令嬢だったディオンヌは溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめる

monaca

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第二部 エリザと記憶

プロローグ

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「すみません、あたし宛の手紙って届いてませんか?」

 王宮の郵便係のおじさんに、あたしは尋ねた。
 最近はこれがすっかり日課になっている。

「うーん……いや、来てないね。毎日待ってるみたいだけど、恋人でも外にいるのかい?」
「いえいえ、残念ながらそういう浮いた話じゃありません。見てのとおり、あたしったら色気の欠片もないもので。今はね、家族から手紙が返ってこないのが気になってるんです」
「そりゃあ心配だねえ」

 表情を曇らせる優しいおじさんに手を振って、あたしは自室に戻った。
 宮廷書記官として働いているあたしには、王宮の敷地内に、ちゃんとしたひとり部屋がある。

 書記官とは、過去の文献を管理したり、新しい出来事を歴史書にまとめたりする仕事だ。
 ここには王国内だけでなく、王国が成立する以前の古い書物もいっぱいあるから、読んでも読んでも尽きないし飽きない。
 あたしは昔から、文章を読むのも書くのも大好きなのだ。
 この仕事は趣味と実益を兼ねた天職だと思っている。

 お世話になった両親に仕送りもしているし、自分で言うのもなんだけど、順風満帆な人生といえるだろう。

 彼氏がいない?
 ううん、そういうのはべつにどうでもいい。
 あたしは文字と結婚しているんだから。
 知識の海に身を浮かべ、記憶の神に愛されている現状に、100%満足している。

 ただひとつ、心配ごとがあるとすれば――

「なんであの子ったら、返事をよこさないのよ!」

 ベッドに倒れ込んで足をばたつかせる。
 ぼさぼさに伸び放題の髪を、わしゃわしゃとかき回す。

 おかしい。
 絶対おかしいよ、これ。

 あたしは妹に宛てた手紙の文面を、古い順に思い浮かべた。
 便箋の模様も含めて鮮明に覚えている。

 返事がこなくなったのは、一年まえ。
 その直前にあたしが送ったのは、こんな手紙だった。

『婚約おめでとう。お姉ちゃん、先越されちゃったね』

 当時17だった妹がどこぞの侯爵家の玉の輿に乗ったと自慢するので、あたしとしてはべつに羨ましいとも思わないけど、よいしょしてあげたのだ。
 わがままなあの子がニート化するんじゃないかとひそかに心配していたこともあって、ほっとする気持ちもあった。

 でも、それから半年待っても返事がこず、「さすがにわざとらしかったかな?」とすこし反省。
 だからもう一通送った。

『あんたが幸せになるのを喜んでるのは本当だよ。婚約すると忙しいかもだけど、返事くれると嬉しいな』

 これにも返信はなかった。
 両親に宛てたほうの手紙には返事があり、『あの子はもうジョーデン様の屋敷で暮らしているから届けておいたよ』と書いてあったのに。

「ラブラブすぎて姉なんてどうでもいいとかなら、いいんだけど……」

 たしかに、妹は筆まめと言えるような子じゃなかった。
 どちらかと言うと、返さないとあたしがうるさいからしぶしぶ返信をくれているような感じだった。

 でも――
 なんだか胸さわぎがする。

「急ぎの仕事はないから、ちょっと帰省がてら顔見てこようかな」

 あたしは両親の顔を思い浮かべた。
 可愛げのない、頭でっかちの大人びたあたしを、愛情いっぱいに育ててくれた大切な両親。

 つけてくれた名前も、すごく気に入っている。
 あたしの名前は、エリザ。

 エリザ・ペンダーグラス。

 ペンダーグラス三姉妹の真ん中。
 そのあたしを心配させている、わがままだけど憎めない妹の名前は――

 エレノア・ペンダーグラス。

「待ってなさい、エレノア。嫁ぎ先でいじめられてたら、お姉ちゃんが文句言ってやるんだから」

 あたしは妹の茶色っぽい金髪を思い出していた。
 あの癖っ毛をひさびさにクシャッと掻き回して、「やめてよ、バカ!」って怒られようかな、なんて懐かしく思いながら。
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