勇者殿の花嫁探し

ROKI

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12ターン目:闇の囁きと鉄の箱

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  もうすぐ日が暮れる。
森に差し込んでいた光が弱々しくなってあっという間に暗がりが増していく。日が傾くのが早いのは天気が荒れ始めたからだ。海の方からの風が強くなってきている。木々が揺さぶられてざわめき始めた。

雨が降ってくる。
しかしエルメディウスは動かなかった。
大樹のたもとで膝を抱え、幹に寄り添ったままで。
枝や葉に遮られていた雨粒も次第に勢いの方が勝り、深い森の中にも嵐が到達してくる。

強い風に吹かれ、激しい雨に打たれてもエルメディウスは動かない。

この嵐はエルメディウスの心そのものだった。

もういくら待っても、リデルは自分の元には戻らない。あれほど求めて焦がれた安らぎはほんの一瞬の幻想だった。

エルメディウスはかつてアグナジアルが語っていた言葉を思い出す。


『我らは常に孤独、それがさだめ。本来は望むことも望まれることもあってはならない』


分かっていたはずなのに…。
エルメディウスは絆された自分を恥じ後悔した。
そしてまた、満たされぬ孤独に陥っていく。
自らが至らぬ故にこうして何もかもが離れていく。
島の魔物達も、アグナジアルも、リデルも…。
エルメディウスは再び自らを呪うのだった。
嵐で森が荒れ狂う。
その中をエルメディウスは歩く。
濡れそぼってズルズルと衣の裾を引きずっている。
エルメディウスにまとわりついた黒く歪んだ魔気が、触れた草木を散らしていった。





2日ほど嵐が続いた。
リデルとアグナジアルは外には出ずに祠に籠っていた。
互いに療養の疲れを癒すのに殆どを寝床で眠って過ごしていた。
雨風の音が止み外に出ると、外の世界はすっかり晴れ渡っている。
住み処の側の川には飛んできた木の枝や葉がたくさん浮かんでいて嵐の凄まじさが伺える。

外の空気を吸いながらリデルは食料の事を考えていた。旅立つときに用意してきた調味料や食材が底をつき始めている。特に小麦粉はその殆どを神殿のねぐらに置いてきてしまっていた。

長い修行を経て会得した転送術を使い、島を出て街に食料を買い付けに行くことも出来るが、術を使うには魔力を発する特別な結晶が必要になる。
生体から魔力を発することが出来ない人間が魔法を使う際にはこの結晶『魔晶石』を用いる。

魔晶石はなかなか採れるものではなく、とても高価でそう易々と何個も手に出来るものではない。

しかし、食料の調達のために転送術を使うとなると、移動する質量や重量の事を考えればそれなりの量の魔晶石が必要になる…。
手持ちの魔晶石の量を考えても行けて、往復一度ほど…。

リデルはやりくりに頭を悩ませる。
この島の住人達の営みは原始的なもので、あまり煮炊きをしたりはしない。
自然の恵みはそのまま摂るようだ。
しかしリデルは人の社会からやって来た。
島のありのままの暮らしに馴染むには人の秩序の中に在りすぎている。

せめてまだ残っている小麦粉でやりくりし、不足した分はまたその後考えることにしよう。
リデルはそう決めた。


アグナジアルに一度神殿に荷を取りに行く事を伝えると、複雑な表情を浮かべる。


「そうか、…あの子を宜しく頼む」


きっともう戻ってこないと思っている。
リデルはすぐに察した。
アグナジアルは言葉とは裏腹に内に秘めた感情が意外と顔に出やすい。


「荷物を引き取ったら必ず戻る…」


言い聞かせてもアグナジアルの表情は固いままだった。髪に、頬に触れて、口付ける。リデルはそうして自分の面影をアグナジアルの側に置いていった。
祠の住み処の入り口からずっとアグナジアルはリデルの背中を見送る。
森の木々がその後ろ姿を隠してしまっても、まだその方角を見つめていた。


━━━


島中に重い角笛の音が連なり響き渡る。
島の村々に棲む魔物たちの見張り番が鳴らす警報だ。大陸の方角から船が向かってくるのが見える。
それを島中に伝えるために沿岸のやぐらから山のやぐらを跨ぎ、そして反対側の沿岸のやぐらまで次々と笛を吹く。

祠の魔王も、森の中を進む勇者も、そして神殿の魔王もそのけたたましい音を聞いていた。


人間どもの島への討伐隊の派遣の周期は数年単位だったはず
この間船が来たばかりだというのにこんなにも早く次の刺客が現れるなどおかしい…。


いち早く異変を察したのはアグナジアルだった。
直ぐ様祠を飛び出して高台を駆け上がる。
いったい何が起きているのか知らねばならない。


━━━


リデルは耳を劈く音が何を意味しているのかは知らなかった。しかし非常な事態だということだけは何となく察しがつく。祠に戻るか、このまま神殿に向かうか、少し迷った。
神殿まではもうあと僅かの距離だ。
島を統治しているエルメディウスに事態を問う方が早いかもしれない…。
意を決するとリデルは先を急ぎ走り出した。


━━━


神殿の中、項垂れながら玉座に座っていたエルメディウスは反響する笛の音に苛立っていた。
煩い。とても、煩い。
グチャグチャに気を乱したまま玉座の手すりに拳を打ち付ける。
朽ちて脆くなったそれはボロボロと崩れ落ちた。
ユラユラと立ち上がったエルメディウスは神殿のフロア全体を黒い魔気で満たしていく。
それは人を狂わすなんて甘いものではなかった。
まやかしの術ではない。
エルメディウスはやって来るであろう人間を喰らおうとしていた。
満たされぬのは己の弱さのせい。
もっと強く在らねば、何も得られない。
侵食していく孤独で深く抉られた心は、どうにかして崩れた部分を修復しようと荒れ狂っている。

人間が命を狙いに来るのならば、逆にその命を喰らってやろう。
今までそれが出来ぬままで居たから弱かったのだ。
それを糧にして蓄えればきっと強くなれる。
強くなれたならまた…、自分の元に望むものが戻ってくる。
歪んだままにそう信じ込んだ。

嵐の中でエルメディウスを覆い尽くした黒い波動はベッタリとエルメディウスにこびりつく。
そしてエルメディウスを邪悪に唆していた。
拠り所を見失ったエルメディウスは、例えそれが暗闇だとしてもそれに縋るしかなかった。
室内を黒い霧で覆い、踏み入れたものを取り込み命を吸い付くす古い禁術を張り巡らせる
黒い衣を引き摺ってエルメディウスは嗤っていた。



━━━



島に船がやって来る。
一艘ではない。
大型の船が一艘、それを囲む船が二艘…。

頑丈な鉄で出来た重々しい船だ。

まだ遠くに見えているだけだと言うのに、アグナジアルは嫌な気配に背筋を震わせていた。


続く
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