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10ターン目:大樹の洗礼
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丸一日ずっと眠っていた。
何にも苛まれること無く心地良い温もりのなかで。
まとわりつくように引きずっていた猛烈な不快感はもう何もない。
ただしっとりとした疲労感が少し残っている。
体が柔らかく溶けていくような感覚を感じながら、微睡んでもまだ目覚めたくないと睡眠を貪った。
先代の長達もこんな風にして還っていったのだろうか…
何とも言えない芳しい食べ物の香りで目が覚める。
自分しかいないはずの住みかに煮炊きした食べ物の匂いが満ちているということは、まだ訪問者は帰っていないということだ。
アグナジアルは仕方なしに体を起こす。
驚くほど身が軽くて自分でも面食らってしまう。
これまでのし掛かっていた倦怠感も、頭痛や何とも言えない内側からの心地の悪さも、全身の筋が軋む痛みも何もない。とてもクリアだ。
こんな感覚は久しぶりすぎて思わず自分の体のあちこちを確認する。
くっきりと浮き上がっていた紫斑も心なしか薄れているような気がする。
「起きられそうか…?」
いつの間にか様子を見に来たリデルにアグナジアルはおもむろに自らの手のひらを見せる。
「此処には勇者殿の太刀傷が残っていたのだが、すっかり消えている…毒に侵されてから傷の治りも大分遅くなっていたが、治癒力が戻ってきた…身が軽い…」
喜びを沸々と滲ませるアグナジアルの手を取ると傷があったという場所にリデルはそっと唇を寄せた。
思わず、とってしまった行動だった。
アグナジアルは引っ込みのつかない手を委ねたまま居た堪れずに顔だけをゆっくりと逸らす。
透けるように白いアグナジアルの皮膚は染まりやすく少し耳の先が赤らんだ。
「…、なにか、食べられそうか?スープを作った」
相変わらず妙な調子で場を取り繕うリデルに困ったような表情で応じつつアグナジアルは問い掛けに頷いた。
口付けを交わしたあの日から更に三日経過した。
結局リデルはエルメディウスの元へは戻らぬまま、未だこうしてアグナジアルの療養を支えている。
あの日感じた胸の疼きは日に日に強烈にまわるようになり、こんな調子でリデルはついついアグナジアルに触れてしまうようになっていた。
度々神妙な雰囲気になりつつも穏やかに二人過ごしている。
会話もなく暖かいスープを互いに啜る。
初めて熱いスープを振る舞ったとき、エルメディウスは加熱した料理にまったく免疫がなく、口にした途端に驚いて器をひっくり返したことを思い出す。
カトラリーの使い方も分からなかった。
一方アグナジアルは作法すら心得ているようで渡した匙もなんなく使いこなしている。
熱さに一瞬驚いたものの、息を吹き掛けて冷ますところまで当たり前に出来る。
姿こそ人間とは違っているが所作に教養が垣間見えるのだ。
「懐かしい味がする……遠い昔にこれと同じようなものを口にした」
器の中身を丁寧に味わいながらアグナジアルが呟く。
そのスープはリデルの故郷の郷土料理だ。
魚介と野菜を長時間煮込んで丁寧にすりつぶし、滑らかにして作る。リデルは母にその作り方を習った。母は父との思い出を交えながらにレシピをリデルに託した。元々は港町で漁師をしていた父が母に教えたものだった。
島からもっとも近い町だということは確かだが、この島から出たことがないはずのアグナジアルはどうやって人間の食事にありつく機会を得たのだろうか…。リデルは不思議に思った。
「体を清めたい…」
食事を終えるなりアグナジアルが切り出した。
寝起きの繰り返しで汗ばんでも拭う程度にしか手入れが出来なかった事を思うと当然の欲求だとリデルは思った。
エルメディウスも作法は知らずとも綺麗好きで、必ず一日に一度は身を清めにふらりと水辺へ行っていた。寝ぐらも余計なものは何も置かれずに殺風景なほどだった。
アグナジアルの住みかも同じように無駄なものは何も無い。その点は似ている。
初めの頃に比べると顔色はマシになった気がするが、まだまだ病み上がりで元気そうに見えてもどれほどまで回復したのかは分からない…。
リデルはアグナジアルを一人で外に出すことに不安を感じる。
10日前まではあんなに弱りきって、自らの死をも覚悟していたほどなのだから。
このまま見過ごせばまたふらふらと死出の歩みを踏み出すかもしれない。
「分かった。だが、俺も同行する」
アグナジアルは驚いた顔をする。
言葉を探して唇を開いたが何も見つからないのかまた閉じてしまった。
「分かった」とだけ呟くと衣服のフードを深く被り、出掛ける様子を見せる。
森の奥深くの住みかの祠から少し高台の方へ上がり、岩場に差し掛かると岩壁の影にぽっかりと横穴が空いていた。
その洞窟から既にほんのりと湯気が上がっている。
中に入れば熱気に満ちており、十分すぎるほどの広さにたっぷりと温泉が湧いていた。
その光景にリデルが感動する間にも、アグナジアルはするすると着ていた衣を脱ぎ、湯に浸かり始める。
洞窟内に視線を巡らせていたリデルは、突然視界に入ってきたアグナジアルの無防備な姿に慌てて顔を逸らす。
背中越しだったというのに動悸が激しくなってくる。自分が過剰に反応していることは十分理解していたが、どうにもあの白くキメ細やかな肌を見ていると抑えが効かなくなってしまう。
背後からお湯の中でアグナジアルが動く音が聞こえる。落ち着かずいてもたってもいられなくなり、リデルは遂に立ち上がった。
「…勇者殿も身を清めるといい…疲れているだろう」
何の危機感もなく呑気にアグナジアルがリデルを湯浴みに誘う。
湯気越し等では何の隔たりにもならない。
この島に着てからもう随分とリデルの欲望は獰猛になってきている。
理性との駆け引きがとても難しい。
リデルは誘いに首を横に降る。
「…見苦しい、か」
アグナジアルの自虐が始まった。
彼にとって崩れてしまった容姿は重いコンプレックスなのだろう。
自分を卑下してばかりいる。
確かにかつてはエルメディウスのように角も髪も体も美しく整っていたのだろう。
すぐ側に比較対象が居たのではそうなっても仕方ない。魔物と言えど彼らの精神構造はほぼ人間と変わらない。リデルはそう思えた。
「違う、そうじゃない…」
上手い言い訳が見つからない。
肯定は絶対に出来ない。けれど否定するにも真実を説明するには情け無さすぎる…。欲情してしまってるなどと面と向かって言えるものか…。
危うい境界線に身を投じると解っていてもリデルは振り返らざるを得なかった。
そしてすぐにアグナジアルの巧みな罠に嵌まったのだと知る。
アグナジアルは、惑い焦れてぶっきらぼうになるリデルを見やりながら笑っていた。
笑いながら岩の傍らに腰掛けて髪を洗っている仕草はこの上なく色香に満ちていて、リデルは誘いに乗ってしまったことを深く深く後悔した。
細長い四肢に紛れてすらりと黒い尾が伸びている。
服を着ているときには全く気付かなかった。
じっと見つめているわけにもいかず場をまぎらわすために、リデルは意を決して服を脱ぎ、少し離れた場所で湯に浸かる。
岩の底の緑色に湧く湯泉はとても美しく、それだけでも極上の心地になるはずが、背後の存在のせいで全く落ち着けない。
既にすっかり頭を持ち上げている自分自身の昂りをどう静めるかそればかりを考えてしまう。
リデルは目を閉じ、精神を統一するための瞑想に入ることにした。
その間に誘惑の魔王は湯から上がってくれたようだ。衣擦れの音が聞こえる。
あっという間に逆上せそうな気配を感じたリデルはカラスの行水そのままに湯を後にする。
アグナジアルの体が冷える前に暖かい住みかに帰りたい思いもあった。
帰りもアグナジアルの後をついて歩く。
行きとは違うルートで住みかを目指しているようだ。途中からリデルにも見覚えのある景色が入ってくる。
あの大樹だ。
草木を掻き分け慣れた様子でアグナジアルは木に近づいていく。大きく広い幹に触れると、聞き慣れない言語で木に話しかけ始めた。
暫くそうして語らうとポトリと一つ実が落ちてくる。
「勇者殿に、だそうだ」
拾い上げた実を手渡すアグナジアルに、リデルは驚きを隠せない表情で大樹とアグナジアルを交互に見やる。
「木と話したのか?」
木を見上げながらアグナジアルはまた切なそうな横顔を浮かべる。
「この木は、私とあの子を産んだ者達だ。もうすっかり埋もれたが、そこの根元で眠っている」
木のたもとを指差されればリデルは意味を理解した。そして見覚えのあるその場所に屈み込んで触れてみる。
「私を産んだ者が、あの時私を呼んだのだ。すぐ側で見知らぬ子供が泣いていると、な」
そう、リデルが子供の頃に果実が取れずに突っ伏して泣いたその場所だった。
「勇者殿には世話になったから今度からは礼として実を分けるそうだ」
アグナジアルとエルメディウスの両親が眠る大樹。
その存在に受け入れられたということは、リデルにはこの島に住まう許しをようやく得たのだと思えた。
受け取った実は本当に美しく真っ赤に熟れた全癒の実だ。
「有り難く貰い受ける、と伝えてくれ」
アグナジアルにそう答えるも、大樹に伝えるでもなく木々の枝がさわさわと鳴いた。
ようやく住みかに帰ってくるなり、アグナジアルは広げていたリデルの荷物をそっとまとめると納めた鞄をリデルの胸へ押し付けた。
「さあ、夜が来る前にあの子の元へ帰れ」
青い瞳には強い意志が見える。
もう大丈夫だ、と言いたいのだろう。
確かに顔色もすっかり良くなって、歩く様子にも覇気が戻っているように思えた。
けれど、リデルには頷きたくない何かがあった。
グイグイと押し付けられる鞄を受け取りたくない何かが。
まだ帰りたくない…。
言葉には出来なかった。
ただ、動かないリデルに怒りを滲ませ始めたアグナジアルの唇に食らいついた。
両手で頬を掴んで抉じ開けて中まで抉るように口付ける。
鞄が足元に落ちるのを蹴りはらって、アグナジアルを壁に追い詰めると、リデルは更にアグナジアルの口腔を深く味わいだす。
止まらない。
止まらない。
アグナジアルは足掻こうと顔を押さえつけるリデルの手に爪を食い込ませていた。
それも初めのうちだけで、苦しさに息が乱れててもまだねぶられ続け、粘膜の触れ合いでゾクゾクと麻痺していくような感覚に次第に脱力していった。
続く
何にも苛まれること無く心地良い温もりのなかで。
まとわりつくように引きずっていた猛烈な不快感はもう何もない。
ただしっとりとした疲労感が少し残っている。
体が柔らかく溶けていくような感覚を感じながら、微睡んでもまだ目覚めたくないと睡眠を貪った。
先代の長達もこんな風にして還っていったのだろうか…
何とも言えない芳しい食べ物の香りで目が覚める。
自分しかいないはずの住みかに煮炊きした食べ物の匂いが満ちているということは、まだ訪問者は帰っていないということだ。
アグナジアルは仕方なしに体を起こす。
驚くほど身が軽くて自分でも面食らってしまう。
これまでのし掛かっていた倦怠感も、頭痛や何とも言えない内側からの心地の悪さも、全身の筋が軋む痛みも何もない。とてもクリアだ。
こんな感覚は久しぶりすぎて思わず自分の体のあちこちを確認する。
くっきりと浮き上がっていた紫斑も心なしか薄れているような気がする。
「起きられそうか…?」
いつの間にか様子を見に来たリデルにアグナジアルはおもむろに自らの手のひらを見せる。
「此処には勇者殿の太刀傷が残っていたのだが、すっかり消えている…毒に侵されてから傷の治りも大分遅くなっていたが、治癒力が戻ってきた…身が軽い…」
喜びを沸々と滲ませるアグナジアルの手を取ると傷があったという場所にリデルはそっと唇を寄せた。
思わず、とってしまった行動だった。
アグナジアルは引っ込みのつかない手を委ねたまま居た堪れずに顔だけをゆっくりと逸らす。
透けるように白いアグナジアルの皮膚は染まりやすく少し耳の先が赤らんだ。
「…、なにか、食べられそうか?スープを作った」
相変わらず妙な調子で場を取り繕うリデルに困ったような表情で応じつつアグナジアルは問い掛けに頷いた。
口付けを交わしたあの日から更に三日経過した。
結局リデルはエルメディウスの元へは戻らぬまま、未だこうしてアグナジアルの療養を支えている。
あの日感じた胸の疼きは日に日に強烈にまわるようになり、こんな調子でリデルはついついアグナジアルに触れてしまうようになっていた。
度々神妙な雰囲気になりつつも穏やかに二人過ごしている。
会話もなく暖かいスープを互いに啜る。
初めて熱いスープを振る舞ったとき、エルメディウスは加熱した料理にまったく免疫がなく、口にした途端に驚いて器をひっくり返したことを思い出す。
カトラリーの使い方も分からなかった。
一方アグナジアルは作法すら心得ているようで渡した匙もなんなく使いこなしている。
熱さに一瞬驚いたものの、息を吹き掛けて冷ますところまで当たり前に出来る。
姿こそ人間とは違っているが所作に教養が垣間見えるのだ。
「懐かしい味がする……遠い昔にこれと同じようなものを口にした」
器の中身を丁寧に味わいながらアグナジアルが呟く。
そのスープはリデルの故郷の郷土料理だ。
魚介と野菜を長時間煮込んで丁寧にすりつぶし、滑らかにして作る。リデルは母にその作り方を習った。母は父との思い出を交えながらにレシピをリデルに託した。元々は港町で漁師をしていた父が母に教えたものだった。
島からもっとも近い町だということは確かだが、この島から出たことがないはずのアグナジアルはどうやって人間の食事にありつく機会を得たのだろうか…。リデルは不思議に思った。
「体を清めたい…」
食事を終えるなりアグナジアルが切り出した。
寝起きの繰り返しで汗ばんでも拭う程度にしか手入れが出来なかった事を思うと当然の欲求だとリデルは思った。
エルメディウスも作法は知らずとも綺麗好きで、必ず一日に一度は身を清めにふらりと水辺へ行っていた。寝ぐらも余計なものは何も置かれずに殺風景なほどだった。
アグナジアルの住みかも同じように無駄なものは何も無い。その点は似ている。
初めの頃に比べると顔色はマシになった気がするが、まだまだ病み上がりで元気そうに見えてもどれほどまで回復したのかは分からない…。
リデルはアグナジアルを一人で外に出すことに不安を感じる。
10日前まではあんなに弱りきって、自らの死をも覚悟していたほどなのだから。
このまま見過ごせばまたふらふらと死出の歩みを踏み出すかもしれない。
「分かった。だが、俺も同行する」
アグナジアルは驚いた顔をする。
言葉を探して唇を開いたが何も見つからないのかまた閉じてしまった。
「分かった」とだけ呟くと衣服のフードを深く被り、出掛ける様子を見せる。
森の奥深くの住みかの祠から少し高台の方へ上がり、岩場に差し掛かると岩壁の影にぽっかりと横穴が空いていた。
その洞窟から既にほんのりと湯気が上がっている。
中に入れば熱気に満ちており、十分すぎるほどの広さにたっぷりと温泉が湧いていた。
その光景にリデルが感動する間にも、アグナジアルはするすると着ていた衣を脱ぎ、湯に浸かり始める。
洞窟内に視線を巡らせていたリデルは、突然視界に入ってきたアグナジアルの無防備な姿に慌てて顔を逸らす。
背中越しだったというのに動悸が激しくなってくる。自分が過剰に反応していることは十分理解していたが、どうにもあの白くキメ細やかな肌を見ていると抑えが効かなくなってしまう。
背後からお湯の中でアグナジアルが動く音が聞こえる。落ち着かずいてもたってもいられなくなり、リデルは遂に立ち上がった。
「…勇者殿も身を清めるといい…疲れているだろう」
何の危機感もなく呑気にアグナジアルがリデルを湯浴みに誘う。
湯気越し等では何の隔たりにもならない。
この島に着てからもう随分とリデルの欲望は獰猛になってきている。
理性との駆け引きがとても難しい。
リデルは誘いに首を横に降る。
「…見苦しい、か」
アグナジアルの自虐が始まった。
彼にとって崩れてしまった容姿は重いコンプレックスなのだろう。
自分を卑下してばかりいる。
確かにかつてはエルメディウスのように角も髪も体も美しく整っていたのだろう。
すぐ側に比較対象が居たのではそうなっても仕方ない。魔物と言えど彼らの精神構造はほぼ人間と変わらない。リデルはそう思えた。
「違う、そうじゃない…」
上手い言い訳が見つからない。
肯定は絶対に出来ない。けれど否定するにも真実を説明するには情け無さすぎる…。欲情してしまってるなどと面と向かって言えるものか…。
危うい境界線に身を投じると解っていてもリデルは振り返らざるを得なかった。
そしてすぐにアグナジアルの巧みな罠に嵌まったのだと知る。
アグナジアルは、惑い焦れてぶっきらぼうになるリデルを見やりながら笑っていた。
笑いながら岩の傍らに腰掛けて髪を洗っている仕草はこの上なく色香に満ちていて、リデルは誘いに乗ってしまったことを深く深く後悔した。
細長い四肢に紛れてすらりと黒い尾が伸びている。
服を着ているときには全く気付かなかった。
じっと見つめているわけにもいかず場をまぎらわすために、リデルは意を決して服を脱ぎ、少し離れた場所で湯に浸かる。
岩の底の緑色に湧く湯泉はとても美しく、それだけでも極上の心地になるはずが、背後の存在のせいで全く落ち着けない。
既にすっかり頭を持ち上げている自分自身の昂りをどう静めるかそればかりを考えてしまう。
リデルは目を閉じ、精神を統一するための瞑想に入ることにした。
その間に誘惑の魔王は湯から上がってくれたようだ。衣擦れの音が聞こえる。
あっという間に逆上せそうな気配を感じたリデルはカラスの行水そのままに湯を後にする。
アグナジアルの体が冷える前に暖かい住みかに帰りたい思いもあった。
帰りもアグナジアルの後をついて歩く。
行きとは違うルートで住みかを目指しているようだ。途中からリデルにも見覚えのある景色が入ってくる。
あの大樹だ。
草木を掻き分け慣れた様子でアグナジアルは木に近づいていく。大きく広い幹に触れると、聞き慣れない言語で木に話しかけ始めた。
暫くそうして語らうとポトリと一つ実が落ちてくる。
「勇者殿に、だそうだ」
拾い上げた実を手渡すアグナジアルに、リデルは驚きを隠せない表情で大樹とアグナジアルを交互に見やる。
「木と話したのか?」
木を見上げながらアグナジアルはまた切なそうな横顔を浮かべる。
「この木は、私とあの子を産んだ者達だ。もうすっかり埋もれたが、そこの根元で眠っている」
木のたもとを指差されればリデルは意味を理解した。そして見覚えのあるその場所に屈み込んで触れてみる。
「私を産んだ者が、あの時私を呼んだのだ。すぐ側で見知らぬ子供が泣いていると、な」
そう、リデルが子供の頃に果実が取れずに突っ伏して泣いたその場所だった。
「勇者殿には世話になったから今度からは礼として実を分けるそうだ」
アグナジアルとエルメディウスの両親が眠る大樹。
その存在に受け入れられたということは、リデルにはこの島に住まう許しをようやく得たのだと思えた。
受け取った実は本当に美しく真っ赤に熟れた全癒の実だ。
「有り難く貰い受ける、と伝えてくれ」
アグナジアルにそう答えるも、大樹に伝えるでもなく木々の枝がさわさわと鳴いた。
ようやく住みかに帰ってくるなり、アグナジアルは広げていたリデルの荷物をそっとまとめると納めた鞄をリデルの胸へ押し付けた。
「さあ、夜が来る前にあの子の元へ帰れ」
青い瞳には強い意志が見える。
もう大丈夫だ、と言いたいのだろう。
確かに顔色もすっかり良くなって、歩く様子にも覇気が戻っているように思えた。
けれど、リデルには頷きたくない何かがあった。
グイグイと押し付けられる鞄を受け取りたくない何かが。
まだ帰りたくない…。
言葉には出来なかった。
ただ、動かないリデルに怒りを滲ませ始めたアグナジアルの唇に食らいついた。
両手で頬を掴んで抉じ開けて中まで抉るように口付ける。
鞄が足元に落ちるのを蹴りはらって、アグナジアルを壁に追い詰めると、リデルは更にアグナジアルの口腔を深く味わいだす。
止まらない。
止まらない。
アグナジアルは足掻こうと顔を押さえつけるリデルの手に爪を食い込ませていた。
それも初めのうちだけで、苦しさに息が乱れててもまだねぶられ続け、粘膜の触れ合いでゾクゾクと麻痺していくような感覚に次第に脱力していった。
続く
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