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第一部 ディオンヌと仮面

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「あれは油断だった。ジョーデンのやつにまんまとハメられて、私は焦っていたのだろうな」

 お父様が語りはじめました。
 月明かりを背に受け、表情の見えない顔で絞り出すように言葉を紡ぎます。

「財産を失った私は、『まさかジョーデンに』という思いだった。ショックのあまり、敵の規模を見誤った。あいつとは奥方の件があってから疎遠となっていたが、ライバルという形であっても、二手に分かれてこの国を支配するものと考えていたのだから」
「支配……」
「そう、支配だ。私たちふたりにはその力があった」

 シルエットが笑ったように感じました。

「だが、そう考えていたのは私だけだったということだ。裏切ったのはジョーデン個人じゃない。私たちが身を寄せようとしていた里の連中も含めた、全員だ。この血を持つにもかかわらず臆病風に吹かれた愚か者たちの目には、ひとつの国を奪おうとしている私のことが脅威にしか映らなかったのだよ」

 今度は笑い声が聞こえたので、間違いなく笑ったのでしょう。
 でも、それはとても悲しい笑い声でした。
 嘲りのような、自虐のような。

 わたしは悲しくなりました。
 続きを聞くのをやめたいとも思いました。

 でも、ここでやめたら、全部が駄目になってしまいます。

「馬車を谷底に落としたのは、里の人たちだったの?」
「ああ、そうだ。忌々しいことにな」
「じゃあ……命を落とすほどの怪我をしたお父様が、こうして生きているのはなぜ?」

 お父様がわたしから目を逸らし、月を見上げました。

「……あいつの血をすべて吸い尽くしたからだ」

 苦々しげに語るその口元がきらりと光りました。
 お母様の首筋を襲った鋭い犬歯――ヴァンパイアの証です。
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