令嬢だったディオンヌは溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめる

monaca

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第二部 エリザと記憶

05

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 友人……。
 エレノアが、お友達?

 高貴なふたりが、あの子のことを親しく思ってくれていることにも驚かされたが、

「そんなの、わざわざ一緒に住むことないじゃない」

 領地も近いのだから、それこそ茶飲み友達として交流すればいいのではないだろうか。

「それはそうなのだけれど……ねえ、ジョサイア?」
「あ、ああ。なんというか、そうもいかないというか」

 え、何これ。
 まるであたしが困らせているみたいな反応。

 お金持ち的には、そのちょっとした距離の移動すら面倒ということ?
 そんな、四六時中ずっとそばに置いておきたいような愛されキャラだっけ、あの子……。

 むしろ逆に、わがままで人の言うことなんて聞かないタイプの――

「あっ」

 あたしは気づいてしまった。
 いや、ふたりのこの歯切れの悪さを見て、すぐに察するべきだった。

 あの子……。
 エレノアはきっと、引くに引けなくなっている。

 両親やあたしに「玉の輿に乗る」と自慢して家を出た手前、「じつは無効でした」では帰れないのだ。
 あの子の性格からして、それはごく自然な流れと言える。

 それこそ、申し訳ないと思っているふたりの弱みを突いて、「責任とって養いなさいよ」とふんぞり返っているのではないだろうか。
 すごく……すごく想像できてしまった。

「ごめん、エレノアが無理言ってここに居座ってるんだよね? すぐ連れて帰るから、会わせて」
「それはダメだ。今は会わせることができない。病だと言っただろう?」

 ああそうか。
 そういえばさっき、面会できないって。

「そんなに悪いの? うちもそれなりの家ではあるから、自分たちでお医者さんくらいは呼べるんだけど」

 ジョーデン家には遠く及ばないにしても、腐っても貴族である。
 迷惑をかけつづけるわけにもいかないと思った。

 でも、そんなあたしの申し出に、ふたりは顔を見合わせると、

「いや、それがそうもいかなくてだな。ええと、彼女が患っているのは、ぼくらの故郷での流行り病みたいなもので」
「そうなのエリザ。わたしとジョサイアは平気だけど、耐性のない人だと、すぐに感染してしまう恐ろしい病なのよ。治るまでは、この屋敷で隔離しておくのがいちばんだし、そうしないと大変なことになるかもしれない」

 かなり真剣に、必死に反論された。
 その姿には真実味があった。

 妹は伝染病に罹って、彼らに治療を受けている。
 婚約が無効と知ってすぐに帰らなかったのはエレノアのわがままだったのだろうが、そのあとで病気になり、ここを離れられなくなったのは本当らしい。

「そっか。じゃあ、まあ、連れ帰るのは治ってからでいいかな? 命に別状はないんだよね?」
「ああ、もちろんだ。わかってくれてよかった」
「エリザ、ありがとう」

 感謝されることでもないのだけれど。
 彼らとしては、無理やり会うだの言われなくて、心底ほっとしたようだった。

 顔を見ることはできなかったが、事情は理解した。
 あたしは長居するのも悪いと思い、残りのお茶を飲み干すと帰宅の意思を告げた。

「ろくなもてなしもできなくて申し訳ない。エレノアが治ったらすぐに連絡するから、彼女が今後どうするかはそれから考えよう」
「気を遣わなくて大丈夫だよ。あの子がわがまま言っても、あたしが引っぱたいて連れて帰るから」

 そんなふうに笑って会話をしながら、あたしが先頭に立ち応接室を出たところで――


「あっ、ごめんなさい!」


 あたしはとっさに謝った。
 誰かとぶつかってしまったのだ。
 部屋を出てすぐのところに、まさか人が立っているとは思ってもみなかった。

 完全に虚を突かれたあたしは、体勢を崩す。

 が、ぶつかった相手がとっさに支えてくれた。

 力がとても強い。
 背が高く、ひょろりとした印象だが、いわゆる細マッチョといった感じで、筋肉を感じさせる所作だった。

 支えられた腕の中から見上げると、茶色っぽい短髪をした青年だった。
 装飾のない地味な服装をしているところを見ると、この屋敷の使用人のひとりなのだろう。

「エリザ、大丈夫? ダン、そんなところに立ってちゃ危ないじゃない。真っ青な顔してどうしたの?」

 心配して尋ねるディオンヌに、ダンと呼ばれたその使用人は、

「オレ、エレノアという人の病気、うつったかもしれない……」

 呆然と呟いた。
 その手は、倒れ込んだあたしの手をがっちりと掴んでいた。
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