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02(逢瀬)
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私は手酷く裏切られた。
結婚を二日後に控えた木曜日の夜ふけ。
事前に決めていた王宮のそばの農具小屋を訪れ、ジャマル様と私は、結婚前最後の逢瀬を楽しんでいた。
滅多に会うことができないが、そのぶん、会ったときの燃え上がる気持ちは筆舌に尽くしがたい。
私たちは挨拶をすることすらもどかしく、離れていた半身が本来の姿に戻るかのように、ひっしと抱き合い口づけを交わす。
ジャマル様は聡明で理知的なかただが、だからこそ愛にも真剣で、私の唇がとろけそうなくらいに彼の唇で優しく貪ってくれた。
が、
「……ん?」
「どう、なさいました?
……あっ、そんなに身体を触られると私」
「あ、いや、うん。
すまないエレーナ。
すこし気になっただけだ。
問題ない、続けよう」
気になるってなに?
もういちどキスをしながらも、今度は私のほうが、ジャマル様のその言葉を気にしてしまう。
「ジャマル様、どうか隠さないでください。
私になにか問題があるのですか?
もしかして、結婚に支障があるようなことが……」
「ああ、いや。
本当に問題ないんだよ」
「ジャマル様が言葉をにごされるなんて、よっぽどです。
私のまえでは飾らないでいられるって、そうおっしゃってくださったのは偽りだったのですか?」
「それは本当だが……」
しばらく彼は迷っていたが、観念して、言った。
「明後日のドレスのサイズを直そうと思ったんだ。
婚約を伏せているせいで仕立て屋にきみを直接会わせられないのは知っているだろう?
なので、ぼくがきみを抱いた感覚を伝えて作らせていたのだが……どうもその、ぼくが目測を誤っていたらしい」
「う、わ……」
私は裏切られた!
食べすぎたサンドイッチは確実に腰まわりの肉として生まれ変わっていたし、立ち仕事をしながらの足踏み運動も、私がすぐ疲れてろくにやっていなかったのを差し引いても、まるで効果をもたらしてくれなかった。
大丈夫だと信じていたのに。
それもこれも、
「あの占い師が悪い」
「え? 誰だって?」
「オルガとかいう旅の占い師です。
すこしまえにうちの店を訪れたのですが、なんだか妙に私に馴れ馴れしいというか、私を見るだけで幸せみたいな優しい顔をするんですよ。
占いで見て私たちの結婚のことも知っているみたいだし、でもその後はちっとも来やしないし、なんかもう、もやもやして毎日食べすぎちゃって」
「占い師オルガ、か」
まくしたてる私をよそに、ジャマル様がその名を呟いた。
まるで知っている名前であるかのように。
「ご存じなのですか?
もしや、王宮に出入りしている占い師?」
「いや違う、会ったことはない。
ただ、町はずれの潰れたオルガン屋に出入りしている占い師がいると、臣下から聞いていてね。
その者の名前は知らないのだが、占い師というところも一致しているし、オルガン屋ときみのいうオルガで、妙な符合もあるものだ思ったんだ」
その店なら私も知っている。
幼いころにはまだ営業していたのだが、城下町にもう一軒大きな楽器屋ができたあおりを受け、オルガンだけに特化したその店は数年まえに廃業したはずだ。
「オルガン屋にいるオルガって、そんな駄洒落みたいな……」
「ははは、そうだな。
すまない、ぼくの悪いくせだ。
なんでも勘ぐろうとしてしまう」
そういってジャマル様は話題を打ち切った。
でも彼は、王太子という立場で、人の隠しごとや後ろ暗い行動を多く見てきたのだろう。
そのオルガン屋に出入りする占い師があのオルガだという彼の直感を、私はどこか確信を持って受け入れていた。
結婚を二日後に控えた木曜日の夜ふけ。
事前に決めていた王宮のそばの農具小屋を訪れ、ジャマル様と私は、結婚前最後の逢瀬を楽しんでいた。
滅多に会うことができないが、そのぶん、会ったときの燃え上がる気持ちは筆舌に尽くしがたい。
私たちは挨拶をすることすらもどかしく、離れていた半身が本来の姿に戻るかのように、ひっしと抱き合い口づけを交わす。
ジャマル様は聡明で理知的なかただが、だからこそ愛にも真剣で、私の唇がとろけそうなくらいに彼の唇で優しく貪ってくれた。
が、
「……ん?」
「どう、なさいました?
……あっ、そんなに身体を触られると私」
「あ、いや、うん。
すまないエレーナ。
すこし気になっただけだ。
問題ない、続けよう」
気になるってなに?
もういちどキスをしながらも、今度は私のほうが、ジャマル様のその言葉を気にしてしまう。
「ジャマル様、どうか隠さないでください。
私になにか問題があるのですか?
もしかして、結婚に支障があるようなことが……」
「ああ、いや。
本当に問題ないんだよ」
「ジャマル様が言葉をにごされるなんて、よっぽどです。
私のまえでは飾らないでいられるって、そうおっしゃってくださったのは偽りだったのですか?」
「それは本当だが……」
しばらく彼は迷っていたが、観念して、言った。
「明後日のドレスのサイズを直そうと思ったんだ。
婚約を伏せているせいで仕立て屋にきみを直接会わせられないのは知っているだろう?
なので、ぼくがきみを抱いた感覚を伝えて作らせていたのだが……どうもその、ぼくが目測を誤っていたらしい」
「う、わ……」
私は裏切られた!
食べすぎたサンドイッチは確実に腰まわりの肉として生まれ変わっていたし、立ち仕事をしながらの足踏み運動も、私がすぐ疲れてろくにやっていなかったのを差し引いても、まるで効果をもたらしてくれなかった。
大丈夫だと信じていたのに。
それもこれも、
「あの占い師が悪い」
「え? 誰だって?」
「オルガとかいう旅の占い師です。
すこしまえにうちの店を訪れたのですが、なんだか妙に私に馴れ馴れしいというか、私を見るだけで幸せみたいな優しい顔をするんですよ。
占いで見て私たちの結婚のことも知っているみたいだし、でもその後はちっとも来やしないし、なんかもう、もやもやして毎日食べすぎちゃって」
「占い師オルガ、か」
まくしたてる私をよそに、ジャマル様がその名を呟いた。
まるで知っている名前であるかのように。
「ご存じなのですか?
もしや、王宮に出入りしている占い師?」
「いや違う、会ったことはない。
ただ、町はずれの潰れたオルガン屋に出入りしている占い師がいると、臣下から聞いていてね。
その者の名前は知らないのだが、占い師というところも一致しているし、オルガン屋ときみのいうオルガで、妙な符合もあるものだ思ったんだ」
その店なら私も知っている。
幼いころにはまだ営業していたのだが、城下町にもう一軒大きな楽器屋ができたあおりを受け、オルガンだけに特化したその店は数年まえに廃業したはずだ。
「オルガン屋にいるオルガって、そんな駄洒落みたいな……」
「ははは、そうだな。
すまない、ぼくの悪いくせだ。
なんでも勘ぐろうとしてしまう」
そういってジャマル様は話題を打ち切った。
でも彼は、王太子という立場で、人の隠しごとや後ろ暗い行動を多く見てきたのだろう。
そのオルガン屋に出入りする占い師があのオルガだという彼の直感を、私はどこか確信を持って受け入れていた。
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