11 / 41
第一部 ディオンヌと仮面
09
しおりを挟む
「お母様とふたりで助かる方法はなかったの?」
お父様――ブランドン大公爵は、人間ではありません。
ひた隠しにしているので一族以外に知るものはいませんが、正体は純血のヴァンパイアです。
でも、お母様は人間でした。
お父様と恋に落ち、命と引き換えになると告げられながらも秘密を聞くことを選び、そしてすべてを受け入れたうえで結婚したのです。
そこにあるのは、真実の愛だったはず。
なのに……。
そんなお母様のことを、まるで緊急時の非常食のように扱うのは、違うでしょう。
「いざとなれば眷属にするつもりだったが、谷底で私が気づいたとき、あれはもう……息絶えていた」
「でも! だからって血を全部吸って捨てて行くなんてあんまりじゃない? 野犬が食い荒らしたってわたし聞いたわ」
「野犬? それは違うな」
宵闇の中、お父様の紅い眼が光りました。
「私も肉体の損傷がひどく、緊急性が高かった。やむを得なかったが、骨以外はすべて補給に使ったのだ」
「え……」
わたしは言葉を失いました。
骨以外を……すべて?
補給?
胃がむかむかしてきました。
それはもう、ヴァンパイアですらない……。
誇りのために誇りを捨てたら、もはやそれは化け物です。
「お父様。そのとき、泣いてた? 愛しているお母様を食べるとき、涙は流れた?」
「なぜそんなことを訊く? 私が愛していたのは心なのだから、死ねばもう、それは他の人間と――食糧となるゴミどもと変わりはない。私が生き延びる糧となるのが最も正しいことだろう」
「そう……」
わたしは黙って、格子窓の隙間から、お父様に両手を差し出しました。
赤子のように、指をぱっと広げて。
「どうした?」
お父様が窓に一歩近づき、その手を握ってくれます。
とても優しい手。
お母様も、きっとこの手が好きだったのだと思いました。
「わたしのこと、愛してる?」
「もちろんだ。半分人間だったお前が、私の宿敵の血を吸ってヴァンパイアとして覚醒してくれたことが何より嬉しい。その選択を、私は誇りに思うよ」
やっぱり、お父様はわたしの存在まるごとではなく、わたしの選択――心を愛している。
だったら、望む選択をしなかったわたしはもう、他の人間と同じゴミということになります。
「ごめんなさい。この銀髪は、染めたものなの」
「なんだと? ……ぐっ」
わたしに両手を掴まれたまま、お父様は目を丸くしました。
口の端から、ひと筋の血が流れ落ちます。
その胸からは、銀の剣の切っ先が飛び出していました。
お父様――ブランドン大公爵は、人間ではありません。
ひた隠しにしているので一族以外に知るものはいませんが、正体は純血のヴァンパイアです。
でも、お母様は人間でした。
お父様と恋に落ち、命と引き換えになると告げられながらも秘密を聞くことを選び、そしてすべてを受け入れたうえで結婚したのです。
そこにあるのは、真実の愛だったはず。
なのに……。
そんなお母様のことを、まるで緊急時の非常食のように扱うのは、違うでしょう。
「いざとなれば眷属にするつもりだったが、谷底で私が気づいたとき、あれはもう……息絶えていた」
「でも! だからって血を全部吸って捨てて行くなんてあんまりじゃない? 野犬が食い荒らしたってわたし聞いたわ」
「野犬? それは違うな」
宵闇の中、お父様の紅い眼が光りました。
「私も肉体の損傷がひどく、緊急性が高かった。やむを得なかったが、骨以外はすべて補給に使ったのだ」
「え……」
わたしは言葉を失いました。
骨以外を……すべて?
補給?
胃がむかむかしてきました。
それはもう、ヴァンパイアですらない……。
誇りのために誇りを捨てたら、もはやそれは化け物です。
「お父様。そのとき、泣いてた? 愛しているお母様を食べるとき、涙は流れた?」
「なぜそんなことを訊く? 私が愛していたのは心なのだから、死ねばもう、それは他の人間と――食糧となるゴミどもと変わりはない。私が生き延びる糧となるのが最も正しいことだろう」
「そう……」
わたしは黙って、格子窓の隙間から、お父様に両手を差し出しました。
赤子のように、指をぱっと広げて。
「どうした?」
お父様が窓に一歩近づき、その手を握ってくれます。
とても優しい手。
お母様も、きっとこの手が好きだったのだと思いました。
「わたしのこと、愛してる?」
「もちろんだ。半分人間だったお前が、私の宿敵の血を吸ってヴァンパイアとして覚醒してくれたことが何より嬉しい。その選択を、私は誇りに思うよ」
やっぱり、お父様はわたしの存在まるごとではなく、わたしの選択――心を愛している。
だったら、望む選択をしなかったわたしはもう、他の人間と同じゴミということになります。
「ごめんなさい。この銀髪は、染めたものなの」
「なんだと? ……ぐっ」
わたしに両手を掴まれたまま、お父様は目を丸くしました。
口の端から、ひと筋の血が流れ落ちます。
その胸からは、銀の剣の切っ先が飛び出していました。
3
あなたにおすすめの小説
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます
ふわふわ
恋愛
「その医療は、本当に正しいと言えますか?」
医療体制への疑問を口にしたことで、
公爵令嬢ミーシャ・ゲートは、
医会の頂点に立つ婚約者ウッド・マウント公爵から
一方的に婚約を破棄される。
――素人の戯言。
――体制批判は不敬。
そう断じられ、
“医療を否定した危険な令嬢”として社交界からも排斥されたミーシャは、
それでも引かなかった。
ならば私は、正しい医療を制度として作る。
一方その頃、国営薬局に現れた謎の新人薬師・ギ・メイ。
彼女は転生者であり、前世の知識を持つ薬師だった。
画一的な万能薬が当然とされる現場で、
彼女は処方箋に書かれたわずかな情報から、
最適な調剤を次々と生み出していく。
「決められた万能薬を使わず、
問題が起きたら、どうするつもりだ?」
そう問われても、彼女は即答する。
「私、失敗しませんから」
(……一度言ってみたかったのよね。このドラマの台詞)
結果は明らかだった。
患者は回復し、評判は広がる。
だが――
制度は、個人の“正
制度を変えようとする令嬢。
現場で結果を出し続ける薬師。
医師、薬局、医会、王宮。
それぞれの立場と正義が衝突する中、
医療改革はやがて「裁き」の局面へと進んでいく。
これは、
転生者の知識で無双するだけでは終わらない医療改革ファンタジー。
正しさとは何か。
責任は誰が負うべきか。
最後に裁かれるのは――
人か、制度か。
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~
usako
恋愛
婚約者に「平民の娘と結婚する」と一方的に婚約破棄された名門令嬢レティシア。
心が傷ついた彼女はすべてを捨て、辺境の小領地へと旅立つ。
そこで出会ったのは、無口で不器用だが誰よりも誠実な騎士・エドガー。
彼の優しさに癒され、次第に芽生える信頼と恋心。
けれど元婚約者が後悔とともに彼女を探しに来て――「もう遅い」と彼女は微笑む。
ざまぁと溺愛の王道を詰め込んだ、胸キュン辺境ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる