勇者殿の花嫁探し

ROKI

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5ターン目:安らぎの洞穴

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昨夜はこれまでになく充実していた。
こんなことは初めてだ。
我らは家族でも殆ど寝食を共にしない。
幼い頃の数年だけ共に過ごし、あとは自由に生きる。これが当たり前だった。
長く生きてきて初めて、他人と食事も寝床も共にした。
初めて人間の食べ物を口にした。
ふかふかの柔らかい塊と色んな実や草や肉を見たことのない粉をかけて煮たもの…。
嗅いだことのないいい香りがして、口に入れると優しい味がする。
ひどく渋る私にしつこく若者は食事を勧め、あまりのしつこさに根負けして一口口にすれば、あとは虜になったように貪ってしまっていた。
嬉しそうな顔でこちらを見守る若者の様子に不思議な心持ちを覚えた。
あれほど満腹になるまで食べ物を口にしたことがあっただろうか…。
いつもならば適当な果実を口にすれば済むことだった。
体が重くなった私が横になると、図々しくも若者が側に寄り添ってくる。
突き放してやりたかったが、満腹が過ぎてどうしようもなく眠たかった。
いつもなら空気が冷えてなかなか寝付けないのに、炊かれた火と包み込まれる温もりとですっかり寝入っていた。

煩わしいはずなのに、心地いい。
夢も見ず、時が分からなくなるほど深く眠った。






朝の光に包まれて目覚めるのもどれ程ぶりか…。
普段はまだ暗いうちに寒さで目覚めてしまう。
背後に若者の暖かさを感じる。
私の髪や頬を撫でる手が優しいことも…。
目を開けてしまえばそれらが離れてしまう気がして眠った振りを装う。
こんなことをしてしまう程とても心地いい。
鳥の囀りを聞きながら互いの吐息に耳を澄ます静かな時間を過ごす。
むず痒い気持ちになんとか平静を保つのでいっぱいいっぱいだった。
こんな穏やかな朝は悪くない…。
いや、望ましい。

そう思ったのも束の間、背後を覆っていたはずの暖かさが急に離れた。まだこうしていたかったというのに…
そんなことは言葉には出来ない。
けれど考えが及ぶ前に自らの手が若者の腕を追い、掴んでいた。

「どこへ、どこへ行く」
動転したまま整理できなかった疑問を投げ掛ければ、驚く一瞬の間に若者とはた、と目が合う。

慌てて手を払っても後の祭りだった。
逆に手を握られて顔を背けても抱き寄せられる。

何故こんなことをしたのか恥ずかしさで満ちる私に若者の唇がまた頬を掠める。
私を宥めているのか、この仕草は本当に擽ったい。
「やめろ」と頭を振っても若者との顔の距離は開かない。離そうとしない若者の頬を私の角が掠め、赤い筋を作った。傷付けたいわけではなかったのに、僅かな身じろぎですら私は人を傷付ける。
その事に心が痛む。
滲む赤色を指で辿れば若者が私の手の中に顔を預ける。


「貴方を護りたい」


また唐突に理解に苦しむことを告げられる。
護る?何のために…。
この若者にとっての利とは一体何なのだろうか…。
何のためにこの島に来て、何のために私とこうしているのか…。
きっとその気になれば我ら種族もこの島も掌握することが出来るほどの力を兼ね備えているはず。
けれど、そんな素振りは見せない。
敵意も殺気もない。
ここに来てからただの一度も若者の武器を見ていないのだ。
ただこうして何とも言えない眼差しで私を見つめている。
心が読めない相手とこうして共にいるのはこんなに疲れるものなのか…。

相手の事がただの少しも分からない…。
それも初めての事だった。


「そういえば、私はお前の名も分からない…」


思案を巡らせているうちにそうぼやいてしまう。
どうもこの若者といると考えあぐねては余計な事を口にしてしまう。
ばつの悪い私に向けて意外そうな顔をした後に、まだ幼く見える笑顔を浮かべて若者が出会ったときと同じ口付けをする。

本当にしつこい。


「俺はーーー」


続く
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