ち着いて受け入れるにはまだ時間がかかりそうだ。
今にもジタバタしたくて堪らなくなってしまう。
まずここに辿り着くまで、最も近い港町から島への間の海路を阻む獰猛な海の魔物と戦うための力を得ることに費やした。
島とは反対側の大陸を転々とし、ありとあらゆる戦術や武術、魔術を体得するのに修行に明け暮れた。
時には鍛練のために傭兵として戦に出たこともある。人間同士の争いはとても醜く凄惨なものだった。自らの手を汚さず、他人の手によって武功を重ねていく王族や貴族ばかりで、蔓延する確執や
足の引っ張り合い裏切りや結託を繰り返している。
嫌気しかない。
そんな争いの中でコツコツと実績を重ねるうち、ようやく魔王討伐の任命を受けることとなる。
待ちに待ったチャンスだった。
島に渡るまでの資金と共に戦ってくれる仲間を得るためには、この王族からの手形がどうしても必要だった。
喜んでそれを引き受けると、嫌々ながらに召集されていた他の討伐隊のメンバーと合流させられる。
それが共にここまで来た連れだった。
元より魔王討伐に対して疑問を抱いていた彼らは、島に行き魔王に会う目的を話すと皆快く受け入れてくれた気のいい面々だった。
魔王の元へ行くことを志願してからここまで果てしない時間が経っていた。
それでも会いたかった。
遠い記憶の彼方でたったの一度、一瞬だけ微笑んだ彼の魔王に会わねばならない。そしてこの気持ちを伝えねば…。
「エルメディウス…」
教わったばかりの彼の名を呼ぶ。
反応はない。
まだ肩を竦めて眠っている。
本物は想像していた以上に美しい魔王だった。
あの神殿で改めて目の当たりにした姿を見て息が止まった。
雪よりも白く透けそうな肌に漆黒の濡れ髪
細く長く均等に伸びた黒い巻き角
佇まいは儚げで悲しげな眼差しをしていた
あの時と変わらぬ青い瞳の輝きは少し揺れていた
彼にありがとう、と伝えたかったはずだというのに口は全く違う言葉を告げていた。自分でも心底驚いた。
一目惚れだったのか以前から恋をしていたのか、もう全く分からない。
ただ頭の中は彼の事で余白がないほど満ちていて、全く抑えられない。今もだ。
強引でひどいやり方だと自分でも思う。
彼はとても嫌がっている。
当たり前だ。
けれどそれでも手に入れたい、抑えられない感情を伝えたくて…何より彼を抱き締めたくて仕方なかった。
「……ありがとう」
眠る耳元にそう囁いてみる。
伝わっているかは分からない。
しかしこれでこの旅の本来の目的は達した。
彼は束縛を望まない。
この島の守り主だからだ。
彼のお陰でこの島は美しく保たれ、今でも変わらず豊かで自由だ。
島も彼の事も誰かが侵害していいものではない。
魔王と呼ばれる彼は語られる姿とは全く違う、慈悲に溢れとても優しい存在だ。
島に渡り戻ってきた人間は誰一人命を失ったものは居なかった。
なぜ人間はそれが分からないのか。
なぜ受け入れられぬのか…。
彼のために出来る恩返しはただ一つ。
この島を狙う侵略者を殲滅する事だ。
それはここに訪れる討伐隊ではない。
自国の玉座にドカリと座りふんぞり返っている奴等だ。奴等は私欲のために何もかもを手に入れようとしている。他人の手を使って。
例えどんな罪に問われようと構わない。
彼に平穏を与えられるならば厭わない。
闘う力を得たのはこのためなのだ。
さらさらと流れる髪の毛を指ですくう。
ただ礼が言いたかっただけだというのに随分と血迷ったものだ。
これ以上ここにいてはますます欲が溢れてしまう。
彼を我が物にしようなど、烏滸がましいにも程があるというのに。
愛しくて愛しくてたまらない…。
また我を失う前に去らねばならない。
名を知れただけで幸せだ。
彼は自由で在らねばならないのだ。
誰も穢してはならない。
誰も。
旅立つための身支度を整えようと若者が体を起こす。浅黒い指先からハラリと髪の毛が滑り落ちた。
離れていく体温を掴んで捕らえたのは白い手の方だった。
「どこへ、どこへ行く…?」
続く
すぐに冷えてしまう華奢な体を暖めようと一晩中でも見ているつもりだったのに、重なりあえば思いの外暖かくすっかり寝入ってしまった。
美しい黒髪の持ち主はまだ腕の中で寝息を立てている。
ここまで来るのにどれ程の年月を費やしたことか…。噛み締めながら目の前の髪の毛に顔を埋めてみる。日向の匂いとほんのりと花の香りがした。
あれ程渇望していた存在に手が届いた実感を落ち着いて受け入れるにはまだ時間がかかりそうだ。
今にもジタバタしたくて堪らなくなってしまう。
まずここに辿り着くまで、最も近い港町から島への間の海路を阻む獰猛な海の魔物と戦うための力を得ることに費やした。
島とは反対側の大陸を転々とし、ありとあらゆる戦術や武術、魔術を体得するのに修行に明け暮れた。
時には鍛練のために傭兵として戦に出たこともある。人間同士の争いはとても醜く凄惨なものだった。自らの手を汚さず、他人の手によって武功を重ねていく王族や貴族ばかりで、蔓延する確執や
足の引っ張り合い裏切りや結託を繰り返している。
嫌気しかない。
そんな争いの中でコツコツと実績を重ねるうち、ようやく魔王討伐の任命を受けることとなる。
待ちに待ったチャンスだった。
島に渡るまでの資金と共に戦ってくれる仲間を得るためには、この王族からの手形がどうしても必要だった。
喜んでそれを引き受けると、嫌々ながらに召集されていた他の討伐隊のメンバーと合流させられる。
それが共にここまで来た連れだった。
元より魔王討伐に対して疑問を抱いていた彼らは、島に行き魔王に会う目的を話すと皆快く受け入れてくれた気のいい面々だった。
魔王の元へ行くことを志願してからここまで果てしない時間が経っていた。
それでも会いたかった。
遠い記憶の彼方でたったの一度、一瞬だけ微笑んだ彼の魔王に会わねばならない。そしてこの気持ちを伝えねば…。
「エルメディウス…」
教わったばかりの彼の名を呼ぶ。
反応はない。
まだ肩を竦めて眠っている。
本物は想像していた以上に美しい魔王だった。
あの神殿で改めて目の当たりにした姿を見て息が止まった。
雪よりも白く透けそうな肌に漆黒の濡れ髪
細く長く均等に伸びた黒い巻き角
佇まいは儚げで悲しげな眼差しをしていた
あの時と変わらぬ青い瞳の輝きは少し揺れていた
彼にありがとう、と伝えたかったはずだというのに口は全く違う言葉を告げていた。自分でも心底驚いた。
一目惚れだったのか以前から恋をしていたのか、もう全く分からない。
ただ頭の中は彼の事で余白がないほど満ちていて、全く抑えられない。今もだ。
強引でひどいやり方だと自分でも思う。
彼はとても嫌がっている。
当たり前だ。
けれどそれでも手に入れたい、抑えられない感情を伝えたくて…何より彼を抱き締めたくて仕方なかった。
「……ありがとう」
眠る耳元にそう囁いてみる。
伝わっているかは分からない。
しかしこれでこの旅の本来の目的は達した。
彼は束縛を望まない。
この島の守り主だからだ。
彼のお陰でこの島は美しく保たれ、今でも変わらず豊かで自由だ。
島も彼の事も誰かが侵害していいものではない。
魔王と呼ばれる彼は語られる姿とは全く違う、慈悲に溢れとても優しい存在だ。
島に渡り戻ってきた人間は誰一人命を失ったものは居なかった。
なぜ人間はそれが分からないのか。
なぜ受け入れられぬのか…。
彼のために出来る恩返しはただ一つ。
この島を狙う侵略者を殲滅する事だ。
それはここに訪れる討伐隊ではない。
自国の玉座にドカリと座りふんぞり返っている奴等だ。奴等は私欲のために何もかもを手に入れようとしている。他人の手を使って。
例えどんな罪に問われようと構わない。
彼に平穏を与えられるならば厭わない。
闘う力を得たのはこのためなのだ。
さらさらと流れる髪の毛を指ですくう。
ただ礼が言いたかっただけだというのに随分と血迷ったものだ。
これ以上ここにいてはますます欲が溢れてしまう。
彼を我が物にしようなど、烏滸がましいにも程があるというのに。
愛しくて愛しくてたまらない…。
また我を失う前に去らねばならない。
名を知れただけで幸せだ。
彼は自由で在らねばならないのだ。
誰も穢してはならない。
誰も。
旅立つための身支度を整えようと若者が体を起こす。浅黒い指先からハラリと髪の毛が滑り落ちた。
離れていく体温を掴んで捕らえたのは白い手の方だった。
「どこへ、どこへ行く…?」
続く
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