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7ターン目:赤き果実の導き
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「今宵ここを去るのか…」
白髪の魔物はゆっくりとこちらに歩みを向ける。
顔は同じだがエルメディウスとは物腰が違う。
殺気はないが警戒しているのが何となく覇気で分かる。
リデルは腰に下げていた剣の柄に手をかけるかどうか悩んだ。
「私が育てたあの子の味はどうだった?」
距離を保っていたはずがするりと間合いを抜けられ耳元で下世話な問いが掠めれば、リデルはカッと血の気が上がり一気に剣を引き抜く。
薙いだ刀身をさらりと交わす魔物の髪の毛が僅かに切れて風に舞い上がる。
「勇者殿のお陰でようやく熟れたか?ならばそろそろ番う頃…」
初見の憂いた微笑みとは違う嫌な笑みを浮かべて魔物は独り言のように続ける。
「あの子は産まれながら私の番だ。私と子を成しながら永くを生きる定めだ。……何も知らねば良かったものを…貴様の与太事のせいで惑い始めた。きっとこれから長い年月私に何度も犯されながらさぞや貴様に想いを馳せるのだろうな…」
まさか島にエルメディウスと同じような魔物が存在するとは思わなかった。
しかしこれ程までに瓜二つな白髪の魔物の存在は確かに目の前にある。
数日間、島にいて他に同じ魔物を見なかったということは、この魔物が唯一の同種であり番であるということは嘘ではないのかもしれない。
ということは自分が去ればエルメディウスはこの魔物と契る。
白髪の魔物の口ぶりからするときっと否応なしにそうされるのであろう。
エルメディウスはそれを納得しているのか分からない。
もし拒絶しながらもそうされるのだとしたら…。
リデルは途方もない不安と言い様の無い激情に駆られ始める。
「人間とは実に残酷なことをする…すぐに慰めてやらねば…」
そう呟きながら白い魔物は闇に溶けた。
深く考える間もなくリデルは今来た道を全速力で戻る。
松明はあの海岸に放り出してきてしまった。
早く、早く、早く
あの魔物の移動するスピードがどれ程かは分からない。
けれど急がなければ。
無垢なエルメディウスが無惨に乱される事はあってはならない。
自分が守ろうとしているものを踏みにじられているような気分で満ち満ちていた。
リデルは冷静な判断など全く出来ないままに神殿を目指し、その奥のねぐらへと駆け込んだ。
エルメディウスは…
まだ丸くなって眠っている。
乱された様子は無さそうだ。
音を立てぬように側へと近づいたその時、リデルは愕然とする。
眠るエルメディウスの枕元にあの赤い果実が置かれていたのだ。
先程この寝ぐらにいたときには確実にこんなものはなかった。
リデルが到着するより先にあの白髪の魔物がここに訪れたという何よりもの証拠だった。
リデルは眠れぬ夜を過ごした。
エルメディウスが目覚めたら、確かめたいことがたくさんある。
けれど豪勢な夕飯でかなり満腹になってから眠りについたエルメディウスは深く深く眠っており、すっかり日が昇りきるまで目覚めることはなかった。
朝食の支度をしながらふとリデルは赤い果実を手に取った。
白髪の魔物はなぜこの実を放って寄越したのか…冷静になってから考えると不思議なことだった。
ここに来てからまだ、エルメディウスとは過去の話はしていない。なぜここを目指してきたのかも打ち明けてはいなかった。
ぼんやりと考え込んでいると何も知らぬままにようやく目覚めた呆けた魔王はまだ眠たそうにしながらリデルの手元を覗き込む。
「…全癒の実?どこか優れないのか?」
物珍しそうにエルメディウスは赤い果実を見やる。
「全癒の実、と言うのか…エルメはこれに覚えがあるか?」
リデルはざわざわと違和感を感じ始めてエルメディウスに問い掛ける。
「……この実は稀少なものだ。滅多な事がない限り口にはしない。私は、幼い頃に一度だけ与えられたことがある。それきりだった。とても久しい」
自らとこの赤い実と…。
それらが揃ってもエルメディウスの記憶の中にはかつての出来事が存在していないようにリデルには思えた…。
確かにあの時、この果実を手にした時に見えた魔物はエルメディウスそのものだというのに、何故なのか。
答えは1つしかない。
「エルメ、この島にはエルメディウスのような魔族は他に存在するのか?」
リデルは神殿の周辺を血眼になって捜索していた。
あの遠い日、幼かった自分が果実を手にするために格闘した大樹が必ずどこかにあるはずなのだ。
見上げた高い木の枝の合間に彼の(かの)美しい微笑みがまた覗けるように思えて必死になって探す。根拠もないというのに、リデルには自分を待っているような気がしてならなかった。
日が傾き始めた頃、深く生い茂った草木を掻き分けやっとの思いでリデルは大樹を探し当てた。
幼い頃よりも更に大きく大きく幹を広げた木が、あらゆる植物を巻き込むようにして聳え立っている。
急激に懐かしさが溢れてリデルは幹に触れた。
登りたくても登れずに一日を費やした幹だ。
大人になってもなお、登りきるのは難しそうだ。
リデルの体の一体何倍の太さがあるのだろうか…。
あの時の自分の記憶に帰るような感覚でゆっくりと頭上を見上げる。
夕焼けに染まる濃い色の光が枝や葉の隙間に差して込んでいる。
「大きくなったな、勇者殿…」
枝と枝の間に出来た影。
暗がりに溶けない白く長い髪の毛。
欠けた角。
そして青く澄んだ瞳。
海岸で見たあの魔物が枝に座ってリデルを見下ろしている。
記憶に刻み込んだあの微笑みを浮かべて。
続く
白髪の魔物はゆっくりとこちらに歩みを向ける。
顔は同じだがエルメディウスとは物腰が違う。
殺気はないが警戒しているのが何となく覇気で分かる。
リデルは腰に下げていた剣の柄に手をかけるかどうか悩んだ。
「私が育てたあの子の味はどうだった?」
距離を保っていたはずがするりと間合いを抜けられ耳元で下世話な問いが掠めれば、リデルはカッと血の気が上がり一気に剣を引き抜く。
薙いだ刀身をさらりと交わす魔物の髪の毛が僅かに切れて風に舞い上がる。
「勇者殿のお陰でようやく熟れたか?ならばそろそろ番う頃…」
初見の憂いた微笑みとは違う嫌な笑みを浮かべて魔物は独り言のように続ける。
「あの子は産まれながら私の番だ。私と子を成しながら永くを生きる定めだ。……何も知らねば良かったものを…貴様の与太事のせいで惑い始めた。きっとこれから長い年月私に何度も犯されながらさぞや貴様に想いを馳せるのだろうな…」
まさか島にエルメディウスと同じような魔物が存在するとは思わなかった。
しかしこれ程までに瓜二つな白髪の魔物の存在は確かに目の前にある。
数日間、島にいて他に同じ魔物を見なかったということは、この魔物が唯一の同種であり番であるということは嘘ではないのかもしれない。
ということは自分が去ればエルメディウスはこの魔物と契る。
白髪の魔物の口ぶりからするときっと否応なしにそうされるのであろう。
エルメディウスはそれを納得しているのか分からない。
もし拒絶しながらもそうされるのだとしたら…。
リデルは途方もない不安と言い様の無い激情に駆られ始める。
「人間とは実に残酷なことをする…すぐに慰めてやらねば…」
そう呟きながら白い魔物は闇に溶けた。
深く考える間もなくリデルは今来た道を全速力で戻る。
松明はあの海岸に放り出してきてしまった。
早く、早く、早く
あの魔物の移動するスピードがどれ程かは分からない。
けれど急がなければ。
無垢なエルメディウスが無惨に乱される事はあってはならない。
自分が守ろうとしているものを踏みにじられているような気分で満ち満ちていた。
リデルは冷静な判断など全く出来ないままに神殿を目指し、その奥のねぐらへと駆け込んだ。
エルメディウスは…
まだ丸くなって眠っている。
乱された様子は無さそうだ。
音を立てぬように側へと近づいたその時、リデルは愕然とする。
眠るエルメディウスの枕元にあの赤い果実が置かれていたのだ。
先程この寝ぐらにいたときには確実にこんなものはなかった。
リデルが到着するより先にあの白髪の魔物がここに訪れたという何よりもの証拠だった。
リデルは眠れぬ夜を過ごした。
エルメディウスが目覚めたら、確かめたいことがたくさんある。
けれど豪勢な夕飯でかなり満腹になってから眠りについたエルメディウスは深く深く眠っており、すっかり日が昇りきるまで目覚めることはなかった。
朝食の支度をしながらふとリデルは赤い果実を手に取った。
白髪の魔物はなぜこの実を放って寄越したのか…冷静になってから考えると不思議なことだった。
ここに来てからまだ、エルメディウスとは過去の話はしていない。なぜここを目指してきたのかも打ち明けてはいなかった。
ぼんやりと考え込んでいると何も知らぬままにようやく目覚めた呆けた魔王はまだ眠たそうにしながらリデルの手元を覗き込む。
「…全癒の実?どこか優れないのか?」
物珍しそうにエルメディウスは赤い果実を見やる。
「全癒の実、と言うのか…エルメはこれに覚えがあるか?」
リデルはざわざわと違和感を感じ始めてエルメディウスに問い掛ける。
「……この実は稀少なものだ。滅多な事がない限り口にはしない。私は、幼い頃に一度だけ与えられたことがある。それきりだった。とても久しい」
自らとこの赤い実と…。
それらが揃ってもエルメディウスの記憶の中にはかつての出来事が存在していないようにリデルには思えた…。
確かにあの時、この果実を手にした時に見えた魔物はエルメディウスそのものだというのに、何故なのか。
答えは1つしかない。
「エルメ、この島にはエルメディウスのような魔族は他に存在するのか?」
リデルは神殿の周辺を血眼になって捜索していた。
あの遠い日、幼かった自分が果実を手にするために格闘した大樹が必ずどこかにあるはずなのだ。
見上げた高い木の枝の合間に彼の(かの)美しい微笑みがまた覗けるように思えて必死になって探す。根拠もないというのに、リデルには自分を待っているような気がしてならなかった。
日が傾き始めた頃、深く生い茂った草木を掻き分けやっとの思いでリデルは大樹を探し当てた。
幼い頃よりも更に大きく大きく幹を広げた木が、あらゆる植物を巻き込むようにして聳え立っている。
急激に懐かしさが溢れてリデルは幹に触れた。
登りたくても登れずに一日を費やした幹だ。
大人になってもなお、登りきるのは難しそうだ。
リデルの体の一体何倍の太さがあるのだろうか…。
あの時の自分の記憶に帰るような感覚でゆっくりと頭上を見上げる。
夕焼けに染まる濃い色の光が枝や葉の隙間に差して込んでいる。
「大きくなったな、勇者殿…」
枝と枝の間に出来た影。
暗がりに溶けない白く長い髪の毛。
欠けた角。
そして青く澄んだ瞳。
海岸で見たあの魔物が枝に座ってリデルを見下ろしている。
記憶に刻み込んだあの微笑みを浮かべて。
続く
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