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第一部 ディオンヌと仮面
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「これは……」
お父様は驚いた顔で、自分の胸を見下ろしました。
銀の剣が背後から深々と貫通しています。
刺したのは、ジョーデン侯爵。
すぐ後ろにはジョサイアも立っています。
(やっぱり、侯爵が亡くなったところから嘘だったのね)
ジョサイアの部屋で聞いた独りごとのまま、計画が実行されたことになります。
あのあと、改めてわたしが命じられたことは、髪を染めることとお父様を待つことだけ。
計画全体がどういうものなのか知らずに、ただ、「真実を聞いて見極めてほしい」と告げられていました。
もしわたしがお父様の側につけば、敵に回ることになります。
だから、最大の隠し玉となるジョーデン侯爵の生存については、確信が持てない状態にしたのでしょう。
「ジョーデン、貴様……!」
お父様が首を回して、後ろにいるふたりを確認しました。
格子窓を通してわたしと繋いでいる両の手に、ぐっと力がこもります。
「ディオンヌ、離しなさい」
「お父様。……もう終わりにしたいの」
わたしは離しませんでした。
「お前は、ヴァンパイアがあんな小さな集落に押し込まれているのが悔しくないのか?」
「悔しいとは思う。でも、こんな方法は意味がないよ」
「じゃあどうしろと言うのだ!」
お父様は、わたしにというより、みんなに向けて叫びました。
わたしと繋いだ両手が言葉の勢いで揺れ、鉄の格子が音を立てます。
ヴァンパイアの腕力を使えば、こんな手は容易に振りほどけるはずなのに……。
離すように言いながらも、お父様はわたしの手を自分からは離しませんでした。
そんなお父様の背後から、ジョーデン侯爵が静かに告げます。
「ブランドン。もう私たちは退場しよう。昔のよしみで、一緒に逝ってやる」
「やめろ! 死にたがりのいくじなしが!」
「お前ももう、わかっているのだろう」
お父様がひと声うめくと、背中から白煙が上がりました。
全身におびただしい数のアミュレットをつけているジョーデン侯爵が、抱きついたのです。
(あのアミュレットの形は、廊下で――)
わたしが仮面のことを思い浮かべると同時に、まさにその仮面を侯爵が取り出しました。
「老人はもう悩まなくていい。あとは若い彼らに判断を譲ろう」
「なんだこの仮面は……!」
「10年まえのあの日からずっと、戒めのために掲げていた。我が屋敷の廊下で10年ぶんの太陽光を浴びていたのだ。私やお前なら、見るだけで目玉が焼けるほどの効果がある。かぶれば脳すら灰になる、最高の十字架だ」
言って、お父様の顔に仮面をかぶせました。
十字架の仮面。
あの仮面に並べられた宝石の形――
それが十字架と呼ばれることを、わたしはこのときはじめて知りました。
自分の屋敷では一切目にしたことがありません。
お父様が完全に排除していたのでしょう。
ジョーデン家のあの廊下を通るたびにわたしが感じていた恐怖は、この十字架のせいだったのです。
お父様は驚いた顔で、自分の胸を見下ろしました。
銀の剣が背後から深々と貫通しています。
刺したのは、ジョーデン侯爵。
すぐ後ろにはジョサイアも立っています。
(やっぱり、侯爵が亡くなったところから嘘だったのね)
ジョサイアの部屋で聞いた独りごとのまま、計画が実行されたことになります。
あのあと、改めてわたしが命じられたことは、髪を染めることとお父様を待つことだけ。
計画全体がどういうものなのか知らずに、ただ、「真実を聞いて見極めてほしい」と告げられていました。
もしわたしがお父様の側につけば、敵に回ることになります。
だから、最大の隠し玉となるジョーデン侯爵の生存については、確信が持てない状態にしたのでしょう。
「ジョーデン、貴様……!」
お父様が首を回して、後ろにいるふたりを確認しました。
格子窓を通してわたしと繋いでいる両の手に、ぐっと力がこもります。
「ディオンヌ、離しなさい」
「お父様。……もう終わりにしたいの」
わたしは離しませんでした。
「お前は、ヴァンパイアがあんな小さな集落に押し込まれているのが悔しくないのか?」
「悔しいとは思う。でも、こんな方法は意味がないよ」
「じゃあどうしろと言うのだ!」
お父様は、わたしにというより、みんなに向けて叫びました。
わたしと繋いだ両手が言葉の勢いで揺れ、鉄の格子が音を立てます。
ヴァンパイアの腕力を使えば、こんな手は容易に振りほどけるはずなのに……。
離すように言いながらも、お父様はわたしの手を自分からは離しませんでした。
そんなお父様の背後から、ジョーデン侯爵が静かに告げます。
「ブランドン。もう私たちは退場しよう。昔のよしみで、一緒に逝ってやる」
「やめろ! 死にたがりのいくじなしが!」
「お前ももう、わかっているのだろう」
お父様がひと声うめくと、背中から白煙が上がりました。
全身におびただしい数のアミュレットをつけているジョーデン侯爵が、抱きついたのです。
(あのアミュレットの形は、廊下で――)
わたしが仮面のことを思い浮かべると同時に、まさにその仮面を侯爵が取り出しました。
「老人はもう悩まなくていい。あとは若い彼らに判断を譲ろう」
「なんだこの仮面は……!」
「10年まえのあの日からずっと、戒めのために掲げていた。我が屋敷の廊下で10年ぶんの太陽光を浴びていたのだ。私やお前なら、見るだけで目玉が焼けるほどの効果がある。かぶれば脳すら灰になる、最高の十字架だ」
言って、お父様の顔に仮面をかぶせました。
十字架の仮面。
あの仮面に並べられた宝石の形――
それが十字架と呼ばれることを、わたしはこのときはじめて知りました。
自分の屋敷では一切目にしたことがありません。
お父様が完全に排除していたのでしょう。
ジョーデン家のあの廊下を通るたびにわたしが感じていた恐怖は、この十字架のせいだったのです。
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